ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】   作:それいゆ

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20話掛かってようやく別の国に視点を作れた。


episode21 『Strings』

 

 

――1936年7月16日

 

【ヒスパニア王国・アラゴン地方 バルバストロ郊外】

赤茶けた大地に、夏の夜風が乾いた草をなでていく。

焼けつくような陽光が地平線の向こうへ消えたあとも、残された熱が地面からじわじわと立ち昇る。

 

丘の上に立つ監視塔の上で、国境警備隊の兵士が煙草に火をつけ、虚空を見つめていた。

「……またか」

視線の先には、地平の彼方で白く光る“線”が見えた。空の一部が、波のようにきらめいて、消えていく。

 

「雷か?」

「いや、違う。雲なんてどこにもない」

 

兵士は言葉を濁した。最近になって北西の山中、パンプローナ方面で観測されるようになった“異常気象”。

昼間は突如として大気がねじれ、電磁気を帯びた閃光が走る。夜は音もなく雲が割れ、星すら見えない空間がぽっかりと開く。

 

近くの村では、羊がいなくなり、井戸の水が枯れた。

一部地域の鉄道路線のレールが消失しているという怪事件もおきており、当局は地下の犯罪グループかマフィアの犯行として捜査している。

 

過去にブリタニアに留学していた妙齢の女性は「この空は、二十年前と同じだ」とつぶやいたという。

それを聞いた兵士は冗談めかして「欧州大戦の再来か?」と笑ったが、その目には微かに怯えが混じっていた。

 

日没後、山中で補給に向かっていた山岳部隊が全員消息を絶った。最後に送られた無線には、理解不能な金切り音のようなノイズだけが残されていた。

 

不安の気配だけが、夜を濃くしてゆく。

 

 

 

【ヒスパニア王国・中部 トレド】

一方で、王都からほど近いこの街では、まだ市民たちの多くが事態を知らない。

 

夜のカフェでは音楽が流れ、人々がワインを傾けていた。照明はまだ白熱灯だが、赤褐色の壁に反射し、暖かく照らす。

あるテーブルでは若い学生たちが哲学と文学を語り合い、別のテーブルでは年配の紳士が新聞を広げて眉をしかめている。

 

「……北部の国境地帯で、失踪事件か。こんなんじゃ、まともに道路も使えんぞ」

 

新聞には“自然災害”という表現が並んでいるが、内容はどこか曖昧で――

 

「何かを隠しているな、政府は」

 

「馬鹿馬鹿しい。どうせ山賊だろ。あるいは、反王政の過激派が騒いでるだけさ」

 

老記者たちは噂を語る。若者たちは笑い飛ばす。しかし皆、どこかで感じていた。

この国の“空”が、変わりつつあることを。

 

それは人々の、最初の直感だった。

 

 

 

 

 

同時刻、はるか極東――

 

 

 

 

静かな夜に、鍋の湯がふつふつと沸く音が響いていた。

 

「うーん……やっぱりもうちょっと煮ようかな」

鍋を覗き込む少年――中川尚樹が、眉をひそめながら味見をした。手元には包丁、足元には小さな台所。

入って半年も満たない民家だが、今は彼にとって“居場所”になりつつある。

 

居間の向こうから「尚樹、もうちょっと時間かかる?」という章香の声。

「あと五分くらいです」

「了解。……あ、鰹節は入れた?」

「入れました」

「味醂は?」

「ちょっとだけ」

「隠し味は?こういう時はりんごを――」

「入れません、それはカレーです」

 

矢継ぎ早に飛んでくる質問にすらすらと答え、ふっと笑いをこばした。

 

――穏やかな、夏の夜。

 

うっすらと開け放たれた窓からは、虫の音。それ以外は静けさだけが屋敷を包んでいた。

 

それでも尚樹は、どこか落ち着かない。

汁をすくう手が止まり、ふと夜空を見上げた。

 

「……このまま、時が止まってくれればいいのに」

 

呟きは誰にも届かない。彼は知っていた。刻一刻と火が迫っていることを。

 

それでも、ここにはまだ平和があった。人の笑い声があり、温もりがある。

 

その平和がいつまで続くかは、わからない。

 

だからこそ、彼は大切にしていた。

 

料理を終え、卓に並べ、章香と向かい合って食事を取る。話題は他愛のないこと――門下生の失敗談、近所の夏祭りの準備など。

 

「……そういえば、僕が笑うようになったって、行ってましたよね」

「ん?そうだな」

「最初の頃はずっと、距離を取ってる感じだったけど……なんていうかなあ」

「……うん。“少年”らしくなった」

 

尚樹は少し口をつぐみ、箸を動かす手を止める。

「……演技かもしれませんよ」

「え?」

「スパイが一番最初にやることは、溶け込むことですから」

 

まるで"疑ってくれ"とでも言いたげな言葉に章香は、その意味をすぐ理解した。

「……じゃあ、今夜の味噌汁の味が効いているのも?」

「へへ……じっくり味噌を溶かしましたからね」

 

「ははは、味噌汁作りに性を出すスパイか、しっかり仕事をしてもらわないと怒られるぞ」

 

お互い、洒落と本音の境目を漂いながら、わずかな笑みが灯った。

 

夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1936年7月17日 ヒスパニア王国・カスティーリャ地方

 

 

 

【4時24分・カスティーリャ州南部 シウダ・レアル郊外 第3山岳監視哨】

夜明け前の空気は重く、冷えきった大地には星の光すら届かない。

木々は風もなく、草も虫も黙している。

 

「……静かすぎる」

 

詰所の兵士たちは、誰からともなく起き出していた。

寝袋を這い出た無線手が周囲に目を配るが、視界の隅で気づく。

 

「空、見ろ」

 

漆黒の空。雲の狭間に、黒い“何か”が浮かんでいた。

それは滑らかな多面体で、金属とも岩石ともつかぬ質感を持ち、まるで天空に口を開けた洞のように、そこにあった。

 

「……飛行船か?」

 

「違う、反射しない……いや、あれ、こっちを見てる――!」

 

突然、無線機がノイズを上げ、バチッと火花を散らす。

 

次の瞬間――

 

閃光とともに、監視哨の屋根が吹き飛んだ。

銃声のような乾いた破裂音が連続し、散弾のような金属弾が哨所をなぎ払う。

 

「射撃を受けてる!遮蔽物へっ!」

 

「本部!こちら第3監視哨!上空に未確認の……」

 

通信は途絶えた。

 

 

 

【同刻・王立気象研究所 地下観測室】

観測技師アントニオ・ガルセスは、赤い警告ランプを睨みながら震える手で記録紙を引き剥がした。

 

「これは……“異質”だ……」

 

南部一帯の気圧、磁場、帯電レベルが急激に異変を示していた。

しかもそれは、円形を描くように広がっている。

 

「空が……崩れている?」

 

機器のひとつが、焦げるような音を立てて停止した。

 

 

 

【午前6時10分・マドリード 王宮防衛司令部】

「報告を繰り返す。シウダ・レアル方面にて、正体不明の飛行体が出現。地上部隊に実体弾での攻撃を加えた後、上空を旋回中。迎撃に向かった偵察機2機とも交信断絶」

 

「……つまり、“怪異”か」

 

将軍たちは目を伏せる。

 

20年前に欧州を丸ごと火に焚べた“空から来る異物”。

最終的には、誰も明確に判明できず、四散し「幻影」として葬られていた。

 

だが今――

 

「都市部に避難指示を出せ。砲兵部隊を中心に都市部外苑に防衛戦を構築」

 

命令が飛び交う。

 

 

 

【午前8時・全国ラジオ放送】

「――未明、カスティーリャ地方にて、正体不明の飛行体が確認されました。軍はこれを“敵性存在”と見なし、現在迎撃を開始しています。市民の皆様は、各都市の避難指示に従い、落ち着いて行動してください――」

 

この日、ヒスパニア全土に響いた初めての警報は、

“戦争”ではなく、“天災”のように語られていた。

 

 

 

【午前9時24分・カスティーリャ南部 丘陵地帯】

「敵影接近、距離700!」

 

シュナイダー製75mm野砲が咆哮を上げる。

白煙をまとった砲弾が、ゆっくりと接近してくる黒い構造体へ向かって飛ぶ。

 

着弾。

爆煙の中、構造体の一部が砕け、傾く。

 

「命中!次弾装填!」

 

だが、崩れた構造体の上を、別の“個体”がよじ登ってくる。

 

破片にも、脚をもがれた仲間にも、いかなる反応も示さず――ただ、直進してくる。

 

「こいつら、何だ!?」

「知るかよ!そういうのは後で考えろ!」「第二波、てーーっ!!!」

 

それは「兵器」にすら見えなかった。

ただ、「そこにいて、撃ってくる」。

 

 

 

【1936年7月17日・10時39分】

ヒスパニア王国・マドリード郊外

 

「稼働機を全部上げろ!出撃用意!」

 

管制塔の怒声が響き渡る中、滑走路の脇にはずらりとストライカーユニットを装着したウィッチたちが整列していた。

ヒスパニア空軍第12防空飛行隊――通称「アルコン部隊」。

戦時編成とは名ばかりの混成で、入隊したてで飛行時間が長くても50時間程度の新人に中堅ではあるが実践経験皆無の者の寄せ集めだった。

 

「本当に……行くのね」

 

17歳のマリア・カストロ少尉は、無意識に自分の履いている箒を撫でる。

履いているのは1930年式ストライカーのNiD 52。

ヒスパニア空軍の主力ストライカーで、空軍では重くて反応が悪い不評の機体で、空戦機動には不安があった。

 

そもそも彼女はかつての大戦争を“記録の中だけで”学んだ世代であり、入隊後にやった事と言えば過去にスクランブルで十数回出撃しただけに過ぎない。

 

「…仕方ありません、私たちしかいないんです」

 

横で呟いたのは僚機のカルメン軍曹。

 

若干15歳の彼女も震えを圧し殺した声で勇気を振り絞る。

 

今、自分たちが上がらねば――祖国の空が、あの黒い影に呑まれる。

 

「……機関起動、魔力回路同調、回転数…安定。行けるわ」

 

滑走路に魔法陣の光が灯る。

背負った機関部が唸りを上げ、青白い煙を上げながら起動したストライカーが、一人、また一人と浮かび上がる。

 

 

青空のはずだった都市の空は、濁ったガラスのように歪んでいた。

太陽の輪郭が曖昧に滲み、遠景が霞む。まるで空全体が深い水中のように変質していた。

 

その中へ――マリア・カストロ少尉は突入した。

 

「高度900、速度維持。全機、散開陣形に移行!」

 

「了解、二番、右に回る!」

 

「カルメン、左翼について!」

 

 

雲間を割って姿を現したのは、いずれも銀色をした戦闘機型の飛翔体。

外形は直線的、双発。だが翼は不自然なまでに薄く、機首のない“のっぺり”とした前部から、何の可動部も見えない砲門が突き出ていた。

 

「形は航空機……でも、あれは……」

 

それは既存のどの国の機体にも一致しなかった。

だが紛れもなく、敵は戦闘行動に入っていた。

 

 

 

――第一射。

 

機影のひとつが、機体腹部から無数の金属弾をばらまいた。

それは実体弾だった。速度、音、衝撃、すべてが“現実”の延長にあった。

 

「カルメン、避けてっ!」

 

右前方、カルメン軍曹のストライカーの肩部をかすめた弾が、

そのまま背後の推進部に命中。火花が散り、推力が暴走する。

 

「わ、わたし、制御――きかないッ!」

 

機体が反転、機銃の反動を活かして無理矢理姿勢を立て直すが、速度が落ち、追撃圏内へと滑り落ちる。

 

「後ろ、つかれてるッ!」

 

「っ!間に合わないッ――!」

 

 

 

次の瞬間、マリアの視界に割り込んできたのは、3番機のベロニカだった。

彼女は横から割り込むようにカルメンを押しやり、逆に敵の射線に入った。

 

「……ッ、ベロニカ!!」

 

鋼鉄の弾が彼女のストライカーを貫通し、破片と共に落下。

回転するエンジンと爆発音、そしてちぎれた羽布が風に舞った。

 

 

 

「全機!旋回して敵を後方に回せ!水平線まで誘い込む!」

 

マリアは叫び、引き金を絞った。

古式のMle1922軽機関銃が火を噴き、銃身がすぐに過熱する。

 

敵機は動きが異様だった。

回避行動もせず、真正面からこちらへ“突っ込んで”くる。

 

避けるのはこちら。撃たれているのはこちら。

敵は被弾しても揺れない。破損しても速度を緩めない。

 

「マリア!右からもう一機来る!」

 

僚機が警告を上げるも、視界にはもう一機の黒い機体が急接近していた。

高度差を生かし、上下から挟まれる。

 

マリアは半回転しながら一気に降下、建物すれすれを滑り飛ぶ。

 

追ってくる。高度を下げる。

 

市街地が近い。

 

「……市の上空には入れない、ここで撒かなきゃ……!」

 

頭上に迫る“影”に向けて、一か八か、遮蔽突破射撃を試みた。

 

左右の建物の屋根をかすめるように飛び抜け、

直線的に突っ込んできた敵に向け、

交差の瞬間――機銃を側面から叩き込む。

 

直撃。

 

機体が爆ぜる

それは初めての撃墜判定だった。

 

「やった……!」

 

だが喜ぶ暇はない。

 

 

 

「……取られた!」

 

マリアは反転するが、遅い。直進する敵影が、照準を合わせていた。

 

視界に映ったその“敵”は、やはりその外観から予想できない挙動をしていた。

 

舵も、傾斜も、曲線もない。

直線的に、銃口を向けて、ただ撃つ。

 

――そのときだった。

 

「どけッ!!」

 

側面から体当たりするように突っ込んできたのは、損傷したカルメンだった。

黒い機体の鼻先を削るように突撃し、強引に“前線”から外す。

 

「カルメン!!」

 

「下がって、隊長――」

 

弾が突き刺さる。カルメンの機体が崩れながら、下へ落ちていく。

 

 

 

【13時13分】

マドリード上空の制空権は、実質的に失われた。

 

残存機――マリアを含めて、2。

敵影――少なくとも12以上。

 

マリアの右脚ストライカーは大破し、推進力が不安定。

 

それは、現実だった。

 

 

 

彼女は最後の魔導通信を開く。

 

「……こちらマリア・カストロ。第12飛行隊、私ともう一機を残して全滅。敵機の構造と動きは、航空機に似ているが……意志がない。空が……牙を向いたような……」

 

その電波は断続的に受信され、

これは後に、“ヒスパニア戦役”初の空戦報告として軍記録に残されることとなる。

 

そしてこの日、世界はまだその意味を知らなかった。

 

 

 




ヒスパニア戦役開幕です
大戦前の前哨戦ですがここから世界は平和から叩き起こされていきます。

挟む暇があったらロスマン先生も出したいですね
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