ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】 作:それいゆ
1936年7月17日深夜 カールスラント帝都・ベルリン中央
【外務省地下通信室】
薄闇に赤い警報灯が回り、真空管の唸りが空気を震わせた。
アプウェール(暗号傍受部局)の若い士官が紙片を握りしめ、走る。
〈ヒスパニア王国にて正体不明の飛行体が確認。空陸で交戦状態。被害拡大。援助要請の可能性〉——暗号電文は三行にも満たないが、急を要する事態と理解するには充分だった。
「……怪異か」
科白を洩らした通信官の声は震えていた。
【帝国航空省(RLM)・第5会議室】
壁際の大時計が重なる、日が変わる時間に参謀本部付き航空兵監部、帝都防空監部、外務省欧州局、財務省軍需監督局——制服と背広の列が着席する。
議長席に立ったのはフーゴー・シュタインベルク航空大将。皇帝フリードリヒ四世の親任将官で、カールスラント航空戦力を一手に束ねる男だ。
「まず現況を、ヒスパニア全土で『怪異』が出現。把握できた情報によると出現位置および交戦地域から鑑みるに外洋から飛来、上陸した線は薄く、「どこからともなく現れた」と言う他ありません」
壁の地図には赤線が幾重にも引かれ、線を帯びるようにヒスパニア中央部へ向けて黒い矢印が侵攻線を示す。
「ヒスパニアは同盟国ではなく、秘密外交なども締結していないため帝国が戦時体制に移る事は厳しいですが、義勇軍なら議会の承認の後に派遣は可能です」
内閣から派遣された内務官僚が説明する。
軍政局長グラーフは机を叩く。「義勇兵の一団と共に“技術顧問団”を派遣し、それを名目に最新鋭 Bf109 型ストライカーを持ちこめば——」
財務省代表が苦い顔で割って入る。「だが予算は?再軍備ラインはまだ道半ば、余剰機は数えるほどしか——」
「敵は不明機だ。実地データこそが最大の投資だろう」
シュタインベルクは断言した。「我々は二十年前、未知の存在に対して抵抗手段を持たなかった。この気を逃さず今回は先手を取る」
《義勇派遣》——若い参謀がホワイトボードに赤線で大書する。部屋の空気が硬く変わった。
白い軍服にマントを纏った皇帝フリードリヒ四世が、細長い窓辺から夏雲を見上げていた。
侍従から資料を受け取り、開口一番こう言う。
「……かつての怪異は東方から来た。今度は南か。」
侍従武官のヴェルナー・ヴァイデンが一歩前へ。「閣下、航空省より義勇兵派遣計画が上申されております。正式な参戦ではありませんが——」
「派遣数は?」
「ウィッチ一個中隊と人数分のBfストライカー、II号戦車を中心とした陸軍の第二機甲大隊。随伴整備員含めて総員八百。」
皇帝は軽く眉を上げた。「"義勇"とは言え我が将兵らを異国の空へやらねばならぬか」
ヴァイデンは言葉を選びつつ応える。「彼女たちは志願しております。……祖国の空を守るためにも、実戦データが必要と——」
薄い沈黙のあと、皇帝はペンを取り、命令書へ署名した。
金色のインクが紙面に染み渡る。
『帝国義勇兵団(暫定名:コンドル兵団)編成を許可する』
【帝都郊外・ヴァルテンブルク統合航空基地】
格納庫のシャッターが開き、ロールアウトから3ヶ月も経っていない鏡面仕上げのBf109F型ストライカーユニットが陽光を弾く。
奥のテストベンチでは、まだ錆も匂いも若い新型 MG-15 機関銃が点検を受けている。
マルティナ・ヴェルナー中尉——18歳、帝国三位の撃墜数を誇るエースウィッチ——が格納庫中央で腕を組む。
その隣、背丈の半分ほどの木箱に腰かけているのが、16歳のエリザベートだ。紅い髪が月に照らされて綺羅びやかに輝いている。
「マルティナ隊長、本当に行くんですか?」
エリザベートは試作バレルを撫でながら尋ねた。
「行くわよ。まだ正規の参戦じゃないけど、現場で掴む“癖”は教本じゃ学べない。……それに、あんたも来るんでしょ?」
「もちろんです。私がウィッチになったのは遊覧飛行をする為ではありませんから」
それを聞いたマルティナは少しだけ笑い、腰に手を置きながら話す。
「なら、私の背中から離れないように」
「…生身の戦場は1人で生き残れるほどヤワじゃないわよ」
【翌18日、帝国議会外壁前】
翌日の正午、正面玄関の大階段に報道陣のフラッシュが雪崩を打つ。
外務大臣アルベルト伯が義勇兵派遣の方針を「彼の国は兵装の近代化がまだ終わっておらず、それらを補填する為の武器支援と技術貸与」と表現し、巧みに記者を煙に巻いた。
質問は矢のように飛ぶ——
「ヒスパニア内政への干渉では?」
「国際連盟の承認は得たのか?」
「怪異とは具体的に何か?」
伯爵は帽子を掲げ、最後にこう締める。
「諸君、彼の国は力を王と国民を守るために欲している、彼らのために真っ先に立ち上がる国はどこだ?国境を接するガリアか?ジブラルタルを有するブリタニアか?」
「——————無論カールスラントだ」
そう言い切り大階段を降りる彼はで、ガラス張りの広報掲示板に“義勇空軍募集開始”のポスターが貼られる。
そこには大剣を背負った少女と、黒い影を割る銀色のストライカーのシルエット。キャッチコピーは簡潔だった。
『空は君を求めている——』
同日 扶桑皇国・東京
霞ヶ関の空は、夕暮れが差し掛かっていた。
帝都の喧騒が徐々に落ち着きを見せる頃、外務省地下通信室では、1本の欧文電信が優先経路を通じて到着していた。
送信元はヒスパニア・マドリード駐在の扶桑公使館。
送信文は以下の一文を含んでいた。
《未明よりカスティーリャ州南部にて、正体不明の飛行体による攻撃を確認。現地防空部隊は壊滅的被害》
当直の暗号士が内容を復号しながら息を呑み、周囲へと目配せする。
「“敵性飛行体による空襲”とあります。……世界のいずれの国家が保有する航空戦力ではありません」
無線記録には兵士たちの緊張を裏打ちするような情報が散りばめられていた。
それは、かつて欧州を戦火に巻き込んだ“怪異”の記録に、あまりにも酷似していた。
同報電として陸軍省、海軍省、内務省、首相官邸、そして宮内省宛に速やかに伝達がなされる。
午前10時を回った頃、首相官邸では臨時閣議が招集された。
会議室には外務・陸軍・海軍・内務の各閣僚と情報局長官、さらに軍令部・参謀本部の次席級が並ぶ。
「――昨日付で確認されたヒスパニアの被害、これは“自然災害”ではない。
敵意を伴う、かつ前例のない飛行体による明確な攻撃行動だ」
軍令部次長の矢矧中将が、無線記録と被害報告を並べて説明する。
「現地の王国空軍は、ウィッチを含めた飛行部隊を展開したものの、わずか数時間で制空権の殆どを喪失したとの報。敵の行動原理は不明。」
外務大臣が苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「またアレが本格的に動き出したと?」
内務大臣が渋々と質問をする。
「市民への発表はどうする? ヘタをすればパニックを招くぞ」
「全容を明かすのは勿論致しませんが、隠しすぎた結果無用な"噂"が溢れる方がかえって不安を招きます」
「あくまで"小規模紛争"として報道するのが良いかと」
報道局長がそう答えた。
軍部ではすでに対応が始まっていた。
陸軍参謀本部第二部は、全航空基地に対し対空訓練態勢の強化命令を通達。
海軍は扶桑海、および大陸沿岸の航空哨戒を1日繰り上げて実施することを決定。
舞鶴・呉・佐世保・横須賀の鎮守府には「防空監視網再点検」の通達が即座に下された。
それは、扶桑も再び“空の怪物”と対峙する時代が始まったことを意味していた。
扶桑海も、太平洋もまだ静かである。
だが、空気の下に流れるものは、あまりに重く、冷たかった。