ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】 作:それいゆ
夏の夕暮れが、家屋の外壁を茜色に染めていた。
尚樹は、一枚開け放たれた障子の向こう、板張りの廊下に立っていた。
その視線の先には、帰宅して奥の書棚で資料を整理していた章香の背中。
声をかけるつもりはなかった。
だが足が勝手に動いていた。
あの朝、彼女にすがるように呼んだ自分の声が、ずっと心に刺さっていた。
「章香さん」
背を向けたまま、章香の手が止まる。
彼女は振り返らずに答えた。
「……どうしたの?」
「話があります。……少しだけ、時間をください」
章香は静かに立ち上がり、戸口まで歩いてくる。
尚樹は、顔を上げず、ただ前を見たまま語り始めた。
「……信じてはもらえないかもしれません。けれど、言わずに済ませていい話でもない」
風が畳をなぞる音が、しばらくの沈黙を埋めた。
「僕は……この世界の生まれじゃありません。扶桑にも、リベリオンにも、ブリタニアにも、どこにも自分の痕跡はない」
章香の眉が、かすかに動いた。
尚樹は続けた。
「いくつもの“世界”を渡ってきました。遥か先の宇宙に生息圏を求めた世界や歩む歴史の違いからその先の“可能性”が違った場所。」
「そうか…じゃあお前は…」
問いではなく、気づきのつぶやきのように言葉を漏らす。
尚樹はうなずいた。
「そうです。俺は、何度もその中で生きました。」
「今でこそこんな姿ですが、実際には数えるのも飽きる年月を生きてきました。」
「そしてその度に、戦ってきた。命を懸けて、自分のために、誰かのために…」
「…お前は知っていた、このヒスパニアの騒動と…」
「これから起こるであろう事も」
半ば確信を持って言う章香。
人命を尊び、ただ戦争を憂うだけならこの"決断"に踏み出す理由にはならず。
「全てを知っている」のなら、この悲壮に満ちた少年の葛藤にも得心がついた。
「その通りです。過去の戦争が起きる流れも、命が踏み潰される順番も、あまりに近すぎる」
「…今まで見てきたどの時代も、どの世界も、人同士が際限なく怨嗟を重ねるだけで、一時的な停滞はあっても思い出した様に争いを初めては滅んでいました」
「――幾度となくそれを“黙って見送ってきた”。
その都度、戦場で勝ち取り、奪い取り……でも結局、どうにもならず」
「……」
「自分の命と望む物のために、他者から多くを奪ってきたんです。
今更精算して、綺麗に生きたいだなんて言うつもりはありません。」
章香は、何も言わなかった。
ただ、その告白を受け止めていた。
しかし、と尚樹は言った。
「今、この状況はある時と似ている。…でも、"あっち"には「怪異」も「魔女」も存在していませんでした」
尚樹は懐に手を入れ、“腕輪”を一瞬だけ取り出して見せた。
「これも、今言った話の証のようなものです」
そして、静かに言った。
「この世界に光明があるとするのなら、それはあなた達-ウィッチ-の存在その物なんだと、自分は思います」
「可能性があるのなら、自分は賭けます。」
「それが、この世界に来た意味だと思いたいから」
尚樹は腕輪を左手首に掛け、自分の脈拍を測る様に右手の親指を添え、一拍目を閉じた。
音もなく、腕輪が微かに脈動を始める。
青い光が広がった後、周囲の空気が一変した。
風の向きが狂い、光が歪み、微細な粒子が空間から生まれて渦を巻く。
「これ……は…」
章香が目を見開いた。
見覚えがある輝きだった。
尚樹の周囲を、光の霧が取り囲んでいく。
脚に、腕に、腰に、胴に、頭に、
霧の中から"顕現"する。
白金の中に銀のラインを光らせたその姿は甲冑を纏った様な姿であったが、
そこに重厚感はなく、地を震わせるような轟音も魔力反応もない。
ただ、そこに“存在する”という事実だけが、圧倒的な異質感を放っていた。
章香は、息をするのを忘れた。
それほどまでに、これは“この世界のものではなかった”。
「これが、僕の持つ力の源です」
「-ランスロット・A-」
「これと同質の力を持っていた機体は、かの世界で死神と呼ばれ、暴虐の象徴としてその時代の人々からは畏怖と憎悪の目を向けられていました」
「使い方次第では、国落としすら可能な代物です。この力で人類を守れたとしても、その後には新たな"外敵"として排除されるかもしれません。世界の秩序に対する“異物”として」
それでも、と尚樹は続ける。
「破壊の中でしか生きてこなかった僕ですが――」
そしてようやく、章香をまっすぐ見て言った。
「……許されるのなら、今度こそ、この力を“護るため”に使わせてください。
あなたや、ここで出会ったみんな、無辜の人々のために」
風が止んでいた。
章香はまだ、何も返せずにいた。
あまりに異質で、あまりに重すぎる“申し出”に――心が追いついていなかった。
けれど尚樹は、
拒絶される覚悟を持って、自分の“すべて”を曝け出した仮面に備えられたレンズの瞳は、まっすぐに光っていた。
沈黙が続いた。
尚樹は、自分の言葉がどんな重さを持っていたかを理解していた。
異物であるという事実。
兵器としての自分。
告白の果てに残るのは――多くの場合、恐怖と拒絶。
ほんの少しでも、受け入れてほしいという期待はあった。
だがそれは同時に、自分勝手な願望だとも思っていた。
だから尚樹は、章香が答えないまま目を見開いたままでいるのを見て、
そっと顔を伏せようとした――そのとき。
「――あっはっはっは!!!」
突然、道場に響いた高らかな笑い声。
「えっ……?」
尚樹が面食らう間もなく、章香はお腹を押さえながら大笑いしていた。
それは呆れでも、恐怖でも、軽蔑でもなかった。
まるで、夏の湿気を一気に晴らすような、冗談みたいな明るさと勢い。
それは、笑ってごまかすのではなく、尚樹が背負っていた空気を断ち切るための、章香なりのやり方だった。
「な、なにか……」
「あっはは、いや、いや、すまない……! あまりにも真面目な声で“国ひとつ落とせる”とか言うから、つい!」
尚樹は思わず口を半開きにしたまま、固まった。
「……今の、話は……」
「ちゃんと聞いたさ、全部。確かに驚いたし、すごい話だった。……でも」
章香は、ようやく笑いを収めながら、真っ直ぐに彼を見た。
「だからって、その力が尚樹の全てじゃないだろ?」
尚樹が言葉に詰まる。
「重たすぎるぞ。一人で背負おうとして、お前は真面目すぎる」
彼女の笑顔は、決して軽薄なものではなかった。
高笑いで空気を吹き飛ばしたその奥に、尚樹を丸ごと受け止めようとする“覚悟”があった。
「護りたいって言った。その言葉は戦士としてじゃなく、ありのままのお前の願いだ」
「だから……」
「私たちにも護らせて。どれだけ強いからって全部引き受けてやる必要なんて、どこにもない」
尚樹は、もう一度右手で左手首を触れ、艤装を解く。
光と共に再び現れた姿は章香がよく知り、そして初めて会う等身大の姿であった。
「……勇気を出してくれてありがとう」
「お前が見せてくれた勇気と志は、必ず無駄にはしない」
そう言って、彼を力いっぱい抱きしめる。
その一拍に込められていたものは――
“理解”と、“赦し”と、“これから一緒に歩く”という意思だった。
「あなたが…そう言ってくれて、嬉しいです」
尚樹が顔を上げて返した。
「敏子さんもですけど…最初から、真摯な人たちだとは思ってました。でも……それでも、怖かった」
「でも今……ようやく、本当の意味で、ここで生きていける気がします」
「改めて、よろしくお願いします」
「……章香さん」
晴れた太陽のような満ち満ちた笑顔が、そこにはあった。
告白回でした。
ランスロットはもじりナシでギアスのアイツです。
イメージとしてはライダー的な「変身」で身にまとう感じです。
細かい設定は後から出しますが、今後の事変やそれ以降はこれを使って戦っていきます。