ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】 作:それいゆ
――午後の稽古後、夕暮れの縁側にて
道場に西日が差し込み始めた頃、稽古を終えた門下生たちは縁側や庭の端に腰を下ろし、それぞれ思い思いに休んでいた。疲労感と満足感が混ざり合い、ぽつぽつと会話が弾み始める。
「……なんか、妙に落ち着いてるっていうか」
徹子がごろりと寝転がりながら言った。
「うん。大人っぽいよね。なんか、お兄さんって感じ」
美緒が頷く。彼女自身、ここ数年は男子と話すことはほとんど無かったため、彼のような同世代の男子は珍しかった。
「喋り方とか、動きとか……あんまり慌てないし」
矢野千草が、竹筒の水筒を口に運びながらぽつり。
「でもさ、緊張してるっていうか、ちょっとよそよそしくない?」
清水泉が眉をひそめるようにして、隣でうたた寝をしている猫を撫でながら言う。
「……まだ慣れてないだけだよ。今日来たばっかりなんだし」
醇子が小さな声でそう言って、視線を縁側の柱に凭れている尚樹へと向けた。
一人で縁側の隅に座りながら、道場の竹箒を手入れしている。
「でも、初めてにしてはすごく丁寧だった。掃除のときとかも」
「あと……弁当とか、ちゃんと作ってるし」
千草がぽつんと続ける
「まあ……ちょっとだけ、すごいのかも」
美緒が照れ隠しのように言う。
「そうだと思う。ただ……あんまり気にしすぎも駄目かなと思う」
誰かが口火を切ると、他の皆もぼそぼそと「うん……」「なんか変わってるよね」といった具合に、まだ評価の定まらない印象をそれぞれに口にした。
「まあ、別にイヤな感じはしなかったな」
徹子の正直な一言に、空気が少しだけやわらいだ。
「そ、それはまあ……ね」
「…ふふっ、そうだね」
美緒が素直に認めるように呟き、醇子が小さく笑う。
そして――ふと、その場の誰ともなく、ぽつりと泉が漏らす。
「……なんかさ、無口で、気が利いて、強そうで。」
「本から飛び出した人みたい」
突拍子もない事を自分でも妄想と自覚してるからか気恥ずかしそうに言う
「案外ホントかもね」
「分かる!なんか、雰囲気がね?」
笑い声がこぼれ、縁側の空気が軽くなる。
誰も深くは知らない。けれど――なんとなく気になる。
それが、今の中川尚樹に対する、10代前半の少女たちの率直な印象だった。
――その様子を、箒を触りながらちらりと横目で見た尚樹は、静かに息を吐いた。
笑い声、からかい合い、ちょっとした照れと遠慮。
くるくると変わる表情に、無邪気さと未完成な想いが透けて見える。
――ああ、これが「普通」ってやつか。
そう思った。
命の重さが天秤にかからない場所。
自分達は守られる存在であることを疑わず、そして守るものがあることを、まだ知らずにいられる時間――
「……いいな」
誰にも聞こえない声で、ぽつりとこぼす。
この空間に自分がいていいのかは、まだわからない。
だがほんの少しだけ、その輪の中に加われた気がしたことが――嬉しかった。
縁側を抜けて吹く夕風が、稽古で汗ばんだ肌を心地よく冷ましていく。
尚樹の頬がかすかに緩んでいたことには、誰も気づかなかった。
――翌朝、講道館・道場本室
まだ朝靄の残る時間帯。
天井の梁を抜けて差し込む光が、白木の床を優しく照らしている。
まだ門下生たちが集まる前だが、
尚樹は朝一の道場正面の箒掃除を終わらせ、
袖を捲って道場内の床の隅を拭いていた。
「……よお、」
ぬっと背後から現れたのは一番乗りで竹刀を肩に担ぎ、
走ってきたのか額に汗を滲ませた若本徹子だった。
「やあ徹子、早いね」
挨拶を簡単に交わして掃除に戻る。
「…尚樹さ」
その様子を見て何かを思ったのか徹子が尚樹を呼ぶ
「…?」
顔を向けた尚樹を見てストレートに言う。
「お前、参加しないの?」
尚樹は少しだけ目を瞬かせる。
だがすぐに、いつもの落ち着いた声で答えた。
「……まあね、打てなくもないけど今は手伝いだから」
「ふぅん。ってことは――その気になれば、できるってこと?」
徹子の目が、きらりと光る。
尚樹は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、苦笑するように視線を逸らした。
「お前が満足できる相手かは保証できないぞ」
「どうだか」
徹子は腕を組み、口元だけ笑って言う。
「この前の身のこなし、なんでもない人間が出来ることか?」
この前というのは落ちる醇子を2階の窓から飛び出して助け出した時のことだ
「そうかな……、無我夢中でやってできた事だからな」
尚樹はそう言って再び雑巾を絞る。
だが徹子はその様子を見て、ふと真顔になった。
「……別に、隠すのが悪いとは思ってない」
尚樹が動きを止める。
「でもさ、せっかくここにいるなら、やってみれば? みんなお前がどんな奴なのか気にしてる、本気で打ち合えば分かってもらえると思うぜ?」
その言葉には押しつけがましさはなく、どこか素朴な善意があった。
しかし、決定的な所を見逃していた。
「そりゃあ…お前はそうだろうけど。」
「俺は来たばっかの自分をすぐに受け入れて貰えるなんて思っちゃいないさ」
言い終わるまで聞いて、徹子は自身の竹刀を軽く床に立てた。
尚樹はその音に一瞬目を向け――微笑しながら徹子と目を合わせる。
「……まあ、その気になった時は、よろしく頼むよ」
「へへっ、望むところ」
「直感だが、お前は美緒や俺より数段強そうだからな」
「楽しみにしてるぜ」
それだけ言って、徹子は軽やかに戻っていく。
その背中は、まっすぐで、どこか誇らしげだった。
尚樹はしばし黙ったまま、拭き掃除の続きを再開する。
「全く…強けりゃなんでも良いって話でもないんだがな」
ボヤく様に呟くが、その声色に陰りは無かった。