ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】   作:それいゆ

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超お久しぶりです


episode8.5 『中川尚樹の憂鬱』

1936年、2月某日。 北郷章香私邸、居間。

 

『少年・中川尚樹』

彼がこの異世界に「漂着」してから2週間ほどが経過し、住み込みでの生活にも少しずつ慣れ始めてきた頃。

中川尚樹は、未だに拭いきれない強烈な違和感――いや、カルチャーショックと対峙していた。

 

それは、食事の味付けでもなければ、昭和初期の生活様式でもない。

もっと根本的で、視覚的な暴力とも言える「常識の相違」についてだ。

 

「……ううん」

 

夕餉の支度を終え、ちゃぶ台に向き合った尚樹は、向かいに座る家主――北郷章香を見て、何度目かも知れない深い溜息を吐いた。

 

「なんだ尚樹。飯が不味くなるような顔をして」

 

章香は不思議そうに眉をひそめ、味噌汁を一口すする。

彼女は今、軍務を終えてくつろいでいる状態だ。ラフな――この世界に"おいては"気を抜く際の格好をしている。

 

尚樹の視線は、どうしてもそこに向いてしまう。 そして、堪えきれずに口を開いた。

 

「……章香さん」

 

「ん?」

 

「いい加減、聞いてもいいですか」

 

「改まってどうした。悩み事なら聞くぞ」

 

箸を置き、真摯な眼差しを向けてくる章香。

その誠実さは疑いようがない。彼女は尚樹のことを「記憶喪失の身元不明児」として保護し、心から案じている。

だからこそ、尚樹はこの質問をすることが酷く憚られたのだが――これ以上は、精神衛生上よくない。

 

尚樹は意を決して、指差した。

 

「その……下、です」

 

「下?」

 

章香は自分の下半身を見下ろした。 そこにあるのは、引き締まった太腿と、それを包む下着――にしか見えない、短い布地だ。

 

「……なぜ、パンツ一丁なんですか」

 

静寂。 古時計の振り子の音だけが、カチ、コチ、と響く。

 

章香はきょとんとして、数回瞬きをした後、心底わけがわからないという顔で首を傾げた。

 

「パンツ? ……ああ、『ズボン』のことか」

 

「ズボン……?」

 

尚樹の声が裏返る。 やはり、この世界ではその認識なのか。

 

「いや、どう見ても下着でしょう。パンツですよ、パンティーです。ショーツとも呼びます。」

 

「何を言っているんだ…こんな格好普通も普通だろ」

 

章香は平然と言い放った。恥じらいなど微塵もない。むしろ、機能美を誇るかのような堂々とした態度だ。

 

「ウィッチが空を飛ぶ際、ストライカーユニットを装着するだろう? 脚部全体を覆うんだ。ひらひらした布地などあったら吸気口に巻き込まれて大事故になるし、そうでなくても邪魔だ」

 

「それは……理屈としては分かります。空では、ね」

 

尚樹は食い下がる。百歩譲って、戦闘機パイロットが耐Gスーツを着るようなものだと思えば、空での格好は納得できなくもない。

 

「ですが、今は地上です。家の中です。しかも、街中でも若い女性はその格好が大半じゃないですか」

 

「それがどうした? 動きやすいし、合理的だ」

 

「羞恥心という概念はないんですか……!」

 

尚樹の悲痛な叫びに、章香は眉間の皺を深くした。

 

「羞恥心? なぜズボンを履くことに恥じらいが必要なんだ? お前、もしかして……」

 

章香の目が、疑わしげに細められる。

 

「脚を見せるのが、そんなにいやらしいことなのか?」

 

「い、いやらしいというか……目のやり場に困るというか……」

 

「変な奴だなあ」

 

章香は呆れたように息を吐き、立ち上がった。 その動作に伴い、健康的な脚のラインがあらわになる。尚樹は反射的に目を逸らした。

 

「これは『ズボン』だ。誰に見られようと恥じるものじゃない。軍の規定でも定められ、ここ(扶桑)のみならず世界的に着られている由緒ある衣装だ」

 

「じゃあ、スカートは? あの、ひらひらしたやつです」

 

「ひらひら…うーん…あ、『ベルト』のことか?」

 

「ベルト……?」

 

またしても耳慣れない、いや知っているが確実に意味が違って伝わっている単語が出てきた。

 

「ブリタニアやリベリオンのウィッチの中には所謂「オシャレ」で腰に巻いている奴もいたが……あれは邪魔だろう。何かに引っかかるし、風で煽られるし。私から見れば実用性皆無だ」

 

章香は心底興味なさそうに言い捨てた。 この世界において、我々が知る「スカート」は、あくまで「ベルト」と呼ばれる装飾品の一種に過ぎないのだ。

 

「いいか尚樹。お前がどこの田舎……いや、異国の育ちかは知らんが」

 

章香は諭すように、しかし優しく言った。

 

「ここでは、これが普通なんだ。誰も気にしないし、誰も変だとは思わない。お前が顔を赤くしてコソコソ見ている方が、よっぽど不自然だぞ」

 

「うぐ……」

 

正論だった。この世界において、異端なのは間違いなく尚樹の方なのだ。 数多の世界を渡り歩き、地獄のような戦場を潜り抜けてきた歴戦の兵士である中川尚樹。 だが、この「常識の壁」だけはどんな巨人でも乗り越えられず、どんな光線でも貫徹出来ないほど分厚く、高かった。

 

「ほら、冷めるぞ。早く食え」

 

「……はい」

 

尚樹は再び味噌汁をすする。 湯気の向こうで、章香が胡坐をかき、リラックスした様子で晩酌を始めた。

この世界の狂った「常識」は理解した。

 

しかし、納得いかないことはもう一つあった。

 

「……章香さん、えーっと、その…」

 

尚樹は味噌汁のお椀を置くと、意を決したように再び口を開いた。

先ほどの「ズボン問答」で精神的な疲労はピークに達していたが、目の前にあるもう一つの巨大な謎を解明しないことには、今夜は眠れそうになかったからだ。

 

「なんだ、まだあるのか」

 

「ありますよ、大ありです。……ウィッチが、若い女性が履いているのが『ズボン(パンツ)』だというのは、百歩譲って理解しました」

 

尚樹は、目の前に座る家主の普段の姿を、瞼の裏に蘇らせる。

 

純白の詰襟。金色のボタンが輝く、格式高い第二種軍装の上着。

そこまではいい。問題はそこから下だ。

 

先ほどの「ズボン(パンツ)」ですらない。

紺色の一体型。伸縮性のある素材。

どう見ても、尚樹の知る世界における『スクール水着』そのものだった。

 

「その……章香さんの道場にいる時の格好は、ズボンとも違いますよね? どう見ても水着……いや、スク水……」

 

「『水練着』だ」

 

章香は即答した。

まるで「今日はいい天気だ」とでも言うような気軽さで、その単語を口にする。

 

「すいれんぎ……?」

 

「ああ。我々扶桑皇国海軍のウィッチは、伝統的にこのスタイルを採用している。文字通り、水練(水泳)にも適した機能的な被服だ」

 

章香は自分の太ももを手の甲でパン、と軽く叩いた。

 

「海軍の戦場は海の上だ。万が一撃墜され、海面に不時着した場合を考えれば、水を吸って重くなり動きを阻害する布地を着たままの遊泳は命取りになる。だから海軍では、この水練着こそが『正装』なんだ」

 

「せ、正装……?」

 

「そうだ。基地や艦内での生活、出撃時はもちろん、式典や観艦式の際にもこれを着用する」

 

尚樹は想像した。

厳粛な観艦式。並み居る提督や将校たち。その中で、上は軍服、下はスクール水着の女性たちが整列し、敬礼している光景を。

(……シュールすぎる)

頭を抱えそうになるのを必死で堪える。

 

「ちなみに、私のは佐官以上の将校が着用する第二種軍装との組み合わせだ。下士官や兵、それに練習生の場合は、上にセーラー服――坂本達が着ているあれを着用し、下はこの水練着となる」

 

「セーラー服……(スク水セーラーって事か…?決めた奴の顔が見てみたくなるな)」

 

「対して、陸軍の連中やカールスラントやブリタニアといった他国のウィッチは、先ほど言った『ズボン(パンツ)』が主流だな。水練着を採用しているのは、海洋国家である扶桑と、それを参考にした国家くらいのものだろう」

 

章香は淡々と解説を続けるが、尚樹の脳内では「どっちもどっちだ」という結論しか浮かばない。

パンツか、スク水か。

この世界の常識は、尚樹の倫理観に対してあまりにも過酷な二択を迫ってくる。

 

「……あ、でも」

 

ふと、尚樹は街で見かけたある光景を思い出した。

 

「街中で、普通の長いズボン……男性が履くようなスラックスを履いている女性も、たまに見かけますよね? あれは?」

 

「ああ、あれか」

 

章香は少しだけ表情を緩め、どこか遠い目をした。

 

「あれは基本的にはウィッチを引退した者たちだ。20歳を過ぎて魔力が減衰し、魔法力を失った――いわゆる『あがり』を迎えた元ウィッチの中には、軍務を離れたり、あるいは地上勤務に移る際に、男性将校と同じ通常のスラックスを着用する者もいる」

 

「なるほど……引退すれば、履けるんですね」

 

「まあ、規則で決まっているわけではないがな。現役を退いた証、あるいは空への未練を断ち切るための区切りとして、そうする者が多いと聞く」

 

つまり。

この世界において、あの恥ずかしい(と尚樹には思える)格好は、ただの露出狂などではなく、「空を飛べる選ばれし者」「人類を守る魔女」であることの、誇り高き証明書のようなものなのだ。

 

「私はまだ現役だし、教官として空に上がることも多いからな。この水練着が一番落ち着く」

 

そう言って胸を張る章香の姿は、やはり凛々しく、そして常識外れだった。

 

尚樹は深く溜息をつき、冷めかけた味噌汁を喉に流し込んだ。

この世界で「普通の格好」をした女性とお付き合いしたければ、相手が魔法力を失うのを待つか、一般人を対象にするしかない。

だが、これから自分が身を投じようとしているのは、その「ズボン」や「水練着」が乱舞する、乙女たちの最前線なのだ。

 

(くだらないが平和だ……。平和だけど、過酷だし前途多難だぁ…)

 

章香の眩しいほどの白さと輝きを放つ生足から目を逸らしつつ、尚樹は来るべき『魔女と魔法の世界』の生活に思いを馳せ、遠い目をするのだった。

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