【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について   作:詠符音黎

2 / 7
第2節 歴史的分岐路へと至る必然的な思慮なき選択

「……やっぱり、これ胡散臭いわよねぇ」

 

 私らしくないくらいに落ち込んでいた夜の翌朝、私は事務所のデスクに座り手に彼女がくれた《I3》とやらをつまんで持ち上げ見ていた。

 他のみんなは起きているがちょうど揃って外に出ており、事務所には私だけだ。

 寝て起きたらさすがに昨日と比べるとメンタルも回復して冷静になっていたので改めて目の前のコレってやっぱり詐欺なんじゃ……? という気持ちが湧いてくる。

 偶然あの子が頑張ったのが実を結んだだけだったんじゃ……。いやでもあの子は間違いなくコレのおかげって言ってるし……。

 そもそも相手の善意を無下にするなんて良くないし……。

 

「んーーーー……」

 

 すっごいしかめっ面になっているのが自分でも分かる。

 こんな唸っているのもなかなかないと思う。

 相手の好意を無視するのはちょっと……いやでもやっぱりマルチ商法的なやつかもしれないし……。

 

「たっだいまーアルちゃーん」

 

 そんなことでしかめっ面をしていたら、急にムツキが帰ってきたので私は急いでソレを机の下に手を動かして隠す。

 彼女の後ろにはカヨコやハルカも一緒だった。

 

「うん? どうしたの社長?」

「へっ!? な、なんでもないわよなんでも! 私はいつも通り元気よっ!?」

「……そう。まあいいけど、それよりもやっぱりロクなのはなかったよ。一応即金のを全部コピーして持ってきたけど」

 

 私の話を軽く流して言うカヨコの手には紙ペラが数枚持たれており、それを見て私はがっくりと肩を落としてしまう。

 みんなに任せていたのはブラックマーケットでの仕事探しだった。

 私が事務所でまともな依頼で即金の仕事がないかネットで探している一方で、みんなにはブラックマーケットで直接掲示しネットには乗せてないタイプの仕事……つまりダーティで危険性の高い仕事を探してきてもらっていたのだ。

 三人に見てきてもらったのは普段は受けないタイプの仕事なのだが、さすがに今月はうまくいってない仕事が多かったので、とりあえずは見てみてもらったのだ。

 私達は金さえ払えば何でもやる便利屋とは名乗っているが、それでもアウトローの流儀を外れるような仕事はしたくない。悪とは美学なのよ。『一日一惡』を行うにも信念のある悪じゃないと意味がないわ。

 ……まあ、結局私達の流儀からは外れるような仕事しかなかったみたいだけれど。

 

「そっかー……うーん、どうしようかしらねー……」

「その感じだと、マトモな方も全滅だったんだねー。そりゃそうだよねー」

 

 ムツキが「最初から分かってたじゃーん」と言ってないけど言ってるのが分かる笑い方をしながら言った。

 いやでももしかしたらあるかもしれないじゃない可能性……!

 

「や、やややや……やっぱり私が、内蔵とか血とか、もうとにかくなんでも売りますから……!」

「いいのよ本当に! 事務所追われるかもってぐらいで社員に内臓売らせるほどじゃないわよ私は!」

 

 私はもう何回も繰り返したようにハルカのお決まりの言葉に叫ぶ。

 この子いっつもこれを本気で言ってるのは大変だけど嬉しい気持ちはちょっとあるのよね……言ったら大変なことになりそうだから絶対言えないけど……。

 

「まあ、駄目なら駄目でいいんじゃない? 事務所を失うなんて慣れてるし」

 

 カヨコもいつも通りクールな態度で言った。

 でも、私は首を縦に振れなかった。

 

「嫌よ! だって今回の事務所は結構長く構えられている場所だから愛着もかなり湧いちゃってるし……条件としてはすごくいい物件だし……それに……」

 

 私は少し顔が熱くなるのを感じながらも、正直な気持ちを口にした。

 

「……ここにはみんなとの思い出もいろいろできたから、尚更……えっと、離れたくない、の」

 

 最後の方は随分と小声になってしまった。

 いや、その、言ってる途中に恥ずかしくなって……やっぱ言うんじゃなかった……。

 

「……アルちゃん」

「……社長」

「アル様ぁ……!」

「あーっ! やめなさいっっ! そんな目で私を見るんじゃないの! 私は冷酷非道なアウトローなのよぉっ!?」

 

 ぐおおおおおおっ! みんなの生暖かい目線が辛い! 辛すぎるわっ! 本当に言うんじゃなかったー! 私のイメージがーっ!

 

「アルちゃんまだ自分のイメージが守れてたと思ってたの? その自己肯定感は見習いたいねー」

「えっ!? 私、口に出してた!?」

「えっと、その、もう付き合い長いから……」

「ど、どんなアル様も素敵ですっ……!」

「嘘ーーーーっ!?」

 

 衝撃の事実に私はまた叫んでしまう。駄目だ駄目だ、ここで動揺しちゃいけないわ陸八魔アルっ! 私はアウトロー! こんなときでもクールでいくのよっ!

 

「……こ、こほんっ! とにかく! 私は諦めたりなんかしないわ! 悪党は最後の最後まで足掻くもんなのよ!」

「……そうだね。じゃあとりあえず、手持ちの依頼から一番条件がいいの、探そうか」

「おっけー! じゃあみんなで見比べよっかー」

「は、はい……私なんかじゃ何もわかりませんけど頑張ります……!」

 

 いろいろと恥はかいてしまったけど、私は素直にみんなの気持ちが嬉しかった。

 やっぱりこの便利屋68を作ってよかったと思ったし、私がいる場所はみんなの側なんだなって思った。

 当然、こんなことは面と向かって言えないし、今回はさっきのを反省して言わなかったけれど。

 ともかく、私達はそうしてみんなで依頼を見比べた。

 どれも真っ黒な仕事ばっかりだし、マシに寄ると今度は報酬が辛くなる。その中でみんなで妥協点を探り合う。そうして、私達は一つの依頼に絞った。

 

「……じゃあ、みんなの意見を総合したのがコレ。依頼主は最近急成長中のベンチャー企業。その拡大に黒い噂は絶えない場所だけどどうもそれは本当らしく、顧客データが狙われてて間違いなく襲われると分かってるタイミングがあるからそこで守って欲しいという依頼」

「いつもだったら怪しー考えた方がいんじゃなーい? ってなる依頼主だけど相手がさらにデカいけど古い悪徳企業でそいつら落ち目だから顧客データが回ったら依頼主以上に酷い扱われ方するっぽいんだよねー。いやー最高にアウトローな現場だねーアルちゃん」

 

 カヨコとムツキが最終的に受ける依頼を整理して言ってくれる。

 ムツキの言う通り、いつもだったらもうちょっと考える依頼主。

 でも今回は状況が差し迫っているのと相対的評価でマシと考えて選んだ。まあ追い詰められたときはだいたい仕事選びが雑になってる気もするけど、今回はみんなでしっかり選んだからまた状況は違うはず。……はず。

 

「そ、そうね……私達便利屋が暴れるには最高の舞台といえるでしょうね。ふふ、面白くなってきたわ……」

「ひゅー! アルちゃん言うじゃーん! さすがだねぇー!」

「かっこいいです、アル様……! 一生ついて行きます……!」

「……はぁ」

 

 流れとしてはいつもと同じ。でも、一つだけ違うのはいつもならもうどうにでもなれーっ! って感じで覚悟を無理矢理にでも決めて走り始めているのに、今回の私は未だ不安が燻っていてイマイチ覚悟を決めきれていない事。

 理由は簡単で、昨日の後ろ向きな私がまだ抜けきっていないのよ。

 本当に年に数度あるかないかってレベルのやつなんだけど、今回は日を跨ぐぐらいだから重症だ。

 しんどい。逃げ出したい。また失敗してみんなに辛い思いをさせるのが怖い。

 そんなマイナス感情が渦巻いている。

 だからこそ成功しなきゃと思い、でもこうやって気負うときの私ってだいたい失敗するしとか考えてしまう。

 今はそれを表に出さないので精一杯で、みんなが知っている社長の陸八魔アルでいようとするので大変で。

 今回は本当に失敗できない……いや、したくないのよ。

 この瀬戸際の状況を切り抜くアウトローで私はありたい、それが私の夢、私のありたい姿なんだ。

 そのためには、私は……。

 

「……うん? どうしたの社長?」

「いえ……なんでもないわ。ただこれからの戦いに武者震いしてただけよ」

 

 私はカヨコの言葉にいつものように決め顔を作って言う。

 チラリと、あの《I3》を咄嗟に入れた机の引き出しを見た後に。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

『敵確認。三十人の小隊規模部隊が四つと統合して命令を下している司令官一人。対してこっちの依頼主は護衛としての十人の分隊規模一つ、そして私達だけ。……うん、厄介だね』

『てかさー、無理ゲーじゃないこれー? 事前情報よりずっと悪いじゃーん! なんなら地図も渡されたデータが古すぎて地形と合わないしー! もうどこがベンチャー企業だよー!』

『ううう、また騙されました……アル様を騙したやつなんて絶対許しません全員吹き飛ばしてやります……!』

「いいから! それやったら全部おしまいだからハルカ! それに数程度で諦めるんじゃないわよ、たった百二十人程度、私達四人で全滅させればいいのよ!」

 

 既にまあまあ絶望的な状況なのだが、私は通信でやり取りしているみんなに向けて檄を飛ばす。

 だけど、やっぱり状況は最悪なのに代わりはない。人数差は圧倒的。地形もやって来た湾岸エリアはいろいろと手が加わっており元とは違うコンテナがいろんな場所に山積みになり重機がいくつも並んでいるという変貌をとげていて、結果情報不足でトラップ設置は不十分。おまけに護衛対象は信頼ができない。

 思う存分暴れればまあ勝てる相手だとは思う。でも、護衛対象が持っている顧客データ入りのアタッシュケースを守るとなると一気に難易度は上がってしまうし、こういうときに限って私はやらかしてしまう。

 正直、これはいつもの失敗パターンだと私は思ってしまった。

 

「…………」

 

 そこで、私は懐からあるものを取り出した。

 《I3》である。

 正直、何の略なのかも知らず、ただ「頭の回転が早くなる」なんて文言しか知らない胡散臭さしかないアイテム。

 普段ならむしろハルカあたりが手を出して「やめなさいよそんなの!」って注意する側になっていただろう代物だ。

 でも……今の私は、藁だろうとインチキ商品だろうと縋れるものがあるのなら縋りたかった。

 

「……ええい! どうせあってもマイナスにはならないでしょ!」

 

 私は半ばヤケクソ気味に頭に《I3》をつけた。

 

 ……頭につけてから、たったの一マイクロ秒にも満たない時間だった。

 私は、理解した。

 

 ――あ……これ、本物だ――って。

 

 時間が、止まった。いや、違う。思考の速度が上昇した結果、そう見ているだけなのだ。

 同時に必要な感覚だけが鋭敏になっているのが分かる。

 今行おうとしている事に対して余計な感覚は排除され、どうすれば目的を達成できるかの最善手を考える事ができるようになる。

 結果としてあらゆる感覚と思考の統合によって、今いる狙撃地点よりも遙かに高い点から鷹の目で全体を見渡しているかのような錯覚が支配した。

 それにより、敵部隊がどこに配置しそこからどこに移動しようとしているのか、最適な攻撃タイミングとポイントはどこなのか、護衛対象を守るのに最適な誘導と守るための手段はどうすればいいのか、あらゆる事を私は理解できてしまったのだ。

 

『――みんな、聞いて!』

 

 直後、私は再び通信でみんなに呼びかけた。

 

「カヨコはそこから北西八十メートル先の大型ダンプの影に隠れて! そこの道を敵が進むからそのタイミングで背後を取って設置した爆弾を利用して倒して! ムツキ! あなたは五十メートル後方のコンテナの上に陣取って敵を確認し近づけてから射撃と爆破! ハルカはそのまま正面に突撃、全員ふっとばしちゃいなさい! 私はすぐ横のクレーンに登って狙撃する!」

『えっ? あ、うん』

『はえっ? お、オッケー!』

『ふえっ!? は、はいっ! 了解ですアル様っ!』

 

 みんな驚いているのがよく分かる。そりゃそうだろう、冷静なときならともかくさっきまでの私は間違いなくテンパっていた。

 いつもだったらそのままあわあわしっぱなしだったろうに急にテキパキと指示を出し始めたんだからびっくりするに決まってるわ。

 でもみんな軽く驚くだけでその後は指示通り動いてくれた。私を信頼してくれているのが分かって、愛銃の狙撃銃であるワインレッド・アドマイアーを握る手に力が入る。

 そして数分後、いざ戦闘が開始すると状況は完全に私の読み通りに動いた。

 敵の先発隊はカヨコの奇襲で崩壊。

 混乱し投入された部隊はムツキの弾幕で出鼻をくじかれ完全に足並みも崩れる。

 そしてそこにハルカが突撃することで完全に敵部隊は形を止めなくなる。

 私はそこでなんとか抜け出し脇道を通って依頼主を襲撃しようとする敵を狙撃していった。

 さらに依頼主も依頼主でこちらに知らせず勝手に逃げ出そうとしていたがその動きも完全に予測できていたため、敵の攻撃に見せて射撃や近くのつり上がったコンテナを落とすなどして逃げる方向を操作、エリアにおいて袋小路になっている場所に誘導して私達からの逃げ道を塞いだ。

 私達が敵を全滅させた後に、万が一支払いを拒否し逃走されないためにである。

 こうして、私は《I3》によって加速した思考により敵を完全撃滅、かつ依頼主からもその成果を以て脅迫に近い交渉を行い、報酬をしっかりと手にした。

 なんなら向こう側が必要以上に怯えてくれて当初の金額よりも一・三倍程の金額が手に入ったのでこの一ヶ月の財政難が一気に解決してしまった。

 完璧すぎる結果である。

 

「いやー今回のアルちゃん凄かったねー! どしたの急に? ピンチを前にご都合よく覚醒展開しちゃった?」

「本当にね。正直、今回も駄目でしばらく公園テント生活は覚悟してたのに」

「とても格好良かったです、アル様……! 私、そんなアル様のお役に立てて光栄です……!」

 

 みんなが嬉しそうに私に言ってきた。

 そうよね、そりゃみんな覚悟してたとはいえしっかりと仕事が成功してお金が貰えるならそれに越したことはないのよ。

 

「ふふっ、私だってやるときはやるのよ? 私はこの便利屋68の社長、真のアウトローですもの。こんなところじゃ終わらないわ、これから私達のアウトロー伝説がキヴォトス中に轟く事になるのよ……!」

 

 私は私が思うかっこいい笑みを作って高らかに言った。

 そんな私にムツキは楽しそうに囃し立て、ハルカは素直に尊敬の眼差しを向けてきて、カヨコはちょっと苦笑気味になっている。

 でも、今の私はもうこれまでのドジでポンコツな私じゃない。

 だって私にはコレがあるんだ。コレがあればもう私は失敗することないんてない。みんなをガッカリさせて、辛い思いをさせることなんてない、完璧なアウトローになれるのよ……!

 私は心を踊らせながら、髪でひっそりと見えづらくした《I3》にこっそりと触れて、喜びから出る笑みを抑える事ができなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。