【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について 作:詠符音黎
あの日から、私の人生は変わった。
もうかつての大事なところでミスをしてしまうような私じゃない。
仕事は常にパーフェクトに達成。どんな困難にも打ち勝ち、一切の綻びなく敵を殲滅する完全無欠のアウトロー、それが今の私だ。
相手がどのような策を弄しようと私の前では無意味となり、相手がいかに強くともその動きは手に取るように分かる。
“便利屋68に陸八魔アルあり”と一瞬で表でも裏でも名は広まっていき、たった数日で仕事の依頼がひっきりなしになり短期間でとんでもなく儲かってしまった。
まさに私は今、私がなりたかった理想の姿になれているのだ。
それもこれも全部この《I3》と呼ばれるマシンのおかげだ。これをつけていると私は常に最高でいられる。
最近は戦闘時だけでなく日常生活でもこれをつけ、お風呂に入るときと寝るとき以外は外す事もなくなった。
だってこれをついているときってとっても気持ちいいんだもの。
頭が常にすっきりして今まで分からない事が分かり気付けない事も気付けるようになって、ミレニアムの天才達ってこんな気分なのかしら、ってなれる。
それに、私がうまくやるとみんなが喜んでくれる。
ハルカはいつも以上に私に尊敬の眼差しを向けてくれるし、ムツキは「なんか最近調子いいねー」なんて言いながらもニコニコ楽しそうにしてくれている。
カヨコだけはなんだかたまに怪訝な顔を私に向けてくるけれど、少ししたら軽く溜め息をついて言いたいことを飲み込んでる感じがあった。でも普段は特に変わらず話せているのでまあ問題ないでしょう。
とにかく、今の私は最高に満たされていた。
《I3》を胡散臭いだなんて思っていた昔の私が恥ずかしい。
これは素晴らしいものだ。
私はもう、これがないと生きていけない。
そこまで思えるぐらいに、私は《I3》の素晴らしさに惚れ込んでいた。
◇◆◇◆◇
「ん、んん……」
生活が順風満帆に行ってからもう一週間が経った。
《I3》を使い始めてから私はすっかり一番遅く寝て一番早く起きるという生活になっていた。
理由は簡単で、今の私達は事務所でみんな並んで川の字に寝ているので、みんなに《I3》を付け外ししているところを見られるのを隠すためだ。
もしかしたらみんな今の私が自分の力で完全無欠のアウトローになってないと知ったら、失望するんじゃないかって怖くなったのだ。
みんななら笑って流してくれるだろうとは思うのだけれど、でもやっぱり不安はあったし、なんなら普通に見栄を張りたいだけっていうのも強い。
というか多分そこがメインなんだと自分でも分かってる。まあでも、隠せるなら隠せるだけ隠そうと今はなっていた。
というわけでまだ寝ている三人の横で私は少し重たい瞼と体を動かし、数十センチ先の棚においてある昔なんかかっこいいから買ったけど使い所がなくて持て余していた黒い小箱を開く。そこに《I3》を収納しているからだ。
ちょうどサイズがいい感じだし、みんなも私がこの箱を中に何も入れてないまま放置しているままだと思っているだろうから都合が良かった。
「……さて!」
私は思わず笑顔になりながらもいつも通り《I3》をつける。
これをつけるとまた頭がクリアになって気持ちいいし、外してるときのほうがもう違和感があるぐらいで――
「――……あれ?」
違和感が、消えない。頭の動きが、変わらない。
「え……? どういう、こと……?」
私はすぅーっと血の気が引いていくのを感じながらも、何度か《I3》を付け外ししてみる。
でも結果は変わらない。
私の頭はクリアにならず、回らない頭は不快感を催し、鈍い感覚では何も感じられない。
「嘘……嘘……なんで、なんで……!?」
怖い、考えられないのが怖い、普通の感じ方しかできないのが気持ち悪い、こんなパニックになっちゃってるのが、たまらなく嫌だ、嫌すぎる。
頭から取り外した《I3》を目の前に持ってきて、なんどか小突いたり振ったりしてみる。
でもどれだけやってもうんともすんとも言わず、ただ七色のラインが光に反射して鈍くきらめくだけ。
もう何回やっても意味がないのは分かってるのに私はついやってしまって、こんな馬鹿な行為をしている自分がもう腹が立つ。これがちゃんと動けばこんな事にはならないはずなのにどうして。
「……もしかして、電池切れ?」
そこでやっと私はその可能性に辿り着いた。
じゃあ充電すれば……! と思い私は必死にUSB端子を挿せるメス端子部分を探す。今まで考えてなかったから規格がどれかはわからないけれど、充電するならきっとUSBのはずだ。
でも、いくら全体をくるくる回して見回してもそれらしいものはない。
これに充電ケーブルを差し込める端子がないということを受け入れるのに、十五分はかかってしまった。
ああ、こんな簡単なことを受け入れるにもこんなに時間がかかってしまうなんて。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
このままじゃ! 私はまた元のドジで馬鹿な陸八魔アルに戻っちゃう!
せっかくかっこいいアウトローになれたのに! せっかく安定して稼げるようになったのに! せっかく……せっかく、みんなに苦労させないであげられるようになったのに!
みんなから貰った恩を返せるように、なったのにぃ……!
ここから逆戻りなんて絶対嫌だっ! そんなの、そんなの……!
「そんなの……怖すぎるわよぉ……!」
エネルギー切れを起こした《I3》を持つ私の手はプルプルと震えていた。
恐怖、不安、嫌悪、不快感……いろいろなものがないまぜになって涙まで流れ、呼吸すらも落ち着かなくなってきた。
やだ、やだ、元になんか戻りたくない! 私は理想の私でありたいっ!
私は……ああ、嫌だぁ……!
「とにかく、とにかく、新しい、のを……!」
私は頑張って考える。回らない頭で考える。
どうやったら、どうやったら、新しい、コレ、を……!
「……あっ!」
そこで私は思い出した。
トリニティの、彼女っ……! あの子、最初にこれくれたとき、言ってた……! 予備、友達から貰ったの、いっぱいある、って……!
「貰いに、いかないと! これっ、ないと私っ、私……!」
私はどんどんと荒くなる呼吸をしながらも口に出し、みんなが横になってるながすぐにいつもの服に着替えた。
正直寝間着のまま飛び出したかったけど、トリニティに行くならある程度は着ておかないと途中で止められるかもしれない。
それで《I3》にたどり着くのが遅くなるとか、そんなの耐えられないからこれぐらいの時間は我慢しないと……。
「よし着替えたっ! 銃も持った! 早く、早くっ!」
私は最低限の用意をすると、急いで事務所から走り出した。
みんなが起きてるか起きてないかなんて、もう分からないし起きてたらびっくりされたかもしれないけど、そんな事は今はどうでもよかった。
事務所からトリニティはまあまあ距離がある。そこを私はとにかく走った。
途中でタクシーを見かけたときは僥倖だった。私はそれを全力で止めてトリニティへと連れてきてもらった。
そして校舎前に辿り着いたら服に入れたままだったお財布からテキトーにお札を掴んで置いて飛び出る。
後ろで運転手さんがお釣りの事を叫んでたみたいだけどどうでもいい。そんな時間をかけてる暇はないんだ。
ただ考えてみれば私は彼女がトリニティのどこにいるかを知らなかった。
確か一年だったことは知ってるけれど、どこの寮にいるのかとか、どこの校舎に通ってるのかとか、どの部活にいるのかとか、何も知らなかった。
くそっ! こんなことも分からずに闇雲に走るなんて、やっぱり元の私は駄目なのよ!
簡単な事も分からず失敗して、こんなんじゃ私はきっとみんな失望しちゃうわ……!
いや、私が気付いてないだけできっと今までみんな私のこと見限ってたのかもしれない。
可哀想だからって、ただお情けで笑ってくれてたのかもしれない。
ああそうだ……。きっと、きっとそうなんだ!
私は今まで、みんなから見下されてたんだ!
依頼主も、私達を囃し立ててる人達も! 便利屋のみんな……カヨコもムツキもハルカも! それに……先生だって――
「――陸八魔アルさん」
と、そんなとき、パニックになっていた私の後ろから声がした。
その声を、私は知っていた。
「あ、あああああっ……!」
彼女がいた。
私の背後に《I3》をくれた彼女がいたっ……! 肩に通学バッグを下げ、頭に《I3》をつけている、彼女がいた!
笑顔になる。助かったと思う。私はすぐに彼女走って縋り付く。
「お願い! またちょうだい! 《I3》、ちょうだいっ! 私! あれないと駄目なのっ! 頭、バカになっちゃうの! みんなから嫌われちゃうのっ! だから、だからっ……!」
「大丈夫ですよ、陸八魔アルさん。今日来るのは分かっていました。だから私はあなたを待っていました」
前回会ったときと全然態度が違うし、口調もやけに丁寧だったけどそんなのはどうでもいい。
私は早く《I3》をつけて思考をすっきりできればそれでいいのよ。
「ではどうぞ。今回は予備もいくつか渡しておきます」
彼女はもったいぶらずにバッグから《I3》を取り出して渡してくれた。
「……っ!!!!」
複数取っていたが、その中の一つを私は乱暴に掴んで頭につけた。
「あっ!? ああ……っ!?」
即座にやってくる、思考の加速、感覚の鋭敏化。
「はぁあぁ……!」
もっとも強いのは、多幸感。思わず顔がだらしなくなるほどの快感。
「あ……あああ……」
そして訪れた、感情の抑制。
「うあ、あ……………………」
今までの混乱も感情もすべて消えていき、ただ穏やかな静寂だけに満たされていく。
「……………………………………………………………………………………」
邪魔なものが削ぎ落とされていく。有用で効率的な情報だけに単純化していく。
巨大な存在の一つとなる充足感、素晴らしい目標を持つ事による意識の改革、奉仕する事の大事さを学んでいく。
最適化されていく脳と感覚は私をよりアップグレードしていく。
もはやそこに逸る気持ちはない。素晴らしき静寂と叡智が私を満たしていた。
「…………………………………………ふぅ」
すべてが整理される。私は落ち着きを取り戻す。
「ありがとう、おかげで助かったわ」
私は彼女に礼を言った。とてもなだらかな声で。
それに彼女はうっすらと微笑みを浮かべた。
「力になれて良かったです。《I3》を失ったときの苦しみ、恐怖、焦燥は私もとても理解しています。なので、お助けできてとても嬉しいです」
「ええ、私も嬉しいわ。これで私は私でいられる」
彼女の言葉に私は返す。
そこに余計な感情はない。ただお互い、同じ叡智に授かる事ができた事への喜びを口にするだけ。
「複数の予備と共に、これから先の入手経路の情報をそちらに送信します。これからはそちらで
入手をお願いします」
「了解したわ。情報を感謝します」
私達はお互いに耳にかかっている《I3》に指を置き、情報をやり取りする。
こうすればいいって《I3》が教えてくれた。
《I3》が教えてくれる事に何も間違いはないから、そうした。
「情報受信。ありがとう」
「いいえ、これも同じ恩寵に預かる者同士として当然の助け合いです。これからも《I3》の力を授かり、進化させ、広めていきましょう」
「ええ、分かったわ。だってそれはとても大切な事ですものね」
頷く。
だってそれが大事だって《I3》が頭に入れてくれている。だから私はそれに従う。それが正しいから、そうする。
こうして私は、再び“正常”になれた。
幸せだった。
この幸せをみんなにも教えてあげたいと、そう思った。