【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について   作:詠符音黎

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第4節 個人創世記一週間

 社長の様子がおかしい。

 便利屋68で一応課長なんて名目だけの役職をやっている私、鬼方カヨコはここ最近ずっとそんなことを思っていた。

 最初にそう感じたのは十日前、失敗続きでもう今いる事務所から引き上げかな、ってときだった。

 あのときは今まででもとりわけ仕事がうまくいってなくて、それでいて社長もメンタル状況も最悪なタイミングだった。

 なので前日の失敗時に至ってはいつもだったら前向きに次へと気持ちを切り替えてたし、なんなら「大切なのは結果じゃなくて過程よ! それがアウトローよ!」ぐらいは言ってのけるタイミングだったのに、そのときは珍しく引きずったままでついには逃げ出してしまったので一人にしてあげたぐらいだ。

 そこはムツキも理解していたし、後を追おうとしたハルカも理解してくれた。

 結局その夜は私達が事務所に帰ってからしばらくして社長は戻ってきて、翌日までネガティブを引きずっていて今回は大分重症だなとなった。

 だから今回もどこかで失敗するかもとなったし、ムツキもそこは私以上に思ってただろう。ハルカはいつも社長の事を全力で信じて全力で動くからそこまでは考えてなさそうだったけど多分予感はしていたと思う、なんだかんだで一緒にいろいろやってきて長いし。

 でも、いざ現場についたときに急に事態は変わった。

 社長はそれまで逼迫してた様子だったのが嘘みたいに適確な指示を出し始めたのだ。

 驚いたけどその声色の自信は間違いなかったからすぐに従うと、本当に簡単に依頼を達成してしまった。

 状況としてはなかなかハードだったのにも関わらずである。

 それから十日間、社長はずっと絶好調って感じだった。

 指示も動きも絶好調のときの社長ってぐらいのパフォーマンスを見せていたし、なんなら私達が知っている絶好調の社長を超えるほどの勢いもあった。

 最初、私は小さな違和感は抱いていたけれど社長が幸せそうならそれでいいかぐらいで見逃していた。

 でも、ここまでずっと続くと逆に怖くなっているのが現状だ。

 なんというか、明らかに普通ではない。

 社長は悪く言ってしまえばムラっ気が凄い人だ。だから成功するときは凄いけど失敗するときはとことん失敗する。

 あと中身は結構考えなしで動く癖に、無駄にカッコつけようとして失敗して慌てて、でもそれを隠そうとしてまた失敗して……みたいな、なんというかそういうのがお約束になるぐらいにはメンタルのブレも凄いのが社長だ。

 まあ、それはむしろ社長の面白いところだと思っているし、そういう――本人は絶対否定するし聞いたら落ち込むだろうけど――天真爛漫っぽさがあるところが私は社長の……アルの好きなところだった。

 そんなアルだからこそ、私もムツキもハルカも一緒に大変だけど楽しい便利屋68をやれてるんだ。

 でも……最近のアルは何か違う。

 彼女は間違いなく幸せそうだし、あらゆる失敗がなくなった。だが、そこには彼女らしさがなかった。

 表面上はいつもの彼女なのに、なんだが少しずつ私達の知らないアルにすり替わっているような、そんな怖ささえ感じるようになっていった。

 今のアルに対しては、初めは面白がっていたムツキも次第に怪訝な顔を見せるようになったし、あのハルカですらここ二、三日はちょっと不気味がっている感じがあった。

 みんな、胸の中に抱えていた、でも本人が楽しそうだからと見過ごしていた違和感が、もう見過ごせなくなっている、そんな感じがあった。

 そんなタイミングだった。

 朝起きると、アルがいなくなっていたのだ。

 最近早起きはするようになっていたんだけれど、誰かが起きるときにはちゃんと事務所にいたアルが、何故か。

 私は、とんでもなく嫌な予感がした。

 

「ムツキ、社長が朝どこかに行くとか聞いてない?」

「いやー……聞いてないかなぁ。なんかあったらメモくらいは残すと思うんだけど、こうして私達みんな起きてるぐらいのに連絡一つよこさないし出ないのは、ちょっと初めてかなぁ……そこらへんは無駄にしっかりしてたから、アルちゃん」

 

 ムツキの手のスマホには画面に発信履歴がいくつも並んでいいた。

 すべてアル宛ての発信であったが、何度行っても彼女が出る事はなかった。

 

「ハルカは、何か聞いてない?」

「い、いえ……あ、そ、そういえば……? いや、でも……やっぱり……」

 

 いつもより一際不安そうにしているハルカが、何か思い出したように言って、また引っ込めた。

 私は思わずそんな彼女の肩に掴みかかる。

 

「何か知ってるの!? お願い、なんでも良いから教えて……!」

「わっ……!? あ、あの、えっと……! ごめんなさいごめんなさい……!」

「はいはーいちょっとカヨコちゃん! ハルカちゃんびっくりしちゃってるから! 少し落ち着こう、ね?」

「あ……ごめん、ハルカ……」

 

 笑顔で間に入ってきたムツキの言葉を受け私はハッとした。つい感情的になってしまったのを反省し、ハルカから手を離す。

 普段ならこういうのが苦手なハルカ相手に今みたいな事なんてしないのに……。

 自分の行いが恥ずかしくなる。

 

「いっ、いえ……大丈夫、です……カヨコ課長もアル様の事、大好きなの、よく知ってますから……」

「……うん」

 

 ここでこう返してくれたハルカに私は少し救われる。

 便利屋を始めた頃だったら今ので塞ぎ込んでたかもしれないけれど、ハルカがここまで言えるようになったのは間違いなくアルのおかげだと言える。

 その事を考えると、私は余計アルの事が心配になった。

 

「あ、あの……じゃあ、その……私の勘違いだったり、なんなら夢かもしれないんですけれど……」

「いいよいいよ! どんどん言っちゃって! 私達全然気にしないからさっ!」

 

 ムツキがハルカに笑いかけながら言う。

 彼女だって不安だろうに、やっぱり気が回る子だ。アルを煽り立てて状況を悪化させる事も多く……すごく多くあるけれど、でも肝心なときには支えてくれている。

 

「あっ、あの……普通に勘違いかもしれないですし、なんならただの夢かもしれないんですけど……」

「うん、全然構わない。言ってみて」

「え、えと……実は、今日の朝……私、ちょっと目が覚めたタイミングがあって……そのとき、アル様を見た、気がしたんです……」

「社長を? じゃあ、別に夜に出てったとかではないのか……」

 

 それなら少し安心かもしれない。キヴォトスは場所によっては夜中にはうろつきたくない場所だってあるから。

 

「た、ただ……なんだか、ものすごく慌ててたって、いうか……あんな取り乱しているアル様、見たことなくて……それで私、これ、夢かなって、また寝ちゃって……うう、ごめんなさいごめんなさい、私、もっとちゃんと見てれば……!」

 

 また申し訳無さそうにハルカが謝罪をしながら俯く。

 私はそんな彼女の頭を撫でてあげた。

 

「大丈夫だよ、よく頑張ったねハルカ。すごく参考になった」

「うう、カヨコ課長……」

 

 私じゃアル程に彼女を癒やしてあげられないけれど、少しでも頑張った彼女をねぎらってあげたいから。

 これが少しでもハルカの心を軽くしてあげられたらいいなと、私は思った。

 

「……でも、その話から考えるといよいよどうかしちゃってないかな、アルちゃん」

 

 と、そこでムツキがポツリと言った。

 彼女の顔は普段から考えると珍しいぐらいに不安が出ていた。

 私達も、重たい面持ちでそれに同意した。

 

「うん……さすがの社長とは言え、私達に何もかも秘密にするっていうのは、ちょっと考えづらい。本心はともかく、大事な連絡事項はちゃんとしてくれる人だし」

「は、はい……あと、最近のアル様、なんかちょっと、怖くて……こう、うまく言えないんですけれど……ちょっと違うなって……」

「あーうん、やっぱりみんなそう思ってたよね……アルちゃんが楽しそうだったから見過ごしてたら、なんかちょっと洒落じゃなくなって来てるっていうか……」

 

 やはりみんな同じ気持ちになっていたことを吐露している。

 私達は何か大事な事を見落としていたのかもしれない。見落としてはいけない何かを。

 考えれば考えるほど不安になってくる。アルに何かあったらと思うと、凄く辛い。

 こんなとき、どうしたら――

 

「――そうだ」

 

 私はふと思い出し、スマホを取り出す。

 そしてモモトークを起動し、すぐさまメッセージを送った。

 

「カヨコちゃん、もしかして?」

 

 ムツキが聞く。どうやら同じ考えに至っていたらしく、私は頷く。

 

「うん、先生に相談してみる」

 

 先生。

 キヴォトスを纏める連邦生徒会が設置した機関、連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)を任された外から来た大人で、私達の恩人。

 このキヴォトスで起きたいろんな問題を解決してくれた頼れる人。

 先生ならこの事態も解決してくれるかもしれない。私はそう思って、先生にモモトークを送った。

 

〘先生、突然だけどお願いがある。最近社長が変なんだ。でもどうしてそうなったか分からない。だから先生の目から一度社長を見てもらって、それで……助けて欲しい〙

 

「……よし」

 

 先生なら今回の事もきっとなんとかしてくれる。

 私はそれぐらいに先生を信用していた。それはムツキもハルカもそうだし、もちろんこれは……いや、なんなら一番アルが先生の事を――

 

「――ただいま。みんな」

 

 と、そんなときだった。

 しっかりと知っているはずなのに、誰だか認識できないぐらい温かさが感じられない声が、玄関からした。

 私達は玄関を向く。そこには当然、アルの姿があった。頭に見慣れない物を――白い全体の中に一本、七色に輝くラインが入った骨伝導イヤホンのような物をつけたアルが。

 ……アルの、はずなんだ。

 

「あらどうしたの? みんな集まって、そんな驚いた顔をして」

 

 アルの言葉には、心がなかった。

 僅かながらの抑揚はある。穏やかで優しい、母親のような安らぎを感じるトーン。表情も柔らかな微笑みで余裕が満ちている。

 だがそこに感情は一切乗っていない。

 例えるならばそう、カスタマーサービスに電話したときに聞く合成音声の案内というのが近いだろうか。

 ただ情報を伝達するだけの音声にしか過ぎない……性質としては、あれと一緒なのだ。

 今のアルの言葉は“機械”の言葉だった。

 

「…………えっと、アルちゃん……だよね?」

 

 ムツキが珍しく表情を強張らせながら聞く。

 おそらく、今感じている違和感はこの中で彼女が一番覚えているはずだ。

 アルの幼馴染でもっとも彼女の隣にいたムツキが一番、恐怖を感じているはずだ。

 

「ええ、そうよ。私は陸八魔アル。ゲヘナ学園二年生であり、便利屋68社長。それが私、陸八魔アル」

 

 彼女が言葉を重ねるたびに。

 表情を動かすたびに。

 目の前の彼女が、アルではなくなっていく――

 

 ――スマホの通知音が、鳴った。

 

 モモトークの返信が来たのを告げる通知音だ。

 私は咄嗟にスマホを取り出しアプリを開く。すると、そこにはこう書いてあった。

 

〘“カヨコ、逃げて!”〙

〘“今キヴォトス中で、何かが起きてる!”〙

 

「あら、どうしたのかしらカヨコ? そんなに顔を真っ青にして。一体、だれからどんな連絡があったのかしら?」

 

 息が止まるかのような声。

 顔は変わらず微笑みをたたえているが、明らかに私達がアルの異変を感じ取っていることを察している。

 そして何よりも、私達を見ているはずなのに何も映っていないような、空っぽの目がたまらなく怖かった。

 

「……あ、あなたっ、誰ですかっ!」

 

 そんなときだった。

 ハルカがアルに急に彼女の愛銃であるショットガンのブローアウェイを向けて言ったのだ。

 声は震えていたが、そこには明確に怒りがあった。

 

「あら? 何を言うのかしらハルカ。私は陸八魔アルで――」

「――嘘ですっ!! アル様は、アル様はこんなんじゃありませんっ! アル様をどこにやったんですか、この偽物っ!」

 

 言ってしまえばいつものハルカのアルを思っての暴走ではある。

 だが、今回に限っては私も同じ気持ちだった。

 

「そ、そうだよ! アルちゃんはもっとドジで間抜けなところがあって、でもいい子で憎めないのがアルちゃんなんだからっ! こんな冷たい感じじゃないし!」

 

 それはムツキも当然そうだったらしく、ハルカにつられて彼女も言った。

 今のアル……らしき目の前の“何か”がそれほどまでに不安にさせる存在であるのは間違いない。

 

「…………はぁ」

 

 だが、直後に目の前の彼女から出たため息で、私は思った。

 

 ――まずい。

 

 直感だった。

 今までなんどか経験した事のあるものだった。

 明確な、こちらを害そうとする、殺意だ。

 

「みんなっ、窓っ!」

 

 私はすぐさま叫び窓に向かって走り出す。

 ムツキも一瞬で私の言葉に反応して体を窓の方に向ける。

 

「え、えっ?」

 

 だが、ハルカは反応が遅れてしまった。

 次の瞬間、アルがハルカに向けて銃口を向けていた。

 

「くっ!?」

 

 私は窓に向けて走り出していた足を無理に翻してハルカの方に向ける。

 ――銃声。

 ハルカが、撃たれた。アルによって。

 

「がっ……!?」

「ハルカっ!?」

 

 至近距離の7.62mm弾がハルカを捉える。

 撃ち込まれたのは脳天であり、いくらハルカがタフだからと言ってダメージは当然ある。

 

「くっ……!」

 

 私は吹き飛ぶハルカの首根っこを掴み、そのまま窓の方へと向く。

 同時にムツキが射撃で窓ガラスを割っていた。

 

「カヨコちゃんっ!」

「分かってるっ!」

 

 私はハルカを脇に抱えたまま三人で事務所の窓から飛び降りる。

 高さは三階からだったが、キヴォトスの生徒ならこれぐらい結構痛いぐらいで済ませられる。

 

「……対象の制圧、失敗。追跡開始」

 

 私達の後を追って窓から降りてきたアルが言った。

 あまりにも色のない音だった。

 

「ハルカちゃん行けるっ!? 走るよっ!」

「う……は、はい……!」

 

 地面に降ろした後なんとか立ち上がったハルカにムツキが言い、それに対しハルカはしっかりと答えた。

 ダメージはまだ残ってそうだったが、さすがハルカとも言うべきか気を失ってはいなかった。

 私達はとにかく走った。

 獲物が拳銃である私が時折背後から追ってくるアルに牽制射撃をしたが彼女はすべてを避け、追跡しながらも射撃してきた。

 移動しながらとは思えない精度で、私達は何発か貰っていた。

 そうして逃げていくと、やがて私達はキヴォトスの中でも中立地帯とされているところに駆け込んでいた。

 どこの学校の自治領でもない、いわゆる緩衝地帯とでも言うべき場所だ。

 そこは生徒達にとっての娯楽施設が山程あり、いろんな学校の生徒達が入り交じることにも定評があった。道行く制服の違う彼女らは皆笑い合ったり喧嘩したりと喧騒に溢れていた。

 私達の逃走劇もキヴォトスではよくあるそんな喧騒と見られたのか、興味を示す者は少ないようだった。

 

「…………」

「クッ……」

 

 私達はだいぶ走って疲れてきたのに、アルにはその気配が見られない。

 いや、疲労はしているのかもしれないがそれが表情に一切表れていない、というのが正しいだろう。

 正直、このまま逃げていても私達に勝ち目はなさそうになかった。

 今のアルの強さは異常だ。多分、三人で相手をしても負けてしまう。いや、多分本気で戦えば勝てるだろうけど、今の私達だとアル相手に本気で戦うなんて無理だ。だからこそこうして逃げているのだが、それも終わりが見えてきている。

 だがまだ策がないわけではない。この先を走り続ければゲヘナの領地になる。

 そしてそこで私達が騒動を起こしていると知れば風紀委員会、特に私達を目の敵にしているアコなんかはすぐに飛びついてくるはずだ。

 そこで一緒くたにでも制圧されてしまえば、なんとかなるかもしれない。

 私はそういう算段を持って走っていた。

 

「…………」

 

 だけど、まだゲヘナ領まで少しかかるぐらいの位置、中立地帯でも特に人が多い大通りでの事だった。

 アルが、急に立ち止まったのだ。そして、ふとこめかみにあるイヤホンらしきものに指を当てていた。

 

「えっ? 一体……」

 

 私達はその姿に思わず走る速度を下げ三人で振り返った。

 すると、彼女の声が聞こえてきた。

 

「命令受信、了解」

 

 とても冷たい表情で、あまりにも感情のない声でアルはそう言っていた。ワイヤレスヘッドセットとかのオンオフとかの音声案内のほうがまだ温かみが感じられる言い方だ。

 

「命令受信、了解」「命令受信、了解」

 

 ――同じ言葉が、別のところからも聞こえてきた。

 

 声の方向を見ると、そこには大通りを歩いている生徒がいた。あの制服はトリニティ、そしてミレニアムのものだ。

 同じ言葉を発した二人の頭には共に、あの謎の白いデバイスがつけられていた。

 

 

「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」「命令受信、了解」

 

 

 なん、だ。これ――。

 

 大通りのあらゆるところから、無数に同じ言葉が聞こえてくる。

 ざっと見ただけでもその場にいた四割ぐらいの生徒が、みな同じ表情、同じ声色で同じ言葉を発していた。

 ゲヘナだろうとトリニティだろうと、ミレニアムだろうと百鬼夜行だろうと、山海経だろうと珍しく姿が見えるレッドウィンターだろうと、どの学校の制服だろうがみな関係なく、機械のような応答と、空っぽの目をしていた。

 

「命令、実行」

 

 そして、誰かがそう言ったかと思うと、彼女らは一斉に銃を取り出し、周囲に向かって無差別な攻撃を始めたのだ。

 悲鳴と爆音がいたるところから上がる。

 彼女らは隣にいた他の生徒、立ち並ぶ店舗、生徒じゃない一般人などとにかく周囲に攻撃を行っていた。

 私達は簡単に死なない体とは言え、その光景はまるで虐殺行為のようであった。

 そして、それを行っている中には当たり前のようにアルもいて――

 

「カヨコちゃんっ!」

 

 と、そこでムツキに名前を呼ばれた事で私は足を止めてしまっていた事に気づき、ハッとする。

 

「あっ、ごめんっ……」

 

 私は再び走り出す。周囲の惨状に対しできることはなにもない。

 事態はもはや、私達便利屋の話だけではないようだった。

 私達は走る。

 もはやゲヘナに逃げ込んでアルを捕まえて貰おうとかそういう計画はない。

 どこへ行っても破壊行為を行っている生徒だらけなせいで、ただ安全な場所を探し走っているだけだった。

 そんなとき、急に目の前の道路に複数台の大きな白いバンが停車した。

 近くには白いデバイスをつけて暴れている生徒と、意識を失い倒れている生徒の姿が。

 バンのスライドドアが乱暴に開く。そこから同じく白いデバイスをつけた生徒達が現れ、気を失った生徒達をバンの中へと運んでいっていた。

 

「あれは……っ」

 

 進路を狭められた私達は意図せず足を止めてしまう。

 道は横にビルが立ち並ぶも、左右に曲がる道は進路を妨害している彼女達の先にある。

 ゆえに後方を戻ろうと振り返るも、そこにはいつの間にか同じく白いバンが止まっており同じく戻るのにも骨が折れそうになっていた。

 進むにも戻るにも、私達は彼女らを倒さなければならなかった。

 

「くっ……」

 

 私達は銃を構える。

 すると、後方のバンの隙間から一人歩いてきた。

 アルだった。冷たい表情の彼女が私達に近づいてきたのだ。

 

「……アルちゃん」

「アル様……」

 

 ムツキとハルカが悲しそうな声を出す。私も声は上げなかったが同じ気持ちだった。

 本当に、一体どうしてこんなことに……。

 状況としては絶体絶命であった。

 だがそんなときに、再び状況が動いた。

 前方の進路を封鎖していたバンが、突如爆発で吹き飛んだのである。

 中にいた気を失っていた生徒とそれを運び入れていた白いデバイスをつけた生徒は双方バンの中から落ち、黒く焦げたバンが道路に転がる。

 今のは恐らく無反動砲での攻撃だ。一体、誰が?

 バンが吹き飛ばされてすぐ、その答えは分かった。横転したバンを吹き飛ばして何台かの歩兵機動車が突入してきたのだ。上部から体を出し発射したと思われる無反動砲を担いているのは、ゲヘナ風紀委員会の生徒だった。

 歩兵機動車の扉がバンと開く。そして、そこから声がした。

 

「あなたたち! 早く乗りなさい!」

 

 そう言って私達に手を差し伸べるのは、ゲヘナ風紀委員行政官、天雨アコだった。

 

「っ! みんなっ」

 

 私は叫ぶ。それにムツキもハルカも頷き、アコの元に走る。

 追ってこようとする生徒達に、他の歩兵機動車からゲヘナ風紀委員が射撃を行い近寄らえない。

 私達はおかげで難なく歩兵機動車に乗車することができた。

 

「出してくださいっ!」

 

 アコが叫ぶと歩兵機動車はすぐさま動き出し、その場から走り去る。どうやら私達が元から行こうとしていたゲヘナ学園の方へ行こうとしているようだった。

 

「……アコ、どうして」

「勘違いしないでください、私達はあなた達だから助けたわけじゃありません。今、キヴォトス全土が緊急事態故に、あらゆる武力組織が生徒の救助及び鎮圧に動いている。それだけです」

 

 私の言葉にアコは顔を向けず目の前のパッドを操作しながら言った。

 

「やっぱり、こうなってるのってここだけじゃなかったんだね」

 

 対して私は彼女の言った言葉を受けて返す。

 中立地帯であれなのだ。キヴォトスのあらゆる学校の自治領内で同じ事が起きていてもおかしくなかった。

 

「はい。実は以前からキヴォトス各地で異変は確認されていました。異様に能力を向上させたあと、個性を喪失した生徒が散見されるという、小さな異変が」

「そっ、それって……」

「アルちゃんと一緒だ……!」

 

 ハルカとムツキが言う。私は隣で唇を噛む。

 

「ええ。実は何件か同じような報告を受けていた先生が、各校の懇意にしている生徒達を通じて調査は行っていたのですが、なかなか全容が捉えられず、結局この状況を引き起こしてしまいました。……私の落ち度です、もっと先生の言葉を重く受け止め、連携して注意していれば……」

「そうだったんだ……あ、じゃあ先生は? 先生は無事なの?」

 

 この状況をいち早く察知しシャーレが動いていたのなら、先生の身が危なくなっているのかもしれない。

 そう考えると不安になり、私は思わず聞いた。

 

「大丈夫です、先生のいるシャーレのビルはヒナ委員長とアビドスの小鳥遊ホシノが守っています。なので先生の身に危険が及ぶことはまずないかと」

「ああなるほど、それは絶対安全だ……」

 

 どっちか片方だけでもまず抜けないだろうに、あの二人が揃っていたらいくら軍隊を揃えようが間違いなくどうしようもない。

 恐らく今のキヴォトスで一番シャーレが安全な場所だろう。

 私はホッとした。

 

「てかさー! なんでこんな事になってるのよもー! アルちゃんがアルちゃんじゃなくなってるし、他の子もロボットみたいになってるし! もーなんなのさー!」

 

 ムツキが不満爆発と言った様子で叫ぶ。

 確かに明らかにこんな異常事態、今までのキヴォトスの中で起きた事件でも規模で言えば上から数えた方が早いだろう。

 これほどの事態になっているのなら、相当な陰謀が動いているのかもしれない。

 私達はアルの顔を見る。

 

「……シェルターにしているゲヘナ学園までまだ少し時間があります。情報の共有を今ここでしてもいいでしょう」

 

 アコは少しだけ逡巡した様子を見せたのち、コホンと軽く咳払いをした話し始めた。

 

「今回のテロを行っている生徒は(みな)思考増幅装置(Intellection Increased Installation)……通称《I3》というデバイスに操られているようです」

「《I3》……?」

 

 聞き慣れない名前だと思った。

 顔を向けてみるが、ハルカもムツキも首を横に振っている。

 

「どうやら一部生徒の間で秘密裏に出回っていた物のようで、頭に装備することによって思考速度の急激な上昇、及び五感の鋭敏化が行われるデバイスのようです」

「そんなものが……じゃあ、それを社長が……?」

 

 それならここ数日のアルの優秀さにも説明がつく。私達に見えないように髪でその《I3》というデバイスを隠しながらも使用していたために、この一週間のアルはあそこまで優秀だったのだ。

 私が、もっと早く気付いていれば……。

 

「ええ。ですがそのデバイスを使用した生徒は皆、一様にデバイスを失った時に禁断症状と言える状態に陥っていたようです。いくつかの目撃例がシャーレに上がっています」

「あっ、じゃあ、アル様が朝慌ててたのって……」

「ええ、まさしくその禁断症状でしょうね。そして再度《I3》を装備すると、個性が失われ機械のようになる……そして、今こうして彼女らはキヴォトス中で攻撃を行い、生徒達を拉致しています。恐らく、何者かの命令を受けて」

「あっ、なんかそういえばみんなそんなこと言ってた! じゃあ……」

「はい、今その命令の出どころを先生の指揮の下で探し、突き止めてこの事態を止めようとしている最中です。それまでの間、私達ゲヘナ風紀委員会、それに正義実現委員会やミレニアムのC&C、ヴァルキューレと言った組織が一丸となって状況への対処を行っているのが現状です」

「そっ、そうなんですね……良かった、先生が動いているのなら、な、なんとか……アル様も、きっと……」

 

 ハルカがホッとした様子で息を吐く。

 言葉に出したのはハルカだけだったが、気持ちはそこにいるみんなが一緒だった。

 先生ならなんとかしてくれる。やっぱりみんな、そう思っているようだった。

 

 ――その瞬間、私達の乗っている歩兵起動車が爆音と共に大きな衝撃で激しく揺れ、天地が逆転して私達は宙空を泳いだ。

 

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