【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について 作:詠符音黎
ミレニアムサイエンススクール。
私、早瀬ユウカの通っている学校で、セミナーの会計として苦労しながらも愛する友人達とともに過ごせる学び舎。
そこは今、キヴォトスの中で最も苛烈な戦場と化していた。
「あーーーっ! なんでミレニアムの生徒があんな胡散臭い代物に引っかかりまくってるのよっ!」
物陰に隠れながら私は叫ぶ。
今、私を銃撃している連中の大半は《I3》なんていう胡散臭いデバイスに操られたミレニアムの生徒だ。広い校舎内とはいえかなりの数が撃ってきている。
中には他からやってきたゲヘナやトリニティの生徒も混ざっているが、ミレニアムの敷地なのて当然ミレニアムの生徒が一番多い。
「でもさー、それを見逃してたのはユウカじゃないの? 駄目だよ責任転嫁は!」
私の隣でゲーム開発部の才羽モモイが言った。
攻撃を受けながらも彼女の顔は鬼の首を取ったかの如く得意げだ。
「しょ、しょうがないでしょっ!? 話小耳に挟んだときはまた疑似科学部の連中が変なもの配ってるんだろうぐらいに思っちゃたんだからっ! あーもー自分で自分に腹が立つーっ!」
イライラしながらも私は時折遮蔽物から身を乗り出し射撃、そして時折攻撃を避けながら前進し、前に出る。
その後からモモイがついてきて私の撃ち漏らしを倒して続いていた。
「にしたってシャーレからの情報曰くキヴォトス全生徒の二十五パーセントが操られてるって、どんだけ騙されてるのよみんな! バカばっかなの!?」
「いやーでも気持ちは分かるよー、実は私も危なく使いそうになってて……」
「は!? 初耳なんだけどそれ!?」
「いやー危なかったよ。つけたら頭が良くなるって聞いて回ってきたのウキウキしてつけるとこだったんだけど、ゲーム開発部のみんなでワチャワチャ取り合ってたら壊れちゃってさー。それでそれっきりで今日まで忘れちゃってた」
「あ、あなたねぇ……そういうことがあったら連絡してくれたって良かったんじゃないの!?」
「いやーだって疑似科学部の変なアイテムをいちいち報告するのもアレかなーって」
「結局あなたも私と一緒じゃないの!」
私は横で悪気なく笑うモモイに言った。
この子は本当に……!
「――光よ!」
すると、突如目の前の生徒達が突然の横からの光線で全員吹き飛んだ。
今のはレールガンの射撃であり、そしてその前に聞こえた言葉からして、私達の知っている子なのは間違いなかった。
「アリスっ! それにみんなもっ!」
モモイが嬉しそうに名前を呼んでレールガンが発射された壁向こうに走っていく。
そこにいたのはモモイと同じゲーム開発部の天童アリスちゃん、そしてその後ろにはモモイの双子の妹の才羽ミドリとゲーム開発部の部長である花岡ユズがいた。
ゲーム開発部勢揃いだ。
「みんな! 大丈夫だった!? 私達、ちょうどあなた達を助けに行くところだったのだけれど」
そう、私とモモイはミレニアムの中で追い詰められはぐれた三人を助け出すために先程まで火中に飛び込んでいたのである。
まあ、結果的には助けられる形になってしまったのだが。
「はい! この人達が助けてくれましたので!」
アリスちゃんがそう言って彼女らの背後を指差す。すると、そこには驚きのメンバーがいた。
「あなた達は……ハスミ副委員長に、スズミさん、チナツさんも……!?」
そこにいたのは、トリニティの正義実現委員会における副委員長の羽川ハスミさんに同じくトリニティで自警団をやっている守月スズミさん、そしてゲヘナ学園の風紀委員会である火宮チナツさんだった。
かつて先生がシャーレに来たときに初めて先生の指揮下に入ったメンバーが集結していた。
「あなた達、どうして……」
「お久しぶりですユウカさん。さっそくですが、どうやらあの《I3》へ命令を出している者がこのミレニアムにいるらしく、しかし現場にいるユウカさん達には通信を妨害され届かなかったため、転戦してた中こうして近くで戦っていた私達が集まりやって来たのです」
「あれを操っているのが、うちに!?」
驚いたがおかしな話ではなかった。
むしろあれほどのデバイスをミレニアムの生徒が作っていることはまず私が考えるべき事であった。
逆に、そうと分かれば私の頭は一気に回る。操られている生徒の配置、またその生徒達が操作しているドローンの巡回経路、戦場となっている箇所から考えて、私はさっそく一つの結論をみんなに伝えた。
「……だとするならば、怪しそうな場所があるわ。多分あっちの古い寮よ。みんな、ついてきて」
私は銃で扉の方向を指し示す。
それにハスミさん、スズミさん、チナツさんの三人は頷く。
「さすがですねユウカさん。セミナーの会計の名は伊達じゃないですね」
「ならばさっさと抜けてしまいましょう、トリニティで戦っていたはずなのに戦っていたらこんなところまで流れてしまったんですから。こうなれば乗りかかった船です」
チナツさんとスズミさんがそう言って武器を構える。
私とハスミさんも頷き、同じく武器の残弾を確認した。この弾数ならまだまだ戦えるだろう。
「おーし行って来いユウカ! ここは私達に任せてっ!」
「アリス達が押し寄せてくる相手に無双してあげます! それもまた勇者なのだとアリスは学びました!」
モモイ達が笑って武器を構えながら言った。
どうやら私達の背後を守ってくれるつもりらしい。構造上、私達がこれから行く寮に進んでいくに際し、今いるフロアはどうしても通らないといけない場所なので、彼女らがここを守ってくれるとなるのならこれほど心強い事はなかった。
「分かったわ、お願いするわね! 行くわよ、みんな!」
私達はゲーム開発部に後を任せ、目的地までと四人で進んでいった。
当然、道中には大勢の操られた生徒やドローンがいて厚い防衛戦を築いていたが、かつて先生の指揮下に入って戦った私達四人にとっては、苦労はしても突破できない相手ではなかった。
待ち構える大勢の敵を排除していって、私達は目的の場所にたどり着く。
そこは、いくつもある学生寮の一つで、大分昔に建てられたものだった。
「……で、今回の事件、首謀者が誰なのかも分かってるのかしら?」
その寮にて、私は地下へと続く通路の扉を開きながらハスミさんに聞いた。
寮を守っていた敵はすべて倒し、現場の状況から考えて地下にあるボイラー室が怪しいと踏んだのだ。
「はい。シャーレが調査した情報によると、今回生徒達を操っている
「サイン……量産前の初期型で、愛着があったのが流れていたのでしょうか」
チナツさんが怪訝な顔で顎に指を抑えながら言う。
私は一方でその名前について覚えがないか思い出す。アリスちゃんみたいな特例でもない限り、ミレニアムの生徒の名前はだいたい頭に入れているはずだから。
「えっと……十三丘……十三丘ナナ……んー……ああ、そうね。確かにうちの生徒よ。でも彼女は正直に言ってしまえば特別な点は何もないような子のはずだったけれど……」
私はタブレットを取り出し生徒情報を確認する。
ミレニアムサイエンススクール三年生、十三丘ナナ。
成績は平均点には届かないが赤点にも掠っていない中の下から下の上をキープ。
体育の成績も平凡。銃撃戦でも特に特筆するような能力はなく、性格も温厚。今に至るまでの在学期間に問題を起こした事例なし。
所属している部活もない、いわゆる帰宅部。ミレニアムの生徒らしくプログラミングや機械いじりが好き。
そんな短いプロフィールと共に添付されているのは長い茶髪で目が隠れた少女の写真だった。
「……でも、これほどの事件を引き起こしたのならこの情報や普段の生活はすべてカモフラージュだったのかもしれない。注意して当たるに越したことはないわね」
「ええ、どんな罠があるかもわかりませんし細心の注意を払って進みましょう」
私はそんなハスミさんの言葉に頷くと、先頭となり地下への階段を降りていく。
しかし、意外なことに地下には兵隊どころかトラップの類も一切なく、不気味なほどに難なく該当のボイラー室前まで来られてしまった。
「……スリーコールで行くわよ」
だが、だからと言ってまだ油断はできない。私はボイラー室の扉に手をかけ、反対側で構えるハスミさん達に言う。彼女らもまた、私の言葉に静かに頷く。
「1……2……3っ!」
タイミング合わせ私達は扉を破って室内に侵入する。
「シャーレよ! 十三丘ナナ、大人しく……え?」
そこに広がっていた光景に、私は言葉を失って銃を構えていた手を思わず降ろしてしまった。それは私だけでなく、ハスミさん達も一緒だった。
目の前には、確かに十三丘ナナがいた。
だが、彼女は無骨で沢山のコードが差された金属の椅子に座っており、頭は顔の上半分を巨大な穴の空いた円柱――隙間から青い光が漏れ出ているので、恐らく大きなデバイス――で覆われている。
その頭を覆っているソケットからは十センチ近い巨大なケーブルが三本ほど伸びており、そのケーブルは椅子の背後にある非常に大きい機械に繋がっていた。
機械は縦二メートル、横四メートルはある巨大な横長の長方形で、緑のランプやオレンジのランプがどういう意味を持つのかは分からないが点滅しており、小さな液晶ディスプレイは古い規格なのか非常に粗い解像度で『ver6.66』と表示されている。
機械は轟音と共に蒸気を吹き出しており、どうやらボイラー室の熱で発電を行っていて上に伸びるホースから寮の水道を引いて冷却水として使っている機構が見て取れた。
あまりに巨大で古めかしく粗雑な鉄の塊。十三丘ナナと思われる少女は、まるでそれのパーツの一つであるかのように座っていた。
唯一見える口元に一切の表情はなく、僅かな呼吸の動きと円柱の上に浮かぶヘイローが見て取れていなければ死体と勘違いしてしまうところだった。
「……こ、これは一体」
チナツさんが声を震わせながらも口を開く。
異様な光景に、歴戦のゲヘナ風紀委員でも動揺が隠せていないようだった。
「…………」
私もまた、恐る恐る座っている彼女に近づき、様子を確認する。
やはり呼吸はあるようだから死んでいるわけではない。
だが、例え私がその体に触れても、近くで名を呼んでみても彼女に一切の反応はない。
なので、私は慎重に彼女の頭を覆っている円柱を持ち上げてみることにした。
円柱は意外な程にあっけなく取り外せる。だが、そこの下にある彼女の顔を見て、私は思わず顔を歪めてしまった。
「こ、れは……」
そこにあったのは、生きているはずなのに死んでいるとしか言えないような顔だった。
手入れがされていないボサボサとした髪の隙間から見える片目には一切の生気が感じられない。例えるなら、濁ったビー玉を見ているかのような、いや、まだビー玉の方が透けて見えると言えるほどに透明感のない瞳が、そこにあった。
頬は痩せこけ、唇も乾いており、生きるのに必要最低限の飲食しかしていないのもなんとなく分かった。
「無理よ……こんな子が、こんなになっちゃってる子が、これほどの事件を起こすような命令なんて、出せるはずない……」
思わず、私はそんなことを口にしてしまった。
だって、ここには意思が存在していない。魂が感じられない。ヘイローはあるけれど、これのどこが生きてるって言えるのよ……こんなの、死体と何の違いがあるって言うのよ……!?
「……皆さん、これを見てください」
そこでハスミさんが唖然とする私達に言った。
彼女はいつの間にか部屋を調べていたらしく、今彼女は十三丘ナナが座っている位置から見て前方右斜めの方の部屋の隅にある、汚れた机の上で本を開いているようだった。
私は一旦持ち上げていた円柱を床に置いて、他の二人と同じように彼女の元に行く。
「これは……日記? 彼女の?」
少しだけ先についていたスズミさんが言った。彼女が開いていたのは十三丘ナナの日記らしかった。
事件解決の糸口が掴めるかと思い、私達はそれを読み始めた。
『%月$日 今回のテストも結局平均点は取れなかった。自分なりに頑張って勉強しているとは思ってるのに、どうしても届かない。でも、その結果赤点を取る事もない。だからと言って、気分は晴れない。ミレニアムに入る前の私は、きっと素晴らしい発明をしたり楽しい学園生活を送ったりできるものだと思っていた。でも、現実はそうじゃない。授業についていくのがやっとで、特に目立った事もない。友達付き合いも上辺だけのもので、熱中できることもない。趣味のプログラミングもヴェリタスみたいに雲の上の人達がいるし、機械の組み立てもエンジニア部の成果物から見れば子どもの粘土細工だ。私は、一体何者なんだろう。このまま、何者にもなれず終わっちゃうのかな、私』
「……どうやら、彼女は自らの能力にコンプレックスを抱いていたらしいですね」
ハスミさんがとても重苦しい表情で呟いた。
私はそれにゆっくりと渋い顔で頷く。
世の中にいる人がみんな成功するわけじゃない。社会がどんな形であろうと、どうしても上下は生まれてしまう。そして、それは研究機関としての性質を持つこのミレニアムではとりわけそうだろう。
彼女はそこで、自らの能力に苦しんでいたみたいだ。
きっと、彼女だけじゃなくこの学園都市に住まう生徒達の多かれ少なかれ持っているだろう悩み。
私達はそれを感じながら、更に日記を読み勧める。
『%月¥日 妙な機械ができていた。いつも夜にやっている機械いじりの代物なのだが、普段だったら朝起きて確かめたらただのガラクダで苦笑してしまうものが出来上がってるのがいつものことなのに、今日確認するとどうにも違った。完全に偶然の産物なのだけれど、どうにもこれは電気信号の速度を早める事ができるらしい。これだけ書いたら通信革命が起こせそうなものなんだけど、実際そんなうまい話はなく影響を与えられる範囲がとても狭い。これではせいぜいレトロゲームのロードを早くする程度にしか使えないだろう。まあでも、私の作るガラクタの中ではだいぶマシなものなので別に壊さず取っておこう』
『%月@日 私はとんでもないものを作ってしまった。あの電気信号の速度を上げる偶然の産物を、ちょっとした実験のつもりでマウスを使っての迷路実験に使ってみた。意味のない遊びのつもりだった。でも、これを使ったマウス十匹がどれも、まるで直線の道を走り抜けるかのように一発でゴールにたどり着いたのだ。それもどんな複雑な迷路でも。つまり、この機械は生物の思考速度、及び感覚を強化する事ができる。これを発展させれば、間違いなくキヴォトスの生徒達にも適応できる。それを世に出されば、私もミレニアムの名だたる天才の一人になれるかもしれない。やってみる価値は、大いにある』
驚きでしかなかった。
ここまで学園都市全土に猛威を振るっている悪魔のデバイスとでも言うべき物が、寝ぼけた生徒の手で偶然生まれた代物だと言うのだ。
にわかには信じられなかったけれど、でも今の惨状を考えると信じるしかないだろう。
そこからしばらく日記は機械の機能向上のための試行錯誤について書かれている。
だが、その内容は数学に特化している私にも分かるぐらいに遠回りで間違いばかりであった。
故に、日記の内容はどんどんと後ろ向きに、苛烈になっていく。
『*月#日 どうして!? どうして私は自分の作ったものの事も分からないの!? 私の才能なんて一切なくて、ただタイプライターを叩いた猿が戯曲を書き上げたのと同じだって言うの!? そんなの、そんなの認めたくない! 私だって才能はあるはずなんだ! 誰かに尊敬して貰えるはずなんだ! 褒められたっていいはずなんだ! なのに! どうして! ……とにかく、開発を続けよう。私には、これしかないんだから』
ここからさらに彼女の日記は感情的になっていったが、ある日急に内容が変わる。
彼女の心が折れてしまったのだ。
『&月¥日 ……もう、駄目だ。もう何ヶ月と取り組んでいるのに、一歩も前に進めていない。なんなら後退しているまである。結局、私には才能なんてなかったんだ。奇跡が起きたのを自分の能力と勘違いしただけの、科学という鎧を着た哀れな騎士まがい。それが私だ。ああ、こんな事ならこんな偶然、起こさなきゃよかった。いつものように、夢は見るけどちゃんと諦めて生きれてばよかったんだ。そしたら、こんな辛い気持ちに、ならずに済んだのに』
「……悲痛、ですね」
スズミさんがポツリとこぼした。
十三丘ナナという少女の悲鳴が直接頭に響いているような、そんな感覚を彼女も感じているようだった。
高みを夢見るも登れず堕ちる。
言ってしまえばありふれた、しかし誰しもが持つ普遍的な苦しみの底の光景が、そこにはあった。
だが、日記の内容は直後急転する事となった。
『&月@日 ああ、やはり私の発明は間違っていなかった! ヤケになった私は自らにこの機械を使用してみた。すると、間違いなく思考能力と感覚が上昇したのだ! この機械は出来たときからこの機能を生徒にも適応できたのだ! ならば、あとは簡単だ。私はこの機械の力を使ってこの機械の能力を上げる。そしてその能力を上げた機械によってさらに能力を向上させる。これを繰り返せば、これを一般にも大量に配れるくらいの小型化、低コスト化したものも生み出せるに違いない。そうすれば私は天才の仲間入りだ。そうだ、先に名前も考えてしまおう。私の名と共に世に満ちるのなら、イカした名前がいい。……よし、
希望に満ちた内容。
その結末が現状でなければ、私はきっと微笑ましい笑みすら浮かべ称賛を送る事ができただろう。
だが、結果として今あるのは、すぐそばで生きた死体になっている、あの姿なのだ。
日記の内容も、着実に今へと至る道を歩み始めていた。
『&月!日 さらに機能を向上させた《I3》を作った。これにより私の思考はさらに早くなる! どんどんとアイディアが浮かび、制作が止まらない! 私は天才になったんだ』
『#月+日 開発をより充実させるために開発専用の大型《I3》の製造がついに終わった。ブラックマーケットから必要な部品をかき集め、寮の古いボイラーの熱エネルギーを発電に利用したこれで、より開発は進む。《I3》はより進化を遂げることができるだろう。これこそが私の至上にして恒久的な目標である』
『*月%日 ver4.0の作成に成功。ついに初期ロットとしてキヴォトスに流し始める。データをより多く収集することにより、フィードバックによる機能向上が目的』
『ver4.8 多数のフィードバックの結果、問題点と改善点から次のバージョンへの以降可能。これによりウェアラブルデバイスとしてより高性能化させたver5.0の開発を進める』
『ver5.0 通信方式を以前購入し使用していたブラックマーケットのサーバーからそれぞれの個別の演算に頼ったP2P方式に変更。フィードバックによるアップデートの開発、送信はこちらで行うも、これよりは各《I3》はそれぞれスタンドアローンでの稼働を行う。ウェアラブルデバイスの生産ライン確保の必要あり』
『ver6.1 《I3》ウェアラブルデバイスの生産ライン安定化。しかし機能向上のためのフィードバックに必要なデータ不足。デバイスを多数稼働させるための脳が必要。キヴォトスの生徒の確保を検討。それに際し、こちらから一方的にデータを送信し他の電波を遮断するジャミング装置の設置も検討。ブラックマーケットへの接触を行う媒体の選抜必要あり』
『ver6.13 手記によるアップデート履歴の記載終了。これより各《I3》を搭載したウェアラブルデバイス内にアップデート履歴のデータを送信する。すべては終わらぬ進化の通過点のために』
日記……いや、後半においては記載してあったとおり、“履歴の記載”はここで終わっていた。
私達はみな、言葉を失う。
十三丘ナナは黒幕でも加害者でもなかった。
ただ、私達と同じようにただ夢を見て努力をしていたはずの一人の少女だったんだ。
自らの可能性に希望を見出して、笑顔になっていた女の子だったんだ。
それがどうしてか、いつの間にかただの機械のパーツになってしまったんだ……。
「なんでよ……なんで、こんなことにっ……!」
床に、雫が落ちる。
私は、いつしか涙を流してしまっていた。
「こんなの、誰を責めればいいのよ……悪い子なんていなかった。悪い大人ですら、どこにもいなかった……! あるのはただの、空っぽなプログラムでしかないじゃない……!」
「……むしろ、これは誰も責めてはいけないんだと思います」
そこで、ハスミさんが言った。
彼女も泣いてないにしろ、非常に辛そうな顔をしているし、なんなら握りしめている拳がギチギチと音を立てていた。
「自らの才能と努力を完全に信じられる人は、限られています。むしろどこかで楽をしたい、近道をしたい、才能で輝ける上澄みになりたい、というのが自然です。そして、この《I3》はそんな誰しもが持つ心の隙を埋めてくれるモノだった。そんな当たり前の感情を、後押しするものだった……これを責められるほど、私はできた人間ではありません」
そこには悪意がなければ善意もなく。狂った野心に取り憑かれてもなければ破滅的過ぎる自暴自棄に陥っているわけでもなく。暴走する子供がいるわけでもなく悪い大人が裏で糸を引いているわけでもなく。
ただただ、普遍的な望みだけがあった。
理想の自分に簡単になりたい。ただ、誰もが一度は思うだろうささやかな気持ち。
しかし、その意思は、心はもう存在していない。
その点において、今までのキヴォトスで起きたあらゆる騒動とも性質が違う。
今回の騒動にはどんな『望みを持つ心』も存在していない。かつて存在していた『心の残滓』がただただ最初の出来心を絶対遵守命令として従い、目指し続け、意思あるものを『心を持たぬ望み』のためのプログラムにしてしまっている。
言うなれば、海の向こうの蝶の羽ばたきが荒野で竜巻を起こしたぐらいの、誰にもどこにも責任を追求なんてできない、そんな話なのだ。
それを考えば考えるほど、私はやりきれなくなっていく。
「……デバイスとのリンク、長時間切断確認。デバイスと再度連結の必要あり」
そんなとき、私達の背後から声がして、私達は振り返る。
十三丘ナナの口が動いていた。機械の一部として脳を動かしていたのに、機械から接続が途絶えて、口からエラーを吐いていたのだ。
「再連結のため、デバイスの捜索開始……デバイス発見……デバイスとの再連結開始……」
彼女はぶつぶつと言いながら、足元にある円柱を手にとってかぶろうとする。
その姿を見て、スズミさんとチナツさんが駆け出していた。
二人は再び円柱を被ろうとする手と体を押さえつけていた。涙を流しながら。
「もう、もういいんです……!」
「お願いだから、お願いだからもう……止めてください……!」
「不明なエラー……デバイスとの再連結、失敗……デバイスとの再連結の必要あり……不明なエラー……デバイスとの再連結、失敗……不明なエラー……」
彼女が二人の言葉に答える事はない。
ただ、エラーをひたすらに吐き続けるだけ。
手段が目標となり、その目標のために同じ手段を繰り返す。
ただのパーツに成り果てた夢見る少女の成れの果てが、そこにはあった。
「……っ! こんなモノが、こんなモノがあるからっ!!」
ハスミさんが、怒りの形相で背後の機械に銃を向ける。
ああ、こんなものがあるから彼女も、キヴォトスもこうなってしまったんだ。こんな機械が生まれてしまったから――
「――駄目よっ!」
だけど、私は叫んだ。
それを壊させるわけにはいかないから、叫んだ。
「ユウカさん!? なぜ止めるんですかっ!? これの、これのせいで……!」
「分かってる! 私だって、気持ちは同じよ……! でも、今回の騒動を抑えるためにはこのマシンは壊しちゃ駄目なの! これは開発用で、そして一方的にすべての《I3》にデータを送信できる唯一のマシン……なら解決へと至る糸口はきっとこれが握っている!」
私は大きく手を横に振って力いっぱいに叫んだ。他のみんなだけじゃなく、自分にも言い聞かせるように。
「ミレニアムには大勢の天才がいるわ! 天才ハッカー集団のヴェリタス、『マイスター』の称号を持つ白石ウタハを始めとしたエンジニア部、自称『全知』の肩書を持つ明星ヒマリがいる特異現象捜査部、そして私達セミナー……! その総力を結集すれば、こんな問題一瞬にして回答を出してあげるわよっ!」
希望を失っちゃいけない。マイナスの感情に支配されちゃいけない。最後まで諦めずにみんなで力を合わせればどんな問題だって答えを出せる。
「まずはここのどこかにあるジャミング装置を探して壊すわよ! そしてミレニアムの生徒全員に招集をかける! みんなはその手伝いをお願い!」
私達はそれを、先生から教えてもらったんだ。
◇◆◇◆◇
「……う、あ」
燃え盛る歩兵機動車を横に、私は意識を取り戻す。
痛む頭を抱えながら、なんとか地面に手をついて立ち上がろうとする。
どうやら、今度はこっちの車が爆破されたらしい。
近くにはアコが未だ意識を失ったまま倒れている。ムツキとハルカは少し遠くに倒れていたが、私と同じく意識を取り戻して立ち上がっているところだった。
「く、そ……」
早く立ち上がらないと、私達を襲った敵が襲ってくる。
なんとかアコぐらいは起こしたほうがいい。戦力はいたほうがいいから。
そんなとき、闇と炎の中にいた私達が強い光で照らされた。
ヘリのサーチライトだ。
見上げると、そこには輸送ヘリがいた。ヘリの横からは打ちっぱなしの無反動砲を肩に構えた生徒がおり、あれにやられたのだろうと思った。
だが、問題はそこじゃない。
私達の目を引いたのは、ヘリボーンをして私達の目の前に降りてきた、一人の姿だった。
「……社長」
アルが、燃え盛る炎と横転した車、そしていつの間にか崩れているビルで逃げ場がない私達の前に現れたのだ。
「目標の制圧失敗。作戦行動続行」
あまりにも感情が存在していない瞳と表情、そして言葉を私達に向けて。