【完結】失学園:または少女たちの学び舎に流通した大量生産型知恵の実による後天性原罪について 作:詠符音黎
機械の瞳で、アルが私達を見ている。
どうやって私達を倒すかしか考えていない、心なき顔。
たったそれだけで私の心は締め付けられる。
「くっ……」
「アル様……」
「……アルちゃん」
二人の声にも悲しみが混じっている。大事な人がいなくなってしまった悲しみの声が。
「っ!?」
だが、彼女は私達に整理する時間を与えてはくれない。
素早く銃を構えたアルは、一番前にいた私に向かって射撃してくる。
「うっ……」
「カヨコちゃん!」
「大丈夫……」
落ち着け鬼方カヨコ、今は動揺に支配されるときじゃない。
この局面をどう切り抜けるか、アルをどう倒すか、今はそれだけに頭を使え。
私は彼女の銃撃をいなし、時折こちらからも反撃しながら考える。
弱点としては間違いなくあの《I3》というデバイスだ。あれがアルを操っているのなら、あれを壊すか外してしまえば無力化できる。
「……っ」
だが、いくら頭の《I3》を狙って射撃しても、避けられ、防がれ、外れ、撃ち飛ばすことができない。
まあ当然だろう。見えている弱点とはいえ後頭部にかかっている細長いデバイスを撃ち抜くなんて、ヘッドショットの難易度をより上げているだけだ。
なんなら銃弾は平気で受けてしまうキヴォトスの生徒に対しては守りに入られてしまうとまず無理だろう。
私は攻防のために走り回りながら周囲を見回す。
アルの他にいる敵は空でサーチライトを照らしているヘリだけ。それも先程の無反動砲の打ちっぱなしで手がなくなったのか、それとも上空からの監視をして増援を警戒しているのか降りてくる様子はない。
地上からも増援は未だ来ていないため、ここにはアル単身で来たのだろう。
……まだ、可能性はある。
「ムツキ、ハルカ。私は社長のところまで行きたい。だから……お願い」
私は二人に頼む。
残された手は捨て身で彼女に迫ること。そして、それには協力がいる。
「おっけー! アルちゃんの事任せた!」
「はっ、はいっ! カヨコ課長、頼みました……!」
二人は即返事をして銃を構えてくれた。
説明はいらなかった。きっと考えている事は同じだから。
「おりゃああああああああああああっ!」
「すいませんすいませんすいませんすいません!」
二人の火力支援を受けながら私はまっすぐに走る。
アルはそれをなんとか避けていくも、後方からのLMGの絶え間ない弾幕とショットガンの散弾、そして時折交じる爆発物を一人で対処するのはいくら思考と感覚が上がっていても困難だ。身体能力と地形問題は一人ではどうしても限界が存在する。
なんなら今私達がいるところは障害物で逃走範囲が限られたこちらに有利なリングでもある。アルを追い詰める条件は整っているのだ。
だんだんとアルの逃げ道は狭まっていく。
「……っ! くっ……」
だが、それは私も一緒。私がアルにまっすぐに走っているという事は、彼女の攻撃をそのまま受けるという事も意味する。
でもそれでいい。
痛みなくして今のアルに近寄れるなんて、思ってない。
「アルっ! 私はっ!」
それにこれは罰みたいなものなんだと、私は思った。
「アルの事がっ! 好きだっ!」
あのとき、いつもよりも落ち込んでて不運が重なっていたアルにもっと私が踏み込んでいれば。彼女のちょっとした変調に気付いてあげていられれば。
「アルの格好いいところも格好悪いところも! しっかりしてるところも情けないところも! うっかりミスをするところもここぞというときは頼れるところも! 全部、全部好きだっ!」
きっとこんなことにはならなかった。
私達関係なくこの事件は起きただろうけど、でも私が彼女の辛さに寄り添ってあげていれば便利屋68のみんなであたふたして終わって、今みたいに同士討ちするなんて事は絶対なかった。
「それはムツキだってハルカだってそうだっ! みんなそのままのアルが好きなんだっ! だからっ!」
だからこの痛みは私への罰だ。彼女の痛みに気づいてあげられなかった、私への。
そして、操られているはずなのにたった一人で私達のところに来てくれた、彼女の残された心へと報いる、覚悟の証だ。
「目を覚ませっ! アルううううううううううううううううううううっ!!!!」
「っ!?」
彼女に掴みかかれる位置まで来た私は、彼女の名を叫びながら左手に握った愛銃のデモンズロアで彼女の銃を弾き飛ばし、直後に思いっきり右手を振りかぶった。
「だあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
そして、そのままアルの顔にそのまま振り抜く。
「……っ!?」
大きく吹き飛ぶアル。
私は拳を振り抜いた後も歩みを止めず、飛びかかって吹き飛ぶ彼女の後頭部にある《I3》を空中で掴んで力任せに引き抜いた。
私は、その勢いのまま一緒に地面に倒れ込む。
「カヨコちゃん! アルちゃん!」
「わ、わわわわわっ……!?」
ムツキとハルカが私達を心配して駆け寄ってくる。
私はと言うと、とにかく弾丸を体で受け続けたこと、全力で殴ったこと、そして何より、慣れない大声を張り上げてしまったことからクタクタで起き上がれなくなってしまっていた。
「……う、みんな」
私はなんとか両手を地面につき、足を上げて起き上がろうとする。
でも、手足に力が入らず再び倒れ込んでしまい――
「……も、う……あんなアウトローなパンチ、喰らったのは初めてよ」
――そんな私の体を、優しい声と共に受け止めてくれるぬくもりがあった。
アルだ。
いつもの、大好きな、私を受け止めてくれる彼女の笑顔が、そこにはあった。
「……社長」
「まったく、かっこ良すぎよあなた。おかげですっかり目が覚めちゃったじゃない」
「社長……社長……!」
私は思わず抱きつく。視界が涙でぼやけていたけど、まあどうでもいいだろう。
「うわーーーーーーーーーーーーーんっ! アルちゃーーーーーーーんっ!!!!」
「アル様っーーーー!! いつものアル様ですぅーーーー!」
「うぐっ……」
その上からムツキとハルカが飛び込んで同じように抱きついてくる。
当然二人分の体重がのしかかるわけで、思いしまあまあ衝撃が強かった。
そしてそれは、さらに下に当然私よりダメージを受けている人がいるわけで――
「うぎゃーーーーーーー!! ちょっとあなた達! 重い! 重いわよぉっ!?」
さっきまでの感動ムードはどこへやら、いつものどこか間の抜けた空気が一瞬にして帰ってきた。
これだ。これがアルだ。私の大好きな社長だ。
「あはーごめんごめん! ほらハルカちゃん、どこうどこう」
「あっ!? すっ、すいませんすいませんすいません! ごめんなさいこれはもう血液を売ってお金に変えてお詫びをををを……!」
「しなくていいわよ! ほら! カヨコも早くどいてよ! 動けないじゃない!」
「あっ、ごめん……」
私は少し赤面しながら社長の上からどく。
すると、社長はパンパンとおしりの埃をはたき落としながら「うぅ~~……!」と唸り始めた。
「私、すっごい恥ずかしい事になっちゃってたわね……いや、記憶は曖昧なんだけど何やからしたかは覚えてるっていうか……こう、恥ずかしい上にみんなにひどいことしちゃった事はしっかり覚えてるやつというか……」
「えー? アルちゃんが恥ずかしいのなんていつもの事じゃーん、それに悪いのはあの機械だし気にしない気にしない。なんならちょっと思い詰めて変な方向に飛んじゃう生徒はよくいるって先生言ってたよー?」
「は、はい……! わ、私を撃ったのはアル様だけどアル様じゃないので、セーフっていうか……あっ、いや……ぎゃ、逆に私が撃たれちゃったのが悪いんです……! ごめんなさいごめんなさい! お詫びに体売りますぅ……!」
「私は気にするのよ! あとハルカ! それ間違いなく臓器とかの意味なの分かってるけどすっごいいかがわしいやつに聞こえちゃって私が謝りたくなるから止めてぇ! ……というかカヨコ、あなたあんな風に本気で叫んで本音告白する事もできたのね……。びっくりだわ」
「えっ」
突然こっちに矛先が向いたので私は動揺して声を上げてしまう。
「そ、それは……えっと、その……ただ、あの、無我夢中で……いや、ごめん、思い出したらすごく恥ずかしくなってきた……あれはちょっと、私らしくなかったかも……いや、完全に私らしくなかった……忘れて……」
見えないけど自分の顔がものすごく赤くなっているのが分かる。
顔から火を吹くというのはこういう状態の事なのだろう。本当に燃えてるんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。思わず片手で顔を覆ってしまう。
「何言ってるのよ! 忘れるわけないじゃない! 私の目を覚まさせてくれた声だもの。一生忘れないわよ!」
「そ、そうです! あのときのカヨコ課長、すごくその……すごかったです……!」
「うんうん、友情だねー? 熱血だねー? 青春だねー?」
「ぐ、もうやめて……死んじゃう……」
片手だった手を両手にして顔を隠す私。
こういうのはいつも社長がされる立場なのに、私がこんなことになるなんて思っても見なかった……。
「っ!? 危ないっ!」
と、そんなとき、社長が叫び私達は一瞬で気持ちを切り替えて退く。
すると先程までいた場所の足元が弾丸の衝撃で爆ぜる。
いつの間にか、操られた生徒の増援が到着していたのだ。
「これは……なるほど、社長が支配から逃れたから増援が呼ばれた感じだね、これ」
「えっ!? 私のせい!?」
「どうするアルちゃーん? さすがに弾が心もとないし、体力もまあまあないよね今の私達って。まあアルちゃんのせいなんだけどさー」
「うぐっ!? そ、そうね……確かにちょっと戦うには――」
「――あっ! でもこういうとき真のアウトローなら全部返り討ちにしちゃうよねー! ここで逃げるってのは、格好悪いもんねー!」
「っ!? そ、そうよっ! さすがムツキ、私の言いたい事をよく理解してるわね! ええ、未だ寝ぼけてる連中に見せてあげましょう! アウトローの流儀というものをね!」
「さ、さすがですアル様……! 一生ついて行きます……!」
これ、絶対内心後悔してるね。
私には確信があった。多分「もー! 本当はすぐに逃げたいのにー! 私ったらまたやっちゃったわ私の馬鹿っーーーー!」ぐらいの事は思っているんだろうね。
でも、それが社長だ。私達の大好きな、陸八魔アルなんだ。
「……しょうがない、やろうか」
私はデモンズロアを構え、笑って言った。これこそが私達便利屋68だと、心から思えた。
「まったく……勝手に私達を置いて盛り上がらないで貰えますか?」
すると、背後からそんな苛ついた声が聞こえてくる。
アコが立ち上がり、私達の横に並びながら言っていたのだ。
「アコ? 起きたんだね」
「ええ……そして、私だけじゃありませんよ」
彼女は視線を背後に送る。そこには他にも吹き飛ばされ気を失っていたゲヘナ風紀委員達が立ち上がり、武器を構える姿があった。
どうやら、私達と一緒に戦ってくれるらしい。
「勘違いしないでください」
と、そこでボロボロのアコが不機嫌丸出しの顔で言った。
「本当なら、あなた達との共闘なんてぜーーーーーーーったいお断りなんですが! ですが! でも、きっとヒナ委員長ならこうしろと言うと思ったからやってるだけです。今回だけは、今回だけは! 大目に見てあげましょう便利屋の皆さん」
「……めんどくさ」
「はぁ!? 何ですってカヨコさん! 陸八魔アル! どういう教育をしているんですか! やはりあなたには徹底的に再教育が必要なようですね! 覚悟なさい!」
「ちょ!? なんでそこで私なのよーっ!?」
「みんなー、そろそろ敵さん来そうだよー?」
私達はそんな風に緊張感がない感じで騒ぎつつも、ムツキの言葉にすぐに気を引き締めて武器を構える。
未だ戦力差は大きい。だが、負ける気は一切しなかった。
「…………ぐ、がっ!?」
だが、そんなときだった。
突然、目の前の操られた生徒達が苦しそうな顔をし始めたかと思うと、《I3》が火花を散らし、次々と目の前で気を失い始めたのである。
空で私達をサーチライトで照らしていたヘリもそのせいか落ちていく。
戦う気マンマンだったのに、なぜだか戦う前に決着がついてしまったようだった。
「え? 何? 何が起きたの?」
アルが唖然とした顔で言った。
気持ちはもんな一緒だった。
すると、ポケットに入れていたスマホが震える。そこには、モモトークからの通知が入っていた。
先生からだった。
〘“みんな! ユウカ達が、ミレニアムのみんながやってくれたよ! 終わったんだ!”〙
「……先生が、終わらせてくれた」
そのメッセージは他のみんなにも届いているようだった。
私達は一様に安堵した顔になる。
こうして、一夜の悪夢は終わりを告げた。
次回、最終回です。
演出上の意図から明日の更新だけ昼過ぎの更新になります。