スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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10.強いということ

「ただし、吾輩が勝った暁にはシエナ殿には必ず王都に行くことを約束してほしいのである」

 

 王国の騎士団長オットー・マグヌスは、そう告げて帰っていった。シエナも準備があると言って、彼女にしては珍しく静かに自分の家に帰ってしまったし……そんな訳で部屋にポツリと取り残された僕一人。まずは緊張でカラカラになった喉を潤すことにした。

 

 決闘は、明日のお昼に村の真ん中の広場で行われることになったらしい。特に宣伝をしている訳では無いが、あまり娯楽のない村だ。噂はすぐに広がって村人総出で見物しに来るだろう……もしかしたら最初からそれが狙いだったのかもしれない。後で約束を反故にされたりしないために。

 

 

 今日の夕ご飯は、僕の大好きなハンバーグだった。なんでも勇者イカイノが考案した料理だとかで、普段は滅多に食べられない御馳走だ。どうやら騎士の方々が来たお祝いらしい。だけど大好きなはずのハンバーグなのに……

 

 少し味気なく感じてしまうのは、食卓を囲うメンバーの中にシエナが居ないからだろうか。

 

「シエナは……」

 

「今日は来ないのかな」なんて続けようとして……やめた。これから王都に行くであろう彼女がいない日々を、ずっとこんな調子で過ごすわけにもいかない。それに僕が悲しんでいたら、シエナもきっと……なんてことを考えていると、肩を叩かれた。

 

「ノマル、ちょっとお願い事をしてもいい?」

 

「……どうしたの母さん?」

 

 母さんは台所から大きなバスケットを持ってきて、今日のハンバーグをパンに挟みこんでから僕に預けた。

 

「きっとシエナちゃんは明日の為に特訓してると思うの。だから夜ご飯を届けてきてくれる?」

 

「分かったよ……」

 

 本当にこの村にいる事が、シエナの幸せに繋がるのだろうか。剣聖として有名になって、ここよりも栄えた場所で豪華な暮らしを送った方が良いのでは無いだろうか。そんな事が頭の中でグルグル回って、思考が上手くまとまらない。

 

「良いかノマル……後悔は何時でも出来るが───」

 

 そう言って父さんは僕の頭に手を乗せて、真っ直ぐと僕を見つめた。

 

「───挑戦は今しか出来ねえぞ。シエナちゃんとよく話し合ってからでも、遅くはねえんじゃねえか?」

 

「父さん……」

 

 確かにそうだ、シエナが王都に行くべきかもなんて勝手に僕が決めつけていただけ。それを決めるのは『シエナ』であって『僕』じゃない、シエナの人生はシエナのモノなんだから。もしも僕の存在が彼女を引き止めているんだとしたら……その時は、無理を言ってでも王都に僕も連れていってもらえるようにオットーさんに頼み込もう。

 

「父さん、母さん……僕行ってくる!」

 

「おう、例えノマルがどんな選択をしたとしても……父さんたちは応援してるからな!」

 

「いってらっしゃい、ノマル!」

 

 

 家を勢いよく出ていった我が子の背中が見えなくなるまで、外を眺めていた二人だったが……母親の方は少し不満げに彼の脇腹をつつく。

 

「『後悔は何時でも出来るが、挑戦は今しかできない』───どこかで聞いたことのあるフレーズですね、あなた?」

 

「うっ、俺の昔の冒険仲間が残してくれた言葉でな……」

 

「えぇ、よ~く知ってますよ? 酔っぱらったあなたから何度も聞いたことがありますもの……確か極度のギャンブル狂いのヨイゴシさんですよね?」

 

「……頼む、ノマルには内緒にしておいてくれないか?」

 

 まさか自分の背中を押した言葉が、ギャンブル狂いのロクデナシの言葉だったと知れば───息子がどんな顔をするかなんて、想像に難くない。

 

「全くもうあなたって人は! 暫くはノマルの前でお酒飲むの禁止ですからね!」

 

「そっ、そんな……!」

 

 ただ、どうしようもないギャンブル狂いの言葉でも”見方”を変えれば”味方”に代わる……そういうこともあるのかもしれない。

 

 

 

 

 家を出たが、勿論シエナは彼女の家には帰ってきていなかった。だとしたら一体どこに? この村がそこまで広くはないとはいえ、そんな都合よく彼女を見つけられる訳が───いや。

 

()()

 

 そういえばシエナが居そうな場所に一つ()()()()があった。昔の事過ぎて、彼女が覚えているかどうかも分からないが……僕はその場所に向かってバスケットを持って駆けだした。

 

「頼むから僕に味方してくれよ、運命……!」

 

 夜の闇に包まれつつある村の道を走る。だけど会えたとして、僕は彼女に何を言うべきなのだろうか。この気持ちをどう伝えればいいのか僕には分からない。

 

 

 

 村の中にある少し小高い丘の上には、少しばかりの花と大きな木が一本だけポツリと生えている。ここで話をしたのなんて僕もシエナも小さかった頃だし、それに剣を振るならもっと適した場所があるだろう。だけど、僕はなんとなく彼女がここに居る気がしていた。

 

 今宵が満月のお陰で、明かりが無くても視界が通っている。だから、丘にある木の下で剣を振るっているシエナの姿がくっきりと見えた。その真剣な横顔がとても綺麗で……僕は暫くその場に立ち尽くしてしまっていた。彼女の方は集中しているのか僕には気づいていないようだったが、これじゃいつもと逆みたいだな……なんて。

 

 ただ何時までも立ち尽くしてばかりではここに来た意味がない。僕は覚悟を決めて一歩を踏み出した。

 

「シエナ、ちょっといいかな」

 

「のっ、ノル君!? どうしてここに!?」

 

「これ、今日の晩御飯。実はシエナと……少し話がしたくて」

 

「えっ!? う……うん!」

 

 綺麗な満月が雲に見え隠れしている。話をしたいなんて言ったはいいものの、お互いに無言のまま時が流れていく。シエナは僕が話し始めるのをじっと待ってくれているのだろう。だけど何を話せばいいのか分からなくて……頭の中で思い浮かんだことを言葉にすることにした。それが一番、言いたい事を言える気がしたから。

 

「昔、この木の下で話した事を覚えてる?」

 

「将来何になりたいかだったよね。私はそういうの分からなかったけど……ノル君のは覚えてるよ。『山より大きいドラゴンを倒して、誰も見つけた事のない財宝を見つけて、僕の本を書いてもらうんだ~!』なんて言ってたっけ?」

 

「そんなにしっかり覚えてたの!? 恥ずかしいから忘れてほしいな!?」

 

「え~? 忘れてあげないっ!」

 

「もう困ったなぁ……」

 

 強張っていたシエナの表情が和らいだ気がする。やっぱり彼女が笑ってくれていた方が安心する。だからこそ……聞かなくちゃいけない。

 

「シエナはさ、将来どうしたいか決まった?」

 

「私は───どうしたいんだろうね」

 

 月明かりだけが明かりの丘の上。訓練用の木剣に目を向けて呟くように話し始めたシエナの表情はどこか寂しそうで、何かを懐かしむようで。

 

「ノル君は……私に王都に行ってほしいんだよね?」

 

「いや、あの時はそれがシエナの幸せにつながると思ってたんだ」

 

 でもそれは───僕が勝手に決めつけていただけだった。だからシエナにやりたいことがあるのなら応援してあげたい、たとえそれがどんな道だったとしても。

 

「シエナはどうして剣を握るの? 『剣聖』のスキルを授かったから───ではないよね。その前も剣とか弓とか槍とかの練習をしてたのは見た事があるし」

 

 ある時期から村でシエナが剣を振っているのを見るようになった。今までは彼女の両親のように冒険者になりたいのだろうと漠然と考えていたのだが、彼女自身にもどうしたいかは分からないらしい。なら、そこに彼女が何を求めているかの糸口があるんじゃないかと思った。

 

「私さ、ずっと“強くなりたい”って思ってたの」

 

 続けられた一言は、僕が踏み入るのを恐れていた部分だった。

 

「パパとママが帰ってこなかったのはきっと───強くなかったからだから」

 

「それは……」

 

 違う───とは言えなかった。4年もの間、彼らが帰ってこないどころか手紙の一つも届く事が無かったのは……彼女が捨てられたか、2人が既に帰らぬ人となったかぐらいだろう。もしそれを否定してしまえば、シエナの両親はシエナを愛していなかったと言うようなものだ。

 

 そして、きっと帰ってくるなんて無責任な事も言えなかった。それは四年もの間待ち続けて、気持ちに整理を付けたであろう彼女の意思に泥を塗るようなものだから。

 

「ママがもっと優秀な剣士なら、パパがもっと優秀な魔法使いならきっと……無事に依頼を終えて帰ってこれたと思うんだ」

 

 冒険者が力及ばず冒険の道半ばで倒れるのはこの世界でありふれた事かもしれない。だけど、それが自分の身近な人に起きたら? 僕には彼女の心情を分かる等とは言えない。だから僕がしてあげられるのはきっと、シエナの話を聞いてあげる事だけだ。

 

「だから私は『強く』なりたかった、強くなればきっと大切な人たちとずっと一緒に居られると思ったから。私にとっての『強い』っていうのは、大切なものを守れる事」

 

 えへへ、そんな単純な話じゃないのかもしれないけどね? なんて彼女は笑う。確かに彼女が『剣聖』で強いからこそ、王都から騎士団長が来てシエナはこの村を離れる事になりかけている。

 

「ノル君はさ、私が冒険者になったらどう思う?」

 

「もしシエナが冒険者になったらか……」

 

 いなくなった両親と同じ職業に───何て言うのは考えなくていいだろう。シエナが聞きたいのはもっと別の事だろうから。シエナがもし冒険者になって、2人で世界を巡れたら。最高の前衛のシエナがいたら安心して魔法を唱えられるだろうし、Sランクのパーティになるのも夢じゃないと思う。だからきっと───

 

「───楽しいだろうなぁ」

 

「……そっか」

 

 思わず口から出たその言葉に、シエナは何かの答えを見つけたようだった。

 

「私───決めたよ! 『山より大きいドラゴンを倒して』、『誰も見つけた事のない財宝を見つけて』、『私の本を書いてもらう』の!」

 

「それってつまり……」

 

「だから呑気に王都になんか行ってる場合じゃない! 私も一緒に冒険者になるよ、ノル君!」

 

「シエナ……!」

 

 シエナが僕と冒険をしてくれると聞いて、将来のことを話してくれて───とても嬉しかった。彼女がその道を行くというのなら、僕も覚悟を決めなくちゃいけない。

 

「分かった。もし、シエナがそうしたいなら……逃げよう。隣の国まで逃げちゃえば王国だって、流石に追手は多くは出せないだろうし」

 

「……? なんで逃げるの? えっ、この話ってノル君が王都に行ってほしいか行ってほしくないかの話だよね?」

 

「だって、シエナが『剣聖』とはいえ流石に相手は王国最強の……」

 

「ノル君と私が力を合わせれば『さいきょー』なんだよ?」

 

「でもシエナはまだ小さいし……」

 

 将来的に見れば確かに勝てる見込みはあるだろう。それでも僕たちはまだ12歳で……身長も筋力も伸び盛りだ。倍以上大きな騎士団長さんと打ち合う事すら難しいのではないだろうか。

 

「う~ん、分かった! 私、明日の試合勝って……いや、圧勝してみせるね! ノル君と私の今後の為に!」

 

「本当に大丈夫!?」

 

「大丈夫! だって私───()()んだよ?」

 

 こちらを勢いよく振り向いて不敵に笑うシエナ、風にそんな彼女の黄褐色の髪が揺れている。僕の明日への懸念を他所に、元気よく駆け出していったシエナ。小さくなっていくその姿を横目に、僕は『先ほどの言葉』を咀嚼しかねていた。

 

 

「あっ、圧勝……?」

 

 

 シエナが元気になったのは良い事だけど……なんだか物凄く嫌な予感がする。




日間オリ一般 25位 になったそうです!
こんなにも沢山の方に読んでいただけてとても嬉しいです!

これからも頑張っていきますので、よければこれからもよろしくお願いします。
誤字報告は本当に滅茶苦茶助かってます、出来るだけ誤字は少なくできるように頑張るね。
『感想』・『評価』・『ここ好き』も待ってるぞ!

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  • 主人公が無双無双してる方が良い
  • 紆余曲折と苦難を乗り越えてほしい
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