スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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99.勇者、光の

 馬車の車輪は、雪道を跳ね除けて進み続ける。

 

 普通の馬じゃ厳しいかもしれないが、今馬車を曳いているのは……本来馬車を曳かせるなんて畏れ多い程の格の精霊なのだから、出力の問題はない。出力の問題は。申し訳なさと、畏れ多さが勝る。

 

「此処がホワイトランドかぁ……ちょっと寒いねぇ」

「私はこれ位なら全然大丈夫かなぁ、迷宮よりは暖かいよねぇ」

「私は無理かもしれません……もう少し厚着を……」

 

 辺り一面の銀世界、まるで今が冬かと錯覚してしまいそうなくらいに肌を刺す空気の冷たさ。最近は寒い所に随分と縁があるなと思う。

 

 

「入城の手続きをいたします」

「お願いします」

 

 入国からしばらくして、ホワイトランドの首都であるシルヴァーンへと着くと、入るために身分証の提示を求められる。兵士の誰もが屈強で、防衛への意識の高さが如実に表れている。目の前の兵士も、冒険者の等級で言えばC……もしかしたらBくらいあるのかもしれない。

 

 そして当然だが、ホワイトランドは魔族の住む地の隣にあるからと言って国全体が戦場である訳ではない。とは言えその影響を受けることの多いこの国は、他国よりも厳重なセキュリティが敷かれている。

 

「おぉ、A級冒険者様とはなんと心強い……こちらへ来たのはやはり、前線へ?」

「今のところは、そのつもりです」

「それは有難い……次にお会いしたときは、戦場での華々しい武勇伝の数々をお聞かせください!」

 

 冒険者カードを提示すると、そのランクを確認してか、まるでVIPのような待遇で迎え入れられた。A級冒険者と言う肩書が持つ力は、S級ほどではないモノの随分と大きな意味を持つのだろう。

 

 魔族との最前線の国である事を思えば、猶更。

 

「お食事はお済みになられましたかな?」

「いえ、まだですね」

「それは重畳ですな、ホワイトランドの食事はどこも絶品ですが……皆様のような方の為に、特別な食堂を用意させて頂いております、よければご使用ください」

 

 まず新しい街に着いた時にするのは、宿をとるのと冒険者ギルドへの連絡だ。

 だがしかし、ギルドへは連絡と書類の提出をしておいてくれるらしい。

 

 そして宿については、現状で空きのある宿をまとめた書類を手渡された

 正に至れり尽くせり、此処まで来ると裏がありそうで怖いが……それだけ強い兵士を求めているのだろう。実際これだけ待遇が良ければ、人は集まるかもしれない。

 

 

 そんな訳で通されたのは、街でも有数であろう高級そうな食事処。

 どうやらA級以上の冒険者のみをもてなすための施設であり、なんと冒険者カードを提示するだけで食事代が無料になるという夢のような施設らしい。

 

 その分、街に魔族が攻め入って来た時は是非応戦して欲しいと念を押された。

 まあ当然のことだ、目の前で街が焼かれているのに戦いもせずに逃げる訳が無い。

 

 着席すると、頼んでも無いのに食前酒のワインがテーブルに届けられる。

 あまりアルコールに強くないのだけど……慣れたしこれくらいで酔っぱらったりはしない。

 

「凄いおもてなしだね?」

「実際、A級の冒険者というのは一般の兵士では止められない……正しく英雄のような存在です。ダンジョンの6層を越えられるような、圧倒的な個を持つ生物。劣勢だった戦場がたった一人に覆される事など珍しくもありません」

 

 例えば、聖女であるツェツィは直接戦闘こそ得意とまでは言えないものの……彼女が戦場に立ち、兵士を鼓舞するだけで傷は癒え、鬼神の如き力を持ち、風のように大地を駆ける兵士が誕生する。

 

 シエナなら、単身敵陣に突っ込んで大将首を片手に帰還するだろう。

 

 グレイエル・スノウリリィに至っては語るまでも無い。

 あの草の根まで凍り付いた白銀の平原は、未だに記憶に鮮明に残っている。

 

 

 僕も多分、それなりにはやれるはずだ……多分だけど。

 戦況を変える兵士と言うよりも兵器、それがA級冒険者の立ち位置なのかもしれない。

 

「ホワイトランドに来たはいいものの、此処からは完全に手探りですね」

「魔族との戦闘に慣れておくためにも、さらに北を目指す事にはなりそうだけどねぇ」

 

『母なるマテルメア』を討伐するのが目的とは言え、それが何処に居るのかは未知数だ。

『悪食』の時と違って、何処かが襲撃にあった訳でも無ければ……その姿形を誰かが確認したわけでもない。

 

 とは言え「それ」は最前線にはいないだろう、恐らくはもっと敵の本拠地に近い場所に居ると見て間違いない。幸いにも、戦場は幅広く兵士を求めている。A級の冒険者なら引く手数多と言う様子だった。

 

 ただ冒険者でなくても、戦えるのなら誰でもいいというその受け入れ口の広さは……それだけ戦況が苛烈である事を物語っているのだろう。場の流れに呑み込まれないよう、気をつけないといけない。

 

 

 

 そんな事を考えながら、頼んだパイ生地のスープがテーブルに着いた時のことだった。

 少し乱雑な音を立てて、お店のドアが開かれる。

 

 外の寒い空気が室温を下げた、此処に来たという事は間違いなく冒険者等級でA級以上に区分される実力者なのは間違いなくて……一体どんな人なのだろうか───

 

「ここは僕の奢りさ、好きに頼んでいいよ」

「きゃ~! さすがユウヤ様、さすユウです!」

 

 驚いたのは、その連れの女性達三人のあまりにも露出の多い恰好にだっただろうか。

 それとも、その名前に酷く聞き覚えのあるモノだったからだろうか。

 

「ねぇ、グレイちゃん。ここのパイ美味しいね?」

「そっ、それは良かったね?」

 

 何処かこの辺りの人らしくない、独特な顔立ちの男性。

 そして目のやり所に困る格好の女性が、店へと足を踏み入れる。

 

 まさか、まさかそんな事があるのだろうか?

 取りあえず視線を向け続けるのも失礼に当たるし、目の前の食事に集中する。

 

「でも~ユウヤ様、こんなに贅沢してもいいんでしょうか? このお店、お値段が書いてなくて……」

「S級にもなると、それくらい大したことないんだよね……」

「さっすがユウヤ様、さすユウですぅ~!」

 

 勘違いでは、なかったらしい。

 何処か甘い雰囲気を感じさせる声と、本人の口から語られた内容から……彼がそうなのだろう。

 

 それにしても随分と大きな声で会話をしているものだから、嫌でも内容が耳に入ってきてしまう。

 このお店がA級以上は無料なのは、知らないのだろうか?

 

 

 そんな彼は着席……せずに、こちらに歩いて来る?

 

「ねぇ、金髪の君。そう、高貴な感じのする君だよ。冒険者なんだよね、よければ一緒の席でどうかな? 僕の武勇伝を利かせてあげるよ」

「これはこれは、光の勇者様ですね。その御高名と御活躍は、遠く離れた地まで、遍く轟き渡っておりました。ですが今は……」

 

 まるで僕達はいないかのように、ツェツィに話しかけ始めた彼。

 そんな彼は、ツェツィが言いかけていた言葉の先を遮るかのように続ける。

 

「まあ僕、『勇者』だからね。そんなパッとしない顔の男と居るより、僕と来た方が楽しいでしょ。それにさ、うちのパーティは金髪の女の子だけ居なかったんだよね。ファンタジーと言えば金髪でしょ?」

 

 シエナが手を腰に差した剣に伸ばしたのを見て、片手で制しながら立ち上がる。

 まさかいきなり剣を抜こうとするとは思わなかったけど、あまり面白くないのは僕も同じだ。

 

 グレイも何時でも立ち上がれるように、鋭い視線を彼に向けている。

 

「お言葉ですが……」

「誰? 僕は男には用は無いんだけどさぁ、何様のつもり?」

「彼女が所属する冒険者パーティのリーダーです。そう言った引き抜きは、僕を通してからにしてくれますか?」

 

 相手はS級、対応は慎重に行う必要はあるが……されるがままにされるつもりもない。

 

 それにしてもツェツィが英雄らしいと言葉を濁していたのも何となくわかる、確かに色を好むというか……まさか他のパーティのメンバーをこうして引き抜こうとするなんて思いもしなかった。

 

「この僕を、光の勇者と知っての狼藉かな?」

「狼藉も何も。S級だからと言って、強引なメンバーの引き抜きは、ギルドからも許可されていない筈ですよ」

「慈悲深い僕が優しくしてあげてる内に、引いた方がいいと思うけど」

「そうだぞ、ユウヤ様が優しくしてあげてるうちに……!」

 

 何なんだ一体、賢者は賢者で人格破綻者だったが……ここまでの不快さは無かったかもしれない。

 見下されるのは良い、彼はS級なのだから。

 

 だけど、ツェツィをアクセサリーのように扱うその言動が気に入らない。

 何よりS級だからと言って、いや、だからこそこんな街中で───なんて言う想定は、甘かったと言わざるを得ない。

 

「はぁ……身体強化」

「……は?」

 

 

 瞬間───世界がブレた。

 景色がまるで早送りのように切り替わり、背中から店の壁に突き刺さる。

 

「がっ……はッ!?」

 

 強烈な背中への衝撃に呼吸が上手く吸えず、突き刺さるような肩の痛みに肺の中の空気を吐き出す。

 それから一拍置いて、自分が店の壁に叩きつけられたのだと理解する。

 

「やれやれ、少し触れただけのつもりだったのにな」

「慈悲深いです~流石ユウヤ様!」

 

 見えなかった、初動が捉えられなかった。

 それよりもこんな所で、S級相手に手を出すのは不味いマズイまずい……!

 

「シエナちゃん、ステイだ」

「…………どうしてもダメなの?」

「どうしてもだ、それはノル君が望んでいないよ」

 

 シエナは何とかグレイが止めてくれた、後はこの状況を何とか……

 

「勇者様、他のお客様のご迷惑になりますので……」

「はぁ、ごめんよ。こっちの世界の人間の事を、少し過大評価しすぎてしまうんだ。雰囲気も悪くなってしまったし、別の所で飲みなおそうか」

「はい、ユウヤ様!」

「また会おうね、そこの君」

「えっ、えぇ……それでは、また」

 

 店員の方の制止もあって、彼らは扉を潜り店を出ていく。

 

 彼らがこの場を去るまで、生きた心地がしなかったものの……何とかこの場はやり過ごすことが出来たらしい。この場は、だが。

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