スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

105 / 137
104.前夜

 降り注ぐ剣の嵐を、避ける、受け流し───弾き返す。

 この一週間の内、殆どを剣を合わせる事に費やしてきただけあって勝負勘というものは身についてきた気がする。初めはただ皮膚を切り裂かれるだけだったから、それに比べれば随分と進歩したものだ。

 

「はっ、はぁ……」

 

 とは言え体力が限界らしい、今回の打ち合いは随分と長いこと続いたから。

 その場で倒れ込んだ脚を必死に動かそうとしても、笑ってしまう位にピクリとも動かない。

 

 

 その後、身体を襲う痛みに怯えて身構えていたが、一向に衝撃は身体を襲う事は無かった。

 

【うん、■くない。■は■してみるしか、ないかな】

「そっか……」

 

 それどころか、長剣が彼女の手を離れ硬質な音を響かせた。

 どうやら、彼女からもお墨付きを頂けたらしい。

 

 とは言え、S級に相応しい実力があるかと言えば首を傾げざるを得ないだろう。

 少なくとも今、本気の賢者と相対して、倒せるビジョンは浮かばない。

 

 剣を納めた彼女は、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 合格ラインに達した後の、僕をあちら側へと送り返すための儀式。

 

【■、■■してるね】

 

 そんな彼女の激励に、あちら側へ帰る前に一つだけ疑問が沸いた。

 

「なんで手とか頬とか触れたりするの?」

【……!?】

「いや、別に嫌って訳じゃないんだけど……」

 

 相手が得体のしれない黒い影だと思っていたから、初回は怖かったものの……別に不快感がある訳ではない。やはり真っ黒な貌は少しだけ怖いけれども。

 

【この■■は、■の■■……そのものだから】

 

 真っ黒な空間を指先でなぞった彼女は、真っ黒な手で僕に触れようとして寸前で止まった。

 

【■があなたに■れて■しくする事自体が、■■と見なされるの】

 

 それはあの耳障りな音と、幕が落ちるかのような終わりを示しているのだろう。

 

【唯一、■に■されるのは……■を■す事だけ。だって……】

 

 ゆっくりと一つ息を吐いて、それからまるで懺悔をするかのように声を震わせてから彼女は言った。

 

【■が、■を■したようなものだから】

「そんな事ない、シエナが気に病む必要なんてある訳無いだろ」

【■■■■、でもね。もう■わった事だから】

 

 

 表情の見えない彼女は、何故かひどく寂しそうに笑ったような気がした。

 そんな彼女に声を掛けようと、して。

 

【じゃあね、私の知らないノル君。もう二度と会う事は、無いだろうけど】

 

 ───不■なErr●rを───

 

 その手が、僕の頭を撫でたと同時に───世界はまるで幕を下ろすかのように途切れた。

 

 

 


 

 目を覚ました自室には、何時も通りのグレイさんと……もう一人、金色の髪を不安げに揺らしている少女が待っていた。

 

「話は、聞きました。随分と無茶をさせてしまいました、きっと……」

「僕がしたいからするんだ、それ以上でも以下でも無いよ」

「……そうですか。その、意志は固いのですか? 今ならまだ、間に合いますよ」

「例え死んでも、悔いは無いよ。でも、ここで逃げたらきっと後悔する」

 

 覚悟はして来た、きっと勇者は僕のことが気に入らないだろうし……直接排除に動くような事もあるだろう。だけど、だからと言ってそれがブレーキになる筈もない。

 

「……これを。国の総力をかけて、何とか所有者を見つけて買いあげました。それでも一つしか見つかりませんでしたが……」

「これ、宝珠……だよね?」

「えぇ、その通りです」

 

 目の前にあるのは、間違いなくクロッカスの宝物庫で見たそれ。

「スキルアップの宝珠」と呼ばれる、可能性を秘めた宝珠そのものだった。

 

「これさえあれば、何か打開策があるのではないかと思いまして……」

「うん、使ってみるね」

 

 宝珠はこの前のように、僕に吸い込まれるようにして……消えた。

 酷い情報量の洪水に、頭が割れそうなくらいに痛い。

 

 何かが僕の器のようなものを、無理やりに押し広げていくのを感じる。

 だがしかし、今回は……気を失うような事は無かった。

 

『スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ』

 

 何が増えたのだろうかと、スキルを使用する。

 

 青白いウィンドウ、そこにあったのは『WEB小説投稿サイトHAMELN』の一文だけ。

 そしてそれを選択するが───特に押したからと言って何かが起きる事も無かった。

 

 

 出来るようになったことは何も無い、あえていえばスキルのキャパシティは上がったくらいだろうか。少なくともこの状況を打開できるようなコマンドでは無かった。

 

 

 その事は絶望的ではあるものの……

 だがしかし、僕はこのスキルに対して手応えのようなものを感じていた。

 

 

 

 

 布団に入り、気絶するかのように眠り朝を迎える。休憩不足が戦闘に差し支えて敗北するなんて笑えない、だからこそ前日くらいはしっかりと休憩を入れ……僕達はついに、約束の日を向かえたのだ。

 

「ごめんね、遅くなって。ちょっと会いたい人が居て」

「大丈夫だよ、僕も自室で寝てただけ……みたいなものだし」

 

 部屋にはパーティメンバーが全員揃っていた、シエナ、グレイ……そしてツェツィが。

 今日もし失敗すれば、この四人での冒険は叶わないモノになるだろう。

 

 そうならない為に、やれることはやった……その筈だ。

 

 本音を言えばもっと時間が欲しい所だったが……期限が決まっている以上、これ以上できる事は無いのだろう。S級を相手にして、準備が足りる事なんて恐らくない。

 

「呼び出されたのは、このホワイトランドで会談等を行うための会議室。必須として呼び出されてるのは『聖女』。そしてそのメンバーも任意で参加が認められているとの事です」

「随分と余裕な事だね」

 

 場所的には力づくで僕達を亡き者にしようと言う訳ではないだろう。

 何かしらの策略があるのだろうが、とは言え無視を決め込む訳にもいかない。

 

 相手は国よりも権力のある相手、気分を損ねればどうなるかは想像に難くない。

 つまり、いつか対峙する事は確定事項なのだ。

 

「……来たみたいだね」

「……行きましょう」

 

 わざわざ迎えの馬車が、僕達の止まっている宿の前へとつけられる。

 逃げるつもりもないが、その時が近づいているのを感じて心臓の音が速くなるのを感じた。

 

 

 

 

 よく言えば豪華絢爛、悪く言えば趣味の悪い程に飾り付けられたそこは……軍議の場と言うよりかは、接待室のような様相だった。そこには既に、ホワイトランドの官僚らしき人間と、クロッカス王国を治める王が待たされていた。

 

 一国の王が、待たされているのだ。

 一介の冒険者に。

 

 ツェツィの父親でもある彼と、一瞬だけ視線が合ったものの……会話をするような余裕も時間も無かった。

 

 

 それから扉が開かれ、いけ好かない顔立ちの男が部屋へと現れる。

 この辺りではあまり見ない顔立ちで、自信に満ち溢れた表情の彼は……少しも申し訳なさそうでないような声色で、告げた。

 

「待たせてしまったかな? 失礼、勇者とは多忙なモノでね」

 

 その後ろからぞろぞろと現れる女性陣、恐らくはあれが彼のパーティメンバーなのだろう。

 その中に、一人見慣れないひげを蓄えた魔法使いらしき男がいるのが目につく。

 

 恐らくは彼の所属する国の、偉い人間なのだろうが……

 

 

 疑問は尽きないまま、会議は始められた。

 今はまだ、僕の動くべきタイミングでは無いと理解しているものの……歯痒い気持ちだった。

 

 いくらかの本題の前の雑談と言う名のジャブが繰り広げられた後、ようやく立派なひげを蓄えた魔法使いらしき人物が、口を開いた。

 

「今回お呼びしましたのも、お恥ずかしながら勇者のパーティには優秀な回復役が不足しておりまして。かの名高い『聖女』が加わってくれれば、魔大陸への攻勢も現実味を帯びてくるのではないかと」

「彼女は、既にパーティに所属していて……」

「勿論ですとも、それによって被る不利益も重々承知しております」

 

 有無を言わせずという様子で、話を進めようとする男。

 その後ろで勇者は、値踏みするような視線をツェツィに向けていた。

 

 そう来たか……確かに国防の事を、人類全体の利を考えれば、勇者のパーティに聖女を取り入れるのは自然な流れだ。勿論、僕たちの心情を抜きにしての話だが。

 

 国としても、一刻も早く戦争を終わらせたい都合上……僕たちの味方をしてくれることは無いのだろう。良い手だ、確かに強者の都合を押し付ける良い手だ。

 

 

 そして勝ち誇ったように、これまで黙っていた勇者が口を開く。

 

「まさか、魔族と戦う為に人類全体が一致団結しなければいけないと言うのに……それに反旗を翻すほど、クロッカス王国は非協力的な訳では無いだろう? それならこちら側としても、勇者として魔王討伐の邪魔をする逆賊に対しての対応を、色々と考えなくてはならないよね」

「確かに、僕もそう思いますよ。確かに優秀な回復役が強い人間の元にいた方が世界の為になる」

「ふぅん? 随分聞き分けが良いんだね、賢明な判断だよ」

「だったら、この場はお開きですね」

 

 ようやく、この会議の着地点を描けた。

 最悪の場合、ホワイトランドとも戦わなければいけないと身構えていたが……これなら話はシンプルで、スムーズだ。

 

「君のパーティに『聖女』を入れた方が良いって言ってるのかな?」

「その言葉の通りですよ。ツェツィはうちに居た方が良いって話をしてるんですけど」

「はぁ、つまりあれかい? まさかA級ごときの君の方が強いから、S級冒険者であるこの僕、『勇者』に投資するのは勿体ないって言いたいのかな?」

「初めからそう言っているつもりなんですけど、読解力が無いんですか?」

 

 一瞬だけ眉間に青筋を寄せて、それから首を振ってから大きくため息をついた彼は……道中の石ころとしてしか見ていなかった僕の事を、ようやく視界に収めたような気がした。

 

「はぁ……君の事も少し聞いたよ、なんでも12魔将とか言う雑魚を4体程度倒したくらいで、随分と天狗になってしまっているようだ」

「それで?」

「やれやれ、仕方ないな。勘違いしてしまったガキの鼻をへし折ってやるのも、持っている側の責務、という事かな? 見るからに冴えないモブっぽい顔つきだし、そう言うイベントなのか」

 

 まるで作り物の劇でも見るかのような傲慢な言葉と共に、一人語りを続ける彼がいい加減鬱陶しくなってきた。奴を勝負の場に乗せるために、少し語気を強める。

 

「ごちゃごちゃと口先だけ達者なのは良いけど、受けるのか逃げるのか決めてくれない?」

「はっ、やれやれ。口の利き方まで悪いと見える、育ちも悪いのかな。良いだろう、しかし聖人のような僕も、決闘となれば手加減は出来ないだろう。つまり……」

 

 やたら勿体ぶって、それから脅しをかけるように僕へと顔を近づけた彼は……他に聞こえないように、耳元で囁いた。気持ち悪かったが、それは確かに彼が勝負の場に乗った合図。

 

 

「僕も精一杯気をつけるが……ふっ、仲間への最後の言葉くらいは精々準備はしておくと良い」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。