スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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105.『勇者』の洗礼 前編

 場所を移し、郊外にある鍛錬用の施設へと場所を移した僕達。当然S級冒険者どころか、A級冒険者同士が戦えば周囲への被害は途轍もないものになる事を加味すれば、正しい判断ではあるのだろう。

 

 移動の最中も、突き刺さるような視線が、主に勇者のパーティメンバーやホワイトランドの偉い人達から向けられていたが……今やそんな事は些事に感じる。今はあの勇者を倒す事だけに、思考を回せばいい。

 

 

 

 大きな円形状の広場で、向かい合うように立つ僕と勇者。

 それを遠巻きにして、見学している大量の人、人……人。

 

 だがそんな事に、気を取られる必要もない。

 

「やれやれ、見世物じゃないんだから、こんなに人を集める必要もないのにさ」

 

 集中しろ、集中しろ。

 

「どうやら、僕の国の人間が張り切って人を集めてしまったらしい。ごめんね、晒し者にするつもりはなかったんだが……」

 

 奴の一挙一動の、不要な部分を切り捨てて。

 意味のある要素だけを抽出して。

 

「……だんまりかい? まあいい、それならそれで結構だ。囚われのお姫様の救出劇と行こう」

「『光の勇者』テンジョウイン・ユウヤ様対『冒険者』ノマル・フトゥーの決闘を開始します!」

 

 今か今かと、「その時」を待つ。

 

「試合───」

 

 

 そしてようやく、戦闘を開始する審判が声を───

 

「───開始!」

『お気に入り呼び出し → フローズンブレード』

「───身体強化」

 

 ───あげた。

 

 

 まるで飛び出すかのようにその場から掻き消えた勇者と、短剣から氷剣を出現させる僕。

 当然だが奴の速度についていける訳のない僕は、必然的にカウンター狙いで留まる事しか出来ない。

 

「し───ッ!」

 

『スキル:傍点』

 大きく振りかぶられた振り下ろしの一撃、その剣先は完全に捉えられている訳ではないモノの……予備動作と、「()()」から余裕を持って避けられる。

 

 やはりそうだ、黒い本の世界のシエナは彼の剣を模倣していた……模倣してくれていた。

 酷く見覚えのある剣は、この一週間で何度も、何百回も切り刻まれ……幾度となく命を奪われてきた剣技。今更、慢心している状態の彼の剣が当たる筈もない。

 

「避けてばかりで、どうするつもりかなッ!」

 

 会話を返すのも惜しい、只管に彼を観察し続けて……記憶にある剣技との差を埋めていく。

 油断と慢心から、脇の締め方は甘い。

 

 そしていざと言う時の勝負勘、潜り抜けた死線の数が足りないのだろう。

 その剣は、シエナが振るう「それ」よりもずっと甘く───

 

「軽いッ!」

「抜かせよ、モブの癖に……避けてばかりだろう!」

 

 軽薄な、重みのない剣だ。

 速く、鋭く……それは脅威であるものの、言ってしまえばそれまで。

 

 読み合いは無く、自らの速さを押し付けるだけの剣技なら……

 

「ちょこまか……とッ!」

 

 僕でも、対処しきれる。

 否、対処できるようにこの命を散らし続けてきたんだ。

 

 大きく踏み込み、僕の顔目掛けて突きを繰り出した彼の攻撃を首を捩る最低限の動作で躱し───直剣が頬を薄く斬りつける。僅かな出血、だがそれはチャンスでもある。

 

「ぐっ……!?」

 

 突きを外し大きく体勢を崩した勇者に。氷剣を叩きつける。

 鎧に阻まれ、切断には至らず。

 

 だがしかし大きくよろめいた勇者と、先ほどの喧騒が嘘かのように静まり返った群衆。

 まさかS級の冒険者が、A級の僕に奮闘する訳もないと……誰しもが思っていたに違いない。

 

 それが面白くなかったのか、苛立った様子で勇者はこちらを睨みつける。

 良い、好都合だ。焦りや怒り……そして恐怖は剣を鈍らせ、判断を鈍らせる。

 

 

 僕自身がそれを体験している、誰だって痛いのも死ぬのも怖くて仕方ないのだから。

 

 

「手加減してやっていれば、調子に乗るのも大概にしなよ……君」

「調子になんて、乗ってませんけど」

 

 調子に等、乗れるはずがない。実際、この均衡はそれほど余裕がある訳ではないのだから。

 基礎スペックの差で、一度良いのを貰えば戦況はひっくり返るだろう。

 

 綱渡りのような現状。

 そして彼が実際、手加減をしているというのも……間違いないだろう。

 

 

「───ヒール」

 

 

 淡い光が舞って、何事も無かったかのように立ち上がる勇者。

『勇者』というのは、様々な効果を持った複合スキル。

 

「有効打を与えて、勝てるとでも思ったか? 勇者を舐めるなよ、モブの癖に……」

「回復役、いないんじゃなかったの?」

「一々、癪に障るな……お前」

 

 身体の強化など、あくまで彼の持つスキルの効果のうちの一つでしかない。

 剣技も、回復も一流レベル。

 

 ようやく慢心が消えたらしい彼は、僕を敵として漸く認識したのだろう。

 先程の一撃で決めきれなかったのが惜しい、しかし僕が奴を倒すためには……ある程度大きな隙が必要だ。もっと、もっと奴を理解する必要がある。その為には、この状況は好都合だ。

 

 

 奴が振りかぶった一閃……はフェイントだ。

 眼前に迫った「それ」が、当たらない軌道であるという事を見抜いて静止する。

 

 再び、一閃。

 半ば経験的に、首元に振るわれた長剣と首との隙間に氷の刃を挟み込む。

 

 硬質な音が響いて、その勢いのまま後ろへと下がり衝撃を殺す。

 

「なっ、お前……!」

 

 見た事がある、見覚えがある。

 

 

 もう一度、剣が振るわれる。

 腹部を狙った突きを、剣の腹で受け流す。

 

 大上段に構えた一撃も、踏み込みと供に放たれた振り払うような一撃も……受けた事がある。

 だからその剣先を全て見切れなくても、どう受ければいいのかが分かる。

 

「なんで見切れ……」

 

 だから避けられる、だから剣を合わせられる。

 お前の剣技はもう、既に───既知へと落とし込まれている。

 

 

 

 奴の攻撃の癖、防御への意識の高さ。他者を圧倒したいという心根。

 奴の全てを解析して、読み込んで……情報に落とし込んでいく。

 

 次第に奴自身が既知へと変わり、そして……

 

「はぁ、全く……やれやれ、これだけは使いたくなかったんだけどね」

 

 だがそれで……この程度で終わりならば、彼は『勇者』と。

 S級冒険者と呼ばれてはいないのだろう。

 

 一つの国を落とせるだけの、それだけの何かがあるはずで。

 

「───ッ!」

 

 この場所に留まるのは危険だ、情報が確かならそれは見てから避けられるようなものではない。

 だが、今思えばそんな想定も、回避動作すらも甘かったと言わざるを得ない。

 

 

「───光あれ」

 

 

 短い詠唱、そして剣先から放たれた光条。

 

 一瞬の、事だった。

 

 認識できない、出来るはずもないその攻撃。

 それが発射された事を認識したのは……燃えるような痛みが身体を襲ってからだった。

 

 

 脇腹をじりじりと焼く音と、穴が開いている事に気付いて。遅れてやってきた、光が空気と肉を焼く音。全てを置き去りにする、不可避にして最速……詠唱をほとんど必要としない、最強の魔法。

 

「周囲に観客だっているだろう? 僕としても、彼らに当たったら申し訳ないからさ……使うつもりはなかったんだよ、つまり……お前が、いや……君が悪いんだよ? 情けなく最初の一太刀でやられていれば、こんなに苦しむ必要も無かっただろうに」

 

 彼をS級たらしめているのは、その剣技や回復の能力ではなく……

 彼の代名詞である、『光』を操る魔法……そのものである。

 

「光の勇者、その由縁を……たっぷりと理解させてあげようじゃないか」

 

 結局のところ、分かり切っていた事だ。

 奴の『光』を突破しない限り、僕に勝ちの目は……ない。

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