「ノルさんっ!」
悲鳴のような声が、静かな訓練場に響き渡った。
痛い、気絶しそうなくらいに脇腹が痛む。貫かれたそこは、未だ熱を持っている。当然のように貫かれた氷竜の皮の防具、しかしこれが無ければもっと大きな穴があいていたのだろう。
焼け爛れたその部位は、貫かれたと言うよりも、焼き焦げたと形容するのが近いだろう。そのお陰で出血こそ無いものの、傷口は白く焼き固められている。
「おや、少々やり過ぎてしまったかな? モブに放つには少々、過剰過ぎる一撃だった」
「……」
「おや、先程のように喚きまわれは良いのに……もしかして、セリフがもう用意されてないのかな?」
ありがたいご高説を繰り広げてる間に、ポーチから取り出したポーションを患部にかけるものの……残念ながら焼け石に水だった。いくらポーションと言え、焼け落ちた身体を再生できるほどの効果はない。
勇者は回復が可能で、僕は回復の手段をほとんど持ってはいない。普段はツェツィが居ることの重要さを、ここに来て改めて思い知らされる。だが、もし彼女を含めたパーティーで挑めばそれはツェツィ達の優秀さを喧伝する事になっても……僕自身の力を示せる訳じゃない。
奴を否定するなら僕一人で、奴よりも優れている事を証明するんだ。
「大丈夫」
「ですが……!」
「僕を信じて……待ってて」
ここまで十分、十分過ぎるほど彼女達に支えてもらってきただろう……僕。
ここからは、僕自身が死力を尽くす他無い……!
「ちっ、不愉快だ……休憩は十分かい? 必死に踊れよ───光、あれ」
もう一度放たれる光条、それが耳元を掠め肉の焼ける音を放つ。あれは貯めもクールダウンも必要ないどころか、消費するMPも多くはないのか……!
防御は不可能で。
射程は未知数。
そしてその速度は、文字通りの光速……!
「光あれ、光───あれ! ほら、どうした。これじゃ弱いものいじめしてるみたいじゃないか、反撃は無いのかい!?」
ジュっと肉の焼ける音と、誰かが息を飲むのが聞こえた。
生傷が1つ、2つと増えていく。
細かく動き回って、少しでも狙いを外させるしか無い。
それでも被弾は避けられず、体力はじわじわと削れていく。
もしも奴にMP切れがあったとして、これでは僕が力尽きるのが先だ。
「ははっ、光あれェ!」
光束が髪を掠め、嫌な臭いが鼻をつく。
とんだインチキ能力。此処が戦場なら、あんなものを安全な位置から連発されるだけで対処のしようが無いだろう。それに加えてあの近接性能、S級と言うのは揃いも揃って化け物揃いだと、分かったつもりになっていた……だが、分かったつもりになっていただけだった。
だが少しずつ分かって来た、奴は顔と四肢を狙う事が多い。
前者は顔が気に入らないのだろうか、表情が気に入らないのかは分からない。
そして後者は、恐らくは僕を甚振って……それを愉しんでいるからだ。
奴を理解しろ、どうやって攻撃をしているのかを。
無敵とも思える攻撃。しかし攻撃の際は、当然狙う個所へと視線を向ける。発射先は剣先から、詠唱は必要で……弾速は光の速さなものの、発動から発射からまで一瞬のタイムラグがある? 少しずつ奴の情報は、既知のモノへと変わっていく。
剣先からのビームだというのなら、近接戦に持ち込めば……まだ可能性はある。
勇者の剣技は既に、既知のモノへとなりつつある……そして、僕側に奴への有効な遠距離手段がない。短い詠唱は当てられる自信が無いし、長い詠唱を待ってくれるほど奴は遅くない。
『スキル:ルビ』
「
「接近すれば、どうにかなるとでも思ったのかい?」
詠唱するのは、設置型で別角度からの介入を可能とする魔法の片割れ……プロヴィレンス・アイ。
あの速度に当てる事は出来ないかもしれないけど、それでも十分な牽制にはなるだろう。
そしてもう一つの魔法は、アイスランス。
最も使い慣れていて、最も精度に自信のある魔法。
敵の攻撃を観察し、回避し。自身は剣を振るい、魔法を二つ同時に使うというマルチタスクに脳が沸騰しそうになる中、必死に一つ一つを丁寧にこなしていく。
勇者の攻撃、長剣での切り払い。剣先はこちらを向いておらず、速度は受けきれない程じゃない。剣を押し込んで、次でアイスランスの詠唱を完成させる。そのまま、プロヴィレンス・アイを……
「
「遅い詠唱、僕の光魔法と本当に同じ魔法の区分なのかな?」
氷の槍が生成され、しかし奴はそれを鬱陶しそうに避けるだけ。
氷剣と長剣がぶつかり、火花を散らし……そして僕の剣の方が弾き飛ばされる。
当然だが、力でも奴の方が上だ。
速度は速いが、力は弱いかもなんて言う淡い期待は……最初から持ち合わせていない。
上空に出現させた、実体を持たない輝く星。
もう一度、奴に剣先を向けさせない為に剣を振るう。
『置換:剣→鎌』
認める他無いだろう、僕は奴にスペックで劣っている。
剣技も、攻撃魔法も、そして回復も。
だからこそ、搦め手を使う。
鍔競り合っていた変幻自在の氷の長剣は、鎌になって奴の首を狙う。
「まるで奇術師だ、ちょこまかと……」
「偉大なる、空に輝く恒星よ───」
奴に剣先を向けさせず、その上で対応できる接近戦で倒しきる。
これが正解、最適解の筈だ。
『スキル:傍点』
『置換:鎌→大槌』
『特殊タグ:二段階拡大』
その戦端を大槌へと変え、奴を押し潰さんと迫る。
質量の暴力、如何に奴が僕より力強いと言えど……力の入れ方に差がありすぎる!
拮抗しているようで、ゆっくりと奴を押しつぶす大槌が奴の長剣を揺らす。
「それが君のとっておきかな、成程……驚異的だ」
「一条の光となり、我が敵を貫きたまえ───」
最適解の……筈だ。
なのに、なんだこの違和感は。
考える事を止めるな、もしも奴が想定する通りの奴だというのなら……どうだ?
「プロヴィレンス・レ───」
「ぐっ、流石に重い……やるじゃないか」
対応が、あまりにも静かすぎる?
焦っていない、押されている今?
あれだけプライドの高い、勇者が?
ゆっくりと、世界がスローモーションになるような錯覚。
ゆっくりと、しかし確実に……勇者はその手のひらを意味も無く僕へと向けて。
意味も、なく?
その違和感に気付けていたからこそ。
奴が手の平を向けた瞬間に、咄嗟に回避するという選択肢が生まれたのだろう。
「───あがぁぁぁッ!?」
「おや、これで終わりにするつもりだったんだが……運が良いね、悪いとも言えるけど」
最も、回避しきる事など出来はしなかったが。
痛いっ、熱い……ッ!!!
大腿を貫いた、白色の閃光が……一拍置いてジュっという音を立てる。
「それ」は確かに、奴の剣先からではなく……手の平から発射されたものだった。
間違った情報、前提が崩れれば……それは既知ではなく、未知でしかない。
それを理解できたのは幸いだが、払った代償はあまりにも大きすぎて。
「機動力が落ちたら……もう終わりだよね、君」
左足が、まともに動かない。
これでは勢いの付いた踏み込みや、大きな回避は出来ないだろう。
ガクガクと歯の根が、痛みと恐怖に震えて噛み合わない。
バランスを崩さず立っているのが限界で、身体中が傷だらけで穴だらけで。
濃密な死が、僕の前へと突きつけられていた。
死ぬ、殺される……無残に、そして惨たらしく。
仲間も守れないまま、意味も無く屍を晒す。
「まぁサレンダーなんて、認めないけどね。あれだけの啖呵を切ったんだ、責任を取れよ」
絶望的な状況の中……勇者だけが口角を上げて笑っていた。