───読み、違えた。
絶望的な状況、致命的な間違い。
機動力を削がれた、これでは光の魔法どころか……剣技にすら対処できるか怪しい。
そもそもこれだけボロボロなのに、勇者は回復したせいで傷一つない。
「はぁ、接戦を演じた方だろう。この勇者の貴重な時間を使った事、地獄で自慢すると良いよ」
唯一の幸運は、何とか急所を外せたことくらい。
だがしかし、それも終わりの時を先延ばしにしただけだろう。
剣先が、向けられている気がする。
「───って! 私、私が悪───」
悲鳴のような声が聞こえる気がする、だけど上手く聞き取れない。
頭に血が足りてないのか、それとも怖いからか。
幾度となく浴びてきた寒さが、今こうして現実でも牙を向きそうで。
怖いのは、死ぬ事か?
確かにそれは怖いけど、それよりも……今は何も為せずに死ぬのが怖い。
ツェツィを守れず。
シエナとの約束を果たせず。
グレイとの冒険が、ここで終わりになってしまうのが怖い。
「光───」
だったら死力を尽くせ、死んでも動け。
幸い身体は動く、気力だけで立ち上がれ。
「───あれ」
誰かの絶叫が、世界に鳴り響いて。
僕が頭部狙いの一撃を避けられたのは、狙いが明確で……そして運が良かっただけ。
地面が焼けて、プスプスと音を立てている。
何処まで貫通したかもわからない、圧倒的な貫通力。
不可避の光束を、誰もが捉える事は出来ない。
───本当に?
「誰かは捉えてるんだよ、だって描写されてるんだから」
「命乞いなら……」
青いウィンドウに揺らめく、『WEB小説投稿サイトHAMELN』の文字列、これがあくまで小説と言う形式をとっている以上。描写されている以上、それは存在して……描写されている。
不可視の何かではなく、光条と描写されている以上は。
一つ、疑問に思っていたことがある。
何故、『水平線』で僕の知り得ない、「何処か」の情報が描写されるのか。
視点、視線的に目に入る訳もないものが、僕の主観で描写されるはずないのに。
僕のスキルは、あくまで小説のように世界を改変するだけ。
だけど本質は、それだけではなかったのかもしれない。
世界は小説である、と定義すれば。
ハーメルンと言うサイトに投稿されている、一小説だと定義すれば。
世界を、自身を、全てを……認識して、知覚しろ。
答えは既に、あの時に見つけていたんだ。
彼*1を、登場人物の一人に落とし込め。
ただ少し、知覚の仕方が分からなかっただけ。
答えは、既に未来の僕が示してくれていた。
「スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ」
「ハーメルン? 今更、笛でも聞かせてくれるのか───」
『小説閲覧設定:変換設定→三人称』
陽光が照り付ける屋外訓練場。しっかりと踏み固められたその地面は、今や勇者の放った魔法によって所々貫かれて赤熱している。風が吹く度に土煙が舞う。彼らの決闘も佳境に入り、周囲は固唾をのんでこの決闘の決着を見守っている。勇者と呼ばれた彼は余裕そうな表情を見せるものの、対する冒険者の少年は満身創痍と言う様相だった。そして、スキルのあまりの情報量に少年は頭を押さえ───
「───い?」
「多すぎる、もっと取捨選択をしないと」
「はぁ、遂に気でも狂ったか。光───」
勇者はとどめを刺そうと、収束された光の奔流でもって少年の胸元へと狙いを定め右腕を───
「───向けた。狙いが、分かっていれば」
「───あれッ! ちょこまかと動くなよ、マグレがそう続くと……」
放たれた光の奔流は、すんでの所で彼の竜皮の外套を掠めるだけに終わる。ふらつく足で立ち上がった彼は、幽鬼のような足取りで勇者の元へと向かう。その足取りは遅く、鈍重で。それを見てほくそ笑んだ勇者は、両の手で彼の機動力を削ごうと右足へと狙いを向け───
「たと。狙いが分かってれば、当たらない」
「はぁ? どうなってるんだよお前……! 気色悪い、当たったらどうなってるのか……!」
「分かってるに決まってるだろ、散々貫かれたんだから」
紙一重で、その光条は地面を深く抉るに留まる。苛立ちと若干の
「モブの癖に、主人公である僕に立ち塞がりやがって……!」
「へぇ……怖いんだ、僕が。こんな傷だらけの、僕が」
「黙れ……黙れえッ!」
図星、だったのだろう。激昂した彼の一撃は、沿うように当てられた氷剣によって勢いを流され空を切る。まるで散歩でもするかのような気軽さで、死線を潜る彼の迷いない足取りに思わず距離を取ろうとして、逃げの姿勢を───
「───逃がすかよ。サレンダーなんて認めないんだろ、責任を持てよ」
「やめっ、てめっ……!」
引こうとした右足を踏まれ、呻くような声を上げた勇者。バランスを崩した彼に、追い打ちをかけるべく冒険者の彼は、長剣を振るう。それを辛うじて防いだ勇者、しかし攻める立場は完全に逆転していた。
破れかぶれで見当違いの方向へと手を向けた勇者は、焦りからか光の魔法を発動させ……それは、明後日の方向へと飛び、空気を焦がすだけに終わる。その隙を見逃すほど、彼は生温い修羅場を潜ってきては居ない。
「当たらないなら、避ける必要もない」
「───ぐっ!?」
氷の剣が、剣を振るおうとした勇者の身に纏っていた鎧を裂き左腕を切りつける。此処に来て初めての自身の出血、それは彼に更なる動揺を植え付ける形になる。恐怖や動揺、痛みは戦場での判断を鈍らせる。そんな当然のことは、戦うものである勇者は理解している。
『スキル:傍点』
だが───所詮は、
格上との戦闘経験など殆どない彼に、心構えだけで耐えられる程戦場は……死地は甘くはない。
「やめっ、止め……止めろッ!」
ゆうしゃのこうげき。
しかし、あたらない。
「来るな、来るなよッ……!」
ゆうしゃのこうげき。
しかし、あたらなかった。
「光あ───」
彼は必殺の光の魔法を放つべく、その手を向け───
「お気に入り呼び出し:アイスランス」
「───れッ!?」
氷槍が叩きつけられ、その手は見当違いな方向へと向けられる。
空を焦がすような熱線も、当たらなければダメージを与える事はない。
貧血でふらつく中、穴の開いた足へ無理やりに力を入れてノマル・フトゥーは歩き続ける。一歩、一歩と近づく彼に勇者は言い表せないような恐怖を感じ、尻餅をついたまま後退る事しか出来ない。まるで駄々を捏ねる赤子のように、剣を振り回すものの……そんなものが、当たる道理はない。
「待っ、許し───」
「待つ訳、無いだろ」
勝負を決めるべく、彼は剣を構え───振り切った。
『傍点+太字』
まるで閃光のような剣閃が煌めき、世界が静寂へと包まれる。
それは、剣の極致とも言える一閃。
愚直に
一拍。
その一閃の鋭さに、事象の反応は遅れた。何事も無く振るわれた剣に遅れて、勇者が剣を握っていた右腕は……肘から先をすっぱりと断ち切られ地面へと落ちる。そして彼の反応もまた、同じく。
「───あがぁぁぁッ!? 痛い、痛いッ!! 僕の、僕のッ!!!」
一瞬。
何をされたか理解できなかったのであろう勇者は、傷口を焼くような痛みと喪失感に絶叫を上げる。
「へぇ。それは良い事を聞いた」
「いだいっ!!! 治して、あがっ……殺さないでぇっ!」
まるで赤子のように泣きまわる勇者、誰の目から見ても……勝敗は明白であった。
それに冷めた目を向ける勝者は、敗者に向けて言葉を紡ぐ。
「利き腕は落とした、勝負ありでいいよ」
「なっ、はっ……許して、許してくれるのか!?」
「S級冒険者の昇級試験としては、十分だよね?」
酷く甘い対応。
「もっ、勿論だ……! はっ、はっ……!」
激戦の終わりとしては酷く呆気のない結末に、審判が呆然としながらも決着の合図を鳴らす。
誰もがその現実を受け入れられないまま。
こうして勇者と、一人の冒険者の戦いは───終わりを迎えた。
(……けるなよ)
激戦を終えて、誰もが言葉を失っていた。
S級冒険者『勇者』の敗北、そして新たに生まれるであろうS級冒険者の出現に。
(ふざけるなよ……!)
そんな中、彼は痛みに耐えながら思考を回し続けていた。
惨めな自分に目を向けないように、半ば現実逃避をしながら。
(クソッ、なんで僕が……ゲームのモブ如きに!)
戦端を仕掛けたのは、勇者その人である。
だがそんな事を忘れてか、彼の中では今……この痛みを止める方法を模索し続けていた。
(痛い、腕が痛い……くっつけないとッ! 役立たず共、誰か早く僕を助けろよ……!)
彼がパーティメンバーに顔を向けるものの、視線を逸らされる始末。
彼のパーティに回復役が居ないのは、実際の所間違いはない。
今までは必要無かった、そんな戦いばかりを越えてきたのだから。
だがしかし、この場に一人だけ……この状況を打開できる、人間がいる。
(『聖女』なら、この傷も……)
背を向けて何かを呟くように、この場を去ろうとする「彼」に勇者はほくそ笑む。
その言葉は聞き取れないが、此処で奴を亡き者にしてしまえば……S級冒険者の権力で後はなんとでもなる。その試算は間違いない、どう見ても油断しきった奴の背中に、最速の一撃を叩きこんでやればいい。
生意気だった、許せなかった。
モブの癖に、勇者を……俺を見透かしたような態度が、全てが。
「あぁ、本当に……」
「
(お前が馬鹿で、本当に良かったぁ……!)
突如として極光を煌めかせた勇者に、周囲がどよめきと短い悲鳴を上げる。
ここからの回避は不可能、奴の背目掛けて光が収束し放たれ───
「……光あ───」
「
───る直前。空より放たれたレーザーが、彼の左手を貫き……行き場を失った膨大な光のエネルギーは、その場で爆発し拡散する。熱さを感じる前に、彼の鎧ごと左腕は焼失し炭化した、何かの残骸だけがその場に残る。
(……あ”ぁ”ぁ”ぁ”っ!? あがっ、あっ、あでっ!? なんでっ!?)
両の手が焼け落ちるような熱さを感じ、存在しない筈の両の手が痛みを訴えている。
声にならない絶叫を上げる事も出来ず、敗者はその場へと力尽きた。
最後に、静かになったこの戦場に立っていたのは。
金色の髪の少女に抱きかかえられ、立ったまま気絶している───
───ただの村人だった、一人の少年だけだった。