宿屋の一室で目が覚めた僕は、何処に行く事も許されずにただ毎日を過ごしていた。
この国を取り巻く事情は随分と大変で、色々と起きているらしいが……意図的に僕の耳に入らないようにしてくれているらしい。
そんな僕の負傷についてだが……『聖女』の奇跡を使った上で、安静期間が1週間。
失った腕すらも治療できる、そんな聖女の治療を受けて……一週間というのがどれだけの大怪我なのかは、詳しく語る必要もなく分かるだろう。
決闘が終わったあの後、気力だけで保っていた意識は糸が切れたかのようにプツリと落ちた。
当時の僕は、それはもう酷い状況だったらしい。
なにせ身体中には数十もの切り傷や火傷があって。
最初に光に貫かれた脇腹は、臓器ごと焼け焦げていたとか。
大腿を撫でると、そこにポッカリと開いていた穴は既に綺麗に塞がっている。その後の一撃が太腿を貫いたせいで、大きな血管が焼き切られていた上……その後の無理が随分と祟って酷い事になっていたと言う。
「本当です、なんであんな穴だらけの脚で踏ん張るんですか……一歩間違えなくても、死んでたかもしれないんですよ?」
当たり前だが、人は穴の開いた脚で踏ん張ってはいけない……至極、当たり前のことだが。
それに火傷跡の治療は酷く大変だ、何せ焦げた皮膚がそこにくっついたまま……それに止血をしなくて良いのは有難いが、死ぬほど痛いのだ。血液は沸き立ち、近くの皮膚も……もうできれば勘弁したい。
「あんな無茶、二度とさせませんから……」
失った血ばかりは、魔法による回復を見込み辛い。
それでも完全に無理と言う訳では無いが、ある程度は自然治癒に任せた方が良いとか。
「頭の方もかなり、酷い状況でした」
限界を超えて酷使した脳は、かなりのダメージを負っていたらしい。
これも当然の話だが。勇者と言う膨大なデータをラーニングしながら、剣を振るい、魔法を放ち……その上で、最後の「あれ」だ。人間のキャパシティを越えた情報量に、頭は熱を持ち……下手をすれば障害が残っていたと、随分と怒られてしまった。
やはり世界を小説として捉え、それを全て脳で処理しきるなんて普通じゃない。
五感で感じた程度が、人間の脳で処理できる上限なのだろう。
「反省、してくださいね?」
「うん。でも、あのさ……」
そう口では言いつつも、随分と嬉しそうにニコニコと笑う彼女。
この際、考えている事が丸わかりなのは良いだろう。
どうやら僕、考えてる事が顔に出やすいらしいし。
だけど、どうして絶対安静の僕の部屋で。
しかもそのベッドの上で、そんなに距離が近いのでしょうか……ツェツィさん?
「あなたの治療の、主担当ですから」
「……今、治療の時間じゃないよね?」
「絶対安静のノルさんが何処かに行かないか、こうして監視しているんです。お嫌でしたか?」
「いや……では無いけども」
「ふふっ、なら特に問題はありませんね?」
そう微笑んでいる目の前にいる金髪の彼女は、何時も通りの表情に見えて……目が淀んでいる。
「まずは、S級冒険者の承認おめでとうございます……ノマル男爵。グリーンウッド・ホワイトランド・クロッカス王国・魔法都市プルプラからの四国の承認と、試験を経て貴方は正式にS級冒険者として承認されたわけです」
S級と男爵、そしてクロッカス王国と言う部分を何処か強調して、その言葉を告げた彼女。
未だに実感が沸かないというのが、
「世界で8人……一応、8人しかいないS級冒険者です。今は実質7人ですけどね? 「彼」は今牢にいますし……精神的にも随分と衰弱しているとか。私クラスの回復が出来るスキル持ちが、世界に何人いるのでしょうかね」
奴の腕は、切り落とされたのならまだしも……文字通り消し炭になった。失った四肢を回復させられるのは、『聖女』クラスの回復役か……もしくは余程高位の何かが必要だろう。
それにしても今牢に居るとは思わなかった、腐ってもS級だし。
「誰がどう見ても不意打ちでしたからね、それも勝者の新しいS級冒険者へ。今となっては戦闘能力も無く、周りの国も随分と身の振り方を考えているようですよ? ふふっ、そちらはノルさんのお耳には届けないようにしてはいますが……」
それから絡みつく蛇のように身体を寄せて、耳元で静かに囁いた彼女の声は。
「……聞きたい、ですか?」
「いや、別に……」
背筋がゾクリとするほどの冷たさを孕んでいて、それ以上詳しく聞こうとは思えなかった。
それからその体勢のまま、僕の焦げた髪先をクルクルと指先で回す彼女は話を続ける。
流石にパーティメンバーと言えど、緊張する。
出来るだけ意識しないように、平常心を保って……
「それで是が非にでも、家系図に取り込みたいなと言うお話が……各所から上がってきておりまして」
「なっ、なんて?」
「勿論、王家……お父様からも打診がありましたよ?」
もう一歩、殆どゼロに近い距離が縮まって。
「今日のツェツィ、距離感近くない?」
「誰のせいだと、思ってるんですか。まあ元を辿れば私の所為ではあるんですけど」
「本当にツェツィのせい、なんかじゃなくて」
「分かってますよ? そう言ってくれることも、本心からノルさんがそう思ってる事も」
沈んだ声色でそう言い切った彼女は、少しだけ溜息を吐いた後……気持ちを切り替えるかのように、大きく息を吸った。
「なので今の感情は、罪悪感が七割、打算が少し、そして……残りは何だと思います?」
「少し、外の空気が吸いたいなぁ……なんて」
「ダメですよ? ノルさんは今、絶対安静なんですから。動いちゃ……ダメなんです♪」
逃げる事は許さないと言わんばかりに、更に距離を詰めるツェツィ。
勿論逃げるつもりは無いし、そもそも逃げる事も出来ないだろう。
「この国の成り立ちを考えれば、強いスキル持ちとの婚姻は至上命題です。本来は、政略での結婚になると思っていましたが……まさか恋愛結婚が選択肢に上がるなんて、思っても居なかったんです」
「言ってる意味は、その……」
「分かってますよ? お父様も背中を押してくださいましたし。 勿論、ノルさんが嫌だと言うのなら……話は別ですけどね?」
その手は、まるで傷口のあった部分を撫でるかのように合わせられ。
それから僕の手の体温を確かめるかのように掴んで、ゆっくりと握りこむ。
「何度も、死んでしまうんじゃないかと思いました。私があの時、何も言わずにパーティを去っていればと、苦しそうなあなたを見て何度も後悔の波に苛まれたりもしました。あんなに取り乱したのは、記憶にある限りでは……いつ以来でしょうか?」
その手は、失う恐怖を思い出すかのように静かに震えていて。
「だから、貴方が生きていて本当にうれしくて……それで。こんなに欲しいものが出来たのは、生まれて初めてかもしれません。ですが……ライバルは多いですねぇ。二人目、三人目でも私は一向にかまわないのですが……」
指を一本ずつ折り曲げる彼女。怖い、僕の預かり知らぬところで……意外と好感を向けられているのだろうか。パーティメンバーとそういう関係になるつもりは、無いのだけれど。此処まで頑張って、男女関係の縺れで解散なんて笑えない。
「正直私は、お二人に比べて期間が短いですからね……」
「シエナは、そういうのは……」
「グレイエルさんとの事は、否定なさらないのですね?」
墓穴を掘った、僕には彼女の気持ちを覗き見てしまった……その記憶がある。
墓まで持っていくつもりだったが、一国の王女相手に舌戦で勝れる訳も無し。
「なので、少しだけ積極的にいかせてもらおうと思います」
そう言って、華奢な身体の重さを僕に任せた彼女は。
少しだけ頬を朱に染めて、僕の目をじっと見つめてから呟く。
「気づかなかったなんて、言わせませんから……ね?」
その時に彼女が見せた、年相応の表情を……僕は今後忘れる事は出来ないのだろう。