ようやく外に出た僕に───タックルでもするかの勢いで近づいてくる影が1つ。
「ノル君〜! ノル君、ノル君!」
「どうしたのさ、シエナ」
「ん〜呼んでみただけ? おかえり、ノル君!」
「ただいま、シエナ」
献身的な治療も相まって、ようやく戦える程度には回復した僕だったが……この一週間は気が気でなかった。今でもあの時のことを考えると、顔が熱くなる。どうしよう、僕はどうすればいいのか……
そう言えば気を失っている間に、随分と『感想』と『ここ好き』が来ていた。勇者戦は気を失いかけていて、口調が随分と荒くなってしまっていたが……見られていたと思うと、結構恥ずかしいな。
「本当におめでとうだね、ノル君。とは言えゆっくり休むんだよ、流石にあんな危険な……身体はともかく、精神的な疲労は1週間じゃ取り切れ無いだろう」
「そうです……ね。ですが、リハビリは早いうちにしておきたいですし」
「確かにその通りではあるんだが、まぁ……無茶だけはしないようにね」
そして大事な事がもう一つ。
「今日は軽めに、一旦前線の空気を吸いに行く……くらいの心持ちでも良いのでは無いでしょうか、勇者が居るので今までは顔を出せませんでしたが」
「そうだね、ツェツィ」
ツェツィの……彼女の気持ちを、見て見ぬふりは出来ない。
僕自身そう言った願望が無い訳では無い、むしろ将来は父さんと母さんのような、幸せな暖かい家庭を築きたいという人並みの願望はある。
だけど、まだ自分には早いのではないかと言う気持ちもある。
それにパーティで特定の2人だけが付き合い始めれば、様々な問題が発生するという。
報酬の分配、意見が割れた時の話し合い、そして……もしもの時の優先度。
勘違いしないで欲しいのだが、気持ち自体は嬉しいのだ。
その上で、今は特定の相手を作る余裕は……僕の方に無いというだけ。
だが何時までも保留というのは、相手に失礼だ。
今まで目を逸らし続けていたそこにも、答えを出さなければならないのだろう。
……そもそも、僕自身にそんな魅力があるかと言われれば首を傾げざるを得ないが。噂の槍使いのように、顔良し性格良し、欠点無しみたいな人に憧れる。せめてもう少し、身長が欲しい……
それから暫く、安静期間が終わってからは随分と忙しかった、何せ様々な式典や招待が異常な量届いて来ていて。S級冒険者になると、こうも待遇が変わるのか。どこも国直々の招待だが、断るのも自由と言う待遇。
国と一個人のパワーバランスが、こんな形で傾くことがあるなんて聞いてはいたものの……実際に目にしてみると、恐ろしく感じてしまう。そんな中に、毛色の違う一枚の手紙が姿を現す。
【やぁ、助手くん! S級冒険者昇級おめでとう、君なら為すとは思っていたが……随分と早く成ったものだね? 勿論プルプラとして、承認を出したのは私の裁量だからね。存分に、存分にありがたがって、恩を感じると良い。君が全然呼び出さないせいで、読んで欲しい本がごまんと積み重なっているのだから。君のスキルで気になる点も、沢山あるし……なんて、少し脱線しすぎてしまった。それは今回の本題、主題から逸れるからね。そういえば、いつしか君に言った通りだろう。「君は君であり続ける為に、S級冒険者になるしかない」実際その通りだっただろう? それにしても随分と無茶をしたみたいじゃないか、仕方がなく私も今回は君の……】
……何枚あるんだ、これ。
あまりの文章量に、思わず読むのを途中でやめて頭を押さえてしまった。
まず、手紙くらい話が脱線したら書き直すべきなのではないだろうか。
とはいえ、勇者と戦って改めて思ったが……今の僕が賢者と戦ったら、絶対に負けるだろう。強くなったからこそ、奴の底が知れない。敵じゃないのは、本当に不幸中の幸いだ。まぁ、味方と言い切ることも出来ない訳だが。
終えてみればメリットもあったあの事件。『勇者』の攻略は必要な事だったが……いい事ばかりでは無い。それはあまりにも切実で、当然の内容。北部の前線、そこを『勇者』が抜けた穴は大きいということだ。
S級が1人抜けた前線は緩やかな崩壊を始めていて、少しずつ後退しつつあるとか。噂では単純に魔物の質が上がり、「異様な進化を遂げた」魔物が散見されるらしい。
酷く聞き覚えのある話だ、12魔将が本格的に始動し始めたと言うことだろう。奴の討伐を一旦の目標と掲げている僕達的には、無視できない話である。
それまでに、随分と大きな寄り道をする事になってしまったけど。
ようやくこのホワイトランドに来た目的を果たす時が、やって来たという事だろう。
前線に向かう馬車の中で、僕は御者をやっていた。
ツェツィは表立って何か行動を起こしているという訳では無いが、何か話すことがあるからと言っていた。つまり、僕は馬車の外へと追い出された形になる。聞き耳を立ててもいいが、それは不誠実だし……どうせバレそうなので、こうしてぼんやりと外を眺めている。
一人でこうしてぼっとしているのも時間がもったいない。
だから、今回はこの前試してみたあれを……行ってみようと思う。
『スキル:よみあげ』
『老ノマル』
『賢者アメティスタ』
『オシエル』
『グレイエル・スノウリリィ』
▶『シエナ・ティソーナ(異)』
『戻る』
スキルを発動させると、彼女の声が……
【……いや、なんで?】
聞こえてきた、ノイズはかかっていないようで。
あくまであの空間が、彼女を縛っていたのだろう。
【それはその、構わないんだけどさ】
あれから一度だけ、よみあげて彼女と接触し……Errorが起きるのを想定して一度だけ黒い靄のような何かを摂取してみた事がある。その時は酷い眩暈と、気持ち悪さに苛まれたものだったが……
【その、私こう……「2度と会わない」みたいなさ、その……感じだったと、思うんだけど】
「少し、話してみたくて」
【……君は、嫌じゃないの? あれだけ切り刻まれて】
まさか、僕の為にあれだけ心を鬼にして修業をつけてくれたシエナに。
感謝する事はあれど、嫌悪感など沸くはずがない。
あの黒い空間は、まだやはり少しだけトラウマを感じはするけど。
【……よく、分かんないね】
「シエナの方が辛くなかった?」
【うっ、まあ……ね。でも、そのスキルについて聞きたいなら、私は適さないよ? だって、私の世界にそんな便利なものは、無かったから】
想像通り、彼女の世界の僕は……ノマル・フトゥーは。
スキルを得る事はなく、その上で『鋼鉄』に挑み……悲惨な最期を迎えたのだろう。
その後の事は聞いておくべきだとは思うが……無理に聞き出すような事ではない。
「少し、シエナと話がしてみたかっただけなんだ」
【……そっか。気持ちは嬉しいけど】
勿論『よみあげ』である以上、彼女の表情は見えない。
だけど、あまり手放しに喜んでいるという声色でないのだけは確かだった。
【少しだけ気持ちの整理をつける時間が欲しいな。確かにノル君は大切だけど、君と話すのは楽しいけれど……】
「僕の行動に、シエナが責任を負う必要なんて少しもないよ」
【割り切れるものじゃないんだよ、だって……ううん、なんでもない】
その声色は何時も通り、大人びたシエナの声そのものなのに。
【でもね、私の好きだったノル君はもう……あの村で、死んじゃったから。この話は、それ以上でも以下でも無いの】
そこには明確な、拒絶の意思を感じた。
【だから。それ以上優しくしないで欲しいな。死ぬほど惨めになるから】
「僕は……」
【ノル君とお話しするのは確かに楽しいけど、それと同じくらい……気分が悪い】
そこまで言われてしまえば、僕は何も言い返せずに押し黙る他ない。
【自分が嫌で嫌で仕方が無くなるんだ、死んでるのに殺して欲しいって思っちゃう】
それから少しの静寂が、僕達の間に流れて。
馬の蹄が地面を蹴り、車輪の回る音だけが世界を満たす。
戦場の匂いはもう、すぐそこまで迫っていた。
彼女の物語が、完全無欠なハッピーエンドに終わる事なんて有り得ないのだろう。
その経験が無ければ、彼女は此処にはいない。
【話せてよかった、ありがとね……ノル君。またね】
「……うん。またね」
今更、別の世界の過去を変える事は出来ないのだから。
僕達が描けるのは、これからだけ。
これからだけ、なのだから。