馬車が速度を増すこと暫く、そこかしこに血痕や戦闘の痕跡が目立つようになって。
馬車の中にいたシエナも、警戒の為に御者席で周囲を見渡している。
「そういえば、シエナは一週間何処に?」
「もしもの為に、『剣聖』と斬り合ってたの」
「……そっか」
もしもってなんだ、一体何をするつもりだったんだ。
何があったのかは、大体想像は付くが……迷惑をかけたのだろうか、もしも会うような事があれば謝らなければならない気がする。
「ごめんね、シエナ。随分と心配を……」
「全然? だって、ノル君が信じてって言ってくれたから……信じて待つだけだよ?」
信頼が重い、彼女からすればオットーさんとの決闘の時は僕が信頼してくれたから……それくらいの気持ちでしかないのかもしれないが……その信頼をまずは、裏切らないようにしないといけない。
「ねぇ、ノル君」
「どうしたの?」
「……ううんっと、いや……なんでもない。たっぷり私たちの活躍、見せつけていこうね!」
彼女にしては珍しく言い淀んで、それから周囲へと視線を向ける。
静かな森の匂いには、既に鉄錆のにおいが混じり始めていた。
それから一時間ほど馬車に揺られた先、ようやくたどり着いたそこは……僕の想像を絶する光景が広がっていた。溢れかえる怒号、悲鳴、そしてそれを掻き消すかのような声量で叫ぶ指揮官の声。
鉄錆と生臭い死の匂い、冒険とも防衛とも違う……日常的な戦場の匂い。
後方支援の兵士が、こちらに向けるのは大きな期待と、少々の値踏みするかのような視線……そして、一欠けらの畏怖。人間と言うよりかは、兵器に向けるような視線を多少なりとも感じた。
これが、S級冒険者になるという事。
一つの国とのパワーバランスを、一個人にして成り立たせてしまう人間側のイレギュラー。
「『勇者』が抜けた穴は、想像以上に大きいようですね」
戦場では、「彼」も誰かの英雄だったのだろう。
彼が居れば、戦場はもう少しマシだったのだろうから。
その穴を埋めるのは、僕の仕事でもあり……責務でも、義務でもある。
【少し張り詰めすぎ。『勇者』がああなったのは、あいつ自身に問題があったからだよ】
「……あっ、ありがとう……ございます」
【……分かってると思うけど、切り忘れてるよ】
突然の声に、思わず敬語になってしまったが……またも、切り忘れている。
何時ぞやもこんな事があった気がするな。
何時か『賢者』相手に、切り忘れそうで怖い。
だがその一言に今回は助けられたことは確かだった。
「よっ、よくぞ、お越しになりました。私はこの戦場での指揮を預かっております、トルグランと申します」
「氷竜の一閃のノマル・フトゥーです。お力になれればと思って、参上いたしました」
「これはこれは、遠路はるばる……至極恐悦でございます」
それから戦場を取りまとめる、ホワイトランドの将へと挨拶に向かうと……驚きつつも酷く腰が低く挨拶を返してくれた。どうやら、伝令の早馬よりも早く、馬車で到達してしまったらしい。流石は「北風を運ぶモノ」さんである。
戦況は劣勢、『勇者』の不在と異形の怪物の存在が大きいらしく、兵の士気も落ち始めているとか。
視界を陣地の端へと見やれば、そこには白い布の掛けられた「何か」が横たえられていた。
その横で、涙を流す人の姿もある。
それが何かなんて、一目見ればすぐにわかる事だった。
そんな彼らももしかしたら、助かったかもしれない───なんて、神様を気取るのは傲慢だ。
もしも勇者に負けていれば、この日々は無いのだから。
その事を後悔するつもりも、反省するつもりもない。
だけど……頑張らないといけない。
戦場を甘く見るつもりも無かったが、決意を固め直して戦場へと向き直る。
「どうされますでしょうか、その……」
彼も、僕らに何が出来るのかを分かりかねているのだろう。
これが初めての戦場だ、その疑問も正しい。
ここは一つ、兵士の士気を高め……僕達が来たことを喧伝するような一撃が欲しい。
戦況を打開し、ここに「氷竜の一閃」ありと知らしめるような一撃を。
「グレイししょ……グレイさん、頼める?」
「勿論だとも。状況は、随分とお誂え向きじゃないか」
スキルを発動させる、と同時にグレイが詠唱を開始する。
見晴らしのいい平原は奇襲の可能性は低いが、狙撃の危険性を孕んでいる。
そして彼女にとっては視認するその全てが、射程であり……その手の平の上である。
『スキル:よみあげ』
『老ノマル』
『賢者アメティスタ』
『オシエル』
▶『グレイエル・スノウリリィ』
『シエナ・ティソーナ(異)』
『戻る』
「冷たき、鋭き氷よ───」
読み上げにより意思疎通が可能になった僕達は、古代の魔法を彼女自身の口で発生させることを可能としていた。詠唱は続く、4小節のその魔法を完成させるために。
「晴天は凍てつき、その姿を雲へ氷へと変える───」
そして、その上で……
『スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ』
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戦場に来るという事で、『ランキング』で読んだ中に少し試してみたい事があった。
『スキル:ルビ』
「
と言うのも、僕はグレイほどの魔力はない。シエナほどの剣技も勿論ない、ツェツィのように傷の治療は行えない。支援と戦闘、魔法を使用するハイブリッドだ。
それ故に、対多数……広範囲火力に関してはあまり得意じゃない。
勇者にしたような『小説としての認識』を、この数相手にやるのなら僕が千人居ても足りない。
そんな明確な僕の欠点である、「そこ」を補うために……得た「知識」でもって補う。
『特殊タグ:二段階拡大+太字』
「───
魔法が完成し、空を覆い尽くすような氷の槍が空から降り注ぎ、敵陣を突き刺し縫い留めて血の華を咲かせる。その範囲は広大なモノの、疎らであり殲滅には至らない。
当然だが面に対して、氷槍は点での攻撃である。
数こそ非常に多いものの、攻撃範囲としてはまずまず止まり。
故に、その性質を書き換えるべく唱えた───複合魔法。
『特殊タグ:二段階拡大+太字』
「───爆ぜろ、エクスプロード」
轟音が───鳴り響く。
その魔法は、あくまで本来は魔力を爆発させる爆発の魔法。
しかし対象を氷の槍にする事で、思いもよらぬ化学反応を起こした。
爆発を起こした氷槍は、幾千もの散弾となって周囲を傷つける。
回避は不可能、十分に前線から離れた位置へ打ち込んでもこの威力。
他の世界では、こうした破片を撒き散らし破片で攻撃する手法は一般的らしいが……
「見た目は最悪ですね、インパクトとしては十分ですけど……」
「人間相手には使いたくないね、これは……」
「変なイメージが付きそうなのは、勘弁してほしいなぁと……」
「私は便利で良いと思うよ? 手負いにしちゃえば追うも狩るも楽でしょ?」
その氷の散弾は、周囲の敵を傷つけ……倒しきれないまでも、かなりの削りを入れる事に成功していた。むしろ、とどめを刺しきれない場合の方が悪質かもしれない。呆気にとられ、そしてすぐに歓声の上がる本陣。
「今こそ好機ッ! 奴らを攻め立てろ、一匹も生きて逃すなァ!」
それに一拍遅れて、先ほどのホワイトランドの将の声が響き渡る。
まるで地響きのような足音と共に、進軍が……掃討戦が開始される。
その掃討戦に混ざるべく、足を速める僕達。
決定的な戦場の情勢を変える狼煙は、こうしてあげられた。