追撃の為に、平原へと足を進めた僕達は生き残っている魔物の姿を目にする。あれだけの規模でもってしても、流石にその全てを掃討することは出来なかったのだろう。
確かにそこにいたのは、異形なる魔物の姿。
「あれは……クオンディルで見たものと同一とみて良さそうだね」
環境に適応するために身体に魔大陸の毒素を含み、禍々しい紫色に変化したスライム。そして大量の栄養を摂取するためか、2つの頭を持つオーク。
そして身体中から木の根を生やす、狼型の魔物。どれもが歪な変化を繰り広げていて、信じられない行動を繰り返している。増えた魔物の多様性の分、対応が難しくなっている。
今もオークへの後ろからの奇襲に対し、二つある頭の内の左だけがグルンと首を回し、手斧で反撃を行っている。ゴブリンだけでなく、様々な魔物が異様な進化を遂げている。
そして彼らを倒しても、母体へのダメージはない。今も何処かで、魔物を生み出し続けているのだろう。文字通り戦況を変える12魔将。ある意味では今までの中でも、最も厄介な12魔将と言っても良いだろう。
今も腕が4本あるワーウルフが、こちらに向けて爪を向け───一刀の元に切り伏せられる。歪な進化をしているものの、これくらいなら問題はなく……どちらかと言えば、一般の兵士への負担が重たい。
只管に魔物を斬り、燃やし、凍らせて───掃討戦を続ける内に、空気に少しずつ澱んだものが混じり始める。大地の色は紫へと変色し、空気を吸い込むたびに気怠さが少しずつ四肢の先へと溜まっていく感覚。これが……
「清浄を司る者よ───彼の者達の不浄を祓いたまえ」
「聞いてはいたけど、面倒くさいね……これは」
『特殊タグ:注釈』
広大な魔大陸を取り巻く、強力な毒素*1に注釈を向けると、確かに随分と面倒くさい事が載っていた。
この通り、魔大陸へ侵攻するには、土地の毒素をどうにかする必要がある。ツェツィのような聖職者系統のスキルのバフや回復があれば、ある程度は耐性を持てるものの……一般の兵士にかけるのはリソースが足りなさすぎる。
つまり少数精鋭での攻略が好ましいという事だ。
「一度帰還しようか、これ以上の戦闘は厳しそうだし」
「賛成だ、敵の残存勢力も分からない以上は……無茶をするべき局面でも無いしね」
周囲を警戒しながらも、こうして僕達の魔大陸での初陣は終わりを迎えた。
大きな戦果と、大きな問題を残して。
時と場所を移して、ホワイトランド。
掃討戦から二日ほど経ったある日、拠点にしている宿で、僕は迎えの馬車を待っていた。
というのもこの二日で、状況はめまぐるしく変化を迎えていた。というのも、注釈のデータと新しいS級の合流を機に、ホワイトランドは攻勢を開始する事としたのだ。その実態は実力が冒険者等級でB級以上に区分される者のみで構成された、人類の攻勢用の連合部隊。
「魔王討伐連合」が、組まれる事となったのだ。
S級冒険者4名、A級冒険者127名、B級冒険者1000名以上で構成された、人類の戦力の半分以上をつぎ込んだであろう連合。その戦いは、正に人類のこれからを左右するであろう局面である。
恐らくホワイトランドとしても用意はしていたのだろうが、状況は一気に動き出したと言える。
そんな連合の結成に先立って、顔合わせの機会を設けてくれるらしい。
正直な所助かると言えるだろう、実際に戦場で協力を仰いだ際に……相手がどういう人柄なのかは、把握しておかなければ、『勇者』の時のような出来事が起きかねない。
外部の目がある事を意識づけないよう、護衛もパーティのメンバーも一切なし。
四人だけが集うその場所へ向かうのは、僕が酷く不相応な気もするが……
身構えていても仕方がない、僕も晴れてS級になったのだから……出来るだけ自覚を持てるように努力する他ないだろう。
「それじゃ、行ってくるね」
「うん! 楽しんで……? 頑張ってきてね!」
「まあ取って食われる訳じゃないだろう、自然体で楽しんでおいで」
やけに豪勢な馬車が宿の前に停まる、その中は伺えないものの……あまりにも高級感がある、まるで王族が乗っていると言われても、違和感はない程に。すでに気後れしながらも、中へと足を踏み入れると……そこには既に、先客がいたらしい。
「君が、ノマル・フトゥー君だね? お会いできて嬉しいよ」
一目見て、一瞬で分かった。
この人は……強い。
朗らかな表情を見せつつも、隙のない立ち姿。
挿絵で見たよりも、ずっと整った顔立ちとその立ち振る舞い。
「どうも、僕がアージェンス・リンガルド『神槍』とか、「最優」だなんて言われてるけど……しがない槍使いさ。長かったらアージェって呼んでくれても良いよ、よろしくね?」
そう言って笑っただけで、まるで世界が華やかになった気すらするほどの光のオーラ。
これが、英雄……そして最優。
もはや嫉妬する気も起きない位に、出来過ぎている。
サインとか、書いてくれるのだろうか……なんて気押され過ぎた、挨拶を返さないと。
最低でも、同格としての威厳を保たなければならない。
保つも何も、初めからあるかどうかすら分からないけど。
「ぼっ、冒険者のノマル・フットゥ!?」
「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。自然体で居てくれると嬉しいな」
何時ぞやのように、盛大に噛んでしまい、最悪の顔合わせを果たした僕だった。
……消えたい。
気まずさを残したまま、馬車は進み続け……やがて一つの建物の前でその歩を止める。
流石はS級随一の人格者というだけあって、楽しい時間を過ごすことは出来たが……やはり憧れの本に語られるような英雄が目の前に居るというのは、どうしても緊張してしまう。
「それじゃあ行こうか、ほかの2人はもう待っている筈だから」
セッティングの関係か、僕が最後だというのは非常に気まずい。
若輩者として、一番最初に呼んでくれても良かったというのに。
その場合は、他のS級冒険者と2人きりなのか。
それはそれで、緊張してしまいそうだけど。
扉をノックして、建物へと入っていく『神槍』の後ろをついていく。
扉の前で待っていてほしいと言われ、そのままの姿勢で立っていると彼が部屋の中へと入っていく。
扉の隙間から見えた部屋の中には、どうやら一人の鎧姿の男性と……教会関係者らしい女性が席に座っていた。どうやら二人の間に会話は無かったらしく、部屋からは物音一つしなかった。
「待たせたね、これで全員集合だ」
「個は、それに対しかける言葉を持ち合わせない」
「卿の求める戦場は、此処には無いのである」
個性的な一人称、そのどちらもがあまり印象が良いとは言えない反応だった。
S級は我が強い人物が多いという、ここに集まってくれたことが奇跡のようなものなのだろう。
何せ、『賢者』と『天弓』なんかはこのホワイトランドにすら居ない訳だし。
「S級冒険者同士の親睦を深めようと思って、この場を用意させてもらったんだ。退屈かもしれないけど、少しだけ我慢してくれると嬉しいかな」
「……興味はない。個は神の言を代弁する、舞台装置に過ぎない」
「卿の求めるものは、戦場にて何が出来るかどうか……それだけである」
どうやって、コミュニケーションをとるべきか……最悪は敵対さえされなければそれで良いだろう。
「来てくれたのは、12魔将の討伐数は世界でもトップ。文字通り、魔族狩りのスペシャリストだ。「英雄」ノマル・フトゥー、入ってくれるかな?」
一瞬、息をするのを忘れた。
今、なんて言った?
そんな二つ名が回っている事も、そんな認識をされている事も今初めて知ったのだ。
半ば反射的に開けた扉の先で、三人の視線が僕へじっと集まっているのを感じる。
一人は、歓迎するような視線。
一人は、値踏みするかのような視線。
そして一人は、興味無さげな無機質な目を……向けて……向けて?
その目が、驚愕と好奇の目線に染まっていくのを僕は、黙って見ている事しか出来ない。
彼女は勢いよく席から立ち上がり、僕のすぐ前へと立って視線を合わせる。
僕よりも二回りほど小さな、真珠のような白い髪の少女は確かめるかのように僕を見つめて。
「……同胞?」
そう、確かめるかのように言った。