スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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114.蹂躙

 禍々しい毒素に包まれた魔大陸の土地。斥候の類を処理して、いざ突入と言う段階になってからの事だった。生々しい戦場の香りが色濃く残る土地で、一人の見上げる程の巨体の男が声を上げる。

 

「戦端は、一番槍は卿が頂くのである」

「ちょっ、待っ……」

 

 その姿が、その場から掻き消えた。

 

 言うが早いか、弾丸のような速度でその場から駆け出した大斧と巨体。

 当然だがパワーが強い彼が、速度は遅いなんてフィクションがある訳が無い。

 

 

 敵を見つけ、隠密とは程遠い一撃を繰りだした彼は───上機嫌そうに高笑いをして、声を張り上げる。

 

「てっ、敵───」

「戦場は良い……立ち向かう戦士の肉を切り開き、武器ごと切り裂くのが良い!」

 

 剣を構えようとした魔族は、その剣諸共押し切られる。

 血しぶきが舞い、噴水のように彼の真っ赤な鎧を朱く染め上げる。

 

「大楯を構えるものを、盾諸共押しつぶす感触が良い……!」

 

 盾を構えて前に出た魔族は、その盾諸共押しつぶされて真っ赤な血の花を咲かす。

 かなり強そうな魔族だったが、関係無いと言わんばかりに等しく塵になる。

 

「魔法を浴びるのも悪くは無いが───メインディッシュはこれからであるからしてな」

 

 魔法を唱えようと、詠唱を始めた魔族は次の瞬間には首から上が何処にも見当たらなかった。

 

 

 その様子に恐怖を覚えたのか、距離を取ろうとしたのかは定かでは無いが。

 襲い掛かる魔物の中で、踵を返そうとする魔族が。

 

「───ひっ!? おっ、俺は……あがッ!」

「逃げ惑うものを、後ろから刺し殺して血を浴びるこの瞬間は───恍惚である♡」

「───ぎっ、痛ッグッあぁぁぁぁ! あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 うっとりとした顔で、満面の笑みを浮かべる巨体。彼は肩口に突き刺した斧の先端をグリグリと食い込ませ……その身体ごと斧を軽々と持ち上げる。苦痛の余り、聞くに堪えない絶叫を発し続ける「それ」を、斧の先端に突き刺したまま天へとその獲物を自慢するかのように掲げた。斧が血を吸い、柄を通してその手を真っ赤に染める。

 

「至福の時である……もっと贄を、更なる血を、闘争を!」

 

 攻めても、守っても、魔法を使っても、逃げてもダメだ。

 彼の前に立てば、絶対に殺される。

 

 無残に惨たらしく、殺されるのみだ。

 

 

 死や痛みの恐怖など彼の前には、障壁になり得ない。

 

 

「蹂躙も、接戦も、略奪も、敗北すらも愛おしい。戦場こそが卿の居場所であり、流れる血だけが卿を卿たらしめている! さぁ、戦争を続けるのである!」

 

 

 彼は戦争を、楽しみ……愛しているのだから。

 

 狂っている。

 文字通り、狂っている……狂っている戦士だ。

 

「彼のスキル『狂戦士』は、血を浴びる事で自身を強化し傷を癒すというだけの単純なスキルだ」

「……はい」

「つくづく、彼が理性のある「戦争卿」でよかったと心から思うよ」

 

 話すのすら憚られるという様子で、最悪の想像を口にする彼。

 

「無差別の殺人鬼なら、そこにターゲットがある限り彼は止められない。雑兵は彼の前には、時間稼ぎ以上の意味を持てないんだから」

 

 三日三晩にわたってなんて言う生易しい話じゃない、文字通り永遠に奪い、殺し続けるのだろう。

 本当に今は、敵じゃない事を神に感謝する事くらいしか……僕らには出来ない。

 

「彼だけに任せきりにする訳にもいかない、僕達も一つ働くとしようか」

「あっ……はい!」

 

 

 何時までも彼の戦いに見入っている場合ではない、僕達は観客ではなく兵士としてここに居るのだから。今回の作戦の要である『聖浄』を護衛するために僕達と教会兵士は守りを固める。

 

「準備は良い?」

「当然でしょ、遅すぎるくらいなんだけど」

 

 銀色に輝く長槍を一つ回して、前へと歩み始める彼の後ろを「デッドリー・ストライク」のパーティメンバーが追随する。前衛の槍使い、その後ろに斥候職、後衛の弓使い、魔法使いというバランスの取れたパーティだ。

 

「あたいはしがない斥候っすよ~こういう戦場は不得意っす……リーダーに任せ……」

「良いから早く動いて、時間の無駄だよ。詠唱開始するね」

 

 本来なら少々前衛の負荷が重いかもしれないが、彼に限ってはそんな事は有り得ない。

 

 派手な掛け声も、特徴的な前動作も無く。動いたと思った瞬間には、槍が敵に突き刺さって……抜かれた後だった。超高速の槍捌き、その切っ先の残像だけがその場に残るような速度で槍を振るう、振るう、振るう。

 

 派手な必殺技はない、あえて言えばその挙動の全てが必殺になり得る。

 

 唐突にその槍を投げた彼、一匹二匹と貫通し続けてなお勢いの留まるところを知らないその槍は地平線へと消えてやがて見えなくなって───いつの間にか彼の手元へと収まっている。恐らくはそういうアーティファクト、その槍裁きは正に神がかっていると言っていいだろう。

 

 速さは間違いなく『勇者』の上、だがその技に至っては比べるのすら烏滸がましい。

 

「わぁ、凄いねぇ……彼。手合わせしてみたいなぁ……」

「今のを見て、そういう反応になるんだ……」

 

 目にもとまらぬ槍裁きを見て、戦ってみたいが感想に来るなんて……

 もう一人の『剣聖』とも斬り合ったと言うし、彼女がS級へと上がるのもそう遠くない話だと思う。

 

 それにしても『神槍』パーティメンバーも非常に連携が取れていて、非の打ち所がない。

 非常に安定感のあるパーティだ。

 

 

 順調に敵陣を切り開いている僕達。

 多少の魔物が僕達、というより『聖浄』を目掛けてやってくるものの……その殆どはシエナによって切り裂かれた。少し暇だったくらいだが、楽に作戦が進むならそれに越したことはない。

 

 

 今も少し遠くで、『狂戦士』が獲物を屠る音がする。

『神槍』は、こちらの様子を伺いつつも効率的に魔物と魔族の数を減らしている。

 

 そんな中、今回の作戦の要である『聖浄』は一度もスキルを使わずに集中し続けている。

 結局彼女の言う聖浄とは何なのか、説明を聞いてもほとんど分からなかったが……

 

 

 この辺り一帯を開拓し、拠点を建てられるだけの何かがあるのだろう。

 そんな思考の中拠点予定地である、その場所に着いたその時だった。

 

 

 白い真珠のような髪をたなびかせて、彼女は鈴の音のようなやけに響く声を響かせる。

 

 

「用意は出来た、近くに。これより聖なる浄化を開始する」

「……もう少し、暴れたかったのであるが」

 

 その声に、あの狂戦士すらも言葉に従いこちらへと合流する。

 ハッキリ言って異常だった、これから一体何が行われるというのか。

 

 分からないまま、魔力の起こりすらない……スキルの行使が始められた。

 真っ白な空間が、ドーム状に遥か先まで広がっている。

 

「神は、生物をこうあるべしと命じた」

 

 ゾッとするほど、冷たい声。

 

 

「───聖別する。其は不浄の身体を持ってはならない」

 

 

 一切の予備動作は無かった、そのはずだ。

 周囲に見えていた魔物も魔族も、まるで罪人のように大地へと繋ぎ止められていた。

 

 

「───聖別する。其は隣人を助け、愛するべきである」

 

 

 もう一本、真っ白な「何か」が彼らの身体へと突き刺さる。

 恐らくは天から、降り注いでいるような刺さり方。

 

 だがこれだけの、数万の魔物を対象にしてこんな事が……

 

 

「───聖別する。何人も代弁者たる個を、傷つけようとしてはならない」

 

 

 苦し紛れに、魔族の将らしき人物が放とうとした投擲は、その腕が大地に縫い留められたことで不発に終わる。

 

 

 何だ……これは。

 

 

 これを同じ人間が引き起こしているというのか? 理解が及ばない、正に神の奇跡と言う他無い、人知を超えた一撃。

 

 

 一つだけわかるとすれば、彼女は決められたルール……神の言葉に従っているだけという事だ。これは戦闘ではなく、あくまで正しくない生物への罰。

 

 代弁者とはよく言ったものだ。こんなのは───

 

 

「世界を清く、正しく保つ。之こそが理に背いた者への天誅、そのものである」

 

 

 ───天罰を代行する、神の代理人そのものだろう。

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