光の柱が奴を貫き、その顔が苦悶の表情に歪められている。
その声も、顔も……恐らくは同一のものなのだろう。
「痛い、痛い……助けておくれ、助けておくれよ。可愛い私の愛娘……」
「……幻想。こんなものは、所詮まやかしでしかない」
「……本当にそうでしょうか?」
ピタリと、その手が止まり。
感情の薄い彼女の顔が、苦々しげに歪められる。
「目の前の肉塊が、そうでないという証明は果たして出来るでしょうか?」
「愚問。あの人はもう……」
「ならばどうして、攻撃を止めたのですか?」
自身を構成するその全てが幻想であり、人にとっての猛毒であると、彼女は言った。
それは、勿論言葉すら例外ではないという事なのだろう。
「それが、答えでは無いですか? 貴方は昔から、優しい子でしたから」
「あの人の顔と声で、あの人を騙るな……!」
感情をあらわにした『聖浄』に、それは表情を崩さないまま告げる。
一瞬の違和感、それと同時に代弁者が新たな聖別を開始する。
「───聖別する。何人も代弁者たる個を、傷つけようとしてはならない」
だがしかし……それはあくまで相手を傷つける事は無かった。
『聖別』の明確な弱点、それは事前に決められた神の法に背かない限りはペナルティは無い。
「……悲しいですねぇ。両親に捨てられて、教会の前に居た貴方を拾い育てたのは私だというのに。恩を仇で返すなんて、なんと恩知らずなのでしょうか」
「黙って。あの人は……そんな事を言わない」
今の目の前の相手は、攻撃の意思がない。
それ故に、代弁者たる個を傷つけようとしてはならないに抵触しない。
「おやおや、個としてでなくちゃんと認識してくれているとは……先生は嬉しいですよ」
「黙ってと、言っている……!」
「傷つけられますか? 大切な人と同じ顔を、あなた自身のスキルで」
攻撃の手は止まったまま、動かない。
別の聖別を行おうという意思は、今の彼女には見受けられない。
だがしかし、彼女は一人で戦っている訳ではない。
「───アイスランス」
「おや、詠唱していたのですか。全く気付きませんでした」
「本当に、虚言ばかりだ。嫌になるね」
放たれた氷の槍は神父を掠め、地面へと突き刺さる。
「───力あるものよ、彼らに更なる剛力を与えたまえ!」
「死───ねッ!」
シエナが剣を振るった瞬間、神父の顔は女性のモノへと切り替わる。
それは、シエナの母親へと切り替わり───そしてその頭のあった場所を刃が切り裂いた。
ぐにゃりと顔が変形して、それから元ある彼女の顔へと戻る。
「───あら、迷いは無いのね。親を思う心とかないのかしら?」
「偽物だし、それにノル君を傷つけたらお母さんでも容赦なんてしないよ?」
「およよ、お母さん悲しいわ……それじゃあ、『聖浄』ちゃんの対策に集中しようかしら」
そう言って不愉快な声と共に、またもグニャリと景色が変形して……それは、先ほどの神父の男性へと切り替わった。
「それにしても、あなたがもう少し早くスキルに目覚めていれば、私も彼らも死なずに済んだと言うのに……我らの信じる神とやらは、随分と残酷だ。そう思ったことはありませんか?」
「個は……」
「そうやって自身を集団の内の「個」の1つと置いて、皆は平等であると来ましたか。ですがそれは責任から目を背け……自我を殺して「いたい」だけではありませんか?」
「そいつの話を聞く必要なんて、無いッ!」
シエナの猛攻も、まるで霧のようにゆらりくらりと避けられて。
その間を飛び交う氷槍の雨も、来ることが分かっていたかのようにゆらりと躱される。
そして反撃に振るわれた一撃は鋭く、早い。
掴みどころのない戦い方だ、此処まで近接が出来るなんて……
だがしかし、押せている。
このままならいずれ……決着はつくだろう。
「……聖別する。何人も代弁者たる個を、傷つけようとしてはならない」
『聖浄』は未だ、防御を固めたままだ。
攻撃は当たらず、追いつめている筈なのに何かを見落としている気がする。
「身体の調子は大丈夫ですか、ノルさん」
「大分マシに、なってきたけど……」
一体、何だ?
分からないまま時間だけが過ぎるのは……なんて思った時、『聖浄』の目がこちらへと向けられた。
失意や後悔で酷く淀んでいる筈の、彼女の目と。
目と……?
「ノルさんが動けそうなら、このまま勝負を……」
「待って、ちょっと待って欲しいんだツェツィ」
僕は大事な事を、見落としていたんじゃないか?
一度だけならまだしも、二度までもだ。
有り得ないと思っていたからこそ、疑えなかった。
スキルを使用して、確認して。
そしてようやく───理解が、出来た。
「これで……トドメッ!」
「ぐっ……!」
その瞬間、シエナの放った一閃が『幻想』の腹を切り裂いて。
「許さない、お前達が……」
胴が泣き別れになった彼女は、怨嗟の声を上げる。
これで勝負は終わるだろう、そう思って。
今もこちらを見つめていた代弁者へと視線を向けて───頷いた。
『スキル:二段階拡大+太字』
「───聖別する。其は隣人を助け、愛するべきである」
僕が「そこ」へと視線を向けるのと同時に、聖別は実行された。
その声は遥か遠くまで、透き通るかのように響き渡り。
隣人を愛するべきだという、一人相手に使うには不適切なそのルールは。
確かに光の柱となって、地面へと突き立てられていた。
「───なんで、分かったのかしら。それになんで、聖別を……」
「回答。個を逃がさない為に、一芝居打ったという事である」
地面は少しずつぼやけ、そしてそこに居た魔族の姿が露わになった。
その身体には、今までのモノとは比べ物にならない程の巨大な光の柱が突き刺さっている。
「解析。個は本来、直接の戦闘を好む質では無い。暗殺に失敗したなら、速やかに撤退を試みる筈。それを逃がさないために、油断している隙に一撃で勝負を決める必要があった」
「あっちゃぁ、お姉さんしくじっちゃったかぁ……」
間違いなく勝負はあった、そう言えるだろう。
「確かにあの表情は、動揺と苦悶だと思ったんだけどなぁ……」
「たしかに「それ」は、個の中に存在した。個の模倣は、個の記憶にあるものと同様である」
一息をついて、代弁者の少女は続ける。
それは反芻しているかのようだった、今では無い何処か遠い日の事を。
「だがしかし、浄化に私情を持ち込むほど……個の信念は軟弱では無い」
彼女の過去に何があったかは分からない、それが語られることもまた無いのかもしれない。
だがそれでも、その過去と向き合った上で……彼女は今、ここにいる。
「個は神の代弁者である、あの日から個の誓いは固く。甘言や幻想に惑わされるようならば、第一に裁かれるのは、個であるからして」
「残念……ね……ふふっ、もう少し……」
最初に首を落とした『幻想』の姿は、異形の化け物へと姿を変えた。
最初に僕が刺されたのも、入れ替わった可能性を考慮できなかったから。
確かに、僕の能力は奴の透明化を無効化した。
だがそれは、奴自身の能力を無効化出来た訳ではないという事に注意するべきだったのだ。
透明になった時に奴は、この魔物と自身を入れ替え……そして事態の収束を待とうとした。
二度同じような手に引っかかってこいつを逃がしていれば、僕は絶望していただろう。
「……あぁ、悔しいわ。悲しいわ……もっと色んな人の絶望した顔を見ていたかったのに」
それこそ、こいつが望むような顔をするのだろう。
本当に厄介で、嫌な相手だった。
「お前達は、なんで……」
「ねぇ、お姉さんのお願い。一つだけ良い?」
「敵の言う事なんて、聞く訳が……」
奴の声を聞く必要なんて、微塵も無い。
それこそ今すぐ首を刎ねたって良いのに、その声が酷く切実で。
何故かその先を聞いてみようと思った、思ってしまった。
「ねぇ、私は今どんな顔してるのかしら?」
「知らない……けど」
僕には今日会ったばかりの相手の顔を丁寧に伝えるだけの語彙力を持たない。
そして、マジマジと見たいとも思わなかった。
その代わりに、辺りへと散らばっていた中で綺麗な氷を投げ渡した。
「ふふっ、これが……私の……」
それを見て、食い入るように氷の鏡を見ていた「彼女」は。
「意外と、絶望。してないのは、自分の最期の顔を、楽しみにしてしまったからかしら……ね」
やがて、物言わぬ「それ」へと変わった。