『母なるマテルメア』が居ると噂される北西へと向かう最中、それを裏付けるかのように道中の魔物は少しずつ密度を増していった。そして魔物の質も、これまでとは比べ物にならない程異質で、凶悪だった。つまり……恐らくはこの先に、マテルメアが居るという事なのだろう。
順調に、そして確実に道を進む僕達。
だがそんな簡単に、奴までの道のりが進む訳はない……奴らも策を重ねるのだから。
「此処から直進した先、12魔将『愚鈍なるタルドゥス』が出現との報告です!」
『愚鈍なるタルドゥス』の、出現の報告。
当然だ、相手側としてもマテルメアの魔物生成能力を失いたくはないだろう。
だがここで『愚鈍』を倒したくない、誰かがここで時間稼ぎをする必要がある。
最悪はマテルメアが最後に残らなければ、問題は無いのだが……
「聞いたところ、マテルメアとは卿が相性が良いのである。ここは軍を二手に分け……」
「理解。先にマテルメアの討伐を、行う」
「承知しました。内訳は……」
「個が『愚鈍』に対応する。無力化するだけなら、問題はない」
ここで重要なのはマテルメア自身の戦闘能力は、然程高く無いという話だ。
それならば『愚鈍』にある程度の人数を割いて、マテルメアの討伐を急いだほうがいいだろう。
結果的に『聖浄』が『愚鈍』へ対応、僕達と『狂戦士』でマテルメアの討伐へと当たる事になる。
「気を付けてください」
「問題ない。個には、頼れる個らと……神より授かった『聖浄』がある故」
あのスキルは目視さえしていれば恐ろしい程の超射程を誇る、余程の事態が無ければ問題なく対応できるはずだ。彼女の周囲にいる教会の兵も、高い練度を誇り……冒険者よりも連携が上手である。
同じ組織で普段から連携をとっているというのは、大きなアドバンテージと言える。
そして何より……信仰に命をかけている。
死を恐れる事はあっても、引くことなく戦い続けるのだ。
その後ろに「神の代弁者」がいるなら、猶更に彼らは激しくその命を燃やす。
「代弁者様は我らがお守りします。祭祀様も、どうかお気を付けください」
「あっ、えっと……頑張ります」
最近はその信仰対象に、僕が含まれている節があるのが怖い所だけど。
大いなるものへの貢物を執り行える、唯一の存在。
だから、「祭祀」らしい。
勘弁してほしい。オシエルさんへのプレゼントは、絶対そんな大層なご名目じゃない。
冒険者も、皆非常に高い士気を持ってこの作戦へと挑んでいる。
何といっても、冒険者の高み……S級の冒険者と、人類の敵である12魔将を討伐する大舞台なのだから。皆が凱旋を、冒険譚を夢見てこの場へと挑んでいる。
そうして二つの部隊は、それぞれの目的のために進み始めた。
部隊を分けて、『愚鈍』を迂回して東から進行を続ける僕達。
それから数十分ほど北西に軍を進めて……一つの違和感に気付く。
「……敵の数が、減っているのである」
「急にどうして……近づいている筈、なんですが」
魔物の数が、増えるどころか……減り始めているのだ。
偶然と片付けるには、有り得ない事象。
場所が間違っているのなら、先ほどまで必死に守っていた意味が分からない。
方向自体は合っている筈、であれば考えられるのは……此処ではない何処かに魔物を進ませている?
僕が相手の立場ならばどうするだろうか、もしもこの状況で敵の勢力を削ぎたいなら……
補給を叩く?
それでは長期的に見れば確かに有効だが、人類の連合である以上は人は補充できる。
他の村へ……というのも考えづらい。
確かに被害は増えるが、それはマテルメアとのトレードとするには相手視点は戦力がきつすぎる。
マテルメアと同格の駒、となれば僕達S級冒険者くらいで……それでいて近くで孤立している駒。
そんな条件に当て嵌まるのは一人だけいる……まさか、相手の狙いは……
「相手の狙いは初めから……」
「『聖浄』であるか。卿らは見事に釣られたという訳である」
とはいえ、彼女を助けに全軍を動かしても……結局はマテルメアへの道は遠ざかる。
結局は、残り二人の12魔将をマテルメアより先に討伐する事は出来ない。
何時までもマテルメアを放っておけば、不利になるのは……人類側なのだから。
「マテルメアは卿らに任せ、救援に急ぐのである。「英雄」殿」
「…………分かりました、お気をつけて」
「これで、マテルメアは卿の獲物である。奴を一人占めできるのが、楽しみで仕方が無いのである」
そう言って珍しく、くつくつと静かな笑みを浮かべた彼は……真っ赤なマントを翻して立ち上がる。兵士を引き連れていく以上は、一人占めとはいかないだろうが……その堀りの深い顔が見せる表情は、此処で兵を分けるという不安など微塵もなく……これからの戦いを心待ちにしているようにしか見えなかった。
その会議が終わって数分後には、斥候の冒険者により大量の魔物が西へと進んでいるとの報告があった。僕達を避け、確実に一人ずつS級を潰していくつもりなのだろう。
それに対し、兵の2割程度だけでその援軍を後ろから攻撃するのが僕達の舞台の役目となる。
そして、僕達の役目は……
「先に、私達だけで友軍の方向へと先回りして挟み撃ちを行うと」
「確かに、大規模な魔法を使えれば……相手の足も止まるだろうね」
「代弁者ちゃんが危ないなら、急いだほうが良さそうだね?」
僕の召喚に応じて、人よりも遥かに大きな6本足の馬が僕達の前に姿を現す。
「■■■■■!」
周囲を渦巻く風に、思わず後ずさりしそうになる。
「北風を運ぶモノ」の移動力は、こういう時に恐ろしい程に頼りになる。
僕達は陣地を抜けて、単独での移動を開始する。
これなら、間違いなく軍勢よりも先に辿り着ける───なんて考えは、目の前から飛んできた岩石によって中断される事となる。
「それ」は、唐突に僕らの前に現れた。
「───敵ッ!」
岩石はシエナによって切り落とされたものの、速度は大きく落とされる事となる。
僕達の目の前に居るのは細剣を手にした、一見少女のような見た目をした人型だった。
「お前たちが魔王様の命を狙う、不届き者か……」
だがしかし、羊のような角と蝙蝠のような翼が、何処までも人間でないことを雄弁に表していた。
「それ」は、ここから先は通さないと言わんばかりに立ち塞がる。
「お前は一体……」
「一応名乗っておくのが、お約束って話だから……名乗っておこうかな」
ただならぬ気配、そして油断のないその佇まい。
恐らくは奴こそが、最後の12魔将……
「ご察しの通り、私こそが12魔将が一人」
やや気怠そうに、まるで無意味であると言わんばかりに彼女は口を開き。
「人呼んで、『忘却』のレーテリア」
それからパチンと──────まるで指を鳴らしたかのような音が世界に響いて。
目の前にいる、一見少女のような見た目をした人型は……一体?
目の前のこいつは、一体……誰だ?
「まぁもう───覚えてないんだろうけど」
「訳の分からない事を……!」
そうして───「正体不明の魔族」との戦いが、始まった。