「とりあえず───死ねッ!」
一瞬、シエナの姿が掻き消えて。
爆発的な踏み込みと共に振るわれた一閃は、正体不明の魔族へと迫って───
「汝、忘却せよ───長剣の振り方を」
「なっ……くっ……!」
その一閃は途中まで、過去最高とも言える輝きを秘めていた。
だからこそ……信じられなかった。
シエナの剣が弾かれたのも、あんなに綺麗だったシエナの剣が酷く鈍ったのも。
あんなに細い細剣に、シエナの剣は児戯のように絡めとられた事も。
『剣聖』の一撃を、あんなに容易に……というよりも、シエナが振るった剣が下手だっただけのように見えた。まるで剣を握ったばかりの、初心者のような動き。
奴の詠唱からして、あれは忘却を司る……おそらくは『権能』。
目の前の敵は、12魔将……奴が恐らく正体不明の12魔将だ。
ならばここは注釈を振って、奴の情報を暴く……
『特殊タグ:注釈』
奴*1についての、情報を……
「お前が『忘却』の12魔将……」
「……? どういう絡繰りか分からんが、随分と早い……」
パーティメンバーへの忠告の意を込めて、あえて口に出す。
想定の通り、奴こそが最後の12魔将だった。
そして、この権能を相手にするのならば短期決戦を急がなければ、こちらの打てる手だけが減っていくだろう。
予定通り『愚鈍』を残し、こいつはここで仕留めるべきだ。
『幻想』が対多数に優れた12魔将だとすれば、奴は対少数に特化した……!
「魔法使いが2人に、聖職者が1人。そして剣士が1人……どうして人間は皆、服装で己の役割を誇示したがるのか……理解ができない」
「こいつ……想像よりもやっばい……!」
こちらを一瞥し、品定めをするかのように身なりを確認する『忘却』を司る魔族。
詠唱をすれば、たちまち魔法の使い方を忘れさせられるだろう。攻め時はよく考えなくてはならない、だがしかし余裕を与えれば、可能性のあるものを消され続けるだろう。僕たちにできるのは、攻め続けて短期決戦を狙う事だけ。
そして……
「グレイ、ツェツィ! 先に行って!」
「確かに、私達が居ても足手纏いか……任せたよ、2人とも……!」
「あちらは私達に任せて下さい! 必ずやり遂げて見せますから!」
僕達の役目としては大軍を相手に、魔法使いである彼女を送り届けるための側面が強い。それならここは僕達が『忘却』を相手して、彼女達を送り届ける方が合理的なはず……!
「───させるとでも、思って……」
「させる訳無いだろ、お前の相手は僕……ッ!」
「……ちっ、魔法使いでも、近接が出来るタイプか」
振るった短剣は、細剣に弾かれるものの奴をその場へと足止めする事に成功する。
北風を運ぶモノが、その背に白銀の髪の魔法使いと金の髪の聖女を乗せて走り出す。
僕達の第一目標は確かに達成できた、だが、押しきれない……
奴自身も、相当の剣の使い手という事だ。正直に言えば、やり辛いことこの上ない。
「汝、忘却せよ───短剣の振り方を」
そして途端に、今までどうやって短剣を振るっていたのか分からなくなる。
その握り方すらも、自信がない。
辛うじて僕は今、短剣を持っているだけ。
その振るい方だけが、すっぽりと記憶から抜け落ちてしまったようにわからない。奴が魔法を忘却させないのでは、詠唱してから止めた方が隙が生まれるからか。それなら……‥
『スキル:よみあげ』
『老ノマル』
『賢者アメティスタ』
『オシエル』
『グレイエル・スノウリリィ』
『シエナ・ティソーナ(異)』
『幻想のエラーレ』
『ツェツィーリア・フォン・クロッカス』
▶『シエナ・ティソーナ』
『戻る』
「シエナ!」
「了解!」
シエナへと短剣を投げ渡す、奴が『忘却』させたのはあくまで『長剣』だけ。
そして『剣聖』の力そのものを封じないのは、奴がスキルまでは忘却させられないという事。
使い慣れている訳ではないであろう短剣を、僕よりもずっと鋭く速く振るうシエナだが……
「汝、忘却せよ───短剣の振り方を」
当然、その程度は相手も想定済みだろう。
だが、むしろ……そう来ると読んでいた。来ると分かっていれば……
【次は槍が良い!】
『スキル:お気に入り済み→フローズンブレード+置換:剣→槍』
敵の動きが分かっていれば、いくらかやりようはある。
僕のしたい事を汲んでくれた彼女が、構えていた短剣の柄を持ち前へと突きだす。
それと同時に氷の刃が、彼女の持つ短剣へと生成され───そして槍へと姿を変える。
「なっ───! 汝、ぼうきゃ───」
「うる……さいッ!」
驚愕に見開かれた魔族の肩口を、氷の槍が貫き───振り上げられた穂先が鮮血をばら撒く。
辛うじて細剣を振るい、彼女を遠ざけた魔族だが……その傷口は浅くはない。
決して致命傷にはなり得ない、だがしかし大きな一撃。
何よりも、手傷を与えたという事実が大きい。
奴の『権能』は、絶対ではない。
「汝、忘却せよ───槍の振り方を……ッ!?」
「詠唱が遅いッ、私達の方が……早い!」
『置換:槍→鎌』
火花が散る程に強く打ち合った細剣と槍、その槍の速度が遅くなる前に……穂先の代わりに刃が出現する。その武器は、既に鎌へと切り替わった。殆ど初めて使う武器であろう鎌も、まるで自らの手足のように振るい、打ち合っていた槍を引き抜くようにして、鎌の刃が肩口を切り裂く。
まるで芸術のような武器捌き、彼女にとって全ての近接武器はその『スキル』の対象の内である。
勿論一番得意なのは剣だとはわかっているが、それでも接近戦闘を得意とする『権能』でもない相手を圧倒するには、余りあるくらいの実力が彼女にはあった。
「汝、ぼう───」
「だから……遅いッ!」
「───がはッ!?」
彼女の鋭い蹴りが、奴の腹部へと突き刺さる。
いかに魔族が頑丈と言えど、『剣聖』の蹴りを受けてダメージが無い筈もなく……くの字に吹き飛んだ魔族は、近くの木へと激突してその身を揺らす。その勢いは止まらずに、轟音を鳴らしながら木を三本程なぎ倒してからようやくその勢いは止まる事となる。
だがしかし、詠唱に成功したのかシエナが構える鎌からは先ほどのような洗練された雰囲気は感じられない。だがしかしそれも……焼け石に水と言ってもいいだろう。鎌の降り方が分からないというのなら、僕が他の武器を用意してあげればいいだけの事。
「息ぴったしだね、私達」
「そりゃあそうだよ、僕の剣の師匠は……シエナだろう?」
誰よりも彼女と剣を合わせてきた僕だからこそ、彼女がどんな風に武器を振るいたいかなど手に取るようにわかる。シエナもまた、僕がどんな武器を出すか……信頼してくれているのだろう。そこに『よみあげ』が加われば、万に一つも読み間違える事など無い。
「それもそうだね、このまま……」
「───随分と、馬鹿にしてくれたものだ。魔王様より賜ったこの『権能』を」
砂埃の中で、ゆったりと立ち上がった魔族は肩から真っ赤な血を垂れ流しながらも立ち上がる。
こいつは今までの魔族とは違って……僕達を甚振りたいというような思想ではなく、あくまで魔王の為に戦っているのだろう。だから、油断も慢心も……そして諦めもしない。
だけど、このまま戦い続ければ……
「確かに随分と厄介な攻撃を持っているらしい、だから全て───」
それからパチンと──────まるで指を鳴らしたかのような音が世界に響いて。
「───忘れて、もらう」
一瞬、目の前の光景が分からなくなった。
目の前にいる、一見少女のような見た目をした人型は……一体?
なんて、思考に生まれた一瞬の隙に起きた事だった。
「なっ……きゃっ?」
まるで素人同然の構えをしていたシエナが、細剣に弾き飛ばされたのは。