あれから、色々と対策を立てたりしている内に……何時の間にか夜は明けてしまっていた。
現在、「戦争卿」は戦場にて行方不明になり……未だその行方は掴めていない。
撤退戦の際にも少なくない犠牲が出た、正直な話現状はかなり絶望的だ。
だがそんな中でも僕達に出来る事をしなければならない、何もしないというのは諦めるのと同義なのだから。そんな僕達の、これからを決める会議が始まった。
まずは、現在最後まで残ってしまった『母なるマテルメア』について。
「マテルメアは現在、大量の魔物を生産し続けており……その数は留まるところを知りません。不幸中の幸いな事に、奴らは生まれたばかりで食糧がなく……活動範囲が広がるのは緩やかですが……それも時間の問題でしょう」
「どうやら帰属意識みたいなものはないらしい。奴ら、仲間の死体を食い荒らして進むって話だ……」
聞き覚えのある話だ、前は密室空間で鉱石を食い生き長らえていたゴブリンがいたくらいだし……木や土を食って生き長らえる個体が出るのも、そう遠くは無い話だろう。
そしてこの荒廃した魔大陸を抜け、人の住む生活圏まで奴らが降りてくれば……終わりだ。奴らの進む速度は段違いに跳ね上がるだろう。そうなれば被害は異常なほど拡大していく。
「マテルメアもそうですが……ここから北西方向、魔王の居城と思わしき場所からも巨大な魔力反応が確認されたそうです。それと関係してかは分かりませんが……魔大陸の汚染地域が急速に拡大を始めているそうです。それに濃度も……」
つまりマテルメアだけに注力する訳にはいかないという事だ、魔王と『母なるマテルメア』の二つを同時に対処しなければならない。その為には、戦力が足りなさすぎる。
「マテルメア討伐に注力するにしても……魔王討伐に注力するにしても、犠牲が生まれる。とは言え両方に対応するには戦力が足りない。せめて、もう一人くらいS級が居れば……」
せめて『聖浄』並みの広範囲殲滅能力があって、継続戦闘能力に優れた人物が居れば……
文字通り戦況はひっくり返るというのだが、そんなワイルドカードがあれば初めから使っている。
「やぁ、ノル君要るかい~? あぁ、いたいた。忙しいのは分かるけど、かけてくれないと押し掛けるって伝えただろう? 頼りになる「先生」を放りっぱなしとは、随分と酷いことをするじゃあないか」
「あなたは……『賢者』アメティスタ・クレイドール……!?」
使って……いる。
使えるのなら、使っても問題がないのなら。
紫水晶のような瞳をした、真っ白な肌の……ここに居るはずの無い魔法使い。何せ彼女は、魔王討伐なんかに毛ほどの興味もないはずなのだから。
そんな彼女とこうして直接顔を合わせるのは、それこそ彼女の試練以来のこととなる。
「なんで、『賢者』がここに……」
「いやぁ、仕方ないなぁ。仕方なく……本当に仕方なく、我が最愛の「教え子」であるノマル・フトゥーのS級昇級とあれば、如何に遠方と言えど、祝いに来てあげるって言うのが、「先生」である私の「務め」って奴かなと思ってね」
「おや……「英雄」殿は、「賢者」殿の生徒であったと」
「おやぁ? おやおやおやぁ? 分かるか、分かってしまうかぁ……そう、何を隠そう彼は、私の一番の教え子なんだよ。彼は昔から光るところがあったからねぇ、私も随分と彼のことを気にかけたものだよ」
何も隠れてはいないし、隠す気も無さそうなのだが……彼女の機嫌を損ねても仕方が無いので黙っておく。お世話になっている事自体は確かな訳だし。
だが、どうして彼女がここに……本当に助けに来てくれたというのなら心強いという他無いが……
そんな都合のいい事が、ある訳が無い。
何せ……
「唐突で悪いけど、彼……借りるよ?」
「今は、その……作戦のための会議でして」
「嫌なんだったら、それでもいいけど」
「……それは」
人の価値観何て言うものは、数日で変わったりするものでは無いのだから。
会議の為の建物を抜け出して、この臨時拠点の隅の方へと連れ出された僕。
本当に彼女がなぜここに来たのか、何となく想像は付くけれど……
「改めてになるけど、S級昇級おめでとう。やっぱり私の言う通りになっただろう? 君はやはり、そこまで登り詰める事でしか、自由には生きられない。まぁ、今も随分と窮屈そうな生き方をしているみたいだけど」
「まぁその、自分でもその自覚はあります」
目の前の紫の髪の魔法使いは、何が楽しいのかこちらを見てニヤニヤと笑みを作る。
そして、悪魔的な提案を……口にする。
「魔王討伐……私が、手伝ってあげようか」
「……何が目的ですか」
「ノル君は何が目的だと思う? 勿論、タダなんて都合の良い事があるとでも思うのかい?」
そうだと思った、あの『賢者』がわざわざ祝辞を伝えだけに来るわけが無い。今の戦況は確かに、彼女の力があればひっくり返るかもしれない。だがその対価は……想像するだけでも、背筋が寒くなる。
「そもそも戦う、という行為自体が私は好きじゃないんだ。戦闘をするというのはつまり、死のリスクを孕んでいる。例えそれが万が一、億が一だとしても……もしその億が一を引いた時に、きっと君も後悔するだろう?」
「そうならない為に、全力を尽くしています」
「でも、その確率は0にはならない。この世に絶対なんてものは、殆ど存在しないんだよ」
確かにその通りでは、あるのかもしれない。
だからこそ、僕には……彼女を動かすに足る「対価」が必要だという話なのだろう。
それは僕の身柄か、それとも時間か……はたまた……遺伝子や身体の一部何て可能性もある。
「それじゃあ、最初の問いに戻ろうか」
「……はい」
「タダなんて都合のいい話は……あるんだよね、これが。何せ君に死なれると文字通り世界の損失なんだよ。もう私の中には君と進める予定の実験が、星の数ほど予定されてるんだから」
一瞬身構えていたのに、思ってもいない言葉が返ってきて面喰らう。
何か裏があるのか、それともなんて言葉を言いかけて……直前で止めた。
その顔は、打算や策謀に満ち溢れたものではなく……間違いなく僕を心配している顔だったから。
「『勇者』と戦闘になって、死にかけたと聞いたよ」
「それは、確かに大変な戦いでした……けど」
「それこそ、君が『勇者』に勝てる可能性は贔屓目に見ても、100回に1度だ。どんな奇跡が起きようと、99%の確率で君が死ぬ。死んで居なくなるって思った時に……」
はぁっと溜息を一つ吐いて、ちっとも理解のできないという風にモノを語る彼女は……らしくないと言えるだろう。今まで、推測や自分でもわからないモノを語りたがらない、彼女らしくない事だった。
「……つまらないなと思ったんだ。何となくだけど、つまらない。研究は遅れるし、偶にかかってくる連絡が無くなって、読めない本は増え続ける。それが何故だか……面倒くさいじゃなくて、つまんないなって思ったんだ」
「アメティスタさん……」
「なんで君が、まるで親が手のかかる子の成長に感動するかのような目をしているのかな? 失礼じゃないか、私は君の先生であって、君の……まあ良いや」
少し照れ臭くなって、濁してしまったけど本当に……本当に心強いし、ありがたかった。
「今回だけだ、今回だけ特別に手伝ってやることにしたんだ。だから……」
僕の髪を指で梳いて、それから僕にその紫水晶のような目を合わせて。
じっと、見つめてから彼女は言った。
「だから約束だ、必ず生きて帰ってきなよ? 死んだら君の死体を弄ってでも、スキルだけでもこの世に蘇らせるから。それだけは覚えておいてくれたまえよ」
「……肝に銘じておきます」
思いもよらない助っ人を得て、僕達の戦いは最終局面を迎える事となる。