翌日の、会議室にて。
何やら用があると何処かへ駆け出した『賢者』は、結局今の今まで僕達の前に顔を出す事は無かった。そんな彼女も含めたS級が四人とそのパーティメンバー、そしてホワイトランドの将の代わりとして派遣された騎士らしき人物によって、この後の作戦の為の会議が始められる。
「改めて……現状と作戦の内容を確認しようか。最後の12魔将『母なるマテルメア』は、今も大量の魔物を生産し続けていて、その勢いは留まる事を知らない。そして魔王によって不浄の大地は今も急速に広げられていて……こちらも早急に対処をする必要がある」
簡易的な地図の上に、二つのマーカーが描かれた。
それぞれ『母なるマテルメア』と「魔王」が居るとされる地点、どちらも北の方角ではあるもののその場所自体はかなり離れている。
「そういう事情から、僕達は二手に分かれて対象の同時攻略を目指す。現状で踏破しているポイントAまでは、合同で進行。その後は2手に別れてそれぞれの作戦目標を攻撃するというのが今回の大まかな作戦の概要だ。此処までは良いかな?」
「問題ない、個は「聖別」を続けるのみ」
延ばされた矢印はそこで二手に分かれ、片方の地点へと伸ばされていく。
「『神槍』と『賢者』で、今も魔物の数を増やし続けている、『母なるマテルメア』とその周辺の魔物の掃討を行う予定だけど……疑う訳じゃないんだが、本当にあれだけの量の魔物を……」
「まあまあ、その辺りは任せてくれたまえよ。何せ私は、『賢者』アメティスタ・クレイドールなんだから。大船に乗ったつもりで安心してくれたまえ」
具体的にどうするのかは不明だが、確かに7小節の規模の魔法が使える賢者ならなんとかできるのかもしれない。この中で持つ知識、その引き出しの多さで言えば彼女が最も優れているのだから。
「そして「代弁者」と「英雄」で、今も大量の魔力を垂れ流している「魔王」への対処を行ってもらう事になる。敵の首魁だから、細心の注意を払って……最悪は汚染の拡大を中止させるだけでも問題はない、各々の生存を優先して欲しい」
「心配は不要。『聖浄』は、個の責務である故」
「……頑張ります」
「魔王」を相手する上で一番気を配らなければいけないのは、奴の持つ「呪い」である。あのシエナにすらとどめを刺したその、呪い。解決策は一応幾つか考える事はできたものの、それは確実に奴の「呪い」を弾けるものであるかは分からない。
やはり一度見て、奴自身を解析しなければ何とも言えないといった所だ。
そしてホワイトランドの騎士が、ボードの前に立ちペンをその手に取る。前回は『神槍』が守ってくれていたものの……今回はこの拠点の防衛に回すだけの戦力は無い。地図にあるこの拠点には、ホワイトランド方向への矢印が引かれる。
「そして今後、これ以上の防衛は不可能なので、この前線基地は破棄。非戦闘員はホワイトランドへと帰還させ、戦闘員総員での作戦を実行する予定です」
「あぁ、それは必要無いよ」
「必要ない……というのは?」
徐に立ち上がった『賢者』は機嫌が良さそうに、地図の前へと立つと騎士の手元のペンを断りもいれずに拝借して、前へと矢印を引く。
「まさか……まさかお前……」
「まさかまさか? 人類のトップでもあるS級が戦っている中で……何もせずにのうのうと祖国になんて帰りたくなんて無いだろう? 喜ぶと良い、今からは全員が魔力タン……戦闘員なんだから」
コンコンとペン先で会議室の机をたたくと、地面が文字通り───揺れた。
敵の襲撃か、それとも地殻変動か……なんて慌てる周囲の人間を尻目に、目の前の紫水晶のような瞳の女は、悪戯が成功した子供のように無邪気にほほ笑む。
僕はこの状況を、展開を……一度だけ見たことはある。
だが、別であって欲しいと必死に祈るものの……町中の悲鳴と共に、突然の浮遊感に襲われる。
否、実際に浮いているのだ。
この土地が、臨時拠点そのもが。
「いっ、一体何が起きて……」
「急ごしらえ故、些か性能が落ちるのは目を瞑ってくれたまえよ。今この臨時拠点は一つの魔道生命体へと生まれ変わったという訳だ、嬉しいだろう? そうだろうとも、力がなくとも最後の最後まで英雄たちと戦えるというのだから、正しく感嘆の思いだろう?」
昨日少しだけ見直したような気もしたが、彼女はそういう人間だ。
基本的に興味のある対象以外の対応何て、クソ程どうでもいいと認識している。
そして興味のある対象に、街の人々の事など入っている訳はない。
絶句する『神槍』、目を丸くする『聖浄』、顔を真っ青にしている騎士……そして胃がキリキリと痛む僕。
そんな僕らを置いて、彼女は木製の机をキャンバスだと言わんばかりにペンを走らせる。
そこに描かれていくのは、お世辞にも上手とは言えない8本足の……亀のような化け物。
「移動の安定性と速度の為に八足歩行で設計されたこのゴーレムは、下手な馬車なんかより早く走れるだろう。勿論最高速度を出せば、それなりに揺れるけどね。それに何より……これだけの巨体、動かすだけでその巨大な胴体で魔物の群れ程度、容易に押し潰せるとも」
「勿論こんな巨大なゴーレムは自前の魔力では稼働を賄えないからね、私秘蔵の貯蔵魔力結晶と……最高級の素材、そして少しばかり非戦闘員の皆様に協力して頂く事で、長時間の稼働が可能になって居るという訳だ。今回は短期決戦より長期での戦いに重きを置いているから、攻撃手段自体はあまり多くは無いが……ふふっ、それに移動中も幾らか改良を施す予定だとも。どうだいノル君、君の先生は……頼りになるだろう?」
「本当に……頼りにはなるんですが……その事は、誰かに伝えたりは?」
十中八九そんな伝達はされていないだろうが、隣にいる騎士さんへと視線を向けると……青白い顔でフルフルと首を横に振っていた、もしもこの戦いが終わったとしても、随分と面倒くさい事になるのは目に見えていた。
「伝えてないけど? 今言ったんだから、当たり前だろう?」
「それに安心してくれたまえよ、この前線基地に来る人員は全て「魔物との戦闘の危険性がある」と言う事に、同意している事は確認済みだから。これもまた契約の範囲内……と言っても過言では無いだろう?」
それはあくまでここに魔物が攻め込んで来るかもしれないと言う話であって、拠点ごと巨大なゴーレムにして敵陣に突っ込むという話ではない。常識や良識など手っ取り早く捨てた方が手っ取り早く強くなれると言うだけあって、恐ろしい一手だった。こいつはこう言う奴だと、分かっていたはずだったのに。
だが殲滅力の足りない今、助かるのは確かだし……得意のゴーレムと言え、1日でこれだけのサイズの拠点をゴーレムにしてしまえる手腕は流石と言わざるを得ない。そしてこれが無ければ作戦が上手くいかないだろうと分かっているからこそ、誰も彼女の行動を諌められない。
「それじゃあ今から出発と行こうか。なに、善は急げと言うだろう? 私としてもこんな所であまり時間を潰したくはないんだよね……」
「ひ、非戦闘員への通達などをして来るので1時間……あっ、えっと……30分程お待ちいただけませんか?」
「まぁ、それくらいなら……構わないだろう。出来るだけ急いでくれたまえよ」
非常事態を知らせる鐘が鳴り、大急ぎで兵士はこの会議室を後にする。その間にも賢者は既に、このゴーレムを改良するためであろう魔法式に手を加え始めていた。
「さっ、流石は「英雄」殿の……先生でいらっしゃられる、ははは……」
「ちっ、違うんです。僕も今さっき知ったばかりで……」
何処か僕を見る目が遠いものになってしまった『聖槍』さん。『勇者』よりもマシだと言うだけで……S級は基本的に、自由奔放であると言うことを、身をもって分からされることとなった。