欠伸の出そうな程に暖かい午後の昼下がり、僕は自室で本を読みながらゆったりと過ごしていた。
このところは、A級冒険者が村に来て遺跡に閉じ込められたり、騎士団長が来たりなんていう大きな事件は起きず順調に魔法の修業をしたりスキルを試したりできている。そもそも『普通』はそんなトラブルに見舞われる方が珍しいのだ。前者は僕のスキルが、後者はシエナのスキルがきっかけで生まれたものだし。
「あ、師匠から手紙だ。───うん、元気そうで良かった」
師匠からは、旅でこんな事があったとか、魔法の勉強は順調かい? といった内容の手紙が届く。A級冒険者なだけあって、凄い依頼を受けたりダンジョンを攻略したりといった話が書いてる事もあるので何時も楽しみに待っている。旅先から届く事もあるが、返信は王都でよく使っているという宿屋宛に送る事になっている。
こうやって時折来る師匠からの手紙を楽しみにしつつ本を読む。そんな『普通で何処にでもありそうな生活』には特筆するようなイベントは───そんなにない。
「
読んでいた薬草学の本を閉じて、外へ出掛けるために準備を始める。結局欲望に従ってこの本も持ってきてしまったが……あれ、そもそも古代語の本を読んでいることが普通の事なのか? なんて、そんな事を考えてる場合じゃなかった。今日はカジおじさんと会う約束の日なのだから。
「楽しみだなぁ……」
カジおじさんは『鍛冶』のスキルを持つ村一番の鍛冶師だ。まあ村で唯一の鍛冶師でもあるんだけど。そんな彼に会いに行くのは、以前拾った『魔鉄鋼』を使った短剣が出来たという話を聞いたからだ。まだ旅に出るには早いけど、僕の為の短剣が出来たと聴いたら居ても立っても居られなかった。
結局僕自身はどんなポジションにつくのか決め切れていない。剣ではシエナに及ばず、魔法ではグレイ師匠に及ばない。とはいえ弓矢なんて以ての外だし……このスキルが一番向いているのは斥候か支援職だろうか? それもあまりしっくりこない。だから、とりあえずは杖と短剣というオーソドックスな魔法使いのスタイルを試してみる事にした。
それと、もう一つ頼んでいた剣を受け取りに行くのも忘れてはいけない。何ならこちらがメインと言ってもいいだろう。なんと言っても、明日はシエナの───誕生日なのだから。
油と鉄の匂いで満ちた、彼の工房へと足を踏み入れる。と言ってもこんな村で一番の売れ行きを誇っているのは剣や槍なんてものじゃなくフライパンやタライといった日用品や鍬のような農具らしいから、剣がズラッと並んだ鍛冶屋という訳でもないんだけど。
「よく来たなノルの坊主!」
「うん、出来たって聞いて待ちきれなくて!」
「おうおう、俺も偶には剣を打たなきゃ腕が錆びついちまうからな。今見せてやるからそこで他の剣でも見て待ってな」
「分かった、ありがと! カジおじさん!」
剣というのは高価だ、誕生日とは言え子供がプレゼントするなんていうのは、資金的に現実的ではないだろう。だが、例の遺跡の一件で少なくない報奨金を貰う事が出来たのでこうやってプレゼントを選ぶことができる。師匠曰く、書かれている内容に対して『これ』では全然足りないとのことだったが……そこは仕方ないだろう。
「それにしてもさっぱり違いが分かんないな……」
当然だ、剣の目利きが出来る程色んな剣を見た訳でも無いのだから。樽に入っている安いのも、並べられてる高いのも……正直違いが良く分からない。
「実は本当にあんまり変わらねえんだ、置き場が無いから樽に詰めてるだけで」
「えっ? あっ、本当にあんまり差が無いんだ!?」
「こんな村じゃ剣を買うのなんて自警団の連中位だからなぁ。悲しいもんだぜ、全く」
そう言った彼の手に握られていたのは、一振りの短刀だった。特別な意匠や尖ったデザインではないものの、だからこそ実用性に優れている。
「……でも本当に無料でもらっていいんですか?」
「久しぶりに魔鉄鋼なんて使えたから、俺としても良い経験になった。その分、坊主がでっかくなって帰って来た時の土産話は期待してるからな?」
そう言って僕の頭にポンと手を置いたカジおじさん。此処の村の人たちは本当に暖かいなと思う。特筆するべき事のない村だけど、僕はこの村の事は決して嫌いでは無かった。
「それで、魔鉄鋼っていうのはよ、他の鉱石にはない特殊な性質を秘めてんだぜ。一体どんな性質なのか当てれたら嬢ちゃんの剣も少し割引してやったって良いぞ? ノルの坊主」
「本当!? え、えっと……」
正直とっても嬉しい、お金が余れば外套やランプといった旅の必需品にも回せるし。魔鉄鋼……名前の通りただの鉄ではなく魔法や魔力に関係する性質があるのだろうか?
少しズルかもしれないが、あの『スキル』を使ってみよう
『スキル:注釈』
さて、この『魔鉄鋼の短剣』*1は……ちょっと広すぎるな。そう思って部屋の隅にあった使わなかったであろう『魔鉄鋼』*2の欠片に目を向け……成程。情報量が多くてクラっと来たが、凡その事は理解できた。
「魔力を通しやすい金属なんでしょ?」
「おお、良く知ってたなノルの坊主!? その通りだぜ、ノルの坊主にはピッタリかもしれねえな」
丁度余った製錬する前の魔鉄鋼の欠片があって良かった、この『注釈』は現物が無いとその効力が著しく下がるのだ。これで少し奮発して良い剣を買え───
「……あれ? 今氷の魔法って?」
「氷の魔法がどうしたんだ、ノルの坊主?」
どうやらあの時拾った魔鉄鋼は特別な一品だったらしい、流石は『特筆すべきモノ』なだけあるというべきか。それにメインでよく使う氷の魔法に対応しているのもありがたいところだ、思わぬ拾い物だった。
「それで、嬢ちゃんに送る剣はどうするんだ? この中から選ぶんだろ?」
プレゼントと言っても実用性が無いといけない。だからこそ実は一度シエナを連れてこの鍛冶屋に遊びに来た時に、彼女が振りやすいといっていた何本かをリストアップしてあった。
「ふふっ、見ててよカジおじさん……」
僕は詳しいんだ、こういう何気ない一品の中に曰く付きの妖刀やとんでもない一品があるって。……まあ、物語の知識だけど。
『スキル:注釈ッ!』*3
「期待しているところ悪いが、ここのやつは全部俺が作ったんだぜ? どれも手なんて抜いちゃいねえが、出来に違いなんて殆どねえよ」
「それは……確かに」
現実は非情だった。まあ、そんな英雄譚みたいな都合のいい話がある訳も無いのである。そんな訳で自分の直感に従ってプレゼント用の剣を一つ選んで、木箱に詰めてもらった。
「最近は魔物が多いって自警団の連中も言ってたからよ、ノルの坊主も遅くまで出歩くんじゃねえぞ?」
「はーい。カジのおじさん、今日は本当にありがとね!」
「おう、気を付けて帰れよ」
家に帰る頃には辺りは暗くなりはじめていて、家の中からは美味しそうな夕ご飯の匂いが漂っていた。
「ノル君おかえり! 何処行ってたの? 今日はついてきちゃダメって言ってたけど」
「ただいま、それは……今度のお楽しみって奴だよ」
「えぇ~? そういえばね、今日はね───」
いたって普通のありふれた時間が過ぎていく、15歳になったら冒険者になるために村を出るという話は両親にもしてある。後2年、長いけれどやることは山程ある。
夕飯を終えて、部屋の中で何時ものようにウィンドウを表示させる。
「スキル発動───っと」
| 傍点 | ルビ | 特殊タグ | 整形・置換・変形 | プレビュー | 小説閲覧設定 | 一時保存 |
もう見慣れかけたこの青白いウィンドウの全てを未だに理解できたわけじゃないけど、それでも少しずつ出来る事は広がっている。冒険者になるまでどれだけの事が出来るようになっているのだろうか? 魔法も剣も普通を逸脱できない僕がSランクの冒険者になって、英雄譚に乗るような人間になるには、きっとこの『スキル』をどれだけ活かせるかにかかってくるだろう。
スッとウィンドウを消して、眠りに就くためにベッドに横になる。それから程なくして、少しずつ睡魔が襲ってきた。
明日は───良い日になるといいな。
どれくらいが好み?
-
主人公が無双無双してる方が良い
-
紆余曲折と苦難を乗り越えてほしい