進軍を続けること暫く。日に日に機能をましていく8本脚の亀型のゴーレムは、今日もその身体を揺らして北へと進軍している。
「何故これだけの巨大なものがこうも……」
「そもそも街ひとつ自分の手足にしようなんて、普通は思いませんよ……」
今も足元にいる魔物らしきものが、巨大な土と岩の塊に押し潰されるのが見えた。これは攻撃ではなく、移動でしかないというのに……その巨大な質量は、これだけの破壊力を持っている。
プルプラよりも高度は低く機能は少ないようだが、それでも脅威だ。A級が一晩で数人がかりで防壁を作るのだとしたら、S級は一人で街を動かす。文字通りの化け物、そんな中に自分が居るというのは何とも落ち着かない。
「それについては私が説明してあげよう! これは無から魔法を作り出すのよりも……うっぷ、既存の……おっ、物を動かす方が圧倒的に……消費魔力が……少ないっ! ……からね」
「説明するか嘔吐くかどっちかにしてくれませんか? ほら、ハンカチ……」
「ありがとうノル君……うっぷ……おえっ」
まさか賢者本人が乗り物酔いするとは、思ってもいなかったが。ゴーレムに乗っていたが、このサイズ感がやはりダメなのだろうか。漂うダメ美人感、フィジカルの強い賢者もそれはそれで違和感が残るけど。
「ううっ……そんな目で見つめられても、仕方ないだろう……三半規管なんて鍛えようが……ううっ……うぇっ……」
分からないが……弱っていると少しだけ静かで、黙っていれば……美少女である。その表情に不覚にもときめいてしまいそうで、慌てて視線を逸らす。あまりにも病人? に向ける感情としては、失礼が過ぎる。
「ツェツィ、ちょっと賢者を回復してあげてくれない?」
「ここは利害の一致と言うやつですかね……ほら、早く酔いから冷めてください」
随分と乱暴な手つきで、S級冒険者を介抱するかのツェツィは僕を一瞥して少し頬を膨らませてから詠唱を始める。プルプラと仲良くすると、クロッカス王国的には面白くないというのもあるが……単純にツェツィが『賢者』へ対抗意識を燃やしているようにも思える。
「とは言えマテルメアに近づくにつれて、流石に魔物の数も多くなってきた。地上はまだしも空から来る魔物の対処には手を焼いているよ」
「どうしても数が膨大で……」
プルプラのように、土槍が防衛してくれる訳では無いから……空を飛ぶ魔物に対しては対処が難しい。とは言え地上の魔物に対処するよりかはかなりマシである。
「それにしても、倒せず素通りして行った筈の魔物の様子……何か変じゃない?」
「それは射殺した飛行型の魔物の体内に毒が蓄積されてるからだね、警戒している弓兵の矢は毒矢だから……その死体を食うとそいつも汚染されるんだよ」
「えっ、毒……ですか?」
回復した賢者は何時ものように、憎たらしい程の笑みを浮かべて語り続ける。『賢者』の強みとはその魔法もさることながら、異常な知識量による多種多様な手段にある。
「強烈な喉の乾きから、近くにある液体……大抵の場合は動物の体液を啜ろうとして、最後は自身の喉を掻き毟って死ぬっていう猛毒。この毒の良い所は、なんといっても死体を食った他の個体も勝手に同じ症状に陥ってくれることなんだよ」
それは絶対に、子供用の絵本なんかには描けない……物語の裏側。
その倫理感のなさも拍車をかけて、悪辣な手法を用いる事にも何の感慨も持たない。
「戦うのは嫌いなんだよ、前も言ったけど。戦闘なんてものは効率的に、かつ手間をかけずに行うものだ。その点「戦争卿」とは相容れる気がしないね、あんなものに価値を見出すなんて正気じゃないよ、ノル君もそう思うだろう?」
「僕からは……何とも……」
僕自身も戦闘狂という程では無いが、やはり強敵との戦いに胸を躍らせる事はある。だからこそ、「戦争卿」に通じる所はあるのだが……彼女の効率的な所もまた、納得のできる所だ。
「まあそう単純な話にもいかなさそうだね。あれ……見て見なよ」
「あれって……あれは」
遠くの方に見えたのは、真っ白な山だった。
文字通りの白い山は、白い……繭だ。
一度だけ、クオンディル大洞窟で見た事があるが……それとはまた異質の規模感。
それに何より、感じる圧が比べ物にならない。
あそこから一体何が産まれようとしているのか……
「個が個より感じるのは、間違いなく12魔将の『権能』。個は『母なるマテルメア』……そのものである」
「そんな筈は……」
少なくともシエナから聞いた話には、こんな事態は想定されていなかった。
とりあえず白い繭*1に注釈を振って───なんで。
「自身を産みなおしたのか……そんな事が……」
可能なのかと言いかけて、口を噤む。目の前で実際に起きてしまっているのだから。
そんな白い繭と、合うはずの無い目がピタリと合ったような気がして。
背筋に冷たいものを感じつつも、僕の気持ちとは関係なく町は進み続ける。
そして遂に、その時がきた。
地を埋め尽くすような魔物の群れの中で、ピタリと止まったゴーレムは周囲を踏み潰しながら地へとその身を伏せる。
それと共に周囲にいた魔物は、吐き出された炎の魔法によって火だるまに変わる。広範囲を燃やすには、やはり炎の魔法が最適なのかもしれない。
「さて、ここでお別れだ、ノル君。私達はあの白い繭へと向かう、君は君のするべき事をすると良い」
「……お気をつけて」
「なに、あの程度の木偶の坊相手に私が苦戦すると思っているのかい?」
『賢者』アメティスタ・クレイドールは、お世辞や励ましのためにそんな事を言った訳ではない。間違いなく本心から、自分が負けるなんてありえないと確信している。
「いえ……信じてますから」
「そうだろうとも、何せ私は君の……先生なんだからね」
それだからこそ、心強い。
蛮勇でもなく、その数多の知識でもって難局を切り開く。
同じS級になっても、追いつけた気のしない大きな背中がそこにあった。
「「英雄」殿……いや、ノマル・フトゥー。これから僕達は世界を救うための、1戦へと赴く事となる。敵は強大で、そしてその数は地を埋め尽くす程だ」
「……はい」
確かに状況だけでいえばかなり絶望的だ、数の差は100倍を超えるだろう。そんな圧倒的な群れを相手にして、僕達は敵の首魁をうち滅ばさなければならない。
「だけどそれ以上に……僕は嬉しい。この戦いに、君という英雄と共に挑めることを、誇りに思っている。後顧の憂いは僕達が切り払おう、魔王を……世界を、頼んだ」
「……はい!」
だけどそんな不安を一切感じさせずに、好戦的に笑った彼は右手を差し出した。それに応えて、がっしりと戦士らしいガッチリとした手で握手をして。その熱は、今もこの手に残っているような気がする。
「それじゃあ気をつけてね。あと、死んだら許さないからな」
「思ってても……この状況で言います?」
「言いたいことを言えずに死ぬより、よっぽどマシだろう?」
そう言って僕の背を押して、それから街の一角にある門が鈍い音を立てて開く。ここからは電撃戦だ、風を運ぶものと共に、この魔物の群れの中を突っ切って……魔王の住むであろう、あの魔力反応の元へと向かう。
「随分と人気者になっちゃったね?」
「2人で村を出た時からは……考えられないくらい、沢山の人との出会いに恵まれたよね」
そして何より、頼りになるパーティメンバーに恵まれた。
彼女達と一緒なら、きっと魔王だって倒せると……そう僕は信じている。
「敵は強大だけど……不思議と負ける気がしないね」
「個は最後まで、個らと共にある」
6本脚の馬が、大きく嘶き……そして風と共に走り出す。
決戦の時はすぐ、そこまで近づいて来ていた。