スキル『ハーメルンの上の方にあるやつ』   作:天野ミラ

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130.決戦前夜

「───アイスランスッ!」

 

 風をきって馬が走り続ける、目の前にいる魔物は次々と氷の槍に撃ち抜かれ、そして切り裂かれていく。マテルメアが近いだけあって魔物の群れや死体が山のように積み上がっているが、北風を運ぶものはそんな悪路をものともせず走破している。

 

 本来、本契約の済んでいない「北風を運ぶもの」さんに戦闘をお願いする訳にはいかないが、どうやらこれはあくまで「移動の延長線上の事」としてまだ息のある魔物を蹴散らしてくれている。

 

 

「やはりマテルメアから離れれば離れるほど、魔物の数は減っていってるね……」

「この調子なら、明日くらいには目標地点まで辿り着けそうですね」

 

 距離が近づけば近づく程に、僕達の肩に人類の明日が乗っかっている事を実感させられる。どうあっても数日以内には、『鋼鉄』の襲撃から始まったこの因縁にも、終止符が着くだろう。

 

 未だ魔王に対しての執着も、まして人類の為にこの身を捧げようなんて大それた大志を抱いている訳では無い。僕が戦いの場に挑む目的は、ただ『勇者』の居なくなった穴を埋めるため、そして身近にいる人々の安全を守るため。

 

 そしてほんの少しだけ、僕の夢……いつか英雄譚になるような冒険をするという目的が混じっている……それだけ。

 

「───何か、来る?」

「何かって一体……ッ!?」

 

 その瞬間地面が、世界が揺れたような錯覚を覚えて思わず視線を向ける。

 

 遠くの方で───山のように大きな真っ白な繭が蠢いて。その頂点がゆっくりと裂け始める。だいぶ離れたというのに、随分としっかりと視認できていたそれは……遂に羽化することとなる。

 

 その山のような大きさの白い繭から現れたのは、巨大な一体の蛾と魔族のハーフのような生き物だった。その青白い肌の背中から生えた一対の大きな翅には、巨大な目の模様が描かれていて……身体中から生えた触手のような針でもって、ここからは視認できないほどの「何か」から、白い繭のようなものを作り出している。

 

「それ」へと一歩ずつ歩を進める巨大なゴーレムは、文字通り規模の違う戦いの訪れを意識させる。その背には城壁と、数千人もの人間が登場している。亀のような8本足のゴーレムは、時折地上の魔物を喰らい、火を吐き───火を? いつの間にか、火炎放射を始めていたゴーレムだが……恐らくは僕達が離れてからその機能を付け加えたのだろう。

 

 実際この大群に対して広範囲を炎で焼き尽すというのは有効だ、周囲に燃え広がっても……魔大陸なら問題はないだろう。『賢者』の事だから、更に効率的に敵を処理する手段を揃えているのだろう。

 

 だからそちらは心配いらない、僕達は目の前の問題に対処するべく進み続けるだけだ。

 

 

 

 

 丸一日も進めば、流石に魔物の数は少なくなり……やがてその数も疎らになる。

 このまま走り続けてもいいが、辺りも暗く体調を万全に保つためにも野営をする事となった。

 

 文字通り決戦前の夜の野営、最後は夜の森で焚火をして───

 

「ノル君、焚火したいの? 良いけど……ホームの中でにしようね」

「火を起こすという事は、それなりに目立ちますからね。万が一の奇襲に備えて、ホームを使うのがベストかと」

「冒険者としての浪漫は分かるけど、流石に実利を取った方が良いかなぁ……」

 

 ───なんて、小説の一ページのようなイベントは起きる事は無かった。

 

 当然だ、誰しも奇襲を防げる『ホーム』があるなら夜の森で野宿なんてしたがらないに決まっている。そして皆、固い土の地面よりもふかふかのベッドで寝たい。正直僕だってそうだ。

 

「個は……決戦の前に『ホーム』に向かいたいが、ノマルが嫌ならば……」

「ああいや、ごめんごめん。そう言う訳じゃなくてこう、お約束というか……」

「承知。嫌でないなら、お邪魔したい」

 

『ホーム』への扉を開くと、ささっとその中へと入っていく「代弁者」ちゃんは何処までもブレない人だ。感情が無い訳でなく、マイペースなだけだとは最近気づいた。だけどそんな事を教会関係者に伝えるのは、あまりにも恐れ多くてできないけれど。

 

 

 パチパチと薪が爆ぜる食事を終えた後の焚火で、何となく串に刺した干し肉や果実を焼いて焚火を囲む。冒険者の間でも伝統になっているこれは、元を辿れば勇者イカイノが魔王討伐に挑んだ際のエピソードが元とされているが……実際の所は誰にも分からないとか。

 

「いやぁ、やっぱり焚火だけでも雰囲気は出るね」

「うん、懐かしい。昔は寝ずの番とかあったけど、今はホームでグッスリだもんね」

 

 重要な冒険の前に行われることの多いと言われる、これ。

 その目的は、未練を作る為だったという。

 

 九死に一生を得るためには、絶対に死にたくないという未練があった方が生き残りやすいという経験則、あるいは作り話。そんな冒険者たちの慣習だが、何故か……この場で結婚の話題を出すのだけはタブーとされている。

 

 勇者イカイノ曰く「死亡フラグ」とやらに抵触するのだとか。

 

「この冒険が終わったら、ですか……ノルさんはどうなんですか?」

「僕は……やっぱり恥ずかしいけど……」

「ノル君の本でしょ? 楽しみだなぁ!」

 

 何時か本になるような、そんな冒険を夢見てというのは……あの村で初めて物語に触れてからずっと、変わってはいない。色んなものを聞いて、色んな物をみて……そんな旅の記録がいつか、物語として誰かの元に届けばと。

 

「ただもっと、色んな物を見て回りたいな……できればその、皆と」

「ふふっ、口説いてるのかい? それ」

「そっ、そう言うのじゃなくてその……!」

 

 そして、答えを出さなければいけないというのも分かっている。

 だけど今は少しだけ、少なくとも魔王を倒すまでは答えを出すべきではないだろう。

 

 後回しは良くないが、急いで答えを出すべきものでも無いのだから。

 

「私は、やはりS級冒険者を目指したいところだね。氷精霊のお陰で、伸び悩んでた実力も随分と上がり始めているところだし」

「顔はあまり出してくれませんけどね……」

 

 グレイさんは、明確にS級を目指していると公言していただけあってその夢は明確である。惜しむらくは契約精霊の本性が、あれなせいで……未だに本人を前にすると緊張するから、外に出てこないことくらいだろう。

 

 氷精霊の寵愛と言うだけあって、精霊と出会ってからの彼女は魔力の量も出力も以前とは比べ物にならない程に強くなっている。その破壊力と精密さは、いずれ賢者へと届きうるだろうと確信している。

 

「私はこのままパーティに所属できれば、それに越したことはありません、国としても個人的にも……ですね?」

「むしろ僕としても、是非来てもらいたいけど」

 

 ツェツィは、クロッカス王国の王女という立場でありながらもこうして冒険してきたが……そのきっかけは随分と、波乱の事だった。僕がS級に昇級してからは、優秀な冒険者パーティとの関わりを持つという名目で、国王からもお願いされているという事だが……

 

 正直彼女の居ないパーティはもう想像が出来ない位に、居る事が当たり前になってしまっていた。

 

「後はソノヘンの事も気になりますから、そちらも見て回りたいところですね……」

「随分と順調……どころか、順調すぎる位だって手紙は届いてるよね」

 

 基礎を整えられたお陰で、ソノヘンの村……いや、街は随分と順調らしい。

 自分が領主というのは未だにあまり実感は沸かないが、それでも責任を持ってソノヘンを守るために……生きて帰らなければならない。

 

「私は……うーん……」

「……あんまり、したいことはない?」

「その逆かなぁ、選びきれないの!」

 

 シエナはある意味、彼女らしい答えだった。

 

「皆と冒険もしたいし、美味しいものも食べたいし……強い人と斬り合うのも楽しかった。全部、ぜーんぶしたいから、皆で生きて帰りたいなって」

 

 快活な彼女らしく、どれかを選ぶのではなく……全てを欲する。それ位の感情が、生き残るうえで一番大切な考え方なのかもしれない。

 

「だから絶対、絶対に帰ろうね……皆で!」

「うん、シエナちゃんの言う通りだ。なに、私達ならきっと何とかなるさ」

 

 そんな話をしながらも少しずつ夜は更けていって、やがて焚火の火は小さく静かになっていく。

 平穏で、平和な……そんな普通の日常は、確かに僕達の中に未練を色濃く残した。

 

 

 だからこそ、誰かにトドメを刺させるなんて、考えられない。

 魔王の呪いは……この世界に根付く悪意の塊には、明日決着をつける。

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