「あれが……魔王の城……」
北西に進む事暫く、遂に「魔王」が居るとされている……巨大な城が見えてきた。彼の城に近づけば近づくほど、何故か魔物の数は少なくなっていく。
「流石に近づくにつれて、汚染された魔力が強くなってきていますね。皆さん体調はどうですか?」
「僕はまだ大丈夫」
「個の心配は不要である」
それはこの強すぎる汚染された魔力に、耐えられないからなのかもしれない。その理由は何であれ、僕達にとっては好都合だ。何処か不気味で毒々しくなりゆく大地を、只管に北風を運ぶモノが走り続ける。その先に待ち受ける、長い長いこの世界の戦いの歴史の元凶を目指して。
それからも不気味な位に戦いが起きる事はなく、万全の状態で魔王城へと辿り着いた僕達。
そこは不気味なほどに静かで、冷たく禍々しい雰囲気の城だった。いや、城という表現もまた正しくは無いのかもしれない。本来城に必要な機能、防衛のための機構も兵も存在しないのだから。それは例えるのなら……神殿。何かを祀るための造りに、酷く酷似していた。
「一応は罠の類にも気を付けていこう」
「待ち伏せは……なさそうですけどね。まるで誘っているような、待ち構えているような……」
薄暗い廊下を進んだ先にも、魔物一匹姿を見せない。それどころか、罠の類も無いのだ。まるでおびき寄せられているような、そんなうすら寒さを覚えるが……そうやって足踏みをしている間にも、世界は汚染された魔力に侵されているのだから……何時までも立ち止まってはいられない。
こんな広い城に、魔族一匹いないというのに……不自然に埃すら積もっていない所か、生活感さえ感じられない。まるで新品のような家具と、傷一つない廊下。その建築様式は今までで見た事のない、異質なデザインで出来ていた。
そうやって広い城内を暫く進んだ先、そこには随分と重々しい扉が鎮座していた。魔力の反応からして、この先に奴が……「魔王」が待ち構えているのだろう。
「僕とシエナが先頭を行くよ、それで良いよね」
「勿論、一応私が先導するね」
つまり、これから僕達「氷竜の一閃」と、「代弁者」による5人のパーティで……魔王討伐へと挑む事となる。此処まで来て……心の準備は良いかなどと聞くのは、愚問だ。此処に来るまでで、誰もが戦いの意志を……固めてきているのだから。
「それじゃあ……行こう」
目の前にある重厚な扉を開き───僕達は部屋の中へと足を踏み入れた。
まず目に入ったのは部屋の床全体を埋め尽くすまるで血管のように脈打つ、歪な魔法陣。
「ようやく来ましたか、今代の勇者たちよ。待ちくたびれましたよ」
その真ん中にある大きすぎる玉座に、目を閉じたまま「それ」は腰かけていた。
「随分と今代の勇者たちは、寵愛に満ちているようで」
そこに居たのは、芸術品のような浮世離れした見た目の女性……のような「何か」だった。
真っ黒なドレスアーマーの背中から生える巨大な羽根に、真っ黒な山羊のような角。
背丈よりも巨大な大剣を悠々と握っているのは、まるで紫色のレースのように何かに侵食された腕。臀部からは巨大な龍の尾が生えていて、ユラユラと揺れている。キメラのように、人間に無理やり魔物の特徴を埋め込んだようなツギハギの怪物。
そんな歪な特徴達が何処までも、目の前に居るのが真っ当な生物でない事を示していた。
「本来の運命とは少々、違った道を辿ったようですが……それもまた良いでしょう。台本通りの物語も少し、飽きが来ていた所でしたから」
「お前が……」
「如何にも、私が……いえ、ここは我としておきましょうか。我こそが「魔王」ですよ?」
隠れもせず、隠そうともせずにそれは名乗りを上げる。
周囲に伏兵の類は見えず、人数の有利はこちら側にあるというのに……その威圧感の前に動けない。
『特殊タグ:注釈』
目の前の魔王*1へと注釈を───バチンと視界が、滲む。
「おっと、少しばかりお痛が過ぎますね。お話のネタバレ程、興醒めな事はありませんから」
「……ノル君ッ!」
やはり……弾かれた……!
それどころか……右目が焼けるように痛い。
奴の何かしらが、僕の能力を妨害しているのか……分からないけど、無暗に注釈を使う訳にはいかないだろう。無理に溜めそうとすれば恐らく、取り返しのつかない事態を引き起こすだろう。
「お前達魔族は何故、こんな事を……何で人間を襲うんだ」
「何故、ときましたか……それはまた異な事を。我は魔王、貴方達は人間……争うことが運命でしょう。それ以上に争う理由や戦う理由が必要なのでしょうか。それともここいらで一人殺してみれば、それが戦う理由になるでしょうかね?」
「お前ッ……!」
「ふふっ、随分と威勢が良くて……とても我好みですよ、赤い目の剣士。そうですよね、闘争こそがその本質。それでは問答もこの辺りにして、そろそろ始めましょうか」
勝てるかどうかすら分からない戦い、そして……ただ倒すだけでは、意味が無い。
奴の正体不明の「呪い」の仕組みを理解しないことには、真の勝利は訪れない。その為にまずは奴を、魔王を理解する必要があるのだが───
「死ね───っ!?」
「シエナッ!」
斬りかかったシエナの剣へと大剣を合わせ、鍔競りあった所へ───尻尾による殴打が加えられ、吹き飛ばされたシエナは壁へと激突する。その勢いのまま回し斬りが僕へと迫り、危うくの所で短剣で受けきることに成功したものの大きく仰け反る事となる。
『お気に入り呼び出し→フローズンブレード』
「この程度ッ……!」
そして僕の振るった氷剣は、まるで来ていたことが分かっていたかのように避けられて空を切る。
魔王はその羽根をたなびかせて、宙へと飛びあがった後……その大剣は質量を持って僕へと襲い来る。
「はぁ、はぁっ……」
「おや、この程度ですか。出し惜しみをしているのか、それとも……これでは少々期待外れと言わざるを……」
あれは受けきれない、そう判断して紙一重でその攻撃を躱したものの……地面へと叩きつけられたそれは膨大な破壊力をもって、その衝撃波を周囲へと撒き散らす。
縦横無尽に空間を駆ける機動力、そして圧倒的なその破壊力。
単純なスペックの高さを、処理しきれない……!
だが僕達は二人で戦っている訳では……ない!
「聖別する───其は不浄の身体を持ってはならない」
「……厄介ですね、流石と言った所でしょうか」
羽根へと突き刺さった光の槍が、僅かに奴の行動を止める事に成功する。
その隙に詠唱が完成し、それぞれの魔法と祈祷が完成する。
「───力あるものよ、彼らに更なる剛力を与えたまえ!」
「我が命に従い顕現せよ──────アイスナイト」
身体の底から溢れるような力、そして顕現した三体の氷の騎士。
実際この場で頭数を増やすのは重要だろう、何せ相手は一人で……僕らには時間が必要なのだから。
「メッセンジャーを叩きたいところですが、それはそれで厄介ですね……他からとしましょうか」
「個は手段を択ばない。「魔王」を打ち滅ぼす、それが個の使命である故」
彼女の、「代弁者」の弱点それは……ルールを逸脱したものへの「裁き」であるという事である。
「随分と不快な目線ですね、不躾だとは思いませんか?」
「それはお互い様だと思うけど、見下したような目をして……」
「ような、ではなく。純粋に我の方が上ですから……ですが我は、敬意を持っていますよ?」
理解しろ、奴を……魔王自身を。
魔王は何ができる?
魔王は何を考えている?
魔王は、何故……戦っている?
その全てを、理解し───「既知」とした時にこそ、この戦いはようやく始まる。
まずは奴の『権能』、もしくはそれに酷似した「何か」。
奴の力の正体を暴かなければ……僕達に「次」は訪れない。