「合わせて、ノル君!」
「分かったッ!」
氷剣を構えて、右から斬りかかる僕と左から駆けるシエナ。
膂力も速度も負けている相手に対して、僕達が勝っているのはその数。
連携で、人数差を押し付けるしかこの斬り合いに勝る術は無い。
「力あるものへの祈祷……確かに強化自体はされていますが……」
だがそんな僕達の連携を、大剣一本で捌ききり……その華奢な脚で大地を踏み鳴らすだけで衝撃波で吹き飛ばされる。身の丈よりも巨大な大剣を、まるで指揮棒のように振り回すなんてなんて言う力だ……!?
「……もしやその程度で我を殺しきれるとでも? もう少し死力を尽くして、必死になって頂けませんと……退屈過ぎて飽きてしまいそうですよ?」
「クソっ……」
それにこいつ……力強く鋭いだけじゃなくて、上手い……!
不自然な位に綺麗な太刀筋、それはまるで正解そのものだ。
まるでどうやって剣を振れば良いのか、分かっているかのような精密さ。
こいつの能力は剣にまつわるものなのだろうか。
剣聖に匹敵するか、凌駕する実力だ。十分にそれも考えられ……
……いや、それなら相打ちの「呪い」に説明がつかない。
そもそも何故相打ちを狙いたがっている?
そこにこそ、奴の事を探る手掛かりが───そんな僕の前にはいつの間にか、ゾッとする程整った顔が間近に迫っていて。
「少々───危機感を持ってもらうとしましょうか」
「アイスナイトッ!」
目の前の魔王へと立ち向かった氷の騎士は、邪魔だと言わんばかりに腕で払われて爆散する。氷の騎士程度では、魔王の前には障害物では無いと言わんばかりの挙動。確かにそれは正解なのかもしれない。
それが、ただの氷の騎士ならば。
アイスナイトを砕いたはずの魔王の腕は、まるで彫像のよう氷の結晶で包まれていた。それを鬱陶しそうに振り払う。
「成程、壊される事を前提とした玩具ですか。これは確かに少々厄介そうですね」
「お褒めに頂き光栄だよ、そのまま凍りついてくれると嬉しいな……っと!」
壊された氷の騎士は、周囲へと冷気を振り撒く。これで倒せる訳では無いが、確かにやつの動きは一瞬鈍くなる事となった。その間にも解析を進める、何が奴への有効打に……
この決戦に挑むまでに揃えた幾つかの策、そのどれが刺さるのかを確認してから出ないと……こちらから札を切る訳にはいかない。先に底を見せた方が、この戦いに負けるのだから。
「それなら、魔法使いの方から先に片付けると……」
「───聖別する。何人も代弁者たる個を、傷つけようとしてはならない」
「……考えましたね。ですが、「9の規則」になぞらえただけの玩具では、我を捉えきる事など出来ませんよ?」
まるで後衛2人の前に立ち塞がるかのように移動した「代弁者」、そのまま攻撃を続行しようとすれば「代弁者」を傷つけていただろう。聖別による条件を盾にした、相手への行動の強制。何度も使ってきた条件なのだろう、だが知られているという事は、それ自体が強みにもなり得る。
そして刺さりっぱなしの、光の槍は確かに奴の行動自体を阻害している。
何故回復しないのか、恐らくは奴も回復能力自体は持っている筈だ。
その答えは魔王自身から語られる事となる。
「”汝、神の言葉を軽んじてはならない”……でしたか、欠片と言えど本当に厄介です」
「何人たりとも、神の前には個と等しい。それに一切の例外は発生しない故。例え個が果てても、その聖浄は身を焼き尽くす」
その傷を回復する事自体をトリガーとする「聖浄」の存在、それにより受けた傷は不可逆のモノとなり得る。だがしかし、規則に抵触しない限り聖別は行われない。
シエナが奴から後衛を引きはがすために攻撃を再開するものの、目を閉じたままこちらを一瞥する事も無く……まるで来ることが分かっていたかのように、その先には大剣の刃が置かれていた。
「……くっ! ノル君、悔しいけどあいつに剣で勝てるビジョンが浮かばないの……!」
「……まるで勝てないのが当然のような、そんな感じがする」
今までの12魔将は何かしら能力に基づいた性格をしていて、それで……こいつは一体なんだ?
まるで僕たちの奮闘を愉しんでいるような、そんな薄ら寒さを感じさせる笑み。まるで奴自身の底が見えない、奴の権能は……能力は……とりあえず今は情報が足りない。
まずは手傷を負わせる為に、がら空きの背中に向かって踏み出し───
「あがっ……」
───振るった氷剣は予定調和と言わんばかり空を切り、代わりと言わんばかりに尻尾で背中から地面へと叩きつけられ、思わず肺の中の空気が吐き出される。完全な不意打ちだったはずなのに、なんで避けられ……
「ノル君ッ、くそっ……!」
辛うじて、氷の騎士がカバーに入りシエナが魔王へと斬りかかる。
傷つき地べたで必死に足掻く僕を、馬鹿にするでも嘲笑う訳でもなく……愉しそうにただ見ているだけ。それが酷く引っかかる、攻撃に成功した相手への反応にしては異質過ぎる。
「これです、これです。こうあるべきだとは思いませんか? 勇者が必死に追いすがり、努力する姿は素晴らしいですよね」
うっとりとした様子で、こちらを見て口角を上げるあたりに奴の本性が垣間見えた。奴からすればこれは戦闘というよりも……
「とは言え、こうして鍔ぜり合っていても面白くないですし。ここらでひとつ……こういうのはどうでしょう」
いきなり禍々しい紫色のレースのようになっている、侵食された右腕から獣のような爪が伸び、その切っ先をシエナへと向ける。あの攻撃に何が含まれているかは分からないが、見るからに何か今までとは違った様子の攻撃。迫った爪を、紙一重で避けたシエナが後ろへと飛び退く。
「ごほっ、あっ……なんで……」
その脇腹に、穴を開けて真っ赤な血を垂らしているのを見るまでは。
「シエナっ!?」
瞬間、頭が真っ白になりかけて───それから冷静さを何とか取り戻す。違うだろ、動揺するのは分かるが……そんな事は何時でも出来るだろう。今は対処と解析が先だ、今……何をされた?
「癒しをもたらすものよ! 彼の者の傷を治したまえッ───!」
確かに、確かにシエナは攻撃を避けた……避けたはずなんだ。
なのになんで、攻撃が当たって……
「避けられないというのは、既に決まっていた事ですから。さぁ、その運命に必死に抗ってください?」
「ふざけ……」
クルクルと真っ赤な血の付いた指先を空中で回して、べっとりとついた真っ赤な血液を舐めとって、にっこりと目を瞑ったまま……笑みを深める魔王は底の知れない表情のまま続ける。
「その方が、面白いですから……ね?」