シエナは───無事なのか?
「それで、いつ輝きを見せてくれるのでしょうか……」
いや、無事に決まっている。後ろにはツェツィも控えている、だから今の僕がするべきなのは奴の能力のカラクリを暴き、そして彼女が回復するまでの時間を稼ぐこと。ただ闇雲に戦うだけでは、絶対に持たせられない。
「……まさか、こんなものではありませんよね?」
そう言った瞬間、奴がいきなりその場から加速して大剣を振り上げる。
「ぐっ……!?」
奴の大剣が氷剣と打ち合って……スッパリと氷の剣は分かたれ、その勢いのまま僕の肩口の辺りをざっくりと切り裂く。三小節の魔法がこんな容易に切り裂かれるなんて……! 回避も防御も不可能なら、手の打ちようがない……ッ!
「───アイスハンマー」
「的確な支援です。が、決定力に欠けますね」
振り下ろされた氷の大槌も、まるで脆いガラスのように砕かれた。
だがそのお陰かそれ以上の追撃は無く、一瞬の思考をするための時間が与えられる。
そして後衛の前には、「代弁者」が立ち塞がっている。
「魔王」の羽根には、未だに光の槍が突き刺さっている。
奴の攻撃が避けられないとしても、それは奴自身にとっても同じだ。
自爆を覚悟の攻撃くらいしか、後衛には届かないだろう。
『お気に入り呼び出し→フローズンブレード』
氷の剣を再生成する、ただこれで打ち合うだけでは先ほどの二の舞にしかならない。
……考えろ。確かにあの時、シエナは攻撃を避けた……はずなのに、結果としてダメージを受けている。今だってそうだ、あまりにも抵抗なく氷剣は切り裂かれた。
奴の言う「そうなることが決まっていた」というのは、どういう事か考えれば……その能力にもあたりがつくのではないか?
そしてこれが……奴の残す「呪い」の正体、なのではないか?
奴の能力がもし僕の想像する通りなのだとしたら、その対策を完全に行う事はまず出来ない。
だが、少なくともその被害を最小にとどめる事は……出来るはずだ。
「まだ始まったばかりです、もう少し最後の舞台を楽しみましょう?」
飛ぶように跳ねて、横薙ぎに大剣が振りぬかれた。
その、振りぬかれた大剣をギリギリで避け───きらない。
あえて、避けきる事をしない。頬を僅かに掠った大剣は、鮮血を撒き散らし……そしてそれ以上のダメージを与える事は無かった。カウンターに振るった氷剣は、まるで来ることが分かっていたかのように奴には届かないモノの……その能力の対処法としては十分だ。
「おや、もう手品が割れてしまいましたか。流石は「あれ」の寵愛を受けているだけありますね」
「シエナ! 奴の攻撃は……避けちゃダメだ!」
「りょう……かいっ!」
奴の攻撃は振られた時点で相手を傷つける事が、確定しているのだろう。
そして僕達の攻撃もまた、当たらないようになっている……決まっている。
唯一奴に通った攻撃は、「代弁者」の『聖浄』とアイスナイトの初回の自爆のみ。
「対処が速いのは素晴らしいですが、一人も削れなかったのは残念ですねぇ」
「うる……さいっ!」
相手の剣は、爪は……シエナの薄皮一枚を傷つけて、血すら流させない。
確かに攻撃は当たってはいる、だが当たっているだけだ。
つまり奴の攻撃は、当たってさえいればそれ以上の傷は発生しえないということ。あの一言だけで完璧に仕組みを理解して、あそこまで完璧に攻撃を見切れるのは……流石はシエナであると言わざるを得ないけど。
そしてその事象が示す奴の能力は、結果の強制……いや、恐らく。
「えぇ、お察しの通り……我が司るは『運命』そのもの」
……運命の強制に他ならない。
「貴方達の攻撃は我には当たらない、そういう運命の元にあるのです。ですが勇者たちよ、その運命を乗り越えて御覧なさい?」
種が割れても無敵のような能力、完全に隙が無い訳では無い。
現に「代弁者」とグレイの攻撃は……奴に届いては居るのだから。
その上で、奴の「呪い」を対処できるかどうかは分からない。
「呪い」について僕が知っている事を、相手は知らないというのはアドバンテージではあるものの……それを活かすまでの盤面が作れない。能力を分かっていてなお、スペックと能力の強さに抗うのが限界で。
「それではネタも割れてしまった事ですし……こういう運命は如何でしょうか?」
奴の紫色に変色した指先はクルクルと円を描いて、また新たな運命の訪れを告げる。
目の前の魔王の腕全体が、ドクンと血管のように脈打って……身体よりも巨大な大剣を片手で振り回す。もう片方の爪は先ほどのように鋭利に尖り……黒々と輝いている。
僕達の首を直接落としたりしないのは、何かしらの制約やコストがあると見ていいだろう。何せ可能なら───奴なら、面白いからと誰か一人くらい殺していそうだから。
うん、少しずつ……魔王の、奴の思考が分かってきた。
魔王の能力が割れた今、次に目指すのは……奴自身を理解すること。
奴の言動から、何を目的にどうやって戦うのかを知り尽くす。
……待てよ?
今の今まで、一体何の事を指しているのか分からなかったけど。
奴を理解することで、今までは理解できなかった事実が……浮き彫りになっていく。
〈本来の運命とは少々、違った道を辿ったようですが……それもまた良いでしょう。台本通りの物語も少し、飽きが来ていた所でしたから〉
という、奴の一言。
魔王の能力が「運命」なのだとしたら、奴自身の台詞が含む意味合いもまた異なってくる。
奴を……魔王を登場人物の一人に落とし込むために、僕は知る必要がある。そこにどれだけ残酷な事実が秘められていたとしても……それが奴の「本質」そのものだから。
「お前がなんで本来の運命……その結末を知ってるんだよ」
「おや、面白い所に気付きましたね。正解は……何故も何も、私が魔王である事が何よりの答えだとは思いませんか?」
確かに12魔将をあの村に差し向けられるのは、この世界で一人しか存在しない。それが示すのはつまり……
「この世界ではずっと前から、勇者が魔王を倒すだけのつまらないストーリーが繰り広げられてきました。勇者が魔王を討つだけの単調なストーリー」
12魔将を動かせるのはそれこそ、「魔王」くらい。
「勇者が魔王を倒して。帰ってお姫様と幸せになるだけの、何の捻りも無いストーリー」
そしてあの時は、傍点も振ってはいない。
「それって少しばかり……つまらないとは思いませんか?」
わざわざ『剣聖』が生まれた事を調べて、その村に『鋼鉄』を送り込んだ相手が居るとすれば。
「思いませんか? 世界は喪失に満ち溢れているべきだと」
それは目の前のこいつ以外に……他ならない。
「例えば───」
聞いてはいけないと思いつつ、それでも奴の事を理解するために……耳を背けてはいけない。語られるのは、残酷で悍ましい……真実。
「村と幼馴染を失った少女が復讐に狂い」
少年は誰かを守るために力を持たずとも立ち向かい───蛮勇の元に斃れ。
「色んな物を失いながらも」
少女は魔王への復讐を胸に誓う。
「最期には復讐を遂げる英雄譚───なんて」
そんな何処にでもある、ありふれた悲劇の英雄の物語。
「それはとてもとても、素晴らしいとは……思いませんか?」
彼女の口から語られた事実。それはつまり───あの復讐譚は、初めから仕組まれた悲劇の類いであったという事に他ならない。
目の前の彼女は、その目を閉じたまま悪意を滲ませずにそう言い切った。害したい訳でもなく、嘘をついている訳でもなく。ただ、その方が面白いと本気で思っていて、人の命をなんとも思っていないだけの……
「お前ッ……お前だけは……ゆるさ、許さない……ッ!」
「如何にも、黄褐色の髪の少女。我こそは魔王。人類に、勇者に仇なす存在であるからして」
人とは決して分かり合えない、魔族の王だ。