どんよりと淀んだ空気の、氷のように冷え切った雰囲気の空間で。
「……シエナ」
「……分かってる、分かってるよ。ここで怒りに我を忘れるほど、子供じゃ……無いよ」
ギリリと奥歯を噛みしめるシエナは、今も怒りに震えてその剣先は震えているものの……必死にその場に留まっていた。彼女にとっても、僕にとっても。到底許せるようなことではないが……怒りに身を任せて暴れても、大抵は良い方向には進まない。
「おや、あまりこう言う物語は好まれませんか?」
「好むも何も……」
「ですが、いずれ分かるようになりますよ」
クルクルと指を回し、輪を描いた機動の先。
何も無い筈の空間を、目を閉じたまま彼女は覗いているようだった。
「既定路線のハッピーエンド、誰も死なずに敵と敵で手を取り合って作る大団円。起承転結の無いありふれたエピソード、どれもつまらない……見るのも演るのも退屈過ぎて、端的に言えば飽き飽きしてしまったのです。それ故に……我が少しばかり、物語を面白くしてあげようとしただけなのです」
奴の能力は、運命の操作。
魔王に何ができるかは、此処に明らかになった。
未だそれを攻略する事は出来たとは言えないが、対策する事は出来る。
故に次は奴の思考を理解する所から、だが……あまりにも人間離れしていて読み辛い。
能力の種が割れたというのに、一切焦る素振りすら見せない。
戦いに勝ちたいなら、自分が不利になったことに少しくらい焦りを見せる筈なのにだ。
「攻撃してこないなら……こちらから仕掛けさせて頂きましょうか」
「うっ……ぐっ!?」
そして……奴の攻撃が苛烈さを増している。
あんなに重い大剣を、まるで重さなど無いかのように片手で振り回す。
速く、鋭く───そして力強い。
「分かる、知る。知識とは重要な事である事は否定しませんが……分かっていてなお、どうにもならないのが運命というものなのですよ?」
必中の効果こそ消えたものの、その分単純な戦闘能力が増え……単純な強さを増している。
「我が命に従い顕現せよ──────アイスナイト」
「速さを司る者よ───彼らに更なる俊敏さをお授けください」
そして大規模な攻撃を振っても恐らくは、当たらないだろう。
むしろ大規模な攻撃、予備動作のある攻撃程……奴には通らない。
だからこそ、数を増やす選択肢は正解であるように思える。
「ううむ、やはり賛同は得られませんか」
結局奴は、生きている人々を物語の登場人物のように消費しているんだ。
奴は人間に敬意を持っているとは言っていたが、結局はその人間の紡ぐ物語が好きなだけ。
更に言えば───その物語の終わりが、ハッピーエンドなど許せないから……否、つまらないから。
小匙一杯の善意でもって、物語に苦みを……バッドエンドやビターエンドを目指す、脚本家気取り。
それが奴の原動力、嗜好……「思考」の奥底にあるもの。
これが小説や御伽話ならまだしも……実際に生きている僕達からすればたまったものではない。
「さて。あまり舐められても、格が落ちますので。少しばかり圧倒させていただきましょうか」
またしてもその指がくるくると回り円を描いて、新たな運命を呼び込む。
「形あるものは全て───崩れ往く『運命』」
猛烈な寒気を感じて、周囲を警戒するものの……奴自身に何か変わった様子はない。
「ノル君、逃げて!」
「逃げ……何処に!?」
と思った、その次の瞬間、天井がグラリと揺れ───違う。
落ちてきている、崩れ落ちてきているんだ。
この巨大な魔王城の、この三階建ての城の膨大な質量が。
この広間に吸い寄せられるように崩落を始めている。
これは魔法でも、まして暴力でも無い……まさに天災。
奴の能力の底を見誤っていたのかもしれない、直接の攻撃でなければここまで大規模な運命を呼び込めるなんて、思っても居な───
「運が良ければ、命は助かるでしょう。全ては『運命』が運ぶままに」
全身を濁流のような瓦礫に押し潰されながら、不自然にポッカリと開いた瓦礫の隙間で。
こちらをニコニコと見ていた魔王が、また一段と笑みを深めるのが見えた。
気付けば、真っ白な空間にいた。
まるで天国のような場所、心地良い暖かさに包まれた世界。
そんな場所に倒れ伏す僕、その目の前に……誰かが居る。
戦闘の、最中だったはずだ……そう思って立ち上がろうとしても、何故か体に力が入らない。
「ノマル。ノマル・フトゥーよ……」
そこに居たのは、一人の綺麗な顔立ちの羽の生えた……人型の存在。
その聞き覚えのある声に、安心感を憶える事こそあれど……危機感を覚えるような事は無かった。
「この姿で会うのは、初めてでしょうか。折角ですからティータイムと行きたいところですが……生憎、時間がありません」
少しずつこの真っ白な空間に、罅が入っている。
「私達の同胞……がこの世界に……その責任は私達にあります……」
ノイズがかかった様に、上手く聞き取れなくて。
だけどその声は少し、寂しそうで……
「ですから、私の権能を、託します。だから、世界を……今まで……」
待ってと言いたかった、だけど目の前が真っ白に淡く輝いて。
ぶつりと、世界が切り替わった。
「ノマル。ノマル・フトゥー」
何処か既視感のあるやり取り、だがそれは……低めで、これもまた聞き覚えのある声。
「苦戦していそうじゃの、ノマルよ」
「その声は……もう1人の僕? なら、ここは一体……」
先程と違って、身体は動くし声も出る。
僕は確かに、瓦礫に全身を押し潰され……そして、一瞬真っ白な世界が映っていたはずだ。
それが気付けば、いつかシエナと約束を誓った木の下にいた。
真っ黒な夜空が、何処までも綺麗に広がっている。
そんな場所に、もう一人の僕……お爺ちゃんの彼がいるということはつまり……
「お察しの通り、ここは天国でもなんでもないわい。オシエルが介入しようとしたタイミングで、そのチャンネルをこう……グイッと弄るような感じかの?」
規格外だ、僕よりもずっと強いとは思っていたけど……まさかあのオシエルさんに干渉できる程だったなんて。能力のレベルも、今の僕とは段違いで。
「それはそうじゃ、何せ……この能力は、オシエル本人から授かったものなんじゃから」
オシエルさんから……授かった?
さっきのは、つまり……
「オシエルは最後、お前にその力の全てを譲渡するつもりじゃったという事よ」
「それを、止めたという事は……」
「それも、お察しの通りじゃな。儂の世界では……すべてを救えたわけでは無いのよ」
確かに、きっとオシエルさんの力があれば……僕がお爺ちゃんほどのスキルの力があれば、奴に勝てるのかもしれない。そして奴の望む通りの、誰かの犠牲を含んだビターなエンドを迎える。
「あやつは……儂に全てを託して……還りよった。その事がどうしても、心残りでのぉ」
「僕を呼んだのは……そういうこと?」
「ま、それもお察しの通りじゃな」
そう言って、かっかっかと笑った僕は……それから僕の頭を撫でて続ける。
「そんな時、運よくこちらに干渉する事は出来るようになった。じゃけど、儂らではこちらの世界に干渉する事もそんなにできる訳でもない。この世界の儂に出来たのは、あの場で『刻送り』を潰し、12魔将の権能の完全集結を阻止するくらいじゃった」
それは十分すぎる功績だとは思う、正直あの時の僕じゃあの2人には勝てない。
そうなれば……恐らくクロッカス王国は大きな被害を受けていただろう。
ツェツィと、王様も……きっと、おそらくは。
それはあまりにも、大きすぎる分岐点だ。
「あの時の分岐点によって、未来はずっと別の可能性を得るに至った。お主の経験の中にこの状況を変える鍵は……既に宿っておる」
この状況を変える手段があるとしたら、それは……奴の呪いを欺くには。
「奴が世界に干渉して問題ないのには、それだけの「理由」がある」
ここまで来れば、足りないのは最後の一ピースのみ。
考えろ、考え続けろ。
「答えは、出たようじゃな?」
「うん、どうなるか分からないけど……勝負に出るよ」
その中に、1つだけ答えはあった。
だから後は、奴を倒す事……それのみ。
「それじゃあ行ってくると良い、若人よ。挑戦するのは何時だって、若いモノの特権じゃからな」
「うん、ありがとうお爺ちゃん……行ってくる」
スキルを発動させれば、少しずつ真っ黒だった空に光が射しこんで。
意識が少しずつ……浮上していく。
『スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ』
「お主の旅路が……」
『WEB小説投稿サイトHAMELN』
「どうか……」
『小説閲覧設定:変換設定→三人称』
「素晴らしいものである事を、祈っておるよ」
奴を……魔王を、この物語の登場人物の一人に落とし込め。