件の建物は、大通りから少し外れた路地を進むこと数分程の場所にあった。
辺りに少しポーション特有の匂いが漂っている、この建物で間違いないだろう。
建物の中は冒険者ギルドに比べると少し狭いが、それでもかなり広くて。
中では沢山の人が忙しそうに薬品や器具を運んでは箱に詰めたり、部屋に持ち込んだりしていた。そんな中で時間を取っていただくのは少しだけ申し訳ないけど、受付の方へと歩を進める。
「こちら錬金術ギルドです! 本日はどのようなご用件ですか?」
「薬草の買取と……レシピ? えぇ、故郷で見た事のあるレシピをお伝えできればなと」
まあ、故郷で読んだのは間違いないが……その本は古代語で書かれてたんだけど。
「あぁ……少々お待ちくださいね。今担当のモノを呼んできますので」
そう言ってカウンターの奥へと消えていった受付の人だったが、用件を聞くなり少しだけ顔を顰めた。それは忙しさからか、それともこの手の話が大抵効果のない民間療法を聞くことになるからだろうか?
今回持ってきたのは、一応昔のとは言え本に載ってたくらいだから信用は出来ると思うんだけど……作る為の機材が家には無かったので、実際に試せた訳では無い。
「お話をお聞きするので別室にどうぞ」
「はい、シエナは此処で待ってる?」
「う~ん、ノル君が作るところ見ててもいい?」
「分かった、失敗しないように頑張らないとね……」
イメージトレーニングだけは完璧だ、手法も覚えている。だから後は実際に器具を使ってみるだけなんだけど……急に上手く行かなかった時の事を考えて怖くなってきた。
「それではこの部屋にいる彼女に詳細はお願いします、お話が終わったら受付に声を掛けていってくださいね」
そう言って通されたのは少し薄暗く……なんて印象よりもそこら中に転がっている本や器具があまりにも印象的な部屋だった。
「あたしはメディコ、器具のない所だったら適当に座って良いから掛けなよ」
そうは言っても座り所が無いんだけど……つまり座るなってコトだろうか。
「あの、何処に座れば……?」
「あ───忘れてたわ」
少しだけ部屋を片付けて、それからようやく座れた僕達はポーションについて話すべく会話を始めたのだが。
「それで買い取ってほしい薬草とレシピって何なのよ?」
「これなんですけど」
そう言って取り出した癒し草に怪訝そうな顔をした彼女は、一房掴みながらそれをマジマジと見てから言った。
「なんで甘草を持ってきたんだ? 確かに王都の森に生えてるのは見た事あるけどさ」
「甘草って言うんですか?」
おかしいな、注釈で見た時は───
『特殊タグ:注釈』
確かに癒し草*1だったのに。いや、そうだよな。
「や、地元民がそう呼んでるだけで正式名称じゃねえんだ。口の中で噛みしめるとほのか~に甘いから甘草。そいつが回復薬の材料になるってんなら確かに驚きもんだがよ……」
「器具を借りても良いですか?」
「ああ、好きに使っていいが……壊すなよ? あたしの管理責任になるから」
ポーションに使う器具を一式借りてから作業を始める。初めて作るからか、横でメディコさんがメモを取っているからかは分からないがとても緊張する。まあ、レシピ通りに作ればそうそう失敗する事は無いだろう。
ポーションの容器一つ当たり癒し草は一本。根は洗って土を落とし細かく刻む……だったよな。
「……まあ、手つきは素人のそれだけど。今の所普通のポーション作りと変わんねえな?」
素材がそれだってことを除けばよと彼女は続けた。
この後は確か魔力を注いだ水に浸した後、氷水に入れて……
「あーストップ、ストップだ。急に意味が分かんなくなった。どういう意図があってやってんだ?」
「氷水なのは火を入れると余計な物質まで混ざるからで……魔力を注いだのは抽出した方向性の決まった薬草水に力を与えるためだそうです。魔力石でもいいらしいですよ?」
「は? いやっ、あぁ……えっと。作業を続けてくれ」
1時間ほど煮出したらしっかりと草や根を濾して完成だ。本当はもう少し放っておいた方が良いらしいのだが、とりあえず効力を見たいだけならこれでも良いだろう。
「それじゃあ試してみるけどよ、実験用のは……切らしてるんだったか。そこにあるナイフ取ってくれよ」
「良いですけど、ってまさか……」
そう言って彼女は躊躇いもなくナイフで自らの指を傷つけ、真っ赤な液体が流れ始める。
「これで効かなかったら覚えとけよ? それで飲み薬か?」
「飲んでも患部にかけても、どちらでもいいとは書いてありましたけど……」
それを聞いて、患部へとポーションを流しかけたメディコさん。
あまりにも流れるような動作だったので止める暇も無かった、普通は実験用の動物を使ったりするのではないのだろうか? と思ったがこの部屋の惨状を見て思い出した、世話とか……出来なさそうだしな……
「───は? マジかよ……もう傷が塞がりやがった」
そんな事を考えてるうちに、どうやら薬の効果が出てきたらしい。失敗していなくて一安心と言う所だが……彼女の様子がおかしい。
「おいおい、ただの甘草が金貨に化けやがった……?」
マジモンの錬金術じゃねえか、なんて呟く彼女は鬼気迫る様子でメモを取っていて何かを話しかけられるような状況では無かったものの、それでも当初の目的は聞いておかなければならない。
「あの、それでレシピと薬草は買い取ってもらえ……」
「───旦那、名前は何ていうんだ?」
「ノマル・フトゥーです。親しい人はノルって呼びますけど」
「そうか、ノルの旦那。これはあたしだけで判断できる話じゃねえが……絶対に悪いようにはしねぇ、こいつぁ……革命が起きるぜ」
そう言って部屋を走り去っていった彼女と、取り残された僕とシエナ。
「……どうすればいいんだろうね」
「私にもさっぱりだよ?」
結局受付の人がやってきて、今日は帰ってもいいとの事だったが。後にするときの錬金術ギルドはまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになっていて結局買取の話は聞くに聞けなかった。
結局、夕飯に丁度いいくらいの時間になっていた。
だから『獅子の尻尾亭』に帰ってからオークのお肉を焼くために中庭を借りようとしていた、その時の事だった。
「ノマル・フトゥーさんとシエナ・ティソーナさんはいますか!?」
冒険者ギルドのお姉さん……ニスタさんが血相を変えて宿に飛び込んできた。
特に悪い事をした訳でも無いはずだし、そもそも活動始めて初日だし……何もないよね?
「ここに居ますけど」
「良かった、至急冒険者ギルドに来てください! 申し訳ないんですが出来るだけ急ぎで!」
必死だったようで用件も伝えず走り出していってしまったが、連れていかれる訳では無いので悪い話では無いのだろう。それでも少しだけ……いや、かなりドキドキするが。
冒険者ギルドに着くと、酒場が盛り上がる時間なだけあってかなりの人が集まっていた。それでも冒険者ギルドの受付の方は慌ただしくしているあたり、やはり何かはあったのだろう。
「冒険者ギルドに来ていただきありがとうございます! どうしてもお伝えしたい事があると錬金術ギルドより言伝がありまして……!」
「よく来てくれたなノルの旦那、立ち話も何だからとりあえず座ってくれや」
冒険者ギルドにいたのは、先ほど錬金術ギルドで別れたはずのメディコさんだった。手元には分厚い書類を握っていて、ペラペラとそれを指先で捲っている。
そんなメディコさんが、書類を見せながら告げた内容はとても信じられないモノで。
「結論から言えば、月当たりの使用見込みがこれくらいで……年間だとこんなもんかな」
そこに書かれていたのは、数字ではあった。
だけど一瞬何の数字か分からず思わず聞き返す。
「こっ、この数字は一体?」
「決まってるだろノルの旦那、あのレシピの使用料だよ。うちとしてはこれでも十分にお釣りが出るくらいだ」
僕が一生遊んで暮らせるであろう額が、そこには記載されていて。
僕はその時まで……古代言語が読めると言う事のアドバンテージを、真の意味で正確に理解できていなかったのだろう。失われた古代の技術をこの世界に再現できるのは文字通り僕しかいない。
「まあ、そこんところはおいおい詰めていくにしてもだ。ノルの旦那は今『D級』だったよな?」
「えぇ、ですから貢献としては十分すぎるくらいですね。後は実力の方なんですが……」
恐らくは僕だけが話についていけていない。
いや、事実として頭の片隅では理解していてもそれを受け止めることが出来ていないというか。
「───こほん! 彼らの実力は、このグレイエル・スノウリリィが保証しよう!」
席に座っていたグレイ師匠は、いつの間にか受付の隣に来ていて。
耳元で「頼んだよ」と、一言だけ呟いた後目配せをした。
そのまま、わざとらしいくらい芝居がかった口調で話し続ける。
頼んだ……というのはつまり『スキル』を使ってほしいという意思表示だろうけど。
とりあえずはこれでいいだろうか。
『特殊タグ:拡大』
「何と言っても、例の遺跡の守護者を倒した時の同行者とは───この2人なのだからね」
拡大されたその一言は、その事実がとても重要な事だったと認識させるに足る迫力を纏っていた。
「A級冒険者のグレイエルさんの推薦により、そちらも問題ないと判断されました」
「よって───ギルドはこの功績と推薦を受けて、お二人のランクをC級に認定します!」
一瞬の静寂、僕達は手渡された銅色のカードを受け取る事でようやくその事実を認識することが出来た。
そこに書かれていたランクは紛れもなくC級。
「あっ、てめえ粉かけてやがったなグレイエル!」
「はっはっは! さ~っぱり何のことか分からないなぁ!」
その一声を皮切りに、酒場はまた何時もの騒がしさを取り戻す。
ひっきりなしに僕達の話題が上がっているのは……きっと彼らも酒の肴を求めていただけなんだろう。
文章の比率とか
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地の文が多いほうが嬉しい
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会話文多めの方が嬉しい