長い、長い階段を降りた先。第二層は一層と見た目自体は打って変わって、平原のような場所だった。どうして地下洞窟を抜けた先に草木が生えているのか、あのはるか上空に見える太陽の代替ともいえる光源は何なのか。そんな、分からないことだらけだけど……ダンジョンと言うのは、そう言うモノなのだろう。
「ここがウィスタリアダンジョンの第二層『新緑の大森林』。動物系の魔物が数多く生息していて戦闘も増える……ここからが本当のダンジョン探索だよ」
「話には聞いてたけど、本当にダンジョンの中に森があるんだぁ……」
澄み切った空気と川のせせらぎが聞こえてくる、ここがダンジョンだとは第一層が無ければ信じられなかったかもしれない。三層の階段までの道は、歩きやすいように整備されているので迷う心配はなさそうだが。自分たちの実力確認の為に少しだけ道を外れて辺りを探索してみる事にした。どのみち今日は、日帰りで帰るつもりだった訳だし。
「僕が先導しますね」
「……魔法使いがかい?」
「えぇ、それが僕に一番向いていると思ったんです」
僕がS級の冒険者になるために、どうすればいいのか3年間の間ずっと考えていた。
シエナは勿論だが、師匠もきっとこのままならS級にはなれるだろう。でも僕は今のままじゃダメだ。剣でも魔法でももしかしたらA級には成れるかもしれないが、『そこ』止まり。
だからこそ、僕はパーティの穴を埋められる存在になる。パーティに足りない部分を全て埋めて、3人でS級冒険者になるために。シエナが昔言っていた『おーるらうんだー』というのは正しかったのかもしれない。
僕は斥候であり、支援役であり……妨害役でもある。
アタッカーの役割もヒーラーも兼任して、足りない熟練度は『スキル』で埋める。
『特殊タグ:不透明度』
僕という人間の存在感が薄れていく
ポジションは剣士であるシエナより少し先、辺りを警戒しながら『森』の中へと進む。
眼に魔力を集中させ、更に世界を認識していく。
生い茂った茂みに咲く赤色の果実、その茂みの隙間に覗く蜘蛛の糸。樫の木に付けられた爪の痕、踏み荒らされてから日が浅いであろう橙色の花。澄み切っていた空気に混ざるのは、僅かな獣の臭い。僕が『森』としか認識しなかったモノの情報量が増えていき、世界をより鮮明に認識できるようになる。
臭いを辿り、ゆっくりと歩を進めた先に見えたのは先日見たのと同じ灰色の狼。ハウリングウルフと呼ばれたそれの後ろにゆっくりと近づき、手に持った魔鉄鋼の短剣を首に向かって振り下ろす。
「ギャッ!?」
鮮血が飛び散り、息絶えたウルフはやがて光の粒子となって消える。その場に残されたのは狼のらしき爪と、何故かなめされている毛皮。宝箱こそ出なかったものの、ダンジョンではこうして死体の代わりにドロップアイテムが出現する。その原理や仕組みは分かっていないものの、最深部にいるとされている何者かが知っているのかもしれない。
「何かノル君がそこにいるのに、そこにいないみたい?」
「何時から君は暗殺者に鞍替えしたんだい?」
「せっ、斥候のつもりだったんですが」
「……本当に君の性格が善性のモノで良かったと今ほど思った事は無いよ」
銀色の髪を揺らしながらこちらへと歩いて来る彼女の額には、僅かに冷や汗が浮かんでいる。三年前は、あくまで支援役と魔法使いとしての戦い方しか見せてなかったからこんなに驚かれているのだろう。
シエナは流石勘が良いというか、この状態でも僕の姿をしっかりと捉えているらしい。なんなら完全に透明になっていても、何となくで見つけてきそうなくらいの圧を感じる。一体どこまで成長するのだろうか彼女は、身長も随分と伸びて体格も良くなってお陰で剣の一振りの重さもどんどんと増してきてるし。
成長と言えば、シエナは身長が伸びていつの間にか師匠よりも大きくなっていた。身長も、その他の部位も。目測では、身長は7cm程の差だろうか。それ以外は───
「今、失礼な目線を感じた気がしたんだけどな?」
「す、スキルを切り忘れてました」
失敗した、このスキルを使ったままだと世界から受け取る情報が多すぎて見え過ぎてしまう。特に人に対して使うべきではない、ジロジロと身体を見てくる変な人になりかねないのだから。まだまだ未完成であるものの、世界の解像度を上げる『これ』は『小説閲覧設定』に関するものだろうと僕は踏んでいる。
僕が斥候として先導しつつ、戦闘を行う事……数度。相変わらず戦闘は一瞬だし、個人戦闘の練習にこそなったもののパーティとしての戦い方を学ぶならもっと深層で行わなければいけないだろう。
順調に進んでいき、次の階層までの階段を見つけた僕達。一層と全く同じ見た目の石造りの階段は、この広い森にあるのはあまりにも不自然なモノではあったがおそらくダンジョンがそういうモノなのだろうと納得する他ない。
今日このまま進めば、日帰り出来るか怪しくなるので地上へ帰るべく元の道を歩く。全10層からなると言われているこのダンジョンの、中層や深層に挑む場合は週単位や月単位での攻略になると言われている。中層や深層でも食料になるものがあるとはいえ、補給部隊の作成も厳しい以上はマジックバッグが必須になってくるだろう。それも重量軽減型の。
帰り道を歩いている最中、あたりが暗くなってきているのに気づいた。何故か空に見える太陽が沈み始めているのだ、まるで実際の太陽と紐づいているかのように。このダンジョンの中には昼も夜もあるのだろう、それを再現する事に何の意味があるのか。これっぽっちも分からないが、恐らく何かしらの意味があるのだろう。
太陽と反対側に見える空からは、月を模したであろう星が昇ってきている。そこまで再現しているという事は、それに意味はあるんだろうけど。今考えても、恐らく答えは出てこないだろうと思い意識を切り替える。えっと、何か忘れているような気もするんだけど……
一層へと続く階段を上って、今朝にも通った少し薄暗い洞窟に戻って来た僕達。体内の時間感覚がおかしくなりそうだが、外もきっと夕方くらいだろう。洞窟の中はドウクツヒカリゴケが淡い光を発しているので、目が慣れてきた今では大分先まで見通すことが出来そうだ。
特にトラブルらしいトラブルも無く、ゴツゴツとした地面の上を歩く音が洞窟に反響する。二層と違い、この洞窟には動物どころか虫すらその姿を確認できなかった。おそらくは、スライムが生息していることに起因するものなのだろうけど……
コケが生息できるだけあって、洞窟内は比較的湿っている。偶に水滴らしき音が響いている事もあるし、マップによると端の方にはとても綺麗な洞窟湖があるとか。その辺りはスライムが少なく、その代わりに生物が生息していて……何故か魚も釣れるらしい。
もしダンジョンの中じゃなければ、観光地になっただろうなと思うけど……なんだ、なんなんだこの違和感は。何時もと違う、世界の情報量が多すぎる。
ああ、そうだ。スキルを切り忘れているんだ、よく使うスキルは勝手に消えるから忘れていた。
そういって、僕は一部を除いて自然に続いている洞窟の道の真ん中でスキルを解除し───今、何かおかしなところがあった?
「少し寄り道をしても良い? 何か違和感を感じて」
「私は構わないよ、君の眼が頼りになるのは嫌と言うほど理解したからね」
「私も大丈夫だよ、ちょっと消化不良だなって思ってたんだよね」
「戦闘があるっていうより、壁に不自然な所があって……」
『特殊タグ:注釈』
順路を少し外れた場所にある、不自然に盛り上がっている壁*1。少し観察して、それが偽装であるらしいと認識した僕は魔力を通す前にパーティに相談してみる事にした。
「師匠、『あの遺跡』で起きた事象と同様の状況かもしれないです」
「成程ね、ダンジョンでは偶にある事だよ。所謂未探索領域って奴だ」
それが一層で発見されるのなんて数十年ぶりの快挙とも言えるけどねとも師匠は続けた。こういう場合は、第一発見者に優先的に探索の権利が与えられるという。
「第一層だし、そこまで危険度が高いものが出てくるとは考え辛い。それに、危険なものが出てくるかもしれないとしたら、出てくるからこそ進むべきだ。何と言ってもこのダンジョンの上には……王都があるのだから」
この先に何か危険な存在が居たとして、それが明日出てこない確証はない。それこそ、この洞窟の壁を壊せるような怪物が居たとすれば……その先は考えたくもない。
「いざとなったら走って逃げよう? 壁くらいなら多分頑張れば壊せるよ?」
「分かった、ちょっと待っててね」
魔力を込めると、そこにはまるで落書きのような文字が浮かび上がる。しかしこれは今まで見たどの言語とも一致しない落書きのようなものだった。古代文字ですらない、黒塗りのまるで抽象化された記号のような言語。
【■▼■●■■◎・▲▽△▼】
規則性や法則性すら全く読み解けない、だけどあまり関係ない。
どの道読みとくのは、規則性からじゃなくてスキルだし。
『スキル:
そうして読み解いた結果分かったのは……
「何度とかしても、溶けぬものをここに捧げよ……?」
と言う謎の文章。さっぱり見当がつかない、絶対に溶けない氷という詠唱こそ聞いたことはあるが。とけながらにして、溶けないものというのは問答か何かなのだろうか。
「そう書いてあったのかい? ダンジョンで謎解きが求められたなんて、私も聞いた事が無いんだが……」
「ごめんノル君、あんまり力になれそうにないかも」
「分かった、スキルで何とかして見るね」
『スキル:注釈』
ヒントが欲しいなと思って、『何度とかしても、溶けぬもの』*2に対して注釈を振った所、答えが出てきてしまった。
持っていた短剣で髪の先を少し切り、台座らしき場所に置くと───壁がゆっくりと動き始める。
「もう分かったんだ?」
「世界中の諜報部が知ったら発狂しそうだなこれ……」
ポッカリと洞窟に開いた、見るからに人工物である通路。その先は、照明らしきものがついているものの何処まで続いているのかは入ってみないと分からない。内側にも同じ台座と文字が設置されている辺り、同じ方法で外へと出ることが出来るのだろう。
「それじゃあ僕が先導しますね、一層とはいえ気は抜けなさそうな雰囲気ですが」
得体のしれない空間へと、足を踏み入れた僕達。
少し歩いた先で、後ろの扉が閉まる音がした。
文章の比率とか
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地の文が多いほうが嬉しい
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会話文多めの方が嬉しい