調査をすると決めた以上は、拠点となる場所を作らなければならない。拠点と言っても何時もよりしっかり準備した野営地ぐらいの規模だけど。その場所を決めるのは、とても難儀したものの……開けたモエニア要塞の跡地に構える事にした。
その理由は単純で、「砦を跡形もなく破壊できるような相手に対して、障害物の多い森の中で相手をするのは得策とは言えない」というもの。それに、相手の知覚が目によるものと限らない以上は……森の中に居る事がプラスに働くとも限らない。何にしても相手の情報が少なすぎる。
破壊跡には瓦礫すら殆ど残っていない、兵士たちが装備していたであろう鎧も……そして骨も。まるで削り取られたかのようにその場には何もない。一体なにがあればこんな事が起きるのか。スキルを使ってもここは「モエニア跡地」でそれは「土」であるとしか出ない。
周辺を調査して分かったのは、それらしき足跡が無いという事。大型の生物なら歩くだけで大きな足跡が出来る、それが無いという事は相手は空を飛べるか……そこまで大きくはないということだろう……それは何の慰めにもならないけど。
「……モエニアがここにあったって、言われなければ気づけなかったかもしれないね」
「まるで削り取られたみたいに何もないですね……これが王都やソノヘンで起きたら……」
「だからこそ、必ず情報を持ち帰らなければなりません。このような事がまた他の場所で起きると思うと……いえ、そんなことは絶対に許してはならないのですから」
彼女が杖を握る手に力を籠める。パーティの士気は高いものの、それとは裏腹に調査の進捗は悪いままだった。事態が動いたのは、それから一週間が経ったある日の夕方の事。この場を離れて何処かへ向かったなら、周辺の探索をしても仕方ないだろうと……撤退の考えが浮かんできた頃に起きた事だった。
「『注釈』……っと」
野草*1に注釈を振る。携帯食だけでは流石に足りず、食べられそうな野草や動物を食べながらも調査を続けていた。動物はともかく、食べられる草なのかどうかはスキルが無いと見分けるのはなかなか難しかっただろう。何から何までスキル頼りだとそのうちダメな人間になってしまいそうな気がする。
その日は特に、不審な点は無かったと思う。森の様子も普段通りだったし、上空に影があった訳でも無い。まして遠吠えや地を震わすような地響きがした訳でも無い。僕達が構えてた野営地にゆっくりと近づいてきた『それ』に、注意を向けるのが遅れたのは何故だったのか。
「おや、ワタクシとした事が……いえ、あの方たちのお知り合いが来たという事でしょうか。それはとても喜ばしい事ですね」
散歩するかのような気軽さで現れたそれは、まるで人間のようだった。頭から生えているその角と背中の羽さえなければ。
「魔族……ッ!?姫様、お下がりください!」
「貴方達が人類不倶戴天の敵……!」
「おや、そんな酷い事をしたりはしませんよ?ワタクシは人類を───愛していますから」
前に見た魔族とは随分と様子の違う魔族。笑みを浮かべたまま喋り続ける彼の話を、聞いてはいけないと脳で理解しつつも誰も動けない。それは奴の尋常じゃないプレッシャーによるものなのか、隙を伺っているのか……それとも───その笑みに恐怖を覚えたからだろうか。
「戯言を……!王国の民がどれだけあなた達に苦しめられてきたか……!」
「いえ、ワタクシは人類を愛しているのです。ですからきっとワタクシの事も理解していただけると信じていますよ?」
「ノル君、シエナちゃん。分かってると思うけど───」
王女様は彼らに対しての怒りが勝っているようで、今も魔族への怒りをぶつけている。師匠の言いたいことは分かっている、魔族の言葉に耳を傾けるべきじゃない。村を攻めてきた12魔将の『鋼鉄のシャリブレン』は、人間を甚振る事を愉しむ悪魔のような奴だった。人間と魔族は分かり合えない、奴らは僕達を玩具程度にしか思っていないのだから。
「……一体、何が好きだというのですか」
「全てですよ?ワタクシは人間の全てを愛していますので。そうですねぇ、例えばですが───」
理解してはいけない、止めなければいけないとは思ったものの───奴に隙が見当たらない。魔法を詠唱した瞬間首を刎ねられるかのような、そんなプレッシャーを感じる。
「人類の作った物が好きです、試行錯誤が非常に愛おしい。積み上げてきたものが好きです、彼らの努力を全身で感じ取れますから。笑った顔が好きです、彼らが笑っているのを見ると私までつられて笑顔になりそうです。泣いている顔が好きです、何かを苦しみ恐れる姿は本当に愛おしい。怒った顔も、絶望した顔もどれも筆舌に尽くし難い!勿論身体も好きですよ、髪も、顔も、指も、足も、脳も、心臓も、骨も!その流す涙の一滴まで……いえ!その断末魔のフレーズまでもを───」
ニッコリと向けた笑みは、こちらに対しての悪意など欠片も感じさせなかった。それなのに、身体の震えが───止まらない。
「───欠片も余すことなく、味わいたいのです」
『それ』は、落ちていた瓦礫を拾い愛おしそうに口を開け───呑み込む。
「申し遅れました、ワタクシは─── 12魔将が1人『悪食のマーマルム』と申します。ワタクシとしては誠に遺憾な名前ですが……」
彼は話している間、一度も笑みを崩すことなく……
彼の行動原理には『愛』と『食欲』しかないのだろう。
「名乗ると、皆様良い声で鳴くので───最近はそう悪いモノでも無いかなと思うのです」
ひどく醜くいびつに歪んだ───愛が。
『特殊タグ:注釈』
奴が気分よく話している間にも、僕は奴を解析しようとスキルを奔らせていた。
悪食のマーマルム*2に向けて、情報収集のための注釈を入れる。奴の権能は割れた、しかし『鋼鉄』のように分かっていても強い権能であることは確かだ。そして、何が出来るのかも未だ未知数。
「それでは、いただくとしましょうか」
「させる訳がッ!」
切りかかったはずの騎士の剣が、身体に触れた瞬間にえぐり取られたように消え去る。それはまるでこの───モエニアの要塞跡地のように。前の魔族が『異常な防御力』であれば、奴の攻撃は『防御無視』とも言えるのかもしれない。そうだとしたら剣士に対しては……相性が悪すぎる。
「気を付けてください!そいつ相手に防御は悪手です!」
「おや、そちらの方は随分と頭が良いようですね?」
情報を得た事を知られるより、相手の情報を知らせた方が得策だと思って声を上げる。だけど、知った所でどうする?無尽蔵に使えるものなのか?条件は一体何なんだ、頭を巡らせれば何かは見つかるはずだ、何故なら奴は───12魔将であって、王じゃない。奴が最強でない以上、その能力にも何かカラクリがあるはず……だと思いたい。
「凍てつく槍よ───ッ!?」
「アイスナイトッ!」
魔法を詠唱しはじめたところで猛烈に嫌な予感がした、そしてその場から氷の騎士に突き飛ばされる。それとほとんど同時に、僕のいた場所の足元にぽっかりと空いた大きな口のような穴。何かしらの遠距離攻撃はあると踏んでいたが、ここまで悪辣なモノだとは思っていなかった。一撃でも貰えば───重傷は避けられない。そして機動力を奪われれば、次の『あれ』が避けられない。
「───そこっ!」
シエナは接近のリスクを嫌ってか、斬撃を飛ばして攻撃している。何故斬撃が飛んでいるのかは分からないが……それも呑み込まれて消えるあたり効果は無いのだろうか。下手すれば相手の回復に繋がっている可能性すらある。
剣士は剣が通らず、魔法は詠唱の隙を狙われる。舞台は再び膠着する、相手の弱点を見つけるかこちらがミスをするかの戦いになるだろう。恐らく撤退は───しきれない。此処でこいつを倒すしか、全員が生き残る道はない。
「あぁ、素晴らしく甘美な調べでした……次は何を見せて頂けるのでしょうか?」
「精々、最後の晩餐をお楽しみになりなさい……!」
場を動かす何かを見つければ、勝負はきっと一瞬でつくだろう。
そしてその『何か』を見つけるのがきっと、僕の仕事だ。
文章の比率とか
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地の文が多いほうが嬉しい
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会話文多めの方が嬉しい