魔族を相手にして思うのは、基礎スペックの違いだ。人類は魔物のように3日の間も走り続けたりはしない……まあ、一部の例外を除いてだが。奴のリソースの底も見えない以上、本来長期戦になればなるほどに不利になっていくのは僕達の方だが……それを抑えているのが聖女の魔法だった。
「癒しをもたらすものよ。彼らの傷を治し、疲労を取り除きたまえ───」
少し鈍くなりはじめていた足が、途端に軽くなるのを感じる。それに魔力も少しずつ回復していくのを感じる。魔法ではなく、『祈言』なのだと教会の人たちは言っていたけど……確かにこう、聖なる力を感じる気もする。
「凍てつく槍よ、わが敵を貫け───」
「知恵を司る者よ、彼のものに更なる叡智をお授けください」
詠唱を潰そうと、またも足元が歪み始める。しかしそれをただ見ているだけの皆じゃない。
「自分の守りと攻撃は同時に出来ないと見たッ!」
「おやおや、察しの良いお嬢さんだ。貴方の脳はきっと良い味がするのでしょう……!」
切りかかったシエナに対処するために、攻撃の予兆は止むものの……ぽっかりと開いた口にシエナの剣が吸い込まれて……いかない。あの空間に触れる直前で、剣をずらしたというのか。此処で攻撃手段を失う訳にもいかないとはいえ、何たる神業だろうか。そんな彼女の作ってくれた隙を、逃すわけにはいかない。
「───アイスランス!」
何時もより一回り大きな氷の槍が奴の喉元まで迫る───が、喉から現れた口に吸い込まれて消えていく。威力を増しても有効打にはならないのか、それとも閾値に達していないのかは分からないが……貫通力という観点で言えば、先ほどのはかなり鋭い一撃だったはずだ。
「んっ、甘美ですねぇ。少し臭いますが、それもまた良いアクセントと言えるでしょう」
「おかわりもあるから、好きなだけ食べていくといいよ!」
その後ろと左右からも3体の氷の騎士が迫るもののその全てがズブズブと虚空へと吸い込まれていく。四方向からの攻撃も有効打にはなりえない、そして自分から離れた位置に穴を開くと自分の周りで出せないだけで……その個数自体には際限は無いのだろう。
これだけの猛攻を受けて未だ───無傷……これが十二魔将。その権能はあまりに圧倒的だった。僕が全力をかけて、外皮には傷一つしかつけられなかった『鋼鉄』のものといい、あまりにも強力な権能だ。討伐報告が殆ど無いのも頷ける、こんなのはB級未満の冒険者じゃ話にもならないのではないだろう。
「んんん、オードブルには聖女様をいただくのがよろしそうですねぇ」
攻撃の手が少しでも緩まると、こうして防御無視の攻撃が飛んでくる。確かに聖女が倒されれば、この戦局は一気に傾く。そんな彼女を守るために、騎士も必死に頑張ってはいるものの……
「ぐっ……!」
王女を守ろうと構えていた盾ごと、騎士の腕にぽっかりと大穴が開く。頑丈な盾も、分厚い鎧も奴の前では無いのに等しい。むしろ重さの分動きを鈍重にさせるだけだ。それでも、盾を構えていたおかげで何となくわかったことがある。
「遠距離で作るには目視が必須……か」
盾を構えていたせいか、少し今の攻撃の狙いが雑だったように見えた。見えていないところに攻撃することは出来ない、もしくは狙いを付けられない?だったとしても、奴の権能を突破できる訳では無さそうだ。
着実にこちらの消耗は増えていく、しかし攻撃の手を止める訳にはいかない。どうすればいい、どうすれば奴を倒せるのかが分からない。ここまでで、何か不審に思った事は無いか?なんでもいい、些細な事も見逃すなよ、僕ッ……!
「凍てつく大槌となって───!?」
やはり詠唱をしようとすると優先的に狙って来ている、それはとても合理的な判断ではあるものの……何処か引っかかる。
何故、魔法の詠唱は止めようとするんだ?全てを際限なく喰い尽くせるのなら、魔法も剣も好きに撃たせておけばいいのに。その全てを喰らいつくした後、ゆっくりと反撃をすればいいだけだ。
ただ、先ほどの僕や師匠の放った魔法はぽっかりと開いた大きな口に吸い込まれて消えた。魔法を吸い込めない訳ではないだろう。それなら、一体奴は何を恐れているんだ?きっとそこに……この戦いの『鍵』がある。
「師匠、試してみたいことがあるんです」
「あぁ、なんだい?」
「僕に命を預けてくれますか」
「ははっ、何を……今更。当たり前だろ?」
やるべきことは決まった、後はどれだけ上手くやれるかだけだ。
問題はスキルの何を使うかだが……ここで使うべきなのはあの二つだろう。
合図と共に辺りに濃密な魔力が渦巻きだす、それは相手も気づいているだろう。
「冷たく暗い溶ける事のない氷よ───」
「おや、デザートには少し早すぎるのではありませんか?」
それを見逃す奴ではない、詠唱者の師匠を狙った一撃が放たれる……前にシエナが奴に切りかかる。
「……なッ!?」
「一度見ましたからねぇ、それだけでお腹を満たすわけにはいかないのですよぉ」
現れた虚空は今度こそシエナの剣を呑み込んだ。そのままシエナを取り込もうとした虚空から慌てて離れたものの、これで攻撃の手段はなくなった。
「知恵を司る者よ、彼らに更なる叡智をお授けください」
「其は氷の星にしてその終わり───」
祈言によるバフも相まって、まるで地面が震えるかのような濃密な魔力が辺りを満たし始める。それをやはり優先的に排除しようとするマーマルムに向かって、こちらの意図を組んでか切りかかるのは一人の騎士。
「クロッカス王国の騎士を───ナメるなッ!」
「些か単調、ですがやはり素朴と言うのは素晴らしいですねぇ」
だが、そんなことは分かっていると言わんばかりに現れた虚空が彼の頭部目掛けて開かれる。それは甲冑のヘルムを意にも介さず消滅させ、鮮血が空を舞う。ヘルムから覗き見えたのは、村で見た彼の若かりし頃の面影を感じさせるような───そんな顔付きで。
「彼のものに更なる剛力を与えたまえ───ルークッ!」
「この一撃を、王国と我がマグヌス家に捧ぐ!」
一瞬の内に放たれた二度目の斬撃は、一撃目で剣の半分をえぐり取られたとは思えないような鋭さだった。だがしかし、それでも奴には届かない。そして師匠の魔法は未だ完成していない。僕が妨害に動いても……『一手』足りない。
「残念ながら仕込みは……間に合わなかったようですね?」
「……おやおや良いのかい、私ばかり見ていて?折角───」
詠唱を止めてまで会話を続ける意味があると言わんばかりに、空を見上げる師匠。
確かに、皆が作ってくれた時間は……
『特殊タグ:不透明度解除+二段階拡大』
「───アイスハンマーッ!」
「───メインディッシュが待っているというのに」
……無駄なんかじゃなかった。
空に浮かぶのはまるで隕石かと思えるほどの、巨大な氷の大槌。魔法を拡大できるかどうかは賭けだったけど、何とかギリギリ『足りた』。
やはり目の前の
そして、その驚愕の表情から推測もある程度当たっていたと見える。鋼鉄のシャリブレンへの攻略法が一点突破だったのとは対照的に、こいつを倒すのには吸収しきれないような───面で押し潰す。
「惜しいですが、ここで食の道を終える訳には……」
そういって悔しそうにその場から距離を取ろうとした奴に向かって、投擲された一本の騎士剣。それは虚空に吸い込まれたものの……そのせいで移動しようとした奴の足は止まる事になる。
「今更逃がすわけないでしょ?」
「潰れ───ろッ!」
この距離と速度なら避けきれないだろう。まるで星と見紛うほどの巨大な氷の戦槌は、少しずつ虚空へと吸い込まれ──────きれずに、奴の身体を押し潰していく。
「ああ、このワタクシが……食べきれな───!」
その断末魔は最期まで紡がれることなく、代わりに大槌が大地を揺らす。
僕達の一撃は、確かに一手足りたんだ。
戦闘を終え、氷の戦槌を砕いていくとそこには何かもわからなくなった肉塊がひしゃげていた。それでも、服装や体格と砕けた角を見るに彼本人であることは間違いないだろう。僕達は、12魔将を討伐する事に……成功したんだ。
流石にその日の内に王都に向かって帰還するのには、怪我と疲労が溜まりすぎていた。特に盾と一緒に腕をえぐられた騎士の傷はとても痛々しいモノだった。それでも完全に欠損したわけでなければ、治療自体は可能らしい。そして……誰一人欠ける事無く12魔将を倒すことが出来たのだ。流石に野営地にお酒は無いものの、お祭り騒ぎのような状況だった……ただ一人を除いてだが。
「流石は噂に聞いた以上のご活躍でした!これでモエニアに勤めていた兵士たちもきっと報われるでしょう……国を代表して感謝をさせていただきますわ」
「姫様達のお力があったこそです、誰一人欠けていてもこうは行かなかったと思います」
本当に、こんな風に揃って笑い合えるのも全員がその役目を全うしたからだと思う。剣を失ったシエナは悲しそうにしていたが、それでも誰かの命を守れたならカジのおじさんもきっと喜んでいると思う。
「英雄様はとても謙虚なのですね?それで褒章に何か欲しいものはありませんか?わたくしに渡せるものでしたら何だってさしあげますよ?」
「えっと、急に言われてもちょっと……」
「そうですか?それでは、とりあえずはこの指輪をお受け取りください」
そう言って手に握りこまされたのは、見るからに高価そうな指輪だった。彼女の髪と同じ金色の宝石の中には、どういった手法が用いられているのか分からないが、王国の国章が浮かび上がっている。間違っても僕のような庶民が持っていていいものでは無かった。
「こっ、これは……」
「関所やお店で少々贔屓にしてくれるようになりますわ」
「受け取れませんけど!?」
「あら、下賜されたものを突き返すのは不敬に当たりますのよ?」
そう言ってクスクスと上機嫌そうに笑う王女様は、まるで悪戯が成功した後の子供のようだった。
それから少しずつ夜は更けていくものの、僕には一つだけ気になっていた事があった。だけど、野営地の片隅で剣を交わしていた二人の剣士を見るに……それも杞憂だったのだろう。
文章の比率とか
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地の文が多いほうが嬉しい
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会話文多めの方が嬉しい