目が覚めると、目の前に入ってきたのは見慣れた『獅子の尻尾亭』の天井だった。少しだけ身体を起こすのに倦怠感があったから、ベッドの中で記憶を探る。意識を失う前は……そうだ、ジャガイモ……じゃなくて、スキルが進化して。
『スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ』
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新しいウィンドウを出現させる、このタブの中で『推薦』だけが灰色の文字で表示されていて使えないものの、他に関しては問題なく扱えそうだ。『感想』タブは……なんだ、『59件』って。それにこの内容……だっ、誰かに見られてる?みっ、見えてますか……?
恐らくは、僕のこれまでの冒険に関するものだ。勇者イカイノの世界にあったというハイシンシャと言う奴に似た状況なのだろうか。幸いな事に、僕がお風呂に入ったりと言ったプライベートな状況は一切描写されてないみたいだし、何か大きなイベントが起こったタイミングしか見られてないようだから一安心だけど……うん、詳しく考えるのは止めておこう。所々見えない部分があるものの……『拡大タグは二段階拡大と通常拡大で重複して使用できる』らしいと、今度試してみようかな。
そろそろ起きれそうだったので、上体を起こして辺りを見渡す。部屋の隅に居たのは何かを話し合っているシエナとツェツィーリア様とグレイ師匠と……ツェツィーリア様……?
「なっ、なんでツェツィーリア様が……!?」
「お聞きしたい事は確かにあったのですが……グレイエルさんがどうしてもと。近衛には、皆様をもてなしてくると伝えてありますわ」
「結論から言えば───このスキルの事は広めない方が良い」そんな村にいた時の師匠の言葉を今思い出した。ある意味では最も知られたくない相手にスキルの情報を与えてしまったと言える。そして意識が落ちる前に、師匠が杖を構えていたのを思い出した。
「油断なくああも杖を構えられては……首を縦に振るしかありませんもの」
「いやぁ、王女様が何者かに襲われでもしたら大変だろう?」
「ふふっ、そう言う事にしておきますわね?」
どちらも笑顔なのに、目が笑っていない。残念だが舌戦は僕の得意科目じゃない、スキルで裏を見れても……存外思っている事が顔に出るらしい。
「ノマル様のスキルは……一体何なのでしょうか」
「そっ、それは……」
「12魔将を圧倒してもなお、進化の余地があるスキルなんてわたくし聞いた事がありませんわ」
相手は王家の人間だ、そんな相手にどこまで自分のスキルを教えていいものか……新しく生えたスキルでどうにかならないだろうか。
『スキル:ハメ上』
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そもそもあんな瞬間にスキルが進化するなんて思っていなかった、まるでスキルがあの宝珠を吸い寄せているように吸い込まれていったのだから。普通強敵を前にして……隠された力が芽生えたりするものじゃないんだろうか?いや、それはきっと主人公だけだな、モブの僕にそんな都合のいい事が起きる訳がない。
とりあえず縦書きを試してみ……
「
実
は
」
「ストップだよノル君!?それ以上は何か不味い気がする……!」
どうしてだろう、物凄く見辛いという不満の声が聞こえる気がした、一旦は封印しておこう。このメニューの中にこの状況を打開できそうなスキルがあるのだろうか、正直分からない。
「私達には二つの選択肢がある、一つ目はこの国を離れて隣国辺りに向かう事だ。幸いこの事を知っているのは彼女だけだしね?」
「……はい」
「もう一つは、彼女を抱きこんでしまう事だ。つまり……身内にしてしまえば良い」
その選択肢をわざわざ彼女の前で提示するという事は、グレイ師匠は一つ目の選択肢を選んだ場合……いや、そうしないとシエナの時の二の舞……もしくはもっとひどい事になるのは分かってるんだけど。それにしても難しい問題だ、彼女の人柄に問題は無いとは思うが……それはあくまで冒険者としての顔。国を守る為政者としての彼女の事を……僕はまだ知らなすぎる。
「わたくし『聖女』ですから……お役に立てるとは思いますよ?」
こんな状況でも怯え一つ見せない彼女が却って恐ろしい。パーティとして見た時に、強力な回復魔法とバッファーである『聖女』の加入はとても心強い。前衛の割合が心許無いものの、氷の騎士や僕の短剣と言った自衛能力を考えるとバランス自体は悪くないと言えるだろう。
考えれば考える程……彼女を抱き込む方がメリットが多い。そして何より、僕にはこのお転婆な王女様を今更どうにかしようという気持ちが無かったのは確かだった。とはいえ、王女様が何を交換条件にするのか、そして本当にこの事を黙っていてくれるのかどうかが分からない事だけが問題だ。ルビで本心を振っても、正直……如何様にでもはぐらかされそうだし。
「僕達としては、スキルの詳細を教えると……」
「国の道具にされかねないと。伝える事は無いと言っても信じてはもらえそうにないですね……」
何か……何かないか?ここまでの冒険で、こんな状況を打開できるようなアイテムやアイデアは。何か……何かがあった気がするんだ。小さな日常の中に、この局面を打開できる秘策が。そんな一縷の望みをかけてこのスキルを発動させてみる。
『スキル:一括』
『僕という人間を一言で表すとするのなら『モブ』だ──────
あっ、これまずっ……!?飛びかけた意識を何とか保って、保って……
「のっ、ノル君?どうしたんだいそんな百面相をして」
「ちょっ、ちょっと世界の情報量が……」
情報の奔流に殺されるかと思った、まさか今までの冒険を一瞬で振り返れるなんて。でも、その試行は無駄なんかじゃなかった、あるじゃないか。この場面を打開できるかもしれない一手が。
「ダンジョンに行きましょうか」
「……残念ですわ、ですがそれもしかし仕方ないのかもしれませんね。せめて痛みの無いように……」
「ちっ、違うんです……詳しくは話せないのでついてきてくれますか?」
「……わたくしに、拒否権はありませんよ?」
王女の誘拐と言うとんでもない事態になっている事に目を反らしつつダンジョンに向かう。どうやらちゃっかりとツェツィ名義で冒険者登録をしていたお姫様を連れて、第一層の中腹まで。その先にある台座の前で、持っていた短剣で髪の先を少し切って置くと───壁がゆっくりと動き始める。
「こっ、これは一体……」
「申し訳ないんだけど、何も話せないんだ。契約だから……」
明らかに人の手が入っている人工物の道を進んでいく、暫く歩いた先にあったのは巨大な開けた空間。そして、真っ黒な軟体と人形……らしき人影。
「お久しぶりのミービーちゃんなんですけど!それにしても、見慣れない顔のお客様が居るんですけど?」
ダンジョン管理用妖精Ⅲ-13型、通称ミービーと呼ばれる彼女。そんな彼女の元を訪れたのは、一つお願いがあったからだ。
「彼女は新しいパーティーメンバーなんだ、彼女の分も契約書を書きたいんだけど……少し、他の事でも使いたいんだ。余りは有ったりするかな?」
「そんなに貴重なモノじゃないので大丈夫なんですけど……持ち出しはダメなんですけど!」
ペンと書類をこちらへと差し出してくる、やはり契約の内容は記載することが出来るらしい。僕達の命を一方的に握らせるのは怖い間柄と立場だったけど、契約と言う形にしてしまえば気持ちよく信頼できるだろうと思って。
「魔法の契約書……『契約が破棄された時にあらかじめ決められた罰則を魔法によって与える』というこれなら、例え彼女が敵に回っても何とかなるんじゃないかと思って」
「成程、そういう事か……」
正直、王国の事は……まだ少し怖い。あの時、シエナを村から半ば無理やり連れて行こうとしたのは記憶に強く残っている。それが、例え世界の為に正しい選択だったとしても……正しい選択肢だったとしてもだ。
「申し訳な……」
「これでわたくしもパーティの一員と言う事ですわね?」
こうして聖女であり王女でもあるツェツィーリア様がパーティに加わった。この判断が正しかったのかは僕には分からないけど……それでも他の選択肢よりはマシだったと思う。