前提として、そもそも精霊は人前に滅多に姿を現すことは無い。
この世界とは違う精霊界に存在するという彼らとは、そもそも言語が違うせいで会話する事すら出来ない。これまでの傾向で、精霊は気ままで格式高い存在だ……とされていた。少なくとも僕も、あの掲示板を見るまではそう思っていた。
宿でパーティ用の用意をしている姫様とグレイ師匠を横目で見つつ、いつの間にか77件と随分増えた感想を流し見て行く。阿部さんって誰なん……何かこの件に関して考えるのは不味い気がする。どれとははっきり言えないんだけど、主に
どうやら用意が終わったらしい、パーティ用の綺麗な寒色系のドレスを着たグレイ師匠は……まるで深窓の令嬢と言わんばかりの雰囲気だった。そしてそんな彼女は、今は珍しく百面相をしている。
「確かにノル君のスキルは凄いけどさ、流石にその……‥私も生まれてから、ずっと向き合ってきた問題なんだよ? それがいきなり解決できるって言われても、ちょっと何と言うか……流石に信じきれないというか」
グレイ師匠の疑問は確かにその通りだった、僕に相談してから3日で……小さい頃から抱えて来た問題が解決するなんて言われても、あまりパッとはしないだろう。僕も逆の立場なら有り得ないと思うだろうし、とりあえずあの精霊がなんとか来てくれることを祈るしかない。
「とりあえず会場に来るようには伝えられたんですけど、来てくれるかは相手次第なんですよね」
「いやぁ、話したとは聞いたけど……どんな精霊なんだい?」
「それはその……本人の強い希望で内緒にしておいて欲しいと」
それと一応だけど、師匠の契約精霊の性格は伝えていない。なんでも……「匿名だとイカれた言動している奴らも、実際に会ったら普通の顔をしている」だとか。匿名性だとか攻撃性だとかいろいろ言っていたけど、僕にはよく分からなかった。
そしてもし彼/彼女が今日来なければ、発言で組んだ『打線』? をスレの方々から貰えるらしい。あのノリを自分を知っている相手に知られるのは、確かにきついのかもしれない。
「そういえばパーティの為の里帰りとは聞いてましたけど、何のパーティなんですか?」
「それはこのツェツィが答えましょう! ずばり、魔王の復活による各国間の連携強化のためですよ。こんな時に、こちらの陣営で争っている場合ではありませんからね」
確かに魔族は個での力に優れている。
世界の各地では魔族による襲撃……のようなものが相次いでいるらしい。そう断言しきれないのは、その殆どの状況で生き残った人間が殆どいないからだ。突如として消えた城塞や、そもそもいつの間にか初めから存在しなかった事になった都市。有り得ない事が起きているから、魔族の襲撃と断定しているだけのものが幾つかあるらしい。
一般的な魔族との最前線はここからずっと北にあるものの、こうして12魔将と見られる存在の襲撃が突発的に行われているようだ。その内討伐報告があるのはわずか4件のみ、その内2件は僕達だ。聞いたところによると、その他の12魔将も『権能』と呼ばれる独自の能力を使っていたらしい。
「そんなパーティに招待されるグレイ師匠の家って一体……」
「ちょっとばかしスキルで優遇されているだけだよ、精霊が出なくても優秀なくらいのスキルだからね」
やはりそこがコンプレックスで家を出たのだろうか、そんなに家族仲は悪くないと聞いているのだけど。もしかしたら冒険者になった理由もその辺りにあるのかもしれない。
「シエナちゃんとノルさんも、折角来たならパーティに出席されますか? 王国側の護衛という事で幾らでも捻じ込めますよ?」
「ツェツィちゃん、やっぱ偉い人なんだね……」
当然だが、僕達はこのパーティに招待されている訳が無い。A級冒険者になったり、12魔将を討伐したものの……身分的には村人Aと村人Bなのだ。シエナはまだ『剣聖』というスキルがあるものの、僕のは……その……うん。そう言う事だ。
「出れるなら出てみたいんですけど……良いですか、師匠?」
「んっ……恥ずかしいけど。ううん……仕方ないなぁ……」
師匠からも許可が出たので、僕たち二人もパーティに護衛として参加する事になった。これまでの実績も加味してという事なのだろう。それは良かったのだが……
「あの、どうして僕とシエナの分の……礼服が?」
「いやぁ、グリーンウッドの主催者にお話ししたところ……「是非12魔将を倒したという方たちのお話をお聞きしたい」との事でして。急遽客人側に……」
そして部屋には、王国のダンスパーティの時に着たであろう服が何故か用意してあった。急遽と言ったものの、おそらくこの展開まで読んでいたのだろうか? だとしたら、本当に王女様は何処まで見えているのだろうか。
着替えが終わり、会場であるグリーンウッド共和国の首都『エルウッド』の中心部へと馬車で向かう僕達。窓の外を眺めると、やはり外部から来たからか注目を集めている。周囲の建物よりもかなり大きめのお屋敷に入っていく。
馬車を降りて案内された会場は、部屋の造りこそ違うもののクロッカス王国のものと酷似していた。おそらくはあちら側が気を利かせて王国式に合わせてくれているのだろう。グリーンウッドとクロッカスは比較的交流のある国同士らしいので、今回の会談は関係の改善と言うより強化に焦点をあてられたものなのだろう。
特筆するとすれば、ただ一点。部屋の中央に石の台座が設けられているところか。何かを置いてある方がしっくりと来る物なのだが……王国風に合わせたのか、何も飾られてはいない。
「この度は、お集まりいただき───」
部屋の中央で挨拶を始めたのは、グレイ師匠に少し似た顔立ちの男性だった。恐らくは兄……いや、父親の可能性もある。エルフと言う種族は長命な種だけあって、老化が非常に遅いらしいから。そういえば、師匠は一体おいくつ……
「……っ!?」
なんてことを考えていると、父親らしき人物の後ろに居たグレイ師匠とばっちり目が合う。彼女は、僕に向けて口角を上げたが……目が全く笑っていない。本当にごめんなさい。『不透明度』で存在感を消そうか真剣に迷う位には怖かった。
「それでは皆様に、国の守りの要である……スノウリリィ家の魔法の精密さをご紹介しましょう」
グレイ師匠が前へと出て両手を台座の前に翳すと、ブワリと彼女の魔力が花開く。それと同時に、別の魔力が周囲を満たして行くのを感じる。
その魔力はゆっくりと圧縮されて行き、やがて人の形を取る。まるで女王のような冠を被った氷の精霊は、姿や雰囲気だけで言えばグレイ師匠にお似合いだったんだけど。
「■■■」
何かが、空間を震わせている。それが声なのだと理解するまでに、数拍の時間を要した。これは確かに意思疎通など出来るはずもない。周囲が……と言うより、師匠の父親がパーティの最中だと言う事も忘れてひどく狼狽えている。
『スキル:
「
「随分と───」
「掲示板で話している時の印象とは違うんですね」と続けようとした所、こちらに向かって必死に首を振る氷の精霊。あっ、そんなに嫌なんだ。やっぱり契約者の前では見栄を張りたいという、精霊の心理は随分と重いモノらしい。
「文献で見た事があります……初代様と契約されていた……」
「
……そう言う事だったのか。恐らくは、初代スノウリリィ家の女性とグレイ師匠があまりにも似通っていたせいで、姿を現す決心が付かなかったのかもしれない。大切な人と瓜二つの相手が居れば、会うのを躊躇う気持ちも分かる。というか、そうであって欲しい。じゃないと、僕の中のイメージは師匠の顔が好きな変な精霊で固まってしまいそうだったから。
「
そう言って台座を指さす精霊に、事態を飲み込んだ師匠が魔力を高め始める。何の詠唱をしているのかは分からないが、やりたい事には見当がついた。
一瞬、光輝いたと思うと……台座の上には見事な氷の龍の彫像が出来上がっていた。恐らく、アイスハンマー辺りの氷魔法の造形を変化させて作ったのだとは思うが……鱗の一枚一枚が立っている。物凄く細部まで作りこまれた、思わず息を飲む精度の見事な氷像が一瞬の内に完成していた。
「そっ……それでは皆様、お楽しみください」
何とか……と言った様子で我を取り戻した彼の一言を合図に、ゆったりとした曲調の音楽の演奏が始まる。周囲は氷像の近くまで行こうとする人、そして歓談をする人や社交ダンスを踊る人へと別れ始めた。
僕も氷像を見ようとしていた所で、人の輪の中で困った様子のグレイ師匠がこちらへと手招きをしているのが見える。恐らくは家族や親せきに囲まれているのだろうが……何事かと思いつつも近づく。そうすると話している内容がある程度は聞こえて来たのだが、会話内容は精霊に関するものが8割。そして……
「それで、グレイちゃんは良いお相手は見つかったの? よければうちの子とか……」
「あぁ、ちょうど良い所に! ご紹介します、彼が私と精霊を引き合わせてくれた……ノマル・フトゥー君です。今は一緒にパーティを組んでいて……」
いつもより堅い口調で話す師匠は、やはり少し緊張しているように見える。だけどとても嬉しそうに見えたのは、僕の勘違いでは無いだろう。好奇の視線に晒されるが……何故か僕の持っていた杖に視線が止まる。
「あらあら、それは失礼をしたわね?」
「いっ……!? 少しばかり彼の体調が悪そうなので、外の空気を吸いに行かせていただきますね?」
「えっ、僕体調は別に……!?」
割と強引に師匠に手を引かれて会場を出る、居心地が悪そうだったし……会場を出る口実が欲しかったのかもしれない。外は木々が多いからか、空気が澄んでいて星空が綺麗に見えた。
「いやぁ、本当に信じられないな。今日は色々ありすぎて……私も疲れちゃった」
「グレイ師匠は……」
今の今まで現れなかった精霊の事を、恨んだりしていますか? なんてことを聞こうとして、指でその先を塞がれる。あれだけ精細な氷の魔法を使ったからか、少しだけ冷たくなった細い指先で。
「何時までも私は君の師匠で居られないよ、これだけ沢山の物を貰って」
初めてダンジョンに挑戦したあの日、彼女は呼び方を変えた方が良いと言っていた気がする。でも、僕の中では何時までもグレイ師匠は師匠なのだ。指針が分からなくて迷っていた僕に、魔法使いとしての道を示して……冒険者としての心持を教えてくれた、尊敬できる人。
「それとも、私の事は仲間として対等に見れないかな?」
「そんな事は無いです! 無いんですけど……」
どうしてだろうか、妙に緊張してしまうのは。
僕はきっと……憧れていたのかもしれない。彼女の生き様に、そして矜持に。
「ぐっ、ぐ……グレイさん?」
「むぅ、まあ合格点か……ノル君は随分と優柔不断だなぁ」
やはり恥ずかしい、他の人を呼び捨てにするのとは別の気恥ずかしさのようなものがあった。
「そうだなぁ……ちょっと目を閉じてくれるかい?」
「なっ、何をするんですか?」
「ふふっ、良いから良いから」
促されるまま目を閉じると、視覚が無いからか聴覚と嗅覚が何時もより研ぎ澄まされている気がする。こちらに向かってくる足音と、花のような香水の匂いがふわっと広がって……口先に冷たい氷が押し当てられる。
「冷たっ!?」
「おやおや、一体何をされると思ったのかなぁ?」
そう言って愉快そうに笑った彼女の笑顔は、まるで悪戯に成功した子供のようだったけど……
「そういうグレイさんも、耳が真っ赤じゃないですか」
「そう言うのは、見なかった事にするもんじゃないかなぁ!?」
緊張はいつの間にかほぐれていて……どうしようもなくいつも通りなやり取りに、何処か安心する僕が居たのも確かだった。