氷の大地にポッカリと空いた空白地帯。この氷の中で、未だに緑色を保っている平原が嫌に恐ろしい。その中心にいたのは、3m程の背丈の青白い肌の角の生えた人型だった。
他の魔物は王国の騎士や冒険者へ任せておける。故に、僕とシエナそしてツェツィの三人で12魔将を相手取る事になるだろう。
「驚愕である、人の身でここまでの魔法を行使するとは……」
「あなたが、この侵攻の首謀者……12魔将だよね?」
氷に囲われた大地の中で立っている魔族。シエナが油断なく剣を構えるが、あれだけの魔法の中に居て未だ無傷。おそらくは権能によるものだとは思うが……
取りあえず相手の権能を暴かない事には始まらない。奴らの権能は正に初見殺しだったり、強力無比なのだから。ルールを捻じ曲げる理外の力に対抗するなら、その全貌を掴む必要がある。
『特殊タグ:注釈』
「然り、我こそが12魔将が一人『刻送り』のトゥールム*1である」
おそらくは急に魔物が増殖したのもこの権能によるもの。おそらくは短期間で無理やりに数を増やしているのだ。それはつまり、耐え凌げば敵の軍は無力化されるという事だが、いつ解除されるかもわからない以上は……籠城は正しい選択肢とも言えない。
対の能力とあるが……そう、回想で見た時に魔族は二人いた。そして、今ここに居るのは彼一人。もう一人の12魔将が何処にも居ないのだ。
「もう一人の12魔将はどうした……!?」
「笑止、応えてやる必要も無いが……そんなものは決まり切っておるだろう」
嫌な予感が脳裏を過ぎる、もし僕が相手側の将なら……何処を狙うべきか。そんなものは明白だった。
「もう一度あれだけの魔法を使われては敵わんのでな、先に落としておくが吉と見たのよ」
突如として後方で爆発が起きる。あれだけの魔法を撃ってグレイさんに残りの魔力は殆ど無い。残党の討伐に主力が動いている以上、あの場所の守りはそこまで厚くは……無い。
「さっさと片付けて……ッ!?」
奴の身体から霧のようなものが溢れると、草木が急速に成長し……そして枯れていく。発動条件の一つは霧に触れる事だろう。
後ろへと飛んで霧を避けようとしたものの、広がる速度が尋常じゃない。辺り一帯を包むように展開された霧を避けきれずに指先が霧に触れたものの……なんともない。少なくとも成長すら感じる事は無かった。
「ふむ、権能の通りが……悪い?」
よく分からないが僕のスキルは、奴の権能と相性が良いらしい。ならば、ここで取る選択肢は……!
「シエナ、ツェツィ……師匠と皆を頼む」
「なっ、ノル君一人で相手取るつもり!?」
これが一番勝率が高い。残魔力の無い師匠……それならまだ僕の方が自衛が出来る。それに、奴を放っておけばほかにも大量の犠牲者が出てしまうだろう。
「頼んだよ」
「……あぁ、もう! 信じてるからね!」
「勝利を……祈っています」
走り去る前に、聖女らしく祈りとバフを残してくれたツェツィ。此処まですんなりと退却の判断を下したのは、自分が狙われているという事を回想の内容から理解したからだろう。
もしここで僕とツェツィが残れば、奴が狙うのは僕ではなく王族の彼女だろう。さらに言えば優秀なヒーラーでバッファー。戦略的にも目的を考えても、ここで僕とツェツィが残るのは拙い。
「……ふむ、目的は割れているという訳か。内通者か?」
「だったとしても、教える必要は無いけど」
上手い具合に疑心の種を植え付けられている。少しでも別の事に思考を回させれば、それだけ戦闘に割くリソースを減らせるのだから。
▼△▼△▼△▼△
「───舌を噛まないでね!」
「……ッ!? ……!!」
声にならないような悲鳴が背中から聞こえるけど、ツェツィちゃんもそれなりに鍛えてるだろうし問題ないだろう。
万が一にでも間に合わないなんて事が無いように全速力で氷の上を駆ける。ツェツィちゃんが走るのに合わせる訳にもいかないから、背負って走っている。バフと剣聖の力も相まってこれくらいなら、人一人くらい背負っても大して速度は落ちない。そして───
「……貴様が術者であるか」
「だったとしたら、どうするって言うんだい?」
───間に合った。速度のギアをさらに上げて……腰の剣を抜き、そのまま振り切る。
「離れろッ!」
「……シエナちゃん!? 何でここに、あぁ……」
振り下ろされた一刀は、確かにそいつの身体を切り裂いた。
しかし真っ二つになった身体は……何事も無かったかのように閉じきる。傷一つすらない完璧な再生。あれだけの傷を瞬時にと言うのは、聖女でも難しいだろう。
「結構な挨拶だ、これだから人間と言うやつは」
「御託はいい、早く死んで」
「下がっていてください、グレイ。こいつはここで……私達が倒します」
どんなトリックを使っているのかは知らないけど……斬れる。ならきっと倒せる。
「我こそは12魔将、『刻戻し』のジドゥイ」
その魔族は、まるで先ほど斬られた事など無かったかのように不敵に笑う。
「かかってくると良い、勇気ある者達。それが蛮勇だったと、身を以て教えてやろう」
12魔将との戦いは、最初に想定した形とはかけ離れた形で始まった。
▼△▼△▼△▼△
「───ウインドブラストッ!」
「小癪な、その程度でこの霧を晴らすことは出来ぬ」
風が霧を弾き飛ばし、奴に迫るもののやはり届かない。そして掻き消えた霧は直ぐに補充されて元通りになる。だが奴の方も僕に権能が届かず、物理的な攻撃に頼るしかない。あまりにも千日手、だからこそ魔力を使っている僕の方が持久戦は不利だ。
奴の権能の霧の前に発射された魔法は殆どが時を加速され、掻き消える。炎も氷も土も全てが風化されて、奴の身体に届くことは無い。ダメージを与えるためには接近しなければいけないという事だ。リスクだが……この霧を何時まで無効化できるか分からない以上は、勝負に出るしかない。
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見慣れたスキルウィンドウを表示させる、この場で有効になりそうなのは……場面に応じて切り替えていこう。
「漸く、分かったぞ。貴様には……未来が無いのか」
「何を言って……」
「貴様は本来死んでいる筈の人間なのだ。なればこそ、貴様には未来が無い」
フェイクか? それにしてはヤケに確信をもって放たれた言葉。だが、そもそもそんな言葉に耳を貸す必要は無い。ここで相手が僕に有益な情報を落としてくれる筈など無いのだから。
「だが、見誤ったな。わが権能で……貴様の存在ごと老化させてしまえば良い」
「その前にお前を……仕留める」
使い慣れた氷の魔法を詠唱しながら走る。あくまで牽制、これで奴が倒せるとは思っていないものの……奴に意識さえ向けさせれば良い。
『スキル:ルビ』
「
奴の身体能力は高く、脅威ではあるものの……『鋼鉄』程、接近戦が強い訳では無い。厄介だが、『悪食』程の火力も無い。だから近づきさえすれば、好機はある。
「───
打ち出された二本の氷の槍が、奴目掛けて放たれる。一度の詠唱で二本の氷の槍が現れたことにより───
『スキル:傍点』
奴の視線は放たれた氷の槍に、
『スキル:お気に入り済み→フローズンブレード』
本来は3小節の詠唱が必要なこの魔法を、ノーモーションで発動させる。使い勝手のいいのがこの魔法の良い所だが、何よりこうやって発動させた氷の長剣は……短剣としての間合いを誤認させる。
「これで終わりだッ!」
ワンテンポ遅れた防御が間に合わず、氷の剣は奴を切り裂き───左胸に突き刺さる。
「……見事である、だが我らが権能は対なのである。それは効果が対なだけでなく───」
───氷の長剣は確かに奴を貫通した、だが開いた穴は見る見るうちに塞がっていく。
「───兄者の『権能』を、我も使えるという事に他ならない」
霧はあくまでも補助用の媒介でしかなかったのだろう、禍々しい魔力を孕んだ右手が僕に迫ってくるのが、やけにゆっくりと見えた。
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確かに権能は発動した。
肌も顔つきもまるで枯れた木のように痩せ細った老いぼれが一人、勝負は終わった。そう見えておるのじゃろう。それも間違いでは無いが……おおっと。
『小説閲覧設定:変換設定→三人称』
「ちょっと待ってくれるかの? 流石にこの歳にもなって内心を覗かれるのは敵わんからのう」
そこに立っていたのは間違いなくノマル・フトゥーその人だったのだろう。だがその目からは確かな闘志が宿っていた。未だ戦闘は終わらない、それを直感した魔族は油断なく錫杖を構えなおした。
激戦が繰り広げられる戦場で、まるで我が家にいるかのように落ち着き払った老人。それに薄気味悪いモノを感じた彼は、それがノマル・フトゥーであると知りつつも思わず尋ねる。
「貴様……何者だ」
「それを語るのは、次話以降になるかのう……」