対峙するのは体格のいい青白い肌の悪魔と、戦場にはあまりにも似つかわしくない老人だった。戦えばどちらが勝つかなんて明白。だがしかし警戒しているのは魔族で、老人は何処までも自然体だった。
「結論から言えば……ワシは、未来のノマル・フトゥーじゃよ」
「未来だと? 我が権能は、あくまで貴様の肉体を老いさせただけで……」
「肉体やスキルに紐づいたものもあるということじゃよ、勉強になったかの?」
「……些事。枯れ木等、潰してしまえば良いだけの事か」
年老いれば判断は鈍り、肉体のキレは落ちる。経験以外に有利になる要素など無い。そして多少の経験が覆せるほど、この『権能』は甘いものでは無い。故に油断なく叩き潰す、それが彼の選択だった。
「どうせ目次で見返すじゃろうしなぁ、ここは老いぼれが一つ……
魔力が逆立つ。本来魔法使いの弱点とは、詠唱における隙が大きすぎる事にあった。故に本来は優秀な前衛を立て、隙を伺って戦うのが一般的だった。
『お気に入り呼び出し→ウインドブラスト』
「とりあえずは鬱陶しい霧には消えてもらおうとしようかの?」
『スキル:二段階拡大+拡大+太字+傍点+文字色+震える』
「
それの起こりは一瞬だった。
巨大な竜巻が突如としてそこに顕現する。大地に残っていた草は吹き飛び、氷の大地はまるで剥がれるかのように風へと巻き込まれていく。威力だけなら先ほどのアイスコフィンに負けずとも劣らない攻撃力。
そんな風によって、霧どころか更地になったフィールドに佇むのは老人と満身創痍の異形の人型。だがしかし、その傷はまるで
「いーや、実際巻き戻しておるのじゃろうな。成程、確かに厄介な権能じゃ。『刻送り』と『刻戻し』。二つの権能を操れて、攻撃も防御も隙が無いと来たわい」
恐ろしいのは老人の魔力は殆ど減っていないように見える事だろう。総量こそ大したものでは無いが、全く底が見えない。トゥールムはここに来て、背中に冷たいものが走るのを感じていた。こんな、こんな枯れかけの老人に。
「今の威力は間違いなく6小節……ストーム・テンペストか? だが、どうやって詠唱も無く?」
「今のはそんな大層なものでは無いわい、ただのウインドブラストよ」
スキルの6重使用により、詠唱も無く放たれた2小節のはずの魔法は……確かにウインドブラストとは似ても似つかない。
「愚弄……そんな筈は無い。手品の種を教える気は無いという事か」
煙に巻かれたと判断した彼の考えは、さしておかしいものでもない。そもそも、戦闘中に自分の攻撃方法を明かす馬鹿は早々いないのだから。
「全身を磨り潰し続けるのも骨が折れるのう……」
「然り、我らが権能は強力にして無比。魔力の無駄遣いである」
「そうじゃのう、老体としてもさっさと終わらせたい所じゃしな」
霧は払われたものの、もう一度『刻送り』の権能を発動させれば……今度こそ、この老人は枯れ果てるだろう。そして策があるのは老人も一緒である。故に、決着は近いと双方が確信していた。
『スキル:ハーメルンの上の方にあるやつ』
『小説閲覧設定:背景→白・文字→黒』
「ワシはこれより|世界を白へと定義する」
一見、世界には何も起きていない。だが……それがハッタリであるようには全く見えなかった彼は、周囲をしきりに観察しているものの……変わった様子は何処にもない。それがむしろ、場の不気味さを引き立てていた。
「皆さんも、同じように設定してみると少しは楽しめるかもしれんよ?」
「皆だと……お前は一体何と喋って……!」
彼には老人の言葉は何一つとして理解が出来ない。まるで別の世界を見ているかのような不気味さがそこにはあった。途端に人間の老人が、得体のしれない「ナニカ」に見えてくる。
「一つ、親切から教えてやるわい。ワシらの存在は世界には今、白い壁に黒い文字で記録されておる」
『特殊タグ:文字色グレー』
『刻送り』のトゥールム
「なんだ……これは? 一体、何をした?」
「どうじゃ、この程度なら見辛い……程度かの?」
明らかに何かが歪められているのを感じる。だがそれが何なのかは、トゥールムには分からなかった。一つだけわかるのは、この老人をこのまま生かしておいては不味いという事。こいつは、あの御方にすら届きうる───
「存在の色を変えた先にあるのは、無じゃよ。世界と完全に同じ色になってしまえば、誰も認識することは出来ないんじゃ。それこそマウスをドラッグしたり読みあげたりでもしない限りの?」
「読み上げ? 何を言ってるんだ貴様は! 一体何を……!?」
刻を送るには、直接触れるか霧に触れさせる必要がある。だが霧は払われてしまった以上……直接権能を発動させるしかない。それ故に、何一つとして訳の分からない妄言を吐き散らす老人に、手を向けて押しつぶそうとするが……
「ほう、触れなければ良いだけとは随分と甘い権能じゃのう」
「何故ッ……!」
まるで心の中を読まれているかのように、こちらの攻撃は避けられる。まるで初めから「手を向けて押しつぶそうとしていたことが分かっていた」ように。それに権能の発動条件すらも何故か知っているかのような老人に、困惑と怒りが沸々と湧き上がる。
『特殊タグ:文字色ライトグレー』
『刻送り』のトゥールム
トゥールムは焦っていた。何故かはわからないが、猛烈に嫌な予感がする。
権能による霧を出すのにもタイムラグがある。だから直接触れるしかないというのに、伸ばした手は空を切る。触れさえすれば、触れさえすれば発動できると言うのに……その数センチがあまりにも遠い。
「身体を動かしづらそうじゃのう。目立たないような存在になっておるから当然ではあるがの?」
岩すら砕く剛力も、大地を駆ける足にも力が入らない。何時も持っていた錫杖すら今は、酷く重く感じる。何故、こんなことが出来るのか……これでは、まるで……
そんな考え事に興じている暇はない、これ以上は何かが不味い。そう直感した彼は拳を振り上げるが───
「もう遅い、これで───仕舞いじゃ」
『特殊タグ:文字色白』
『刻送り』のトゥールム
トゥールムのこぶしは、老人をすり抜け───????
カランと錫杖が地面に落ちて、鈴の音を立てる。
「白───今、お主は完全に世界と同じ色になった」
「なっ、何を言って……何故権能が使えない!?」
「権能は所詮外付けの能力、その権能がお前さんの存在を指定できないのだろうのぅ」
霧の掻き消えた、荒れ果てた大地にいたのは……ただ一人の老人だけだった。そこが戦場であるというのに、散歩にでも来たかのように落ち着いた彼は、
「世界と完全に一緒になってしまえば、世界にすら認識されず……」
拳を振るってもすり抜ける
「何にも干渉できない状態で……何時まで気が持つかのぅ……」
まるで世界に我が存在しないかのように
「なんて、もう何も聞こえんわい。流石にもう歳かのぉ……」
老人はまるで思い出したかのように、ポンと手を叩くとその場から踵を返す。
「そろそろ、この時代のシエナちゃん達の様子を見に行くとするかのぅ……」
老人の歩みを止める者は、誰もいない。
それは、至極当然の事である。
そこに立ちふさがる者など、初めから居なかったのだから。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか、緑が戻った平原の片隅に。
頼む
誰にも見向きのされない、錆びた錫杖だけが……何時までも残っていた。
誰か
誰のものなのかすら、忘れられたまま。
見つけて