冒険者の実質的な上限はA級だ。S級になるには、あまりにも障害が多く……余程恵まれたスキルが無ければ、目指すための土俵にすら立てない。
そんな優れたスキルを授かった人間の、僅か一握り。血の滲むような努力や、鍛錬を鍛錬とも思わない異常な精神性の持ち主のみが辿り着くという人間の境地がS級だという。
そんなS級の冒険者は、基本的に一つの場所に留まる事が無い。
それは彼らの自由さと、我の強さが起因していると言うが……実際の所は何かに縛られるのが嫌なだけなのかもしれない。だからこそ、基本的にS級の冒険者が常在しているこの魔法都市プルプラは珍しい国だと言える。
S級冒険者である『賢者』が求めるのは知識。この街にとどまっているのは、そこに愛国心があるという訳では無く……この場所が最も知らないモノを知れるかららしい。
「S級認定された人間というのは、一癖も二癖もある人物が多いです。『賢者』はその中でも比較的話が通じる部類……と言われていますね」
「滅多に部屋から出てこなくて、殆どが謎に包まれているとは聞くねぇ。その名前が知られ始めたのも、そんなに昔の事じゃないから人間だとは思うけど」
ツェツィもグレイさんも詳しくは知らないらしい。情報通な彼女達が知らないという事は、街の人に聞いてみても詳しくは知らないだろう。そんな相手がいるらしい、プルプラ魔法学園の奥にある研究室らしき場所が並ぶ廊下を進んでいく。案内人の後ろを着いていった先にあったのは、文様の描かれた魔道具らしき扉。
「私はここまでです、あとは皆様でお進み下さい」
「案内ありがとうございました」
去って行く彼の後ろ姿を見送った後、扉へと向き直る。呼び鈴のようなものは少なくとも見当たらなかったが、標識は確かにここが学長室であることを示していた。
どうやって扉を開けるべきなのか、取っ手らしきものが見当たらなくて困惑していたところ……扉が一瞬淡く光ったと思うと、ひとりでに開き出す。
窓の無い、閉じ切られた印象を受ける埃っぽい部屋。唯一の光源であるランプは、街で見たものと同じようによく分からない原理で浮いている。
「ようこそ、歓迎するよ」
部屋の奥にあるテーブルの後ろから声がする。書類や魔法書がそこら中にうず高く積まれた……と言うよりかは、書類がそこら中に散乱していて足の踏み場が無い部屋だ。
「人を招くという事はあまりしなくてね、少々手狭かもしれない」
陽の光を欠片も感じられないような、白い肌に紫色の長髪の……女性。柔らかい物腰だけど、相対するだけで彼女のあふれ出る魔力に思わず震えそうになる。あまりにも濃くて、あまりにも巨大な魔力が場を満たしていて……酔ってしまいそうなくらいだった。
それでも、彼女に敵対や威圧の意図は無いのだろう。ただ、そこに存在するだけで垂れ流されている吐息のような物。それが、これだけ恐ろしい。
「おっと、自己紹介がまだだった。私の名前はアメティスタ・クレイドール」
ゆっくりと立ち上がった彼女の背丈は僕達とそう変わらない。だけど、その姿を途轍もなく大きく感じたのは……その溢れ出る魔力と自信に満ち溢れた態度から来るものなのだろう。
少し仄暗い部屋の中で、自信に満ちたアメジストのような瞳がランタンの光を受けてユラユラと煌めていていた。
「もっぱら『賢者』とだけ、人は呼ぶがね」
「『賢者』様が私達、氷竜の一閃にどんな要件が……」
相手は賢者、間違っても彼女の機嫌を損ねるような事はしてはいけない。だからこそ分からなかった、そんな相手がわざわざ僕達を招く理由が。何せ僕たちは、この都市に来て未だ2日目なのだから。
「そうだね。回りくどいのは無しだ、スマートじゃない。本題は君達……いや、君達の使う魔法に興味があったからだよ」
「魔法……?」
何かを思いだしているような素振りで顎に手を添えている賢者は、ゆっくりと口を開く。
「王都で確認された、氷の魔法。氷を発生させるのではなく、閉じ込める訳でも無く……強烈な冷たい外気で相手を閉じ込めて……そんな規模の威力で平原1つ丸々閉じ込めるような魔法。その報告が確かなら……既存のどの魔法系統とも一致しないんだよね。威力規模だけで言えば、私も同じことは出来るけど……発生過程においては完全に未知。どんな魔法系統なのかも分からないんだよ、賢者であるこの私がだよ? 威力規模だけで言えば7小節……もしくは6小節の複合詠唱? 興味深い、未知過ぎて本当に興味深いけど……君たちがここに来るまでで、一つ仮説を立ててあるんだ」
息をつく間もなく喋り終えた彼女、魔法の事になると途端に饒舌になるらしい。意外と普通の人なのかと思ったけど、思っていた通りやはり癖が強い。そんな彼女は、その後に続ける言葉を吟味しているらしい。幾つか仮説の中にも候補があるのだろうか。彼女はすうっと、一息を吸ってからゆっくりと口を開いた。
「君達……使えるでしょ、古代魔法」
ドキリと心臓が跳ねる。パーティメンバーの他には誰にも伝えていない、僕達だけの秘密。それが、鎌かけだったと気づいたのは……少し遅すぎた。
「ありがとう、その反応だけで十分だよ。成程、成程成程……あはっ、楽しくなってきたなぁ……」
「……何も、言ってないですけど」
せめてもの抵抗に白を切ってみたけど、彼女の中で結論は固まってしまっているらしかった。
「読めるのか、それとも訳すことが出来るのか。それとも口伝? 可能性はある、あるけど……どれにしても素晴らしい、素晴らしすぎるよ。ここまで興奮したのは、何時ぶりだろう……」
古代の魔法を使う事が出来ることまでは勘づかれてしまったらしいが、まだ古代言語を読める事まではバレていない。とは言えそれも時間の問題だろう。
「置いてけぼりにしちゃったかな、これも私の悪い癖……だね」
そう言ってバツが悪そうに椅子に座り直した彼女は、一見普通の人間にしか見えなかった。少なくとも、世界に数える程しかいないS級認定を受けた実力者には見えない。
「本題に入ろうか、この学園……ひいてはこの国の好きなものを持って行っていいから、私にだけそのカラクリを教えてくれないかい?」
力での解決も出来るだろうに、わざわざ交渉という形を取ってくれているのは彼女なりの誠意なのか、ほかに理由があるのか……
「勿論口外しないと誓おう。何なら契約のスクロールを使っても良い」
魔法都市にはダンジョンのそれと似たようなものがあるらしい。話が本当なら悪い話では無い。ある意味強力な後ろ盾を得ることにも繋がるから。とは言え僕の一存で決められることでもない。
「例えば、特訓をつけてもらうこととかも出来たりするんですか?」
「私の時間……時間か、確かにそれはこの街で最も高価なモノかもね」
随分と尊大な自信だった。つまりは、それだけ自分の実力に自信があるのだろう。この国で一番価値があるのが自分の時間だなんて、余程の自信がなければ口に出すのも憚られる。
「虚実は口にはしない主義なんだ、クレイドールが口にするのは真実だけ……という訳でもないけど、嘘はつかないというのが家訓でね」
「その割に鎌をかけてきてましたよね……?」
またしてもバツが悪そうに他所を向いた彼女の中では、鎌かけは嘘をついた範疇には入らないらしい。
「S級冒険者を好きに使えるなんて贅沢が過ぎる。特訓を手伝ってあげる時間があれば、小国の一つや二つ落とせるのがS級冒険者だよ」
とは言っても、今までS級の冒険者を見た事がないから……その実力がどれ程のものかは分からない。
「信じられない、そう言う顔だ。その点信頼してもらうしかないけど……こんな機会は早々ないと思うよ?」
早急に結論を出すよりも、相談してから決めた方がいい。そう考えた僕は、保留の意志を伝えるために口を開いた。
「少し、考えさせて貰ってもいいですか?」
「あぁ、十分に悩むといい。この知識は待つに値する情報だ」
それは、先送りにしているだけとも言えるかもしれないけど。異様なプレッシャーから逃げるように部屋を出る。宿屋へと帰り話し合った結果僕たちは……