地獄のような読書漬けの日々を終え、暫くが経った。100冊を超える魔法書を読み終わった僕達は、その魔法を実践レベルまで持っていくための練習を行っている。1冊あたり10の魔法が記されていたと考えると……その数は優に1000種類を超える。
正直に言えば暫くは本は読みたくないくらいだった。それに、能力の連続使用が辛い。それでもそんなにつらい思いをしただけの価値はあっただろう。手札がかなり増えたし、奥の手も出来た。
今日はグレイさんの方は、どうやら魔法で改良できることがあるとの事で別室だ。性格が『あれ』だったとしても、アメティスタ・クレイドールは今まで見た中で最も優れた魔法使いだ。間違いなく、その指導は僕達の為になっている。なってはいるのだが……性格があれだ。
少なくとも師匠と呼ぶのが憚られるくらいには良い性格をしている、あえて言葉にするのであれば『協力関係』だろうか。互いが持つモノが欲しいだけ、そんな関係性である。
そんな僕と彼女は、こうして最初に会った部屋で魔法の練習をしていた。練習と言うよりかは、魔法が起動できるかどうかのテストみたいなものだけど。
「いやぁ、それにしても……ノマル君……ノマル君だったよね? うん、君の魔法の才能……思ったより無いなぁ。正直言ってうちの学生レベルだ。本当にA級の冒険者なのかい?」
「随分明け透けに言いますね……まあ事実ですけど」
魔法を行使してみて、結果として分かったのは……僕には4小節の魔法の行使を一度くらいが関の山だという事実だった。それはA級冒険者の魔法使いとしては少ない。ルビを振って他者に使わせることは出来ても、僕一人での力ではこれが限界だった。
事実、僕の魔法の才能は後付けだ。そして代償に生死の境を彷徨ったにしては、あまり強くも無い。精々が一般魔法使い、工夫をした現在でも魔法学園に通う魔法使い位の才能しかない。後付け出来るのが凄いと言えばそうなんだけど、求めている能力値にあまりにも足りてはいない。
そんな事を思いながら視線を部屋の天井の方へと移す。
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今も視界の隅に『固定』している、青白いウィンドウ。
剣も魔法も平凡止まりな僕がここまで戦ってこれたのはこの訳の分からないスキルと、それに伴って得た視力……というより、世界を認識する力に他ならない。
「まあ君、お世辞とかオブラートとか要らないタイプの人間だろう? 君は自分の実力と、出来る事を明確に理解している。戦士と言うより研究者の方が向いているんじゃあないか? つまり、私の助手にだね……」
「それは丁重にお断りさせていただきます」
「つれないなぁ、本当に何でもあげるよ?」
「文字通りだよ、この学園とかいるかい?」なんて続けた彼女は、恐らく本気だ。それだけの価値を僕に見出している。ここまで評価されると、その評価が過分なのではないかと不安になる。元はと言えば、ただの村人Aでしかなかったというのに。
「流石に、僕を買い被り過ぎじゃないですか?」
「分かってない、本当の意味で何でも解読できるという事を君は理解していない。その希少性を考えれば、この部屋から出さないのが世界の為だというのに……全く、嘆かわしいよ」
「世界とか建前で、研究に使いたいだけですよね?」
「私だって、世界平和を謳いたくなる日があるのさ」
世界平和を願うと言った一言も、嘘では無いのだろう。ただその理由は「世界が平和な方が研究に専念できるから」とかそう言う理由な気がする。今の所、彼女は僕達に全くの嘘をついたことは無い……だけど全てを鵜呑みにすれば、手痛い代償を払う事になるだろう。
賢者としての性質からか、僕のスキルに世界で最も価値を見出しているのは彼女なのかもしれない。本当に僕のスキルにだけ興味があるのだろう、僕が何処の誰であったとしても……彼女はきっと対応を変える事は無い。
そして分からない事に『注釈』を振れば大抵の事は分かると知られれば、多分僕は二度と日の光を浴びることは出来ないだろう。何度か、それこそ魔王関連らしき情報は弾かれてしまったものの……彼女からすれば僕は万能翻訳機でもあり、生きる辞書そのものだ。それだけは、絶対にバレてはいけないと勘が囁く。いや、勘とかでなくここまで彼女を見てきた人間なら誰しも同じ『感想』を抱くのではないだろうか。
うん、間違いなく狂人だ。彼女は知識欲に狂っている。
「遺失したアーティファクトの製法だけじゃあない。暗号化された伝令、誰かが隠したかった財宝。関係者だけが知っている秘密の魔法なんかすら丸裸だ。君の存在は世界にとって劇薬すぎる。凡人なら排斥しようとすらするかもしれない。私は天才故に、そんな事はしないと約束するけどね?」
確かに、古代の回復薬を作っただけで街がひっくり返るような騒ぎになった。もしも生きていく事だけが目的なら、僕は適当に本の内容を幾つか見繕って世に出すだけで良いのだろう。
でも、僕には目的が……夢がある。世界を冒険して、そんな旅路を記した一冊の本を作ってもらうという……そんな、夢が。その夢を叶えるためには、今より強く……いや、強くなった方が冒険譚がもっと良い物になるだろうから。
「断言するよ、君はS級冒険者になるしかない。そうある事でしか、君は自由には生きられない」
「元より目指しているので、望むところです」
「あはっ、イイ。イイねぇ。実験も冒険も時には胆力が要るものだ。気に入ったよ、ノマル君」
彼女に気に入られても碌な未来を予想できないのは、僕が悪い訳では無いだろう。気になったからなんて理由で頭を開かれかねない。彼女にとっての倫理は恐らく……罰則があるから守っているだけの酷く危ういものだ。
それから暫くして、魔法のリストアップが終わった頃。一区切りがついたと言わんばかりに、ゆっくりと立ち上がった『賢者』はこちらを一瞥してから……口角をニヤリと吊り上げる。美人の部類ではある筈なのに、その笑顔を見て感じたのは……恐怖だった。そも本来、笑顔と言うのは攻撃的なモノであり────
「さて、座学ばかりと言うのも芸が無い。ここらで一つ、腕試しと行こうか」
遂に座学が終わる。嬉しい出来事の筈なのに、どうしようもなく嫌な予感がするのは何故だろうか。僕のこういう時の勘は、結構当たる。だけど備えようにも、この密室に逃げ場なんてどこにもありはしなかった。
「───起きろよ、土人形。クレイドールの名の元に」
突如として床が隆起し、その下にある金属質の物体が露わになる。全長3メートルを超えるその身体は、広いはずのこの部屋を手狭に感じさせるに足る大きさだった。どうして室内にこんなものがあるのか、何故隠していたのか……そんな僕の疑問を置きざりにして、彼女は続ける。
「動体を構成するはミスリルの合金、動力は雷の魔石と魔鉄鋼。更に今回は特殊な製法でコアに私の髪の毛とその他諸々を混ぜ込んである。古代文明の知識とやらが何処まで本当かどうか、実証実験といこうじゃあないか?」
聞いてもいない土人形の構成を、嬉々として語りだす彼女を見て……間違いなく僕の為を思っての行動でない事は理解できた。恐らくは自信のある魔法行使だったのだろう、起動の瞬間の魔力の起こりがほとんど分からなかった。
「……これ、絶対本の内容を試したかっただけですよね!?」
「はっはっは! これで死ぬようならS級なんて夢のまた夢。精々気張れよノマル君!」
カラカラと楽しそうに笑う……彼女はどうやらこの日を随分と待ちわびていたらしい。青白く輝く巨体は、その図体に似合わぬ俊敏さで腕を振り上げて僕へと迫る。こうして一切の告知が無いまま、S級冒険者の腕試しと言う名の戯れは始まった。