巨大で重たそうな図体とは裏腹に、機微に動き回る青い銀のゴーレムの右腕が眼前に迫る。それを紙一重で避けて、魔鉄鋼の短剣を突き立てたはいいものの……ガキンと硬質な音が鳴り響くだけで、その身体に傷一つつくことは無かった。
「へぇ、確かに既存のモノより反応が良いじゃあないか。それに出力も段違い、基盤に埋め込んだのが髪の毛だったのにこれだけとは……素体の優秀さでも出力が変わるのかなぁ。その辺の凡人を詰めるよりも、優秀な人間の一部を詰め込んだ方がマシかな?」
ただただ、速く硬く力強い。大きさこそ違うものの、それは初めての冒険で出会った地下遺跡の巨大ゴーレムにそっくりだった。そんな危険兵器を起動させた張本人は、それはもう愉快そうに笑っている。
「冷静に解析してないで、止めてくれませんか!?」
「あぁ、部屋を傷つけないために細工済みだから安心してくれたまえよ?」
「そう言う事じゃ……ないでしょっ……!」
誰も部屋の心配なんてしていないというのに、絶妙に論点がズレている。言いたいことは沢山あるが、まずは目の前の巨人を何とかしないといけない。とりあえずは何時も通りに、安定となった……
『特殊タグ:注釈』
青銀の巨人*1にスキルを発動する。どうやら単純にコアに人体を埋め込むだけでなく、術者の一部を埋め込むと命令系統がスムーズになるらしい……そんな事今どうでもいいし、気づいた所で絶対教えない。
「あっぶな……!」
注釈を読んでいる間に眼前に迫っていた剛腕を、身を捩って避ける。相手の情報を読み込んだが、弱点らしい弱点はコアと命令基盤。だがしかし、それらを攻撃するためにはあの硬い外皮を破らなければいけない。それならとりあえずは、単純な攻撃力で何とかする他無い。
「古代言語を読める事や、攻撃への反応を見るに……目に関するスキルかな? やっぱり純粋な魔法使いという訳じゃあ無いね、君。益々気になって仕方がない……!」
「集中しているので、ちょっと黙っててくれませんか!?」
ノイズが世界に混じると、一気に処理しなければいけない情報が増える。これは今後の課題と言えるかもしれない。それはともかく、生半可な攻撃力では鉱石の皮膚を突破できないなら……強力な詠唱が必要になる。
『スキル:ルビ』
「
巨人から放たれた右ストレートを、短剣を沿わせて直撃を避ける。地面をけって大きく距離を取った後、魔法を完結させるための魔法の名前を詠唱する。古代言語を僕達の使う共通言語に
「───
氷で出来た槍が生成され、ミスリルゴーレムの足元へと突き刺さる。ダメージこそないものの、足を氷漬けにしたことである程度時間は稼げるだろう。
そして天井には光輝く魔力で出来た恒星が出現する……ものの、それは何をするでもなくただ空中で静止している。古代魔法は通常の魔法より縛りや魔法を使用する難しさと言った使い辛さがある。その分既存の魔法より威力は数段上なのだが……この魔法も例外に漏れない。
「……ん? いや、うん。黙ってるよ、黙ってるとも」
「
氷を蹴り砕いたゴーレムが、こちらへと迫ってくる。大きく踏み込んで、両腕で僕を叩き潰そうと踏み込んだその時、僕はその地面に向かってスキルを発動させる。
『特殊タグ:揺れ動く』
踏み込まれた地面が不自然に揺れ動き、踏み込もうとした巨人は大きくバランスを崩す。それは、転ぶほどでは無いものの……戦闘中にはあまりにも致命的な隙であった事には違いない。
「
空にもう一つの恒星が出現する。ただし、これだけではただ空間が明るくなっただけ。この古代魔法の真価は、二つの詠唱を完結させたときにのみようやく発現する。
呪文の発動の為にあらかじめ必要な恒星を別詠唱にする事で、最低5小節の魔法詠唱が必要というディスアドバンテージ。それでもこの魔法を選んだ理由は、その魔法の貫通力にある。
これにスキルで二重に威力を上乗せすれば確実にコアを貫いて、ゴーレムを停止させられる。そこまで考えて、一筋の可能性が頭を過ぎる。
それは、せっかく作ったゴーレムを粉微塵にしたら、落ち込むんじゃないかということだ。
彼女は恐らく僕がこのゴーレムを破壊できると踏んでいない。何故って、僕は4小節の魔法の行使が限度だと思われているからだ。彼女の想定では恐らく僕は魔法を使うサポーター、もしくは斥候に類するものがメインだと思われているのだろう。
「ううむ、さっぱりカラクリが分からない……これも古代魔法のルール? いや、そう考えると……」
いや、そんな事別に気にする必要は無い。別にこいつが落ち込もうがどうでもいい……それ位の仕打ちをされている訳だし。だけど、一応こうして魔法について教えてくれたり実力を測る機会を与えてはくれている訳で。
……うん、心象をわざわざ悪くする必要は無い。あくまで、あくまでそれだけの事だ。別に彼女を気遣ってとかそういう訳では無い。そう考えて、僕は狙いを変えてミスリルゴーレムの頭部を掠めるように魔法を発動させる。
『
「
二つの恒星より放たれた二条の光が、巨人の頭部の一点を掠めるように貫き溶解させる。ドロドロになった鉱石の頭部に見え隠れするのは、何かしらの文字列が描かれた部品らしきもの。恐らくあれがあのゴーレムを動かしている回路なのだろう。何を書いてあるのかは分からないが、
『スキル:ルビ』
【文言を詠唱すると起動し、術者の命令通りに動く】
この一文に対して、使うのは誤字と銘打たれたこのスキル。流石にこのゴーレムの存在を消すようなことは出来ないけど……
【文言を詠唱すると起動し、 者の命令通りに動く】
書かれた文字を欠けさせることくらいなら、今の僕でも出来る。僕を押し潰さんと、その巨体を使って走って来たそのゴーレムに向けて、後は一言命令するだけで良い。
「───止まれッ!」
ピタリと、先ほどまでの行動が嘘だったかのように動きを止める青銀の巨人。それを見ていた賢者は、ぽかりと口を開けたまま固まっている。そんな間抜け顔が見れただけで、ここまで好き勝手してくれた鬱憤が少しだけ晴れたような気がする。
「……は? えっ、おいおいおいおい。ゴーレムをその魔法で貫いたときは、まだ理解できた。私の計算ではそんなことは出来ない筈だが、所詮私の予測でしかない。だからそれはまだ、良い。だが最後のは……なんだ? 一体、一体なんで……」
「熱線で大事な部分が溶けでもしたんじゃないですか? それより、僕に何か言う事があると……思いません?」
「あっ、もしかして……気に入らなかったかな?」
はははと、気まずそうに笑う彼女に対して思わず拳を握りしめる。本当に気まずいと思っているのかは分からないが、取りあえず言うべきことは言うべきだろう。
「腕試し……実戦の場を整えてくれたことは感謝してます」
「だろう? いやぁ、流石は気の利く先生だ。魔法学園の学園長の面目躍如ってところ……」
「でも、明日は休みにするので翻訳はしませんからね」
倫理観を何処かに置いてきただけで、僕を害そうとしていた訳では無いのだろう。それと、興味が無い事に本当に興味を示さないだけで。だけど、このままだと致命的なミスを起こしそうだったので、反省してもらう事にした。
「え”っ”!? なっ、何が不味かったんだい!? 反省している、反省しているからそれだけは……後生だからぁ……!」
「ダメです、明日はお休みにします。反省しててください」
立場が違うとはいえ、あくまで僕達は協力関係である。賢者が好きにするなら僕にも好きにする権利がある。その事だけは忘れて欲しくは無かったので。
でも絶望した賢者の表情は、まるでおもちゃを取り上げられた子供のようで……少しだけ罪悪感が沸いたのは、胸の内に秘めておこう。有効だと思われると、後々面倒くさそうだし。