僕は賢者に約束を果たしてもらうために、彼女の家を訪ねていた。
当然と言えば当然だが、学園内に住んでいるような生態をしている、あのアメティスタ・クレイドールにも帰るべき家があるのだ。
「君、何か失礼な事を考えてないかい?」
「すみません、スキルで少々遊んでました」
「……君といると、不可解が尽きなくて楽しいよ」
恐らく今のは皮肉だろう。
傍から見れば何もない空中を見つめて、ニヤニヤとしていただけなのだから。
とは言えその表情からは、そんなことが出来るスキルとは一体何なのかという好奇心が見え隠れしていた。この数日間で、彼女相手に敬意を捨ててはならないが、変に気を遣うだけ無駄だという事が良く分かった。
案内された建物は、魔法都市プルプラの中でも一等地に位置する場所。一人で住むにはあまりにも大きなお屋敷だった。S級となればやはり金回りが良いのだろう。武力で稼いでも良いし、学院で出した研究成果の収益と言う可能性も大いに考えられそうだ。
「ようこそクレイドール家へ。歓迎するよ、ノマル・フトゥー」
「おっ、お邪魔します……」
少し装飾が質素だが、庭を見た所特段変な実験器具やゴミが散らばっているという訳では無かった事に驚く。研究室はあれほど散らかっていたのに、屋敷は人が住めそうなくらいには掃除されていたのだから。
そう言えば女性の家に入るのって、シエナの家以外だと初かもしれない。その事に少し緊……
「凄いだろう? 家丸ごとゴーレムとして生成する事で安全性もバッチリという訳だ」
「これ、全部ですか……? 何と言うか、規格外ですね……」
……張する訳が無かった、こんな人だし。
独りでに開いた家の門を指差して解説を始めた賢者だったが、確かに薄っすらとこの建物全体から魔力を感じる。緊張はしないが、こんな魔法の神髄を見せられると魔法を学ぶ者としては流石に興奮する。
「これは、私が8歳になった日に作った物だから……今見返すと拙い所も多いけどねぇ。それでもこのレベルのゴーレムを作れるのは、世界広しと言えど私くらいなんじゃあないか?」
「賢者さんって、ゴーレムが好きなんですか?」
「アメティスタで良いよ。まあ、一番使い慣れてる魔法ではあるかもね。というのも───起きろ、土人形」
その辺りにあった地面を隆起させて、人型を作る。その事に思わず腰を抜かしそうになる。
先ほどまでゴーレムだったという屋敷の庭の一部は、次の瞬間にはまた別のゴーレムへと変貌していたのだ。此処まで自由度が高いとは思わなかった。
「クレイドール家は粘土で出来た人形に、命を吹き込んだ兵士を作る事を生業にしていた家系だったんだよ……クレイ・ドールの名前の通りね。一応、分類としては古代魔法に近いのかな」
「口伝で伝えられてきた古い魔法……」
「やはり扱いやすさでは近代の魔法に劣るけどね、というのも古代の魔法が失伝したのにはいくつか理由が考えられていて……おっと、話が本筋から逸れてしまった」
そう言って彼女は池の噴水に呪文を唱え、水を人型へと変える。そして今度は家自体を人型へと変えようとした……所で止めた。このままでは入るべき家が無くなってしまいそうだったから。
「いや、失敬失敬。この魔法の面白い所はその詠唱の自由度でねぇ、最後の詠唱をあらかじめ決めておけば道中の詠唱はある程度自由に構築できるんだ。例えば……使う素材によって火の特性を持たせたり、そもそも詠唱をゴーレム本体に書き込んでおいたりねぇ」
扉自体も勝手に開いた、いや……賢者が操作して開いているのだろう。
玄関を抜けて、長い廊下を歩くと埃が殆ど積もっていない事に気付く。余り几帳面に掃除をするタイプには見えない、むしろ時間の無駄だからと切り捨てそうなくらいなので……何か魔法を使ってはいるのだろう。
「こういうゴーレムの魔法はどうしても事前準備がいる上に消耗品だから、君達みたいな旅人向きじゃないけどね。例外は……グレイエル嬢のアイスナイトか。あれは、精霊が……いや、この話は後にしようか。目的地に着いたからねぇ」
やけに重厚そうな金属の扉の前に着くと、またも独りでに扉が開く。この屋敷の全てがゴーレムで出来ているのなら当然ではあるのだが、何の変哲もない扉が手を翳すことも無く開くのは……正直かなり面白い。
中にはうず高く積まれた書類や高価な宝石類、それに剣や杖と言った武器等が所狭しと並べられていた。使い道のよく分からない魔道具や、誰が着れるのかも分からない巨大な鎧もある。
「ここがクレイドール家が誇る宝物庫だよ! といっても、今は私の物しかいないけどね」
「流石ですね……少し見てみても良いですか?」
「勿論。あぁでも……不用意に触れたりしないようにね?」
忘れていた、此処は賢者の腹の中だと。触れるだけで急に爆発するような事は無いとは思っていたが、好奇心で爆弾のようなものをしまい込んでいてもおかしくはない。
『特殊タグ:注釈』
慎重に宝物庫の中の物を、注釈を使って見て回る。
そんな中で見つけたのは、模様が描かれただけの石の板。
「おやぁ? ノマル君はその板が気になるのかなぁ?」
やけにプレゼントをする為だけなのに、家に招いたのに……上機嫌だったと思った。
彼女が語り出した内容は、注釈を使って見た内容と同一。
「有効半径は10m、効力は……見えている視界を、この板へと投射する。たったそれだけのシンプルなアーティファクトだよ。名付けるなら……そうだね、遠見の石版とでも名付けようじゃあないか」
それが意味するのはつまり、このスキルによって出現した青白いウィンドウを他者も見れるようになると言う事。
それは本来は喜ばしい事だ、賢者の前でさえなければ。
「君のスキルには幾つか考察の余地があった。決定的な疑問は、これまで見せた翻訳の最中も魔法戦の最中も……君は決まって『右斜め上を向く』。何も無いのに、一体どうしてそんな場所を見ているんだい?」
「それは、つい癖で……」
「いーや、いや? 違う、違うねぇ。この私が……天才である『賢者』がその能力の全てを駆使して君に、ノマル・フトゥーという個人を見て、見て見て見つくして……研究し尽くしたんだ。君の性格なら、戦闘中の余所見なんて悪い癖は早急に改善する。そういう人柄だ、君のことは文字通り……手に取るように分かるんだよ」
完全に油断していた、やけに興味を持たれているとは思っていたが……こんなものがあるとは思ってもいなかった。
いや、あるだけならば嬉しいのだ。問題はここが……
「初めて、初めてだよノマル君。私が他人にここまで興味を持ったのは、生まれて初めてだ。君の見る世界がぁ……見たいッ。君の持つスキルが知りたい、その全てを余すことなく曝け出してくれたまえよ?」
ガチャリと音を立てて、宝物庫の扉が閉じられる。この場所は、賢者の腹の中。壁から地面に至るまでその全てがゴーレムなのだ。壊せないとは思わないが、この場から逃げるというのはつまり隠さなければいけない『ナニカ』がある事を示してしまう。
正直なことをいえば油断していた、彼女の知識欲を舐めていた。普段全く微塵も興味の無い他人を観察して、他者を理解してまで僕のスキルを解き明かそうとしていたなんて、想像もつかなかった。
僕のスキルの実態は……特に注釈は賢者が喉から手が出る程欲しいもの。間違っても彼女にだけは、スキルの詳細を知られるのだけは避けなくてはいけない。
「なぁに、何も無いなら何も無いのを見せてくれれば良いんだよ。別に嫌とは言わないだろう?」
「……別に、構いませんけど」
「そうかそうか、遂に教えてくれる気になったんだね? 嬉しい、嬉しいよノマル君……ふふっ」
妖艶な笑みを浮かべる彼女に対して、僕は今後の策を張り巡らせる。
考えている内にアーティファクトの用意が終わったのか、机の上に石板が置かれた。賢者に促されるまま右手を、石板の上に乗せると一瞬だけ石板の表面が明滅する。
「さぁ、これで君の視界が見れる。一体何が……ん?」
「何か見えましたか? 見ての通り、何も無いんですけど」
画面に映し出された僕の視界、右上に浮いていた青白いスキルのウィンドウは消えていた。
種明かしをすれば、なんてことは無い。ただスキルの『固定』を解除しただけだ。常に浮いているこのウィンドウは、元々はアクティブ型のスキル。何もしなければ、何も発動されない。
「ううん? いや、一体……」
ただ、この後スキルを使ってみてと言われたり、追及されるのは目に見えていた。
だからこそ、話題を何とかして反らす必要がある。
「右上、右上……ッ!?」
「どうしたんですか、アメティスタさん」
「きっ、君……視界が石板と同期してるって忘れてないよね?」
「何の話ですか、アメティスタさん。言葉にしてくれないと分かりませんよ」
僕は只管に、彼女のローブから見え隠れする真っ白な太腿を凝視していた。
当然、遠見の石版には僕の見ているものが大きく描写される。
「みぎうっ……隠せ……ううん……」
これは……賭けだった。
他者に興味がない賢者に、羞恥心があるかどうかの賭け。
「いやぁ!? 無いなら仕方ない! 手間を取らせて悪かったね、ノマル君!」
「ありがとうございます、面白そうなのでご褒美はこれにしますね?」
「あぁ……君、中々に鬼畜な趣味をしているじゃあないか……」
どうやら、僕は賭けに勝ったらしい。
その代わりに、大切なものを失った気がするけど……
こうして僕は、遠見の石板を手に入れた。