食事を終えて、睡眠をとってから二日目の探索を開始した僕達。クオンディル大洞窟の第三層は、見た目自体は二層のものとそう変わらない。ただし、出てくるモンスターの質は上がっているけど。
「───ふッ! はぁ、こいつで最後か?」
「えぇ、ですが……油断はしないでくださいね?」
「わーってるよ、戦場で気を抜く程……俺様は鈍っちゃいねぇ」
ただこのパーティからしてみれば、それも誤差のようなものだったらしい。とはいえ連戦に次ぐ連戦で少し消耗は不安ではある。他のパーティや冒険者が3層に来ていない事で、この層に残っている敵が多いのだろう。
剣士は体力が、魔法使いはそれに加えて魔力が尽きれば戦えなくなる。当然魔法使いで構成されたプルプラ魔法学園のパーティは、持久戦にあまり強いとは言えない。
日程的には今日中に3層のボスを倒せれば、3日目の夕方には地上に帰れるだろう。逆に言えば今日中には帰路につかなければならない。その事が分かっているのか、少し焦った様子のアルヴィン君とそのパーティメンバー。
太陽が見えず、大まかにしか時間が分からない事も判断を焦らせるのに拍車をかける。何より彼らはダンジョン探索に関しては素人だ。
だがやはり確かな実力を持ってして、僕達はついに第三階層のボスがいるであろう部屋の前へと辿り着く。見上げるほどの巨大な扉は、門と言うのに相応しい。
「……皆、問題無いか?」
「僕も───皆もやる気は十分みたいだね☆」
「そうか、なら15分の休憩の後にボスに挑む。各自、装備の確認は怠らないように」
リーダーとして皆を纏めて引っ張っているアルヴィン君も、しっかり周りが見れている。この様子なら問題は無いだろうと、思っていた。
この時は、まだ。
「それじゃ俺様が先頭だ、時間を稼ぐからでけーのを1発お見舞してくれや」
「あぁ、任せろ。一撃で仕留めてみせる」
「副会長様が言うなら安心だ───なっと!」
ゆっくりと扉に手を触れたオレサ君の目の前で、ギギギと音を立てて扉が開く。洞窟特有の暗さの中で見えたのは……緑色?
「ゴーレムじゃねぇ……どういう事だよ、おい」
ボス部屋の扉を開いた瞬間に感じたのは、この無機物の迷宮で漂うはずの無い強烈な腐臭。部屋の中にいたのは、緑色の小鬼。情報が確かなら、この階層のボスは魔鉄鋼のゴーレムで……間違ってもゴブリンなんかじゃない。
明らかな異常を前にして、思考を巡らせる。下調べの結果、このダンジョンで出てくるのは鉱石系のモンスターのみだと聞いている。少なくとも1層に外部からネズミ程度が紛れ込むならまだしも、三層にこんな大量のゴブリンが……‥
確かにゴブリンは、貧弱な魔物だ。子供程度の体格と、それに見合った貧弱な筋力。戦闘スキルを授かった者なら、スキル授与の儀当日でも倒せてしまうような弱い魔物。
だが、そんな事は今は関係ない。そんなゴブリンが、この部屋にいるという事実がおかしいのだから。明らかな異常事態に対し、僕達が選択するべきなのは……
「撤た───」
「なんだ、ゴブリン程度なら───」
一歩。
踏み出したオレサ君に殺到した矢を大剣を振り払う事で跳ね返そうとした彼の判断は、間違いではない。魔法使いには似つかわしくないフルプレートの鎧は騎士団のものにも引けを取らない頑丈さだ。万が一当たってもその鎧を貫通する事は無いだろう。
「ツェツィッ!」
「分かっています!」
一瞬の判断で、矢を打ち落とすべく前へと走る。何度も言うが彼の判断は間違いではない。本来は問題ない、問題ないのだ。飛来する矢のその鏃が、魔鉄鋼のモノでなければの話だが。
『スキル:お気に入り登録→フローズンブレード』
「速さを司る者よ───彼のものに更なる俊敏さをお授けください」
氷剣を振るう、瞬きの内に二度三度と振るって優先して頭と心臓に当たりかねない矢を打ち落とす。その結果として、致命傷は避けたものの……一本の矢が、彼の鎧へと当たり……大腿へと突き刺さる。
「───は? 痛っ……クソッ!」
「下がれッ! 撤退しろ!」
突然の痛みにも狼狽えずに、一瞬で下がる姿勢を取れていたオレサ君は戦場に慣れているのだろう。流石は騎士団長の息子である。問題は他のメンバーだった。突然のパーティメンバーの負傷に動揺している彼らに向けて、撤退の命令を下す。
ほぼ確実に……奴らは、この第三階層のボスを倒し……それを加工したのだ。歪で拙い出来ながらも、それは並みの装甲を貫けるだけの殺傷力があった。
「賢者ッ!」
「言っただろう、手出しはしないと。これくらいなら、君達だけでもどうにかなるだろう?」
こんな時でも余裕そうな彼女、これもまた僕達への腕試しを兼ねた試練だと高を括っているのだろう。どうにかなるかでいうと、この場を乗り切るだけならどうにかなる。だけど殲滅するには僕とツェツィじゃ人手が足りない。このまま逃げれば他の学生が襲われる可能性があるというのに……
「それとも……私の物になるというのなら、手を貸しても良いけど」
「結構……ですッ!」
「ちぇっ、つれないなぁ……尽くす女だよ、私は?」
嘘つけ、尽くすどころか絞り尽くすつもりだろう……この女。なんてそんな無駄なやり取りの間にも奴らは距離を詰めて来る。そんな彼らに時間稼ぎと頭数を減らす為に、魔法を詠唱する。部屋を埋め尽くすようなゴブリンの大軍だ、幸い狙いを付けずとも外す心配は無い。
「知恵を司る者よ───彼のものに更なる叡智をお授けください」
彼女のバフにより、魔力がぐっと増されたかのような感覚を覚える。それも何時もより格段にだ、彼女も彼女なりに賢者の元で力を伸ばしていたのだろう。
『特殊タグ:
「
巨大な火球が部屋の中心へと飛んでいき……引き寄せられるように群れの中心へと着弾する。
「今のが……ファイアーボール?」
「どう見てもフレイムボム……それ以上じゃ……」
「良いから撤退だよ、これじゃ埒が明かな……」
爆炎が舞い散って、肉の焼ける嫌な匂いが周囲へと満ちる。だがそんな事はお構い無しにと迫り来るゴブリンと……焼けた仲間の遺骸に抱きつき───牙を立てた周囲のゴブリン。
「食べた……こいつら、仲間の死体を食べてやがる……!?」
極限の飢餓状態で、彼らが生き残るには鉱石を食べるか同族を食べるかしかなかったのだろう。そんな肉の焼ける匂いが、おそらくは彼らの食欲を煽った。
良く見れば、身体の一部に鉱石のような結晶が肉を突き破って露出している。普通の生態では考えられない、明らかな異常さ。そうやって歪な進化を繰り返した、特殊な個体を……ギルドはこう呼ぶ。
「変異個体……!」
弓矢の雨に降られながら、勢いよく駆け出した僕達はボス部屋の扉を開き外に出た。これで一安心……とはいかず、扉がぎちぎちと音を立てて開きだす。その隙間からは醜悪な顔から涎を垂らした悪鬼がこちらを見て……嗤っていた。
閉じたはずの扉が押し開けられる。ボスだと言うのなら、そんな事は幾つかの例外を除き出来ない筈なのに。つまりあれらは、ボスでは無くて……? いや、そんな事よりも今は撤退が優先だ。
「なんで、ボスは部屋からは……」
「良いから撤退だよ、間違いなく何か……イレギュラーが起きてる」
戦うにしても、逃げるにしても体勢を整え直さないといけない。矢が刺さったままの彼に回復魔法をかける訳にもいかないし、落ち着いた場所で彼の治療を行う必要がある。
何とかその場を後にした僕達は、二階層への階段へと向かう。あそこならばまとまった時間を獲れるはずだから。
二層のボス部屋に辿り着いた僕達、止血はしていたものの血管の多い大腿に矢が突き刺さった彼はかなり苦しそうである。そんな彼に、ツェツィが労うように話しかける。
「今、痛み止めを……」
「必要ねぇ、こんくらい慣れてるからよ。時間がもったいねえから早く抜いてくれ」
そう言って矢を指さす彼、流石に自分で抜くのは苦しいのだろう。
「そうですか、それでは……失礼します!」
「ヅッ───!」
ぐじゅり、と矢を引き抜いた彼女。幸いにも貫通はしていなかったが、嫌らしい事に鏃には返しがついていた。何処で学んだのか分からないが、悪辣な事だ。
「慈愛に満ちた癒しを司る者よ───彼の者を癒したまえ」
見る見るうちに傷口が塞がっていく。魔法でも回復をすることは出来るが、ここまでのものとなるとそれこそ聖女にしか出来ないだろう。本人の話では、失われた四肢すら回復させられると言っていた。
失った血液は戻らないものの、これで出血死は免れただろう。だが、パーティーメンバーから負傷者が出た事で他の学生は青い顔をしている。
「君達は、地上に戻るべきだ。後のことは僕とツェツィで……」
なんとかするから。
そう言おうとした僕の言葉を遮るかのように、先ほどまで負傷していた彼が声を上げる。
「勘弁してくれよ、ゴブリンの矢が刺さったくらいでダンジョンから逃げ帰ってきたなんて知られれば……親父にドヤされちまう」
「正気かい? 出血量だって少なくないだろうに……」
フラフラの脚で立ち上がった彼を、オガニ君が支える。今まで命のやり取りをした事が無いだろう学生に、この雰囲気は応えると思ったが……
「僕は……僕には学園の生徒達を守る責任がある。力あるものが持つ責務が」
「副会長一人を置いていけませんよ、一人でノコノコと帰ったら……会長になんて言われるか分かりませんから」
そう言って冗談っぽく戦う意思を見せたアサイさんと、立派な責任感を見せてくれたアルヴィン君。だけど、力を持つものの責務なんて……この場で一番守らなきゃいけない人が守ってないよ。
優秀で、仲間想いな学生だった。もしも生きて帰れれば、きっと大成するだろう。だからこそ……絶対に彼らを生きて返せるように頑張らなきゃいけない。
「それじゃあまずは……作戦会議かな」
幸い、この3層に辿り着いた学生はほかにはいない。この階層にいる間に仕留めれば、学生が奴らの歯牙にかかる心配は無いだろう。
ここからは……殲滅戦だ。