出来るだけ狭めの通路で、ゴブリンを迎え撃つ。
陣地を狭い通路に位置どったお陰で、囲まれる心配が無い。
多勢を相手にするときは敵が来る方向を制限する、非常に有効な手段だった。
『スキル:お気に入り済み→フローズンブレード』
魔鉄鋼の短剣を起点に、氷の剣が出現する。
そのまま一度氷剣を振るうと、緑の小鬼の首が飛ぶ。
二度、三度と振るうたびに彼らに致命的な傷をつけていく……が足りない。
『スキル:ルビ』
「
一小節で炎球を放つ。
悲鳴を上げて焼け爛れた仲間を喰らい、足蹴にしながらもなお涎を垂らしてこちらに向かってくるゴブリンに思わず鳥肌が立った。だが、その程度で取り乱さないくらいには死線を潜り抜けてきた。
「これが、A級冒険者の本気……」
「だけどよぉ……こいつはッ!」
巨大な大剣でゴブリンを斬り払いながら、声を荒げるオレサ君。だが、それも無理はない。
「───グランドスパイクッ! 全く、キリが無いッ……!」
土の槍がゴブリンを突き刺し、その数を減らす。
しかし通路の奥から次々と補充されるゴブリンに、思わずと言った様子でアルヴィン君が悪態をつく。
倒せど倒せど、終わりの見えない戦いなのだから。無限にいるという事は無いだろう、だがしかし……いつ終わるかもわからない戦いは、じわじわと戦うものの精神を蝕む。
「持久戦なら望むところです。癒しをもたらすものよ。彼らの疲労を取り除きたまえ……!」
光が舞って少しだけ重くなっていた足取りが、嘘のように軽くなった。
目の前に迫っていた醜悪な顔の怪物を、氷の剣で袈裟に斬る。
鮮血が洞窟の壁へと付着して、ゴブリンの死体が積み重なる。もしも魔法で出来た剣でなければ切れ味が心配になるくらいにはゴブリンを斬ったが……何故。
「死体が残ってドロップにならない……?」
「迷宮の中の魔物って、倒したらアイテムを残して死体は無くなる筈じゃ……」
イレギュラーはさらに続く。身体の一部が鉱石化した飢餓状態のゴブリンは、死んで暫くしても一向にドロップアイテムを落とさないのだから
こいつらは、迷宮の魔物じゃないのか? だとしてもここは地上からは遠すぎる。偶々入り込んで……3層のボス部屋を根城にするなんてこと有り得るのか?
「これは単なる魔物だねぇ、ゴブリン程度の植生なんてどうでもいい訳だが……」
いや、そんな事は後でもいい。とりあえずこの波のように押し寄せるゴブリンへの対処が先決だ。
「ツェツィ、魔力はまだ大丈夫?」
「問題ありません! 後、三日三晩は戦えますよ?」
そう言っておどけてみせたツェツィのお陰で、パーティの雰囲気が良くなったのを感じる。この辺りの人心掌握の上手さは、流石王女様と褒め称えるべきなのだろうか。
「次が来ます! 力あるものよ、彼らに更なる剛力を与えたまえ……ッ!」
バフから治療、疲労の回復に至るまで万全のサポートを一人でこなすツェツィ。
これこそがクロッカス王国が誇る最高のサポーター『聖女』の実力。毒や精神の異常へも対処可能と言えば、その万能っぷりが分かるだろうか。
幸いあれから負傷者は出ていないものの、もしも戦線から離脱するような事があれば一気に厳しくなるだろう。魔力の回復を早めるバフはあっても、魔力を直接回復することは出来ない。
そのため、魔法は出来るだけ使わずに前衛を張れる僕とオレサ君。そして……
「せいっ!」
何処からか取り出したメイスで、思いっきりゴブリンの頭蓋を叩き割るツェツィ。あのお転婆姫のフィジカルが弱い訳はなかった。普段はサポートに徹してくれているが。
「あまりこうして戦うと、ルーク辺りが『危険です、それに淑女としてそのような……』と窘められるのですが……今は緊急時ですから仕方がありませんよね!」
何処か、何かへの鬱憤を晴らすかのようにメイスを振るうツェツィ。チラリとやった視線の先には、この状況でもゴーレムの上に横になっている紫髪の女がいた。そんな彼女の視線は、ずっと僕にだけ向けられている。
本当に興味が無いのだろう、この程度の相手に他の皆が後れを取る筈が無いという信頼のようにも思えるが……好意的過ぎる解釈か。
ようやく、ゴブリンの波のような襲撃は終わった。それも一時的なモノではあるだろうが、これでとりあえず一息つける。
ボス部屋までの道に、このフロアを徘徊しているゴブリンが多数いるだろう。この階層は一本道であることが幸いして……後ろを取られる可能性は無いだろうけど。このまま持久戦を仕掛けるのも大変である。
「……どうしますか、ノルさん」
どうする……とは、この後どうするかだろう。
このまま戦い続けてもジリ貧である。だから助けを呼びに戻るか、先へと進むか。
戻って助けを呼んでも良い。だが二階層は非常に入り組んでいる。もしも、この変異ゴブリンが地上に出て……繁殖したとしたら……
繁殖力が高く、身体が硬質化したゴブリンは近隣住民にとって非常に厄介だろう。頭や身体の一部が硬質化していれば、剣が通り辛く……爪が鉱石になっていれば皮の鎧程度なら引き裂くだろう。
とは言え、ここから先は学生には酷だろう。そう思って視線を向けると……
「ノマル……さん、貴方が何を言いたいかは分かっている。それでも、僕は……前に進みたい」
「アルヴィン君……」
ここまでで十分すぎる点数を稼げたはずだ。それでもまだ前に進みたいという彼の意思は、このゴブリンが地上へと出てしまった後の事を考慮しているのだろう。その瞳からは、確かな決意を感じた。
冒険をせず、安定を取るのが冒険者としての秘訣と言われている。
……が、自らの実力を低く見積もりすぎるのも致命的だ。ゴブリン程度と侮るつもりは無いが、この程度の異変を解決できないのなら……賢者のようなS級になるのは夢のまた夢である。
「行こうか。それでも危なさそうなら直ぐに撤退するよ」
「そうですね、此処のゴブリンの性質は少々厄介です」
メイスに付着した血液を振り払って、ツェツィが洞窟の先を見据える。
暗闇の先から、汚い鳴き声が聞こえる。
「あぁ、進むのかい? 助けが必要ならいつでも言ってくれたまえよ。まぁ、要らないとは思うけど」
そんな事を宣った彼女を……一発くらい殴っても、文句は出ないと思う。
斬る、突く、斬って斬って斬って燃やして斬って斬り続けて……
半透明だった氷の剣を真っ赤に染めながら、薄暗い洞窟を前へと進み続ける。
粗末な罠や、死体に扮するものも居たが……見逃すことなくトドメを刺していく。
魔力を温存するために、魔法使い組も武器を構えている。
レイピアを使うオガニ君と、長剣を扱うアルヴィン君。恐らく不慣れなのだろう、少し緊張した様子で短剣を構えるアサイさん。ただやはり、他二人は彼らに比べて前衛としての練度が違う。
危なげなくゴブリンを処理し続けて、数十分。もしくは数時間だろうか……時間の感覚が酷く曖昧だ。だけどようやく、大きなボス部屋の扉をこの目に捉えた。今も開きっぱなしの扉からは、ぞろぞろと醜悪なゴブリンが漏れ出ている。
「それじゃあ僕が先導する、合図をしたら入ってきて」
「えぇ、信じて待ってますからね!」
このパーティに斥候は居ない、純粋な斥候は。
ただ、その真似事くらいなら……村にいた時から出来るのだ。
『特殊タグ:不透明度』
僕の存在感が薄れていく。今や使い慣れたこの『
臭いでバレる……なんて事は気にしなくても良いだろう。なにせこれだけ鼻の曲がりそうな匂いがこの空間に充満しているのだから。
意を決して中へ入ると、更にもう一段濃い悪臭が漂っていた。一日や、二日じゃない……数か月にも渡ってこの場で惨劇が繰り広げられていたのだろう。弓を持ったゴブリンは油断からか、だらりと腕を降ろして転がっている他のゴブリンの骨をしゃぶって……噛み砕こうとしている。
『スキル:
先程来た時はそんな余裕はなかったが、何があるかを探るために周囲を疑い深く……
『特殊タグ:注釈』
広い広い空洞の奥、そこに一際大きく醜悪なゴブリン*1が居るのが見えた。通りで、接近ではなく矢での攻撃なんて事をしてきた訳だ。
そして、その奥に見えた巨大な……あれは、白い……繭?
嫌な予感がして、それに注意深く目を向け……スキルを発動した……してしまった。
『特殊タグ:注釈』
蠢く白い繭*2……は? なんで、なんて書いてあった?
一先ずあの繭を壊さなくては。そう思って後ろへと合図をしようとしたその瞬間の事だった。
白い繭がぐじゅりと端の方を崩れさせながら震えて……
「───?」
目も口も鼻も無い筈の『それ』と……何故か目が合ったような気がした。