見ている、確かに僕を見ている。
白い繭が、こちらを見ている……そんな気がして。
「───?」
思わず出そうになった声を必死に抑えながら、辺りの様子を伺う。幸いにも、辺りにゴブリン以外の生命体は存在しなさそうだ。それはつまり、12魔将がこの場に居ない事を示していた。
学生を守りながら12魔将と戦わなくても良い事は、ある意味幸運で……
その場にいないのにこれだけの影響を出せる12魔将がいるという事はあまりにも不運だった。
とは言え現状を憂いても仕方がない、今僕達に出来るのは……こいつらを殲滅する事だけなのだから。細心の注意を払って入口へと戻る、その間もジットリとした視線が僕を追っていた……気がした。
何とか扉の前に辿り着き……今にも外に出ようとしていたゴブリンの急所へと背中から氷剣を突き立てる。後ろなので醜悪な顔は見えないが、きっと何をされたかも分からないまま死んだだろう。
「お疲れ様です、ノルさん……にしても、注視しないと分かりませんね……これは」
「とりあえず、中で見てきた物についてと……今後の方針を話そっか」
そんな彼らに、中で見た物を伝えた……が。その反応には、やはり少なくない驚愕と恐怖が見て取れた。特に学生には。
「おいおい、マジかよ。ゴブリンを生み出し続ける白い繭……信じたくねえが、そいつが本当なら……」
「もしも地上に到達するような事があれば、間違いなく辺りの生態系はグチャグチャになる……って事かな。美しい森が穢されるのは……美しくないね」
「だけど、放っておけない。何とかしないと」
だが、それでも取り乱したりしない辺りとても優秀だ。他の学生グループではこうは行かなかっただろう。それだけ優秀な人間がこの班に集められていたという事だが……それでも正面からあの量を捌くのは厳しいだろう。
「とは言え、あの数のゴブリンを処理しながら……変異種のキングまで相手するのは僕達の実力では厳しい……はずだ」
そんな彼の言葉に素直に驚いた、アルヴィン君なら自信満々に正面から戦おうと言うと思っていたから。恐らくはあの時の経験をバネに、相手の実力を測るように努力しているのだろう。
流石は学生、学びの意識が他の冒険者に比べても圧倒的だ。普通この短時間で自分の欠点を見つけて改善……とはいかないだろう。
「とは言え、このまま奴らを放っておいても増えるばかり……」
「学院の子や、冒険者が捕まれば母数は更に……」
僕達だけなら、時間を掛けて地道に倒す……という選択肢も無くはない。だがかなりの時間と危険を伴うし、ほぼ間違いなく帰りの食料が持たない。
だが、今の僕とツェツィならきっと……
「それに関しては───僕達に策がある」
「確かに癪ですが、成果を試すにはもってこいではありますね……癪ですが」
眉間に皺を寄せながら、頭を押さえ……メイスを握り直すツェツィ。そんな彼女に対し、好奇心を隠さずにニマニマと見つめている紫髪の女は……まるでここが研究室であるかのように自然体で。
実際、彼女にとってこれ位の事態は何でもない事なのだろう。それが少しだけ……羨ましくて。
「良いねぇ、良いねぇ。せっかく育てたんだ、つまらないものを見せないでくれよう?」
それはそれとして帰りの食事は賢者の分は用意しないと、僕は強く心に誓った。
役割を共有し終えて、遂に作戦を決行に移す。部屋の中のキングに気付かれる前に、先手を取りたいからあまりゆっくりもしていられない。
「それでは手筈通りに……頼んだよ」
「僕達を舐めないでくれ、魔法を使う時間くらいは稼げるに決まっているッ!」
長剣を油断なく構えた彼は、そのまま魔法を詠唱し始める。それと同じように僕も、魔法を詠唱するために魔力を動かす。
『スキル:
「
詠唱を開始する、学生が貴重な隙を必死に作ってくれているからこそ……失敗は出来ない。それと同時に、一気に部屋の中の魔法を使うゴブリンたちの目線がこちらに向いた。
【GUGYAAAAAA!】
気配に気づいて、何か大きな魔法を使うつもりだと理解したのだろう。それとほとんど同時に右腕が鉱石と化しているキングが大きな声を上げて、こちらを指さす。
間違いなくこの前のように矢の掃射が来る。スキルを魔法に回していて、今回は前のように矢を全て打ち払うなんて事は難しいが……
「オレサ君! あまり突出し過ぎないでくれよ?」
「へっ、次はヘマなんてしねぇよ!」
「そんな心配はしてないさ☆でも……」
飛来した矢の先端に、器用にレイピアを当てて軌道を逸らすなんていう神業。そんな器用な真似をしてみせた彼は、斜め横を向いて白い歯を見せて笑った。
「君ばかり目立つと、僕の出番が減るだろう?」
「油断するな、歩兵が来るぞ!」
この魔法が詠唱されると不味いと直観的に理解しているらしい彼らが、詠唱を止めようと雪崩の如く押し寄せる。そんな彼らを各々の獲物で切り払いながらも……
「───ウォーターウェーブ」
地上に高波が現れて、近づくもの全てを押し流す。詠唱された水の波は、波のようなゴブリン達を押し流し……押し潰していく。得意と言っていただけあって、かなりの精度の魔法だった。
「───アイスグラウンドッ!」
氷がじわじわと波を侵食し、ゴブリンたちの動きと体温を奪う。足が凍り付き、足場の悪くなった前衛は前に進む事すら難しい。時間稼ぎが必要な今には、間違いなくピッタリの魔法だ。
「
詠唱しようとしているのは三小節の魔法、フレイムボム。
だけど、それだけでこの量のゴブリンを一撃で仕留めるなんて言う芸当は今の僕には出来ない。
そして当然僕には、5小節の魔法や未来の僕みたいに6段階強化なんて出来ない。
『スキル:
「
だけどそれでも……今の僕には仲間が居る。とっても頼れる、仲間たちが。
魔力が、密度を増すような感覚。
自分にかけられる強化に限度があるのなら、他者から受けるバフに強化を乗せる。
これが僕達の秘策。
そんな中、ゴブリン弓兵による第二射が放たれ───
「お前は詠唱に集中しろ!」
「この程度、凌ぎきって見せる!」
回避動作を取ろうとした所で、大剣によって振り払われる。心強い前衛の存在を有難く思いながらも、魔法を詠唱する最後の句を告げ───
頭が、少し痛み始めた。自身と他者の詠唱への傍点による強調。負荷は重いけど、今や耐えられない程じゃない。そんな中、さらに謡うようにツェツィが祈禱を続ける。
そう、特訓を続けていたのは僕だけではない。
『スキル:
「
魔力ではなく、属性に対応した大いなる存在への祈祷。当然、その使い道は限定されるが───
「───
一番の強みは、他のバフと競合しない事。強化された魔力バフと、炎魔法のバフを一度に受けることが出来る。
今までの集大成とも言える一撃の準備が今……終わった。
『スキル:
「フレイム───」
【GYA!? GU……】
慌てた様子で近くにあった鉱石を投げつけようとするキングと、氷を砕いて必死に詰め寄ろうとする雑兵。直感しているのだろう、この魔法を撃たれては不味いと。
だけど、もう───遅い。
「───ボム」
───瞬間、轟音が鳴り響いた。
目も開けられない程の衝撃と、耳を塞ぎたくなるような爆音。思わず咄嗟に後ろに下がり、ボス部屋の扉を閉めたのは間違いでは無かっただろう。そうでなければ、焼けるような熱気に肌か肺をやられていたかもしれない。
轟音と、扉の隙間から流れ出る熱風が衣服を揺らす。他のメンバーもあまりの威力に、茫然としているようだった。
ようやく爆風が止んで、その場で姿勢を低くしていた彼らが立ち上がる。
「今のが……フレイムボムだと!?」
「ははっ、素晴らしい! 素晴らしいよ君達ぃ!」
「安心するのは早いよ、敵の討伐を確認して……周囲の安全が確保出来てからだ」
賢者を無視して、部屋を開けると……漏れ出た熱気が頬を撫でた。溶けた金属でドロドロになった床には、辛うじて原形をとどめている骨が散乱している。
部屋の奥には溶けた金属が積み重なるようにして巨大な壁になっていた。熱気から逃れるためか、それとも盾にする為か……配下のゴブリンたちを壁にしたのだろう。その判断は間違いでは無いのかもしれない、この状況でも何とか息をしている緑鬼の王。
【GUGYA……】
もっとも、生き残れたことが幸運とは限らない訳だが。
「キングの処理は……任せても良いかな?」
「当然! 試験はまだ……終わってねえんだからな」
これだけ死にかけなら、万が一にでも怪我をすることは無いだろう。僕も少し今ので疲れてしまったし、学生さん達の試験の見せ場を奪いすぎるのも護衛としてはよくない。何より……
「疲労回復……しているのですが、効果がありませんね?」
「うん、ちょっと……そう言うのじゃ無いから……」
頼りになる配下の居ない王など……恐れるに足りないだろうから。