さて、あれから検証をして……ホームの扉を出すだけなら、SPの消費は5くらいで済むことがわかった。あんなにもSPを持っていかれるのは初回起動だけと言う事だ。それと昼夜の概念があるらしく、夜はしっかり太陽が消えて月……のようなものが姿を現す。
それとホームで出てくる扉に関しては、サイズや素材がある程度選べるらしい。正直これはかなり助かる。
僕たちの移動手段は主に精霊である『北風を運ぶモノ』さんの駆る馬車だ。その馬車ごとあの空間にしまって置けるのなら、それに越したことはないだろう。
感想で来ていた通り、此処は本を読むのにとても快適だった。そもそも、旅の途中で本を読む最大の問題点が「持ち運び」なのだから。本棚に置いておけばいいだけで、何時でも読めるなんてとても快適だ。
でも、この空間って僕がいなくなったら……いや、考えるのは止めておこう。
そして、外の明かりだけが頼りだった初回に比べて今は室内をランプが明るく照らしている。というのも……
「ここが”魔法都市”プルプラって言うのも、幸運だった」
そして少し薄暗い場所で本をずっと読んでいると目が悪くなりそうだったので……プルプラの市場で魔力で動くランプを購入したのだ。折角のマイホームなんだし、便利そうなものをそろえてみるのも面白いかもしれない。
それと、感想で来ていた通りにいろいろ詰め込むのも有りだと思って……食料をかなり買い込んだ。保存の利く乾麺や小麦粉、ドライフルーツや塩漬け肉にじゃがいも……それに一応ワイン……うん、一応だ。
ただ、詰め込んでいる最中のツェツィの目が怖かった。曰く「ところでノルさん、割のいい仕事に興味はありませんか? 難しい事? いえいえ、騎士団に付いて行くだけでいいのです! 報酬は弾みますよ?」だなんて、厄介事の匂いしかしない。
確かに考えてみれば、王族の護衛も騎士団の兵糧も自由自在だ。暗号の解読なども含めて、ますます僕のスキルの存在を他人に知られる訳には行かなくなった。別に僕はそんな事、必要としてないのに……
「荷運びだけで日当を金貨で100……いや、500は出します! どうでしょうか!」
「どうでしょうか! じゃないんだよなぁ……ツェツィのお父様の目にも止まるでしょ?」
「ふふっ、それはどうでしょうね?」
なんて言っていた彼女を無視して、旅の支度を再開する。全然不敬と取られて罰されかねないので、とても人前でこんな事を言う前にはいかないが……打ち解けた証という事にしておこう。
何故こうして旅の支度をしているのか、その答えはプルプラを離れる為に他ならない。
住み心地が良いのと研鑽が楽しくて居座ってしまったが……何時までもプルプラに居る訳にもいかない。当然だ、僕達は研究者でも無ければ、学生でも無いのだから。準備は早いうちにやっておいた方が良い。
とは言えそうなると、賢者が間違いなく引き留めてくるだろう。黙って出て行っても良いのだが……
「流石に、声はかけておかないとかな……」
その、なんと言うか。黙って出ていくのが不義理だなって思う位には、賢者……アメティスタ・クレイドールに世話になっているのも事実な訳で。
全く決して、絆されている訳では無い。あくまで、先生的な立場の相手に声もかけずに出ていくのが不義理だからという理由だけだ。ノル×アメ? だか、アメ×ノルは存在しない。しないったらしないのだ。
「とは言え、絶対一筋縄じゃいかないだろうし……憂鬱だなぁ……」
そして問題はプルプラを出て何処に行くか……だが、それに関してはある程度宛がある。この前みたいに安価? に委ねてみるのも一興かと思ったのだが。
『スキル:推薦一覧』
●推薦依頼一覧
進行中
★長期推薦─進行中─
・魔法都市プルプラに行こう! 報酬:???
★短期推薦─進行中─
・旅の支度をしよう! 報酬:素早さPt:1
★感想推薦─未受託─
▼受諾可能一覧
このように、『推薦一覧』が旅の指針を示してくれる機能だったらしく。
前提として僕達……少なくとも僕とシエナはあくまで魔王討伐を第一に活動している訳では無い。あくまで僕達の旅の目的は、何時か本になるような素晴らしい冒険をする事だから。
だからこそ、面白そうなイベントがあるというのならそれに案内してくれるであろうこのスキルは願ったり叶ったりだった。それとおまけで、報酬までくれるというのだからありがたい事だ。
依頼の進行中は、他の依頼は見えない仕様らしいから……取りあえずは、このプルプラの滞在が終わったら一度王都に戻ろうと思っている。ツェツィの方にも都合がありそうだし。
感想推薦には、色々あったけど一旦は未受諾にしている。内容も『小説を読もう』とかの一日しっかり時間を使いたい内容が多かったから、時間があるときに受けて終わらせる形にしようと思う。
そして……『賢者の太腿を映せ』は報酬が良かったような気がするけど、絶対にやらないと心に強く決めている。
そんな事を考えながら、ついにその話を彼女にする日が……来た。
彼女の研究室でありながら、私室でもある……プルプラ魔法学園の最奥に存在する部屋。何時もは散らかっているこの部屋も、必死に掃除をした甲斐あってか足場が見える程度には綺麗になっていた。
整理されているかと言われると、首を傾げざるを得ないが。
「という訳で、そろそろプルプラを離れようと思ってご挨拶を……」
相対するのは、見慣れた紫髪の女。
「いっ、嫌だ嫌だ嫌だ───!」
案の定駄々を捏ねて、僕を引き止めようと……
「───と言っても、君は行くんだろう?」
「あっ……えっ?」
……すると、思っていた。
「だって君、無理に力で引き止めても、君は私を手伝ってはくれないだろう?」
「それはまあ、その通りなんですが……」
「あぁ、理解してるとも。この私のリソースを全てかけて、一人の人間を研究した結果だ。間違いは無いだろうからねぇ」
代わりに紫水晶のような瞳が、僕を見透かすようにじっと……僕の目を見つめていた。
「私が付いて行っても、君達の成長には悪影響だろうしねぇ……」
あまりにも綺麗で、人間離れした雰囲気とプレッシャー。普段のだらしなさとのギャップに、思わず一歩後退む。するとその距離を詰めるかのように一歩、彼女がずいっと距離を詰める。
「だから、卒業試験をしよう」
「試験……ですか?」
緊張しているのは、プレッシャーに対してだろうか。それとも彼女自身に対してなのだろうか。
普段の残念な言動から忘れがちだったが、アメティスタ・クレイドールは間違いなく美人に分類される類なのだから。
「そうだとも。一週間後、君達がどれくらい強くなったか……生徒の成長を確かめてあげるのも、先生の役目だからね」
「何時から、生徒になったんですか……」
軽口を叩いてみても、何処までも彼女は真剣そうに僕を見つめていた。距離を詰めた事で……あれだけ香っていた、頭の痛くなるくらい振りまかれていた香水の臭いの代わりに……
「形式は、実戦形式。試験官は……この私。『賢者』アメティスタ・クレイドールが務めよう」
窓から吹き込んだ風に揺られた紫髪から、薄っすらと香る花のような匂いが鼻腔をくすぐった。
「期限は一週間後、それまでに……必死に試験前の最後の詰め込みをしておくこと……良いね?」
まるで、誘いに乗ったものを堕落させる魔女のような退廃的な雰囲気を漂わせた彼女に……思わず返事を忘れた僕を。
「返事は?」
「はっ、はい……!」
まるで、手のかかる生徒を見るかのように笑った彼女に。
「よろしい、それでは今までの努力の成果……楽しみにしているよ?」
そんな顔も出来るんだとか、そんな場違いな事を……思った。
きっと僕は、賢者の知的好奇心を……その成長速度を何処か甘く見積もっていたのかもしれない。