走り続ける、脚を止めれば串刺しになるのは分かり切っているから。
「速さを司る者よ───彼らに更なる俊敏さをお授けください」
ツェツィのバフを受けながらも避ける、避ける、ただひたすらに避け続ける。迫り来る地面が僕らを潰さんと槌になり、花壇の鉄柵が槍となる。校舎の壁すらも鋭い剣となって僕たちに襲い来る。
「危なっ……! 文字通り、休む暇もありません……!」
「はっはっは、流石にこの程度で終わる程柔じゃないねぇ」
だがそれはその場凌ぎにしか過ぎない。増え続ける土の槍は、僕達の状況を着実に悪い方向へと向かわせていく。また一本、一本と槍が僕達目掛けて迫る───
「───遅いッ!」
「凍てつく槍よ、わが敵を貫け───」
鋭い一閃が、眼前まで迫った土槍を切り落とす。まるでバターを切るかのように迫り来る槍を切り落とし続けているシエナだが……
「でもこれじゃあ……」
「キリが……無いっ……!」
この都市にまだどれだけ、動かせるだけの地面があるかなんて分からない。末端を切り捨て続けても、僕達の体力が尽きる方が間違いなく先だ。
倒すならコアを破壊するしかないが……それも現実的では無いだろう。一体この広い都市の何処にコアがあるかもわからない、地中にあるか……‥もしくはそもそも存在しない可能性すらある。
そんな中、パチパチと拍手の声が聞こえる。それはまるで、出来の良い大道芸を見たあとにするような軽い拍手。そんな中、軽薄な笑みを浮かべて───賢者が死刑宣告のような言葉を告げる。
「さてさて、少しスピードを上げようか。もうそろそろ単調な攻撃にも飽きて来ただろう?」
学園の壁が、グラウンドの土が……この都市を構成するほぼ全てが今や凶器になり得る。今こうして攻撃を避け続けられているのも、攻撃の際に発生する予兆があるからに他ならない。
眼前に迫り来る土の槍一本一本が、3小節の土魔法であるグラウンドスパイクに匹敵しかねない威力だった。圧倒的な手数と、途切れる事のない波状攻撃。
「───アイスランス」
「早いけど、まあ予測の範囲だ」
グレイの放った鋭い氷の槍は、賢者に届く直前と言う所で隆起した地面の壁に阻まれる。当然のように攻防一体、あの防御を押し通せる魔法を詠唱すれば……たちまち狙われて潰される。
今や魔法職相手の人数有利なんて言う幻想は、崩れ去った。
「ほら───足元注意だ」
「ぐっ!?」
まるで崩れるかのように……足元の地面が凹み、僕達を呑み込まんと窪みを作る。分かりやすい槍での攻撃ではなく、辺り一帯を陥没させて……地面に呑み込まれてしまえばもう終わりだろう。
「厄介すぎる……‥!」
思わずバランスを崩しそうになったが、一息に後ろへと跳躍してそれを避ける。が、その着地先に向けて放たれた大量の土槍を避けきれず───頬を掠める。
防戦一方と言った戦況、相手の攻撃をしのぐのが精一杯の状況に思わず歯噛みする。
「ねぇ、どうして……直接槍を足元に出さないんだろうね?」
「うん、そこがきっと賢者を攻略する……鍵だと思う」
だが完璧で隙のないように見える賢者の猛攻にも……弱点はある。
「成程、良い読みだ。まあ、そもそも戦いは好きな訳じゃないからねぇ……あくまでも一種の使い道にしか過ぎないんだよ」
それは、正確な操作を苦手としていそうな点である。
単純にゴーレムのサイズが大きすぎて、細かな調整が難しいのだろう。そうでなければ槍を出現させるのはピンポイントに僕達の足元で良い。だからこそ槍の形にしてから攻撃するという、一見無駄のある攻撃方法を取っている。
「これなら───」
何時か、賢者に攻撃が届く時が来る。
「おいおい、私のゴーレムだけ相手取れば良いと勘違いしてないかい? ゴーレムはあくまでも手段、私は……賢者だぜ? その想定は甘い、甘すぎるよ生徒諸君。下手すれば落第ものの───大失敗だ」
そんな甘すぎる見込みは、彼女の一言で崩れ去る。
「其は火、全てを焼き尽す紅蓮の炎───」
始まった詠唱と共に、火の赤が賢者の手元へと灯る。当然だ、彼女は魔法使いの最上位に位置する存在。本人が使う必要が無かっただけで、魔法が使えない……訳が無い!
「ノル君!」
「分かってます!」
見た事もない程の魔力の奔流に……直感する。
この魔法を撃たせては、いけないと。
『スキル:注釈』
「其は水、全てを洗い流す深い海*1───」
水のような青が、辺りを照らすかのように淡い光を放つ。7小節の魔法……それも賢者が放つものだ、破壊力は間違いなく今までで見た事の無いようなものになるだろう。
「グレイさん! 相手より先に……!」
「其は風、全てを吹き飛ばす一陣の風───」
「分かってる! 冷たく暗い溶ける事のない氷よ───」
フロストノヴァは4小節の魔法だ。7小節の魔法より威力は劣るものの……ゴーレムの壁を突破するには十分だろう。強化すれば相殺も狙えるし、そもそも詠唱を中断させることだってできるはずだ。
「ふぅん? 燃え盛る獄炎よ、今こそ集い───」
「我が魔力を贄とし、触れるものを氷へと閉ざせ───」
詠唱は止まり、別の魔法の為の詠唱が開始される。単語からして、3小節の魔法……フレイムボムだ。通常なら相性差があっても打ち勝つ、その筈だが……油断はしない。
当然のようにグレイさんへと狙いを変えて迫る大量の土の槍を……
『スキル:
「
「グレイちゃんは詠唱に集中して! 指一本触れさせないんだから!」
コクリと、グレイさんが頷く。彼女ならきっと止めてくれると信じていた。僕達の頼れる前衛、シエナなら必ず守り切ってくれると。だからこそ、後は次の一撃を準備するだけだ。
「爆ぜて一切を灰と化せ───」
「其は氷の星にしてその終わり───」
ツェツィのバフの上から更に強化を乗せ……二重に強化を施した一撃……! これなら間違いなく、間違いなく撃ち勝てる……!
『スキル:
「───
「───フレイムボム」
氷と炎の大爆発が起こり、辺り一帯が気化した氷によって出来た白い霧に包まれる。辺りが全く見えないがそれはあちらも同じようで……ようやく追撃が止んだ。
場は冷たい冷気に包まれている、間違いなく競り勝った。賢者とは言え人間だ、少なくないダメージを与えられているはずで……
「悪くない、悪くない攻撃だね。とても4小節の魔法には思えないよ」
───そんな中で白い霧の奥に、4色の光が灯る。
「其は土、全ての始まりである大地そのものである───」
それは、聞き覚えのある魔法だった。間違いなく、間違いなく先ほど中断した筈の……!?
「詠唱を保持したまま……別の魔法を!? 不味いっ、ツェツィバフお願い! グレイはもう一度詠唱を───!」
「上では常識だよぅ? 君達も練習すれば出来るように……なるかもね。だけどそれは残念ながら……今じゃない」
霧の中から現れたポッカリと開いた空洞。相殺しきれなかった分は、地面に潜ってゴーレムを壁にしてやり過ごしたのか……!
不味い、賢者の魔法も注釈通りなら残り3小節……間違いなく間に合わない! 今出せる最大火力を出すしかない……!
『スキル:
「
「始まりの四元素は、今我が手の元にて再び一つにならんとする───」
4小節の魔法を無理やり3小節で完成させる、打てない魔法に意味はなく……三小節では間違いなく威力が足りない。賢者の手元に集められた目映い光を放つ四つの元素が、今無理やり一つへと押し付けられていく。
『スキル:
「
バフは入れた、これがこの場で出来る最善……その筈だ。昼間だというのに、他が暗く見える程の目映い魔力の奔流……異なる4つの魔法を無理やり一つに収束させている……
「我が魔力を贄とし、触れるものを氷へと閉ざせ───」
「融合し、収束し、膨張し───拡散せよ」
そんな中、暴れ狂っていた四つの光が……先ほどまでの様子が嘘のように一つの、紫水晶色の光になる。
賢者の7小節の魔法、果たして相殺仕切れるか? 間違いなく不可能だ……ならばどうする? 考えろ、考えろ考えろ……! 諦める前に、思考を回せよ僕ッ……!
『スキル:
「───
過ぎ行く時間が、その瞬間だけはっきりと……遅く感じた。
「よみ───ッ!?」
目映いばかりの光が彼女の手元から放たれた瞬間。
「弾けろ───マナ・イラプション」
世界が───弾けた。